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第二部:伯爵と魔獣の森
精霊魔法の鍛え方
しおりを挟むフォーフェンから養魚場、ひいては岩塩の採掘場やリンスワルド伯爵の居城方面へ向かうには、南北の本街道を少し北上し、件のキャプラ橋を渡った所で東に折れてそのまま進むというルートになる。
これは、塩をフォーフェンに向けて運び出してくるルートでもある訳だが、今回は、このルートを走っている荷馬車を使えることになった。
レビリスも一緒だし、乗合馬車で街を辿る時のように、見知らぬ人々からの詮索に晒されることも少ないだろう。
ウェインスさんが正規の依頼で破邪を派遣する扱いにしてくれたので、その依頼書を見せれば採掘場とフォーフェンの間を行き来している運搬用の荷馬車に、(乗れる隙間があるならば)いつでもどこでも乗り放題という、素晴らしく楽ちんな待遇である。
ただし、馬車の運行は塩の輸送だけでなく、作業員の交代や資材の搬出入の都合で変わるので、実際にどのタイミングで馬車に乗れるかは行ってみないと分からないそうだが。
++++++++++
衣装店を出たあと、街外れにある岩塩の集積場までのんびり歩き、そこで荷廻しを監督していた男に依頼状を見せて尋ねると、採掘場へ向かう次の便に乗せて貰えることになった。
少し待ったあと、ほとんど空の荷馬車に三人で便乗させて貰い、御者のおじさんと世間話をしつつ、のんびりと景色を眺めながら養魚場の手前にある村まで運んで貰う。
街からこの距離なら、育てた魚を活きのいい状態で運ぶのも難しくないな・・・塩漬けにしちゃうなら関係ないけどさ。
荷馬車の方はこの村には泊まらず、もう少し先にある、採掘場の関係者だけが使う『中継所兼厩舎』にある宿を使うそうだ。
重い荷物を積んで山道を登り降りするのだから、馬の交代や休憩もそれなりに必要なんだろうな。
ウェインスさんから紹介して貰った宿は、当然ながらレビリスも何度も泊まったことがあるそうだが、養魚場と塩漬け加工場へ仕入れや物売りに行く商人たちがよく使う宿らしく、それなりに人が出入りしている。
言っては悪いが、先日の旧街道沿いの宿とは賑わいが雲泥の差だね。
レビリスと依頼書のおかげでスムーズに部屋を確保出来たんだが・・・悪いが今回もレビリスは一人部屋だ。
パルミュナが精霊だと言うことはレビリスも知っているので秘密はないのだが、レビリスが勝手に気を遣ったというか遠慮したというか、宿の人を相手に俺とパルミュナの『兄妹設定』をことさらに強調して、自分の部屋を別にして貰っている。
ちなみに、養魚場の隣のような場所にあるってことで、てっきり夕食には魚が出るんだろうと思いきや、普通に塩漬け肉だったので意外。
だが、レビリスに言わせると、『養魚場に商売しに来ているのに、行き帰りにここでまた魚なんか食べたくはないだろうさ』と・・・言われてみれば納得だ。
これだけ人が多いと、パルミュナの静音の結界があっても、食堂に居座って『怪しい相談』をする気にもなれず、三人で遅めの夕食を終えた後はそのまま別れ、部屋に戻って寛ぐ。
宿のあちらこちらにも適度に魔石ランプが置かれていて、日が暮れた後でも真っ暗と言うこともない。
景気の良し悪しって、こういうところに如実に表れるんだよね・・・
++++++++++
「なあパルミュナ、お前に聞くのもズルいかもしれないけど、馬車の上から見ててどうだった?」
部屋に戻ると、すぐにパルミュナに聞いてみる。
俺の感覚だと、特に怪しかったり澱んだりしているようなモノは何も感じなかったんだけど、パルミュナの目から見るとどうだったんだろう?
「精霊たちの気配ってことー?」
「ああ、正直に言って俺は何一つ不穏なモノは感じなかった。明るい陽が差してて、街道の脇には花が咲き誇ってて、ヒバリが鳴いてて...本当にのどかな春の道って感じだ」
「うん、アタシもそー。ちびっ子たちも沢山いるし、いい所だよ?」
「やっぱりそうか。安心したよ。馬車の上で手を繋いでる訳にもいかないから、今日は何か見逃してないか、ちょっと心配してたんだ」
「そっかー、アタシはいつでも手を繋いでていいからねー? むしろ、いつでも手を繋いでたら、周りの人からも『あの二人はそんなもんだ』とか思われて大丈夫なんじゃなーい?」
「いいかパルミュナ。それを『大丈夫』とは言わないんだよ...」
「まー、ライノもどんどん精霊の力を身につけてきてるから、すぐにアタシなしでもちびっ子たちの姿くらいは見れるようになるよー」
「そうならいいんだけどな。パルミュナが慌てなくてもいいって言ってくれるから安心してるけど、実際に精霊魔法の練習は全然できてないしなあ。これで王都に行くんじゃ無かったら、しばらく山にでも籠もって修行したい気分だよ...」
「大丈夫、大丈夫。だってライノってホントーに強い器だもの。練習はしないよりした方がいいけどさー、でも一番大切なのは時間だよー」
「時間? いや、練習も何もしない時間が多くて焦ってるんだが?」
「そーじゃなくて、前にも話したでしょー? 体に染み込む時間っていうか馴染む時間? どんなにシャカリキに練習してもさー、器が育ってなかったら収まらないんだよー」
「そうかな...そうかも」
「じゃー、例え話だけどこう考えてみて? もし精霊魔法の発動が、ちびっ子たちに動いて貰うことで現れるとしたら、一番大切なのはちびっ子たちに命令する呪文?」
「いや、前にパルミュナに教えて貰ったことからすると、ちびっ子たちが入りたくなる場所を造るとか、通りやすい道筋を造るとか、きっとそんな感じだよな?」
「あたりー! そーゆーことよ。ライノが精霊の力を自然と保てるようになれば、その力の向け方をちょーっと変えるだけでいいの」
「うん、だけど水魔法は教えて貰ったその日のうちにすぐ発動できるようになったのに、熱の魔法は上手くいってないからなあ。いまだに桶のお湯一杯さえも暖められないんだぞ?」
「不安があるからじゃないー?」
「不安? 何に? まだ熱の魔法で戦ったこともないのに、不安を感じるどころじゃないだろ」
「んー。じゃなくて使うことそのものに対する不安? 水の魔法は、ライノにとっても馴染みやすかったのよねー。よく知ってる対象だし、破邪としては水魔法は普通に使ってた訳だしー。でも、熱の魔法は、その概念に馴染みがなくて、加減が分からないから戸惑いがあるのよー」
「まあ、最初に熱の説明をされた時は、なんのことかさっぱり分からないってのが正直な所だったけどな」
「火と同じで考えちゃうから...強すぎて関係ないモノまで燃やしちゃうとか、お湯を温めようとして桶まで燃やすんじゃないかとかー...熱を『扱うこと』に対する漠然とした不安かなー?」
「熱は火そのものじゃない、火は熱を集めた結果だっけ? そんな風に言ってたよな?」
「そーそー、炎が出てる時点で、それはもうかなりの熱の塊から生まれてるわけー。『弱い熱』は決して『小さな火』って意味じゃないのよねー。氷に較べれば冷たい手にだって暖かさがあるし、火傷するような熱湯だって炎ほどの熱はないから、お湯をかければ火は消えるでしょー?」
「あっ、そうか! お湯を熱くするのは、水の中でちょっとだけ小さな火を燃やすって訳じゃないんだよな! そうだそうだ。ちょっと分かったかもしれない気がする!」
俺は、そそくさと宿の人から貰っておいたお湯の入った桶をベッドの前に運んだ。
二人ともすでに足は洗っていたし、そのまま放置されて『冷たくはない水』というレベルに冷めてしまっている『元お湯』に手を入れ、いま、パルミュナの話でピンときたイメージを心に浮かべてみる。
火じゃない、熱を出すんだ。
熱は、その対象物を暖かくする力だ。
燃やす力じゃない。
燃えるのは、ただの結果。
火が付く温度になれば、燃える物体は勝手に燃え始める。
暖める力を自由に加減できれば、雪が溶けるだけの温度でも、薪が燃え出す温度でも、自分の願う所に持って行けるはずだ。
光は目に見える。
水は目に見える。
炎も目に見える。
だけど風そのものは見えない。
きっと熱も同じような感じのはずだ。
風も熱も、見えるのは、それがなにかに作用した結果だけなんだ!
精神を集中して、自分の手から炎ではなく『熱』が放出されるイメージを心に浮かべる。
やがて、桶の中からは湯気が立ち上り始めた。
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