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第一部:辺境伯の地
甘い物好きだよね?
しおりを挟む中心部に来ると、フォーフェンの街の賑わいは予想以上だった。
東西に伸びる大街道の両側には大きな店が立ち並び、食料品や日用品はもちろん、衣類や家具まで、さまざまなものを売っている。
中には、いかにも南方大陸製と思しき品物を中心に売っている店なんかもあって、さすが交易の中心地として栄えている場所だけある。
こういうのを見ると、それぞれの国や地域が何を特産品として輸出しているか、よくわかるな・・・
もちろん、大きな店だけではなく、普通に街の人々を相手に串焼きを売る屋台やエールの立ち飲みをさせる店、何かよくわからないオヤツっぽいものを売ってる店までバラエティ豊かだ。
「おっ、金物屋があるな。ちょっと鍋でも見てみるか?」
「おー!」
金物屋は、軒先に何種類もの鍋やフライパンをぶら下げて、客の目を引いている。
品揃えはそこそこ良さそうだ。
「ちょっと見させてもらえるかな?」
「どうぞどうぞ、お好きに見ていってください。気になるものがあったら声をかけてくださいな」
「ありがとう」
ほとんどは鉄製品だが、銅の鍋やフライパンも何種類か売っていた。
錆びにくいことと、薄くて軽いことを考えると、丈夫な鉄の鋳物よりも、銅板を槌で打って整形したやつの方がいいな。
ん、これは・・・?
「なあオヤジさん、この銅鍋はなんでこんな形なんだい?」
「ああ、それはねぇ、最近とある職人が作り始めたやつでね、こうやって...」
と、その鍋を手に取って実演して見せてくれる。
「この蓋を外すと、裏返して皿にもフライパンにも使えるようになっってんですな。フライパンとして使うときは、裏側のここに...こいつを差し込んで持ち手にするんです。そんで、こっちの小さい方の鍋が、大きい方の鍋にすっぽり収まるようになっていて、まとめて嵩張らずに持ち歩けるようになってるんでさあ」
「なんとっ、これはすごいな!」
「なんでも、キャプラ川を行き来してる荷船の船頭さんや商人さんのために作り始めたらしいですな。打ち出しに手間のかかる造りなんで、ちょいとお値段は張りますが、軽くて一式が纏まってるので持ち歩くのに邪魔にならず、道中で手早く飯を作るときに便利なようにってことだそうで」
「おおおおおぉっ、素晴らしい...」
思わず感動の声が漏れた。
これだよ!
俺が欲しかったのは、まさにこういうヤツだよ!
「買ったぁ!」
「お、ありがとうございます! いや、お客さん。値段も聞かずに...いいんですかい?」
「うん、もう次の鍋はこれしか考えられない」
「そりゃまあ、そんだけ気に入ってもらえればありがたいですけどねえ」
「これきっと、行商人や船頭だけじゃなくて、狩人や山仕事の人とかにも売れると思うよ。大きさも、もっと何種類もあってもいいかもね」
「そうですか。今度、その職人が納品に来た時に、すごく気に入ってくれたお客さんがいたって、いまの話を伝えておきましょうか」
俺はホクホク顔で、その鍋セットを受け取って店を出た。
「ライノ嬉しそー」
「いやあ、ここまで理想的な鍋が手に入るとは思ってもなかったよ。まあ、結果論だけど、こうなると本街道に出た最初の村にラキエルたちと一緒に寄らなくて、かえって良かったかもしれないな!」
「わがままー。あの時はちょっとガッカリしてたくせにー」
「まあな。でも、欲しいものを見つける時ってこんなもんだよ。いま目の前に見てるものを選ぶか、次にもっといいものが見つかるのを期待して待つか...そんなの運次第だとしか言えないからな」
「運が強いのも力のうちだって言うからねー」
理想の鍋セットを手に入れて浮かれている俺は、パルミュナとだべりながら街道に並ぶ店を意味もなく冷やかしながら歩く。
そんな中で、甘い匂いを漂わせて人を集めている店が目に入った。
この匂いは・・・イチゴかな?
うーん、もうそんな季節か。
市場でイチゴが売られるようになると、春が真っ盛りになったと実感するんだよね。
ここから先は、どんどん暖かくなっていくばかりだ。
他の通行人と同じように、匂いに釣られて近寄ってみると、店先に山盛りのイチゴが積んであるが、それよりも、甘い匂いの正体は、イチゴを煮込んで作っているジャムの方だった。
これは強烈だ。
えも言われぬ甘い匂いが食欲を刺激する。
出来上がったジャムは、小さな陶器の壺に詰めてあって、それごと売ってくれるらしいが・・・結構なお値段だ。
まあ、仕方がないだろう。
きっとイチゴ自体の値段よりも、煮込むときに使っている砂糖の方が遥かに値が張るはずだからな。
南方大陸から砂糖が大量に輸入されるようになっているとはいえ、いまだ贅沢品の類ではある。
「このイチゴのジャムは、どれくらい日持ちするもんなんだ?」
店のおばさんに尋ねてみる。
「そうねえ。いまの季節なら蓋を開けるまでは一ヶ月。蓋を開けてからは涼しいところに置いて二週間ってとこかしらね。うちのジャムは砂糖もたっぷり使ってしっかり火を通してるから痛みにくいわよ」
「カビが生えちまったジャムは、もう一度鍋で煮ればいいって話を聞いたことがあるんだけど、それって本当?」
「そう言ってる人もいるけど、オススメはしないわねえ。場合によっては火を通してもカビでお腹を壊しちゃうことだってあるものなのよ。平気な場合も多いけど、大丈夫とは保証できない感じかしら?」
「へー、そうなのか」
「それに砂糖をケチってるジャムはそもそもカビが生えやすいの。うちのみたいに砂糖をたっぷり使ってあれば長持ちよ」
「なるほど。ありがとう勉強になったよ」
「どういたしまして」
「じゃあ、お礼も兼ねて一瓶買っていくよ」
「あら! ありがとう。こっちの大瓶ならお安くしておくわよ?」
「はっはっ、かなわないね。じゃあ、それを貰おうか」
俺は大きい方の壺に入ったイチゴジャムを受け取って、代金を払った。
食べものとしては結構なお値段だったが、経験的には中身を考えると安い方だと思う。
俺につられたのか、近くで逡巡していたお客さんも、小さい方のジャムを買うことに決めたようだ。
最初パルミュナは、おばさんとのやりとりを興味深そうに見ていたのだが、俺がジャムを購入する時には目が星のようにキラキラしていた。
「ね、ねえ! ライノがジャムを買うなんて一体どうしたの!?」
勢い込んで喋るせいで語尾に音引きがついてないな。
「だってお前、ワンラの村長さんの家で朝ごはん食べる時、ジャムをもっとたくさん食べたそうにしてただろ? 我慢してるのわかったぜ?」
「えっ、ライノ気が付いてたんだ! っていうか、それを覚えててくれたの?」
「ああ、だからもしも機会があったら、何か甘いものを探してあげようって思ってたんだ。ラスティユの村の結界のお礼もあるしな」
「ライノって、やっぱり優しいねーっ...」
「そんな大袈裟なもんじゃないよ? 勇者を引き受けたのは仕事だけど、パルミュナには世話になってると本当に思ってる。それにこれだってエールと同じだ。アスワンからの前払いで買ったようなもんだ」
「それでも嬉しいーーー!」
パルミュナはそう言うと、勢いよく俺の脇にきて腕をとった。
そのまま俺の腕にぶら下がるように纏わりついて歩く。
あの、パルミュナさん?
足がスカートに絡まりそうで、とっても歩きづらいんですけど?
++++++++++
腕に絡まったままのパルミュナを引っぺがす方法もなく、俺たちはそのまま街の中心部を進んだ。
長年の旅暮らしの経験で、宿屋が集まってるようなエリアというのは大体の街で勘が働く。
どこの街でも、メインストリートの両脇には宿屋が並んでいるものだが、それよりも一歩、街の奥に入った場所にある宿屋の方が、静かで安いのが定石だ。
ただし、それも三歩以上入ると、今度は逆に貧しい人たちが集まる場所になってしまって、宿屋というよりは雑魚寝の部屋に潜り込むことになりかねないので注意がいる。
今回は狙いを外すことはなく、すぐに宿屋と酒場が立ち並ぶ一帯に足を踏み入れた。
酒場もある場所とはいえ、フォーフェン自体に活気があるせいか、荒んだ雰囲気はまるでない。
単なる繁華街だな。
ただ、俺一人なら何も気にしないけど、今回はパルミュナ連れだ。
『本当は俺より遥かに丈夫だろう?』 とか。
『戦えば多分俺じゃあ勝てないな!』 とか。
そういう話は傍に置いておいて、いまはエルフ少女の体で顕現しているということと、俺としても面倒ごとに巻き込まれたくないという両面で、人の多いところではそれなりに気を遣ってあげる必要があるからな・・・
身を守れるかどうかと、愉快か不愉快かは、また別の話だ。
何軒かの宿屋の周りを少し歩いてみて、候補を絞り込んだ。
まず重要なのは建物の第一印象だ。
薄汚れてたり、傷んでいて修理されていないような宿屋は外す。
旅慣れた商人がよく利用する宿は、基本的に裏に荷馬車を置けるようになっているから、そういう中庭へ通じる門を持っている大きめの宿屋を選べるなら、その方がいい。
大きめの宿屋の場合は、一階が飯屋を兼用していることが多いので、その様子も見る。
もしも食事時なら、宿泊者以外の客でも賑わっていそうなところがいいし、逆に、あまり五月蝿そうな酒場中心の店をやっているところは避ける。
我ながら小うるさい注文だな・・・
パルミュナのためと言いつつ、自分のこだわりを全開しているような気がしないでもないが・・・
まあいいか。
とにかく、自分なりに候補を三軒に絞ってからパルミュナの意見を聞いてみると、『どれでもいー』というわかりやすい返答が返ってきた。
ですよね。
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