36 / 922
第一部:辺境伯の地
賑やかなフォーフェンの街
しおりを挟む結局、俺たちは本街道に出てから正味五日をかけてフォーフェンの街まで歩いていった。
本街道に出て二日目以降の道程はエスラダ村長の書状のおかげで野宿することもなく、ルーオンさんの家をはじめ、どこでも気持ちよく滞在できたし、ある農家の人などは、滞在費用をいらないとまで言い出して渡すのに苦労したくらい。
日頃、エスラダ村長とラスティユの村の人たちが近隣に与えている印象が判ろうってもんだな。
++++++++++
フォーフェンは、二つの大きな街道が交差する場所にできた街だ。
ルーオンさんは、元々は『フォーフェン』という名前は、この四つ辻自体を指す呼び名だったと言っていた。
そして、リンスワルド伯爵の深慮遠謀でこの地域が発展し始めると、この四つ辻を中心に人やモノが集まり始めて、四つ辻の呼び名が、いつか街を示す呼び名へと変わって行ったということだ。
こう言う経緯は、なんだかポルミサリアという名前の生い立ちと似ている感じがして面白い。
『ポルミサリア』とは、いまはもう失われた古い時代の言葉で、『緑の平野』という意味だと伝えられている。
最初は人族の多く住む中央平原地帯を称して、かつて未開の地だった北部の山岳地帯や南部大森林などと対比して示す言葉だったのが、いつの間にか『人々の住むこの世界』というニュアンスになったそうだ。
いまでは南方大陸の人々でも『全世界』という意味でポルミサリアという言葉を使う。
地域の呼び名が世界の呼び名へ。
四つ辻の呼び名が街の呼び名へ。
スケールは全然違うけどさ。
コリンを経由してからは山道にそれたけど、俺がエドヴァル方面からずっと歩いてきた南北に伸びる本街道は、そのまま北上を続ければ途中で王都『キュリス・サングリア』を経て、北部地方まで繋がっているはずだ。
そして、東西に伸びる方の大街道は、東側ではエルフ系王家が治める『アルファニア王国』を越えてはるか東部の国々を繋ぎ、西側では『ルースランド共和国』のど真ん中を貫いて海まで伸びている。
俺が知る限りでは東側に明確な終点はないけど、西の終点はルースランド最大の港町である『デクシー』だ。
南方大陸からの輸入品も、最近は南の国の港だけでなく、陸路の運搬が楽なデクシーに陸揚げされるものが増えたと聞いている。
平たくいえば現在のフォーフェンは麦の産地であり、交易経路の要所であり、目下のところ発展著しい地域だ。
つくづく、橋を架けても通行料を取らなかったリンスワルド伯爵の深慮遠謀に恐れ入るよ。
きっと領地全体の経済的な発展と税収の増加とで、橋を架けた費用なんてあっという間に回収済みだろうね。
俺はフォーフェンに行くのは初めてだけど、大きな街には市壁のあるところも多く、そういうところでは大抵、街に入るのにチェックがある。
交易の盛んな自由都市なら、街の中で仕事をしたり商売をするつもりの人からは入市税を取るのも普通だ。
しかし、自然発生的に生まれた街であるフォーフェンには市壁がなかった。
そのまま街道を歩いていると、周囲は徐々に麦畑よりも建物が増えてきて、気がつくと街中を歩いている状態だ。
街道がそのまま街を突っ切っているのか・・・
いや逆か。
ここの場合は元々、いつ頃からか街道の四つ辻の周辺に市が立つようになって、それがそのまま根付いて街になっていったって話だったよな。
そこらへん、そもそも何も規制とかをしなかったのは、これまた領主の先見の明なのかもしれない。
あー、でも街道周辺の道幅はちゃんとキープされてて広いな。
全くの放任ってわけでもなさそうなところが逆に凄い。
「かなりでかい街だってことしか聞いてなかったけど、新しい街だから市壁がないんだな」
「そう言えば、あの双子さんもルーオンさんも、街に入る手間とか税のこととか何も言ってなかったもんねー」
「四つ辻の周りに人が集まって、そのまま住む人が増えて行ったって話だから、市壁なんか作ってる状況がなかったのかもしれんが」
「そーねー。人が増えてるってことは、街も広がってるでしょうし、必要かどうかもわからない市壁なんか作ってられないよねー」
俺の住んでたエドヴァル王国は古い国だから街も古く、領主や代官が住んでいるような、ちょっとした大きさの街なら市壁を持っていた。
と言うか、たいてい古くて大きな街というのは、領主の居城だとか修道院だとか、まず何か核になる建物があって、それを取り巻くように育っていくのが普通だ。
市街への出入りは自由な街でも、街の中心部にある市壁の内側に領主や貴族、上級市民が住んでいる区画があるような場合なら、何らかの身分証明や書状が必要だったりする。
身分証を持たない場合は、門番の詰所に武器を置いていかなきゃいけない、なんてところだってあるな。
もちろん、大昔の戦争時代に作られた市壁がそのまま残っているだけで、とっくの昔に壁として機能してない、なんて場所もあるのだが、そういうところは少しづつ石垣の石を住民に持ち去られて崩壊が進んだりしている。
「あ、見てみて、あの看板!」
パルミュナが屋台と屋台の間にぶら下がっている看板を指差した。
そこには、明日、この街の外で武闘大会を開催するという看板がぶら下がっている。
こういう、いかにも賑やかさというか景気の良さを感じさせる催しも、街へ人を引き寄せる一因になっているのかもしれない。
「へー、武闘大会なんてやるんだな」
「ねー優勝賞金、大銀貨十枚だって! これに出てさー、賞金でエールの飲み比べにいこーよ!」
「エールどんだけ飲む気だ! っていうか何十日かけて飲む気だ!」
「ほら、エールによって魔力の変換具合がどう違うか、今後のためにチェックしておかないとー」
「そもそも勇者の力で戦うのはずるいだろ?」
「勇者の力は封印して、元々の力で戦えばいーんだよ。ハーフエルフの破邪なんだからそれでも十分に強いしさー」
「ほう、そんなことできるのか?」
「うん、ふつーライノの場合は右手に刀を持つじゃん?」
「そうだな」
「で、左手に生卵を握って戦う感じー?」
「は?」
「戦ってる最中に卵を握り潰さないようにしながら、力加減っていうかー、ムキにならないようにするっていうかー...そんな感じで」
「難しいこと言うなあ! 無理無理、ダメだダメだ」
「ちぇー」
「まあ、俺の持ち金の範囲でならエールぐらい奢ってやるよ」
「ホントー! なんか悪いねー」
「次の補給でもらう予定の金貨の前借りみたいなもんだ。結局はアスワンとパルミュナが出してくれる金で充当するんだから気にすんな」
「確かにそーか。じゃあアスワンからの手付けってことでー」
「行動に支障をきたさない範囲でな!」
大精霊にとって意味のない釘を刺しつつ、街の中を進んでいく。
街に入ったと認識してからもかなり歩いて、ようやく東西に伸びる街道と交差する場所に突き当たった。
ここまで通ってきた南北の本街道よりも、明らかに人や馬車の行き交う量が多い。フォーフェンとしてのメインストリートは、こちらの道になるのだろう。
「どうしてこっちの街道の方が賑わってるのかなー?」
「多分、エドヴァルとか南方大森林地方よりも、いまはアルファニアやルースランドとの交易の方が盛んだってことだろうな」
「なんでだろーね?」
「さあなあ...ただ自分の生まれ故郷を悪くいうのもなんだけど、エドヴァルってあからさまに人間中心な感じだし、種族間の公平を謳って、明確に差別を禁止してるミルシュラント公国とはソリが合わないってのはあるのかも?」
「そっかー。だったらルースランドやエルフ国家のアルファニアの方が、いっそ付き合いやすいかもねー」
「そんなもんだろうな、きっと。昔はミルシュラントとルースランドは犬猿の仲って言われてたらしいけど、それも古い話になってるらしいしな。南方大陸との交易も増えてる一方だそうだし、いまはどこの国も商売第一だろうよ」
「なんでミルシュラントとルースランドは仲が悪かったのー?」
「うーん、俺にとってはどっちも外国の話だから詳しくは知らないけど、ルースランドってちょっと変わった国でさ、王様はいるんだけど、王国を名乗ってないんだよ」
「どーゆー意味?」
「共和制って言ってな、市民の代表から選んだ議員たちが、国の政治を会議で決めるってのが建前なんだ。正式には国の名前もルースランド共和国って言ってる」
「面白い仕組みだねー」
「建前はな。それがうまくいってるなら凄いことなんだろうけど、実際は王家が実権を握っていて、結局はなんでも王様の言う通り、って話だ。だから中身は王国と同じようなものなんだけど、共和制を標榜して他の国々から移民を集めてたんだとさ」
「ん? それで自分のところの国民を引き抜かれたから気分が悪いとか、そーゆーこと?」
「いやあ、そんな単純な話じゃあないとは思うけど、ルーオンさんが言ってた辺境伯の事件みたいに、近隣の国の事件を裏で糸を引いてたり、密偵や暗殺者を送り込んで影から操ってたりっていう悪い噂が沢山あって、印象が良くなかったらしいんだよ」
「へー」
「まあ、それも昔の話で、いまはどこの国もそんなことに心血を注ぐよりも、貿易したり産業を育てる方が大切って時代だからな。結果として、ルースランド共和国とミルシュラント公国も、いまではガンガン取引しているってわけだ」
「えー、そんな悪い噂のある相手でも商売の相手になるんだ。なんだか、人って面白いねー」
ごもっとも。
10
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活
破滅
ファンタジー
総合ランキング3位
ファンタジー2位
HOT1位になりました!
そして、お気に入りが4000を突破致しました!
表紙を書いてくれた方ぴっぴさん↓
https://touch.pixiv.net/member.php?id=1922055
みなさんはボッチの辛さを知っているだろうか、ボッチとは友達のいない社会的に地位の低い存在のことである。
そう、この物語の主人公 神崎 翔は高校生ボッチである。
そんなボッチでクラスに居場所のない主人公はある日「はぁ、こんな毎日ならいっその事異世界にいってしまいたい」と思ったことがキッカケで異世界にクラス転移してしまうのだが…そこで自分に与えられたジョブは【自然の支配者】というものでとてつもないチートだった。
そしてそんなボッチだった主人公の改生活が始まる!
おまけと設定についてはときどき更新するのでたまにチェックしてみてください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
妖刀使いがチートスキルをもって異世界放浪 ~生まれ持ったチートは最強!!~
創伽夢勾
ファンタジー
主人公の両親は事故によって死んだ。主人公は月影家に引き取られそこで剣の腕を磨いた。だがある日、謎の声によって両親の事故が意図的に行われたことを教えられる。
主人公は修行を続け、復讐のために道を踏み外しそうになった主人公は義父によって殺される。
死んだはずの主人公を待っていたのは、へんてこな神様だった。生まれながらにして黙示録というチートスキルを持っていた主人公は神様によって、異世界へと転移する。そこは魔物や魔法ありのファンタジー世界だった。そんな世界を主人公は黙示録と妖刀をもって冒険する。ただ、主人公が生まれ持ったチートは黙示録だけではなかった。
なろうで先行投稿している作品です。
レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜
優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、
戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。
本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、
皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、
剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。
彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる