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第一部:辺境伯の地
本街道へ
しおりを挟むラスティユの村を出て一刻ほど進んだところで、山道は林の間を抜けて本街道に突き当たった。
ここからは右手にだだっ広い平原と、そこを流れるキャプラ川の支流であるリント川、それに時折現れる農村を見ながら、左手の山沿いをなぞるように本街道が伸びているはずだ。
街道は道幅も広く、馬車が余裕ですれ違えるし、片側がひらけているので見晴らしもいい。
リント川がキャプラ川と合流するあたりに件の橋がかかっているはずで、フォーフェンの街までは、ほとんど川沿いに平原地帯を進んでいく訳だから、大したアップダウンもない道を淡々と歩き続けるだけだろう。
双子とは、とりあえず次の村までは一緒だ。
「それにしてもさ...」
リンデルが唐突に言った。
「ライノって本当に若かったんだな!」
「なあ、そう思ったよな?」
「いやー、本当に兄妹だったとはね!」
え、俺たちに『兄妹か?』って先に聞いてきたのはラキエルの方だよな・・・?
「だって顔も全然違うしさ、ライノって何かこう、そこらの若者とは違う風格があるからな...親子かなあ?とも思ったんだけど、一応気を遣って『兄妹か?』って聞いてみたら、そうだって言われてビックリしたよ」
おい、マジか!
「ま、まあ、実際は従兄だけどな...」
本当の実際は赤の他人だけどね!
「ああ、それそれ。宴会の時に、パルミュナちゃんが『本当は従兄妹』だって言ったから、すごい納得したよ」
「そうだな、ライノがお父さんだったら、パルミュナちゃんはお母さん似なんだろうって思っちゃうよね!」
そうだったのか・・・まあ、俺とパルミュナに似ているところなど皆無だというか、そもそも有るわけないからな。
「でも、こういう言い方をしたら変に思うかもしれないけど、やっぱりライノの風貌って羨ましいよ」
「へっ、なんで?」
あれか?
超ハンサムな優男が、荒々しくて男臭いキャラになりたがったりするっていう、自分が美形だと逆に美しくないものに惹かれてしまうとかいうアレか?
「特に耳な。アルファニア王国みたいにエルフがほとんどを占めているような土地ならともかく、このあたりみたいにほとんどが人間族って場所だと目立つんだよな、やっぱり」
「ああ、人間の集落とか街に行くと、どうしても耳を見られてるのを感じるよね。向こうに悪気がないのは分かってるけど、耳をジロジロ見られてるのが分かると気になるんだよなあ...」
「そうそう、特にじっと見てくるのは若い女の子だね。やっぱり人間族の女性って警戒心が強いから、異質なものっていうと大袈裟だけどさ、自分達と違う種族が近くにいることに敏感なんじゃないかな?」
「だよなー。ライノって人間っぽい耳をしてるから、街中でも目立たずにいられそうで羨ましいよ」
違うと思う。
それは違うと思う。
たぶん、若い女の子たちは単純にラキエルとリンデルの綺麗な顔を見てるんだと思うよ。
だって、こんな双子の美男子が二人で並んで立ってたら、つい誰だって見ちゃうでしょ?
じっと見ているというよりは、ぼーっと眺めてるんじゃないかな?
「えー、それって、きっと耳じゃなくてラキエルとリンデルの顔を見てるんだと思うけどなー?」
お、パルミュナがズバッと暴露したな。
「え、なんでかな? 人間族の基準だと、俺たちの顔ってなんか変なの?」
急に不安そうにパルミュナに聞く二人。
なんか可愛いい。
「ぎゃくー、人間族の基準だと二人ともかなりの美男子だよー。お兄ちゃんは別としてエルフ族の顔って、そもそも人間族の好みにも合ってる人が多いし、若い女の子だったらつい眺めちゃっても仕方ないよー」
おいパルミュナ! いましれっとなんつった?
「えー、そうなのか? 俺、てっきりエルフだから耳をジロジロ見られるだけだと思ってたんだけど!」
「だよな、そうとしか思えなかったしなあ!」
「ラキエルとリンデルの顔なら、きっと人間族の女の子にもモテモテだよー?」
「そうなのか?...まあ、でもなあ...そう言われると悪い気はしないけど、実際のところ人間族の子にモテても仕方ないもんなあ...」
「うん、だからどうなるってもんでもないしね。仮に結婚相手が人間族でいいとしても、俺とラキエルには昔からルシンとミレアロがいたからなあ」
「だよね。俺もリンデルもガキの頃から互いにミレアロとルシンと結婚するって決めてたから、他の誰かが候補になるなんて考えたこともなかったしな」
「こればっかりは、相手がエルフでも人間でも関係ないから、どっちみち同じことだったって訳だ!」
「全くだな。 仮にモテてもなんの意味もない!」
「そりゃそうだ! あっはっはっはっはっ!」
いやマジで人生楽しそうだよね君たち。
かなり本気で羨ましいぞ。
++++++++++
本街道をしばらく進んだところで、そこそこの規模の村が見えてきた。
「じゃあ、俺たちはこの村で買い物があるから、ここで別れよう」
「ああ、見送りありがとう!」
「元気でなライノ、本当に近くを通ることがあったら、絶対に寄ってくれよ?」
「今度ラスティユの村に来てくれた時は、ミレアロの手料理もご馳走しなきゃな。あいつ、結構料理が上手なんだよ」
「それに今度はルシンにも会って欲しい。昨夜はアイツは用があって旧街道の村に行ってたんだ」
「そうか。そうだな、今度寄ったときは村長さんの客間じゃなくて、二人の家にでも泊めてもらおうかな」
「おおっ、ぜひそうしてくれ、待ってるよ!」
「狩の時には魔獣に気をつけてな。まあ里の近くなら大丈夫だと思うが、遠出するときは油断するなよ」
「ああ、妙な魔力の雰囲気とかには気をつけるようにするよ」
「そうだな。次は魔獣が出ても、ライノが颯爽と現れてくれたりしないだろうからな!」
二人は別れ際も、あまり湿っぽい感じがしなくて気分がいい。
こっちは破邪だから、一度別れた友人と二度と会うことがないかもしれないっていうのも、ごく普通だと考えるけれど、向こうもこんな感じでさっぱりしていると気分が楽だ。
村の入り口で手を振る二人に別れを告げて、俺とパルミュナはそのまま街道を進む。
「エルフ族って、集団の中に入ってじっくり話したのは今回が初めてだけど、朗らかで友好的だよなあ。ああいうのが普通なのかな? それともラスティユの村独特の文化?」
「うーん、アタシも詳しくはないけど、人間族に比べると緩やかじゃないかなー? それに共同体意識が強いって言うかー」
「そういうもんなのか」
「もともとエルフ族って、部族で何かを共有することに人間族よりも抵抗感がないのよねー。自分のものはみんなものとか? もっちろん逆もあるけど」
「それ、つまりは人間族の方が独占欲が強いって話だよなあ...」
「そーねー。それにエルフ族ってさー、人間族と違って怪我や病気にも強いし、少しは長生きかもしれないけど、代わりに子供が生まれにくいのよねー。だから共同体のみんなで一緒に子供を育てるって意識が強くってさー、余計に個人と集団の境目がぼやけるみたいな感じ?」
「そうなのか? いや、確かに俺も昔そういう話をどっかで聞いたことがあるかもしれんな...」
「昨日、村に入った時に、子供たちに囲まれたでしょー?」
「ああ、七、八人いたっけ?」
「あそこにいたのが、いまラスティユの村にいる子供の全部なのよー」
「つまり、ここ十年くらいの間に生まれた子供の全部ってことか?」
「まだ歩けない赤ん坊以外はねー」
「本当にそうなんだな。大人はあんなにいたのに...」
「だから子供が生まれにくいこともあって、エルフ族の結婚観って、人間族に比べると緩やかなんじゃないかなー? 昔から一夫多妻とか一妻多夫とか普通みたいだし...」
「それって柔軟にというか、エルフ的には相手への独占欲にこだわるよりも、子供がたくさん生まれた方がいいだろって感じなのか?」
「そーねー。寿命の短い人間族と違って、結婚も人生に一度だけとかー、子育てだけで寿命が尽きるってこともない代わりに、子供ができにくいから、その時次第で相手が複数いてもいいって考える人も多いのよー」
「そういうもんなのか...」
「例えば、ホラ、あの村長の姪御さんいたでしょ? ライノに言い寄ろうとしてたおねーさん」
まだ『おねーさん』とか言うか?
「あの人も、ライノがそれで良ければ、結婚するとか所帯を持ってあの村で暮らすとかじゃなくても、ただ子供を作れただけでも納得したんじゃないかなー?」
なんだと・・・
「なあ、パルミュナ?」
「なにー?」
「そう言うことは早く言おうな? 出来れば村を離れる前に!」
「べーっだ」
ホントに舌を出しやがった・・・
「まーともかく、結婚できる年齢の幅は広いから、場合によっては、かなり歳の離れた子供を何人か育てたって人も出てくるわけさー。それこそ、三番目くらいに生んだ子と、最初の娘の産んだ孫が同い年とかエルフにとっては、良くある話よー?」
「わあ。それは人間族だと、ちょっとキツい感じだなあ」
「見た目的にもそうかもねー。でもエルフ族で若造な人は、かなり歳を取ってもそこそこ若い見た目を保ったりするから、あんまり気にならない的な? 母娘が姉妹に見えるくらい普通だし」
「俺とパルミュナが父娘に見えるくらいだからな!」
「まーねー、だから個人としては、エルフって人間に羨ましがられることが多いけど、種族全体としては弱いから微妙かなー」
「いや、エルフは強いだろ?、肉体も魔法も寿命も全部」
「だから、それは種族じゃなくって『個人』としての話でしょー? 人間族に比べればずっと若くて寿命が長いとか言われるけど、それだってせいぜい二百年ちょいとか、そんな程度だもん」
「そうらしいな」
「だから、生まれて二十年も経たずに次の子供をポンポン産めちゃう人間族には、結局、増える数で敵わないのよ」
「ああ! 種族全体として増える力が弱いってことか!」
「そーゆーことー」
「うーん、確かに世の中ってのは結局、『数が多い方』の都合で動いていくからな...エルフ族よりも人間族が増えるスピードが早ければ、世の中はどんどん人間族中心っていうか、人間にとって都合のいい社会になっていくだろうなあ」
「うん、きっとそうなってくと思うなあー。そりゃあ人間もエルフも森で暮らしてた時代だったら、エルフ族は圧倒的な強者だったけど、街を作って暮らすようになったらさー、結局、最後は人間族には敵わないのよ」
「集団の力には勝てない、か」
「あと色々なモノをつくったりする文明とか? 魔法だって万能じゃないし、いくら個人が強くても、それで世の中が動くわけじゃないしさー」
「それ、一応は『勇者』の俺に言うセリフ?」
「てへっ」
「ま、もちろん俺だって自分の働きで世の中が変わるなんて思っちゃいないけどな。アスワンに頼まれた通り、俺に向いているって言われた仕事を引き受けただけだ」
「そーゆーのが、お兄ちゃんのいいところなのさー」
「可愛く言ってもダメだ。あとその兄妹っていうか従兄妹設定、いつまで続ける気だ?」
「んー、当分はこれでいいんじゃないのかなー。説明しやすいもん」
「まあ、それもそうか。こんな程度のことで嘘つく云々言ってても仕方ないよなあ」
徒然にそんな益体もないことを話しながら、俺とパルミュナは粛々とフォーフェンの街へ向けて歩き続けたのだった。
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