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第54話 その頃、実家では

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「……今日で三日目か」

 魔法王国フェルミ。
 エドモンド伯爵の領地、その屋敷の執務室にて。

 地面を割らんばかりの勢いで降り注ぐ土砂降りを窓から眺めながら、リアムは呟く。

 リアムの表情に浮かぶ感情は焦り。

「流石にそろそろ止んで貰わねば……」

 もはや、神に祈るような気持ちだった。

 ここ数年、エドモンド伯爵の領地の気候は安定していて、水が枯渇することも溢れる事もなくすくすくと作物を育てていった。

 しかし今降り注いでいる雨は近年でも類を見ない土砂降りだ。

 降り始めは、ソフィアが嫁いだ三日前。
 それまでちょうど晴れ続きでそろそろ水源を潤したいと言われていた矢先の雨だった。

 最初は恵みの雨だとリアム含め農作物の担当者は喜んだものだが、雨は収まる事なく逆に水害が発生するレベルにまで発展している。

 領地内でも小川が氾濫しただとか作物がだめになりそうだという報告が上がってきて、リアムの頭を痛くしていた。

 ……三日前にエルメルを出たソフィアに対する心配など、欠片もなかった。


「ええい、考えても仕方あるまい」

 雨は自然の気まぐれそのもの。
 いかに魔法という神から与え給うた力があるとはいえ、矮小な人間如きが干渉できる領域ではない。

 これまでずっと天候は安定していたのだ。
 気を揉まなくても、明日にでも雨は収まるだろうとリアムは考えた。

 そう、思い込むことにした。

「それよりも……」

 今は屋敷の外よりも、中に気を遣わなければならない。

 ソフィアがこの屋敷を去ってから、各所に不具合が発生していた。

 料理の質の低下、屋敷内の清掃が行き届かなくなった、など。
 ソフィアが居なくなった事で機能しなくなった部分が多々あった。

 無自覚に能力が高いソフィアに依存し、使用人たちが怠惰を決め込んだ故の弊害であったが……。

「ソフィアめ……あれほど、引き継ぎをしっかりしろと言っただろう」

 あくまでもリアムのヘイトはソフィアへと向いていた。

 ソフィアのおかげでこの屋敷の諸々が維持出来ていたなど、今まで散々ソフィアを無能扱いしていたリアムのプライドが許さなかった。

 家事ならまだいい。
 ソフィアに押し付けていた事務仕事にまで不具合が発生しているのは困った事態だった。

 あまりコストはかけたく無いが事務周りは整備せねばと、経歴が優秀な後任がついたが彼曰く「こんな量、とてもじゃないですが捌き切れませんよ」と泣き言をほざく始末。

 ソフィアに出来てお前が出来ないわけが無いだろうと一喝して仕事にあたらせているが、効率が落ちているのは目に見えていた。

「クソ……イライラする……」

 そういった細かいストレスが、ソフィアが家を出て以降、続々と発生してリアムの胃袋をぎりぎりと締め上げていた。

「こうなったら……」

 折りを見て里帰りと称しソフィアを一時的に家へ呼び戻そうと、リアムは思いつく。
 
(父の命令のあらば、彼奴も断れないだろう……)

 そして引き継ぎの不手際について徹底的に糾弾し、今度こそ今いる使用人だけでも大丈夫な状態にさせるのだ。

 当然、引き継ぎが完了するまでエルメルに帰すつもりはない。

 魔力ゼロの落ちこぼれを今まで養ってきたこちらとしては、そのくらいして当たり前だと、リアムは思っていた。

 ニヤリと口角を釣り上げるリアム。

 これで、問題はある程度片付くだろうと満足げに頷いていると。

 ドンドンドン!!
 と扉が乱暴に叩かれた。

「リアム様、大変です! 急ぎ、お耳に入れていただきたい事が……」
「なんだ、騒々しい。入れ」
「失礼します!」

 入室してきたのは事務仕事を担当させている後任の男、ハリー。
 いわば彼はリアムの秘書のポジションだった。
 
「報告します!」

 一枚の羊皮紙を手に、ハリーは切羽詰まった様子で言う。

「エリギムの森付近で魔物が出没!」
「なんだと!?」

 ガタリと、リアムは思わず立ち上がる。

「何故魔物が……!! 近年は全く出現していなかったではないか!」
「そうは言われましても、私には……」
 
 リアムの叱責に、ハリーは怯えたように身を縮こませる。
 
「くそっ……状況は!?」
「はっ……ただいま兵が撃退に当たっております! 近隣の村への被害は出ていないようですが、なにぶん想定外の事態でして……対処に難儀している模様です……!!」
「馬鹿もの!! なんのための日頃の訓練なのだ! 住民への被害が出る前に、全力をあげて魔物を撃退するのだ!」
「はっ……承知いたしました……!!」

 わたわたと慌てて様子でハリーが退室する。

「ちっ……次から次へと……」

 どっしりと疲れた様子で、リアムは椅子に座り直す。
 
 途端に、背中を嫌な汗が伝った。

 降り止まぬ土砂降りに、突然の魔物の出現。

 何かこの領地に、とてつもない災難が迫っているような予感が、リアムの胸の中から沸々と湧き始めたのであった。
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