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第20話 小さな笑み(攻撃力:中)
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「何をやっているんだ?」
食後、テーブルでお皿を積み重ね始めたソフィアにアランが怪訝な顔で尋ねた。
「えっと、お皿を片付けようと」
「…………何故?」
「何故って……そういうものではないでしょうか?」
ごく当たり前のように言うソフィア。
事実、自分が使ったお皿を自分で片付けるのはソフィアにとって当たり前の事だった。
アランは眉を寄せた後、大きく息をつく。
「ソフィア様、こちらは全て食事係の使用人が片付けますので」
「ええっ、でも、結構量がありますが……」
「それが私たちの仕事ですので」
クラリスも当たり前のように言う。
今まで、自分の食事の片付けはおろか、家族の分の片付けまでせっせと行っていたソフィアにとっては驚くべき受け応えであった。
「そ、そうですか。でしたら……よろしくお願いいたします」
「はい。それと……言うタイミングを逃してしまい恐縮なのですが……」
少々言いづらそうにクラリスは言葉を並べる。
「私たちにはどうか、敬語は使わないでください」
「あっ……」
ソフィアは今気づいたように口を押さえた。
「私どもからすると、ソフィア様は主人であり上の立場のお方です。ソフィア様が私たちに敬語をお使いになられるというのは、外から見た時に少々違和感があると言いますか……」
「そ、そうですよね、そうでしたわね、ごめんなさい、配慮不足だったわ」
「いえ、とんでもございません。それでは、今後はよろしくお願いいたします」
「え、ええ。お願いしま……お願いね」
ソフィアがちぐはぐに言うと、クラリスは一礼して下がった。
言われて、気づいた。
もともと自分は貴族令嬢という立場だったことも。
そして、この国に来てからは大臣の夫人になったという事も。
使用人に敬語を使うなぞ常識ハズレも良いところだが、(おそらく常識から悪い方向に外れていた)実家での癖が、なかなか抜けないでいる。
ソフィアとクラリスのぎこちないやりとりを、アランは眉を寄せて眺めていた。
「色々と不慣れで……ごめんなさい、アラン様」
「気にするような事ではない。君には君の役割がある、ただそれだけのことだ。それに、急に環境が変わったのだ。初日という事で不慣れな事も多々あるだろう」
「お気遣い、ありがとうございます」
深々と頭を下げるソフィアに、アランは小声で呟く。
「……もっとも、君の実家はいささか違和感のある環境だったようだがな」
「え?」
「なんでもない。とにかく少しずつ慣れていけば良い」
「わかりました。ところで……私はこれから何をすれば良いでしょう?」
「む?」
「此度の婚約はお互いの利害関係によってもたらされたものと認識しております。なので、何か私に出来る事があれば、と……」
「君は今から働くつもりか?」
「そのつもりでしたが……」
変な事を言った自覚など毛頭ないソフィアはきょとんとしている。
アランは額の当たりを抑え天井を仰いだ後、それはそれは深いため息をついて言った。
「……今のところは、特にない。俺はまだ所用が残っているから、王城に戻る。今日は疲れただろうから、ゆっくり休め」
「は、はい! わかりました、あの……」
また、深々と頭を下げるソフィア。
「お忙しい中、夕食をご一緒いただきありがとうございました」
「……」
そんなソフィアの顎を、アランはくいっと持ち上げ自らの顔に引き寄せる。
「ひゃっ……?」
突然の事で変な声が出てしまったソフィア。
「その頭を下げる癖もどうにかせねばな。夫婦にしては硬すぎた」
眼前に迫った整った顔立ちに、ソフィアの胸のあたりから何から飛び出しそうになる。
「そうだ、そのくらい柔らかい表情だと良い」
その時、はじめて。
アランは小さく、ふ──と笑った。
しかしそれは一瞬のこと。
ソフィアを解放し、アランは背を向ける。
顔を真っ赤っかにしたソフィアは、しばらくの間のその場から動く事が出来なかった。
食後、テーブルでお皿を積み重ね始めたソフィアにアランが怪訝な顔で尋ねた。
「えっと、お皿を片付けようと」
「…………何故?」
「何故って……そういうものではないでしょうか?」
ごく当たり前のように言うソフィア。
事実、自分が使ったお皿を自分で片付けるのはソフィアにとって当たり前の事だった。
アランは眉を寄せた後、大きく息をつく。
「ソフィア様、こちらは全て食事係の使用人が片付けますので」
「ええっ、でも、結構量がありますが……」
「それが私たちの仕事ですので」
クラリスも当たり前のように言う。
今まで、自分の食事の片付けはおろか、家族の分の片付けまでせっせと行っていたソフィアにとっては驚くべき受け応えであった。
「そ、そうですか。でしたら……よろしくお願いいたします」
「はい。それと……言うタイミングを逃してしまい恐縮なのですが……」
少々言いづらそうにクラリスは言葉を並べる。
「私たちにはどうか、敬語は使わないでください」
「あっ……」
ソフィアは今気づいたように口を押さえた。
「私どもからすると、ソフィア様は主人であり上の立場のお方です。ソフィア様が私たちに敬語をお使いになられるというのは、外から見た時に少々違和感があると言いますか……」
「そ、そうですよね、そうでしたわね、ごめんなさい、配慮不足だったわ」
「いえ、とんでもございません。それでは、今後はよろしくお願いいたします」
「え、ええ。お願いしま……お願いね」
ソフィアがちぐはぐに言うと、クラリスは一礼して下がった。
言われて、気づいた。
もともと自分は貴族令嬢という立場だったことも。
そして、この国に来てからは大臣の夫人になったという事も。
使用人に敬語を使うなぞ常識ハズレも良いところだが、(おそらく常識から悪い方向に外れていた)実家での癖が、なかなか抜けないでいる。
ソフィアとクラリスのぎこちないやりとりを、アランは眉を寄せて眺めていた。
「色々と不慣れで……ごめんなさい、アラン様」
「気にするような事ではない。君には君の役割がある、ただそれだけのことだ。それに、急に環境が変わったのだ。初日という事で不慣れな事も多々あるだろう」
「お気遣い、ありがとうございます」
深々と頭を下げるソフィアに、アランは小声で呟く。
「……もっとも、君の実家はいささか違和感のある環境だったようだがな」
「え?」
「なんでもない。とにかく少しずつ慣れていけば良い」
「わかりました。ところで……私はこれから何をすれば良いでしょう?」
「む?」
「此度の婚約はお互いの利害関係によってもたらされたものと認識しております。なので、何か私に出来る事があれば、と……」
「君は今から働くつもりか?」
「そのつもりでしたが……」
変な事を言った自覚など毛頭ないソフィアはきょとんとしている。
アランは額の当たりを抑え天井を仰いだ後、それはそれは深いため息をついて言った。
「……今のところは、特にない。俺はまだ所用が残っているから、王城に戻る。今日は疲れただろうから、ゆっくり休め」
「は、はい! わかりました、あの……」
また、深々と頭を下げるソフィア。
「お忙しい中、夕食をご一緒いただきありがとうございました」
「……」
そんなソフィアの顎を、アランはくいっと持ち上げ自らの顔に引き寄せる。
「ひゃっ……?」
突然の事で変な声が出てしまったソフィア。
「その頭を下げる癖もどうにかせねばな。夫婦にしては硬すぎた」
眼前に迫った整った顔立ちに、ソフィアの胸のあたりから何から飛び出しそうになる。
「そうだ、そのくらい柔らかい表情だと良い」
その時、はじめて。
アランは小さく、ふ──と笑った。
しかしそれは一瞬のこと。
ソフィアを解放し、アランは背を向ける。
顔を真っ赤っかにしたソフィアは、しばらくの間のその場から動く事が出来なかった。
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