19 / 65
第19話 水の精霊魔法
しおりを挟む
ほどなくして、ソフィアの涙は止まった。
その後、何事も無かったかのように食事は進んだ。
その気遣いはソフィアにとって大変ありがたいものだった。
先程溢れ出た悲しみは、目の前に広がる料理の美味しさによって一瞬にして吹き飛んだ。
シェフが一級というアランの言葉はまさに実で、ソフィアは数々の料理に舌鼓を打った。
「……!!」
ステーキは一口食べた瞬間、つま先から頭にかけて衝撃が走る。
口の中にソースと肉の旨味がじゅわり広がり思わず目を閉じてしまう程だった。
蒸した海老は大きくてぷりぷりで食べ応え抜群。
こんなに肉厚な身は初めてだった。
クリームパスタも溶けてなくなるほどトロトロで後を引く美味しさ。
鱈子の粒々のピリッとした辛味にほどよく甘いクリームが絡んでいた。
これが一人の食事だったら、ソフィアはどの料理を食べても美味しい美味しいとオーバーな感情表現をしてはしゃいでいた事だろう。
心の中に残っていた理性がギリギリ、ソフィアを淑女のままにしていた。
「君は本当に美味しそうに食べるな」
どうやらアランから見ると、ソフィアから美味しいオーラが溢れ出ていたらしい。
「ご、ごめんなさい、どれも美味しくて、つい……」
「何を謝る事があるのだ? 美味しいものを美味しいと食べるのは当たり前のことだろう」
そう言ってアランは、一切れが拳大ほどある肉の塊を頬張った。
一口が竜のそれである。
「そういえば、気になったのですが」
視線だけで“なんだ?”と尋ねるアラン。
「アラン様の本来の姿……竜の身体の大きさにしては、この食事量だと足りないような気がするのですが、大丈夫なのでしょうか?」
肉を飲み込んでから、アランは答える。
「あの姿は主に精霊力で動いているからな。食事のエネルギーはさほど使っていない」
「なるほど、そういう仕組みなのですね」
「とはいえ腹は減る。だから栄養はしっかりと摂らねばならない」
もりもりと食べ進めるアランの食欲は止まる事を知らず、あれだけあった大盛り夕食がもうほとんど空になっていた。
ついでにソフィアのコップの水もそろそろ空になりかけている。
「こちら、お入れします」
すかさずクラリスがやってきて、ソフィアのコップを手に取る。
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」
「仕事ですので。……水の精霊よ」
クラリスがそう言うと、ぼうっとコップが光った。
すると次の瞬間、コップの中に液体が魔法のように現れる。
ちゃぷんと波打つ不純物のない透明なそれは紛れもなく水だった。
「わ、すごい! クラリスさんも、魔法使いなのですか?」
「厳密には、精霊魔法です」
「あ、そうでした」
フェルミでは魔法。
エルメルでは精霊魔法。
この区分けに早く慣れないといけない。
「精霊魔法も、色々使えて便利そうですね」
「私の力は平均的ですので、一度にこれくらいしか水は出せません。なので本当に、日常的に使えるくらいです」
クラリスから受け取った水を口に含む。
しっかりと冷たくて、美味しい水だった。
「私の精霊力って、結構あるんですよね?」
ふと、アランに尋ねる。
「結構、どころではないな。水の精霊魔法一つ取ってみても、下手するとこの部屋が水浸しになるくらいの威力を持っているかもしれない」
「いや、流石にそれは……」
ないだろう。
エドモンド家きっての天才と言われた妹のマリンの水魔法でさえ、一度に発生させられる水はひと抱えほどある大きな桶サイズくらいだった。
それでも凄い凄いと持て囃されていたのだから、この部屋を水浸しに……と言われても現実味が無かった。
無かったけど、冗談など微塵も感じさせないアランの真面目な横顔を見ていると、なんだか怖くなってきた。
「いずれわかる」
そう言って、アランは残りの肉にナイフを入れるのであった。
その後、何事も無かったかのように食事は進んだ。
その気遣いはソフィアにとって大変ありがたいものだった。
先程溢れ出た悲しみは、目の前に広がる料理の美味しさによって一瞬にして吹き飛んだ。
シェフが一級というアランの言葉はまさに実で、ソフィアは数々の料理に舌鼓を打った。
「……!!」
ステーキは一口食べた瞬間、つま先から頭にかけて衝撃が走る。
口の中にソースと肉の旨味がじゅわり広がり思わず目を閉じてしまう程だった。
蒸した海老は大きくてぷりぷりで食べ応え抜群。
こんなに肉厚な身は初めてだった。
クリームパスタも溶けてなくなるほどトロトロで後を引く美味しさ。
鱈子の粒々のピリッとした辛味にほどよく甘いクリームが絡んでいた。
これが一人の食事だったら、ソフィアはどの料理を食べても美味しい美味しいとオーバーな感情表現をしてはしゃいでいた事だろう。
心の中に残っていた理性がギリギリ、ソフィアを淑女のままにしていた。
「君は本当に美味しそうに食べるな」
どうやらアランから見ると、ソフィアから美味しいオーラが溢れ出ていたらしい。
「ご、ごめんなさい、どれも美味しくて、つい……」
「何を謝る事があるのだ? 美味しいものを美味しいと食べるのは当たり前のことだろう」
そう言ってアランは、一切れが拳大ほどある肉の塊を頬張った。
一口が竜のそれである。
「そういえば、気になったのですが」
視線だけで“なんだ?”と尋ねるアラン。
「アラン様の本来の姿……竜の身体の大きさにしては、この食事量だと足りないような気がするのですが、大丈夫なのでしょうか?」
肉を飲み込んでから、アランは答える。
「あの姿は主に精霊力で動いているからな。食事のエネルギーはさほど使っていない」
「なるほど、そういう仕組みなのですね」
「とはいえ腹は減る。だから栄養はしっかりと摂らねばならない」
もりもりと食べ進めるアランの食欲は止まる事を知らず、あれだけあった大盛り夕食がもうほとんど空になっていた。
ついでにソフィアのコップの水もそろそろ空になりかけている。
「こちら、お入れします」
すかさずクラリスがやってきて、ソフィアのコップを手に取る。
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」
「仕事ですので。……水の精霊よ」
クラリスがそう言うと、ぼうっとコップが光った。
すると次の瞬間、コップの中に液体が魔法のように現れる。
ちゃぷんと波打つ不純物のない透明なそれは紛れもなく水だった。
「わ、すごい! クラリスさんも、魔法使いなのですか?」
「厳密には、精霊魔法です」
「あ、そうでした」
フェルミでは魔法。
エルメルでは精霊魔法。
この区分けに早く慣れないといけない。
「精霊魔法も、色々使えて便利そうですね」
「私の力は平均的ですので、一度にこれくらいしか水は出せません。なので本当に、日常的に使えるくらいです」
クラリスから受け取った水を口に含む。
しっかりと冷たくて、美味しい水だった。
「私の精霊力って、結構あるんですよね?」
ふと、アランに尋ねる。
「結構、どころではないな。水の精霊魔法一つ取ってみても、下手するとこの部屋が水浸しになるくらいの威力を持っているかもしれない」
「いや、流石にそれは……」
ないだろう。
エドモンド家きっての天才と言われた妹のマリンの水魔法でさえ、一度に発生させられる水はひと抱えほどある大きな桶サイズくらいだった。
それでも凄い凄いと持て囃されていたのだから、この部屋を水浸しに……と言われても現実味が無かった。
無かったけど、冗談など微塵も感じさせないアランの真面目な横顔を見ていると、なんだか怖くなってきた。
「いずれわかる」
そう言って、アランは残りの肉にナイフを入れるのであった。
13
お気に入りに追加
2,957
あなたにおすすめの小説
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす
みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み)
R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。
“巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について”
“モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語”
に続く続編となります。
色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。
ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。
そして、そこで知った真実とは?
やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。
相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。
宜しくお願いします。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました
ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】
ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です
※自筆挿絵要注意⭐
表紙はhake様に頂いたファンアートです
(Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco
異世界召喚などというファンタジーな経験しました。
でも、間違いだったようです。
それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。
誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!?
あまりのひどい仕打ち!
私はどうしたらいいの……!?
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる