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第112話 気がつくと、好きで好きでたまらなくなっていた、でも──
しおりを挟む土曜日、治くんとデート!
なななんと、治くんがリードしてるらしい!
行く場所もお店も、全部決めてくれた。
治くんが、まさかの……ぬふふふふふ、嬉しみ……!!
今まで私がグイグイ引っ張ってたから、すっごく新鮮だった!
というわけで、うきうきるんるんで、治くんの後ろについて行った。
おお、これはこれは……なんというか、安心感がある。
とても良き良き。
お昼はスープパスタのお店へ。
料理を待っている間、自由の女神について淡々と語る治くんはカッコよくて相変わらず博学だなあ、すごいなーって思った。
スープパスタは美味しくて、ボリュームもあって最高だった!
私も完全に、治くんのセレクトしてくれるお店に胃袋を掴まれてるみたい(笑)
あと、面白い変化にも気づいた。
「日和にしては珍しく、王道なメニューにしたんだね」
確かに!
以前まで必ずユニークメニューを頼んでいた私が、一番人気のパスタを頼んでいた。
完全に治くんの影響だね、こりゃ。
なんだか嬉しいな。
なんでだろうね。
◇◇◇
治くんに手を引かれて次にやってきたのは、チームレボ!
前々からずっと行きたいって思ってたから、わああああってなった!
中はすっごくキラキラしてて綺麗でいい匂いで素敵な音楽がかかっていて御伽の国の世界みたいで……ああもう、言い始めたら止まらない!
とにかく最高だった!
テンションがばこーんって急上昇!
水のエリアではしゃぎすぎて、思わずコケそうになった(笑)
それを、治くんが防いでくれた。
腕を掴んでくれた途端、うお、治くん、意外に力あるんだって、びっくりした。
ちゃんと、男の子なんだ。
そう思うと、胸のドキドキが止まらなかった。
あー……好きだなあ。
──胸の中を、物寂しい風がひゅうっと吹いた。
◇◇◇
チームレボの後は4DXで映画を見て、カフェで感想会を開いて、ゲームセンターへ!
せっかくだから二人で楽しめる対戦型のゲームをセレクトした。
ゲームは学校帰りにたまに行くから、そこそこ自信あった……あったのにい!
治くん、謎にゲームの素質があってどの台も一瞬で上達してしまった。
なるほど、ここをこうしてこうすればこういう結果になるのかと、ゲームの解法をその都度論理的に解き明かしているみたいだった。
す、凄すぎる……。
さては治くん、隠れたダイヤモンド原石だったな?
これはこれで盛り上がって楽しかったけど……でも、なんか悔しい!
こうなったら、最後の勝負!
ということで、個人的には結構自信のあるUFOキャッチャーコーナーへ。
どの台にしようか……あーー!! もふもふニャン子いる!
私のもふもふ至上主義どストライクなぬいぐるみを見つけてしまって、勝負のことなんか頭から吹き飛んでしまった。
ぜ、絶対にゲットする!
そう意気込みコインを投入するも、
ぽとり。
ぽとり。
ぽとり。
うわーーん!
とれないよー!!
ううぅ……もふもふニャン子がぁ……。
項垂れている私に変わって、治くんが挑戦してくれた。
き、気持ちは嬉しいけど、そこそこUFOキャッチャーに自信があった私でも全然だったから、治くんがやってもなかなかきびし……。
がしっ、ういーん、がこん。
うそー!?
すごいすごいすごいーー!!
原石どころじゃない、ダイヤモンドだよこれは!!
興奮してぴょんぴょん跳ねてしまった私に、治くんはもふもふニャン子を差し出してくれた。
って、えっ?
「そもそもこれは……日和に喜んで欲しくて、とったものだから」
へあっ……。
うぅ~…………もぉーもぉーもぉー。
また、不意打ち、ずるい、本当にこの人は、もぉーー。
こんなんされたら……もっと好きになっちゃうじゃん。
好きに……なっちゃったじゃん。
嬉しくて嬉しくて……もふもふニャン子をぎゅっと、胸に抱いた。
……この子の名前は、『もちづき』にしようって、自然に決めた。
これでちょうど、『もちづき』と『おさむ』だ。
頭の中で響きを反芻すると、また、にやけが止まらなくなった。
くふふふふ、なんでだろ。
──胸中では、物寂しい風がびゅうっと吹いていた。
◇◇◇
晩御飯は肉バルのお店!
あんまりこない雰囲気のお店だったから、ちょっぴり緊張っ……。
でも、がっつり肉! ってメニューがたくさんあって、またまたテンション爆上がり!
本当、わかってるなあーもうー。
いつも部屋で食べてる時みたいに、他愛のない会話をして、料理の感想を言い合って、笑って舌鼓を打った。
その途中、治くんの表情に柔らかい笑顔が浮かんでいるのを見て、胸がきゅんってなった。
いつも仏頂面の治くんがたまに見せる、子供みたいにあどけなくて、純粋で、可愛らしい笑顔。
私が図書館で初めて目にしたあの笑顔と、ちっとも変わってない。
ああ、その笑顔、やっぱり好きだなあって、改めて実感する。
……そこでふと、あることが頭に浮かんだ。
もしかすると私は、図書館で治くんと初めて出会ったその瞬間に恋をしたんじゃないかって。
治くんに貸してもらった本に書いてあった。
人は初めて会った異性に対し、たったの0.5秒で「好きかどうか」を判別しているらしい。
だから、じゃない?
図書館での邂逅のあとも、治くんと仲良くなれないかなーとか、思ったりしたのも。
治くんに力を見られた時も、なんか大丈夫かもって思ってしまったのも。
ほんの少し言葉を交わしただけなのに、この人のことをもっと知りたい、仲良くなりたいって思ったのも。
全部、全部、全部。
出会ったその瞬間から、好きだったからじゃないのかな?
だって遺伝子レベルで惹かれあってるんだもん!
そりゃあ抗えないよ(笑)
……なんて、ね。
実際のところ、どうなのかはわからない。
治くんの言葉を借りるなら、そんなの誰も観測してないし、証明のしようもない。
だから結局のところ、『私がいつ、治くんの事を好きになったのか』
なんてのは、答えるのが難しい質問だ。
でも、確実にこれは言えるんだ。
私は治くんといつ、どこで出会ったとしても、必ず好きになっていた、ってことだけは、確実に。
だからきっと、治くんとの出会いは運命なんだって、今ではそう信じてる。
ちょっとくさい言い方だけど(笑)
でもそう思った方が素敵だし、ロマンチックだし、なにより治くんとの毎日が、もっと大切に感じられる。
だから本当に、本当に、治くんと出会えてよかった。
これからも毎日、一緒にいたい……いたいのになあ……。
──胸の中を、物寂しい風がびゅうびゅうと吹いた。
◇◇◇
お店を出た後、ちょっぴり名残惜しい気持ちと共に駅へ向かおうとした私に治くんは、
「最後にもう一箇所、付き合ってほしい場所があるんだけど」
そう言って私を、海に面した小さな公園に連れて行ってくれた。
「わーーきれーー!!」
言葉通り、そこからは本当に綺麗な夜景が臨めた。
名残惜しい気持ちなんて、夜風と一緒に吹き飛んでしまった。
最後にこんな素敵なプランを考えてくれていただなんて……本当に、もう、どれだけ私を喜ばしたら気がすむのー。
嬉しさがとめどなく溢れて、収まらなくて。
寒さを口実にして、治くんにぎゅーをおねだりした。
すると治くんは、この方が二人で夜景が観れるからって、後ろからぎゅーしてくれた。
……。
…………はあー、もう。
好き。
好きだなあ、治くんのこと。
好きで好きで、もう、好きしか言えない。
でもそれを、言葉にはしない。
治くんに想いを……告げることはしない。
……ああ、そうか。
告白をしなかった本質的な理由が、なんとなく、感覚としてわかってしまった。
それは心の奥の奥の底に眠ってあって、今までずっと隠れていた新しい感覚。
この感覚は、たぶん……だめっ。
ぎゅっと目を瞑る。
『それ』を言語化してしまったらきっと私は、ダメになってしまう。
もう、なんかいろいろと、情けないことになる。
それは、よくない。
今ここで、壊れるわけにはいかない。
治くんが楽しくて明るくて、笑顔に溢れた最高の1日にせっかくしてくれたんだもの。
それをここでぶち壊しちゃいけない。
だからこの感覚は、今は言葉にしないで蓋をして、自分の心の中だけに留めておこう。
さっきから心の中をびゅうびゅうと吹いている物寂しい風にも気づかないふりをして。
もう少し、もう少しだけ、我慢しよう。
そう、思ったてたのに、さ……。
──大きくてカラフルでキラキラとした花が、爆音とともに夜空を彩る。
今、私の目の前で、夏の風物詩のはずの花火が、透き通った冬空に何重にもなって咲き誇っていた。
あまりに予想外の展開に、惚けてしまった。
治くん曰く、冬に開催される花火大会とのこと。
本当に見せたかったのは、こっちだったらしい。
私のために、この光景を……。
そう思うと、もう、なんかもう、色々と堪えきれなくなってしまった。
空に咲く煌びやかな色を目にするたびに、幸せが、胸を満たしていく。
どーん、どーんと、胸を突き上げるような音のたびに、心を目一杯まで満たして収まりきらなかった想いが、溢れていく。
それに呼応するように、抑え付けていたいたはずの物寂しい風が、荒れ狂う嵐となって胸の中を暴れ始めた。
……。
…………。
………………あー。
だめ。
もう、だめ。
自覚する。
私が、私自身が、崩壊していく感覚を。
自分の中だけに留めておくことも、気づかないふりをするのも、我慢も、辛抱も、蓋をするのも。
もう、むり、だ。
むり……だよう。
瞳の奥に熱が灯る。
すぐに瞼(まぶた)が湿る感触。
次第にぼやけていく花火の輪郭。
頬を、熱いものが伝う。
それは自分でもびっくりするくらいとめどなく溢れてきて、最後の理性も一緒に洗い流してしまった。
それに伴って言語化されてしまう。
私が治くんに告白できなかった理由。
それはもう、わかってしまえばとてもシンプルだ。
私は──治くんと『確かな関係』になるのが怖かったんだ。
もしも、好きだって、付き合ってくださいって、恋人になりたいですって口にして。
治くんもそれに応えてくれて、恋人になって、今よりもずっと深い関係を築いて。
それから──離れ離れになってしまったら。
考えるだけで、恐怖だった。
頭がどうにかしてしまいそうだった。
確かな関係になってしまったら、治くんに対する想いは今とは比べ物にならない量になる。
想いの量が多くなれば多くなるほど、離れた時の悲しみや辛さは深いものになる。
その時が訪れてしまったら私はきっと、本当に、壊れてしまう。
絶対に耐えられない、耐えられるわけがない。
だから私は、自分を守った。
曖昧な関係のままだったら、まだ自分の気持ちに割り切りがつけられる。
たとえ離れても、まだ、なんとか耐えられる。
そう、私は自分を守ったんだ。
他でもない私自身が、壊れないために。
最低だ、私。
本当に、自分勝手だ。
治くんは私のことを、人のことを想いやれるすごい人だと言ってくれた。
全然違う。
笑顔で見送って、「またね」って手を振ろうって、そう決めていたのに。
私の我儘で治くんの人生に干渉するのは間違っている、そう思っていたのに。
でも、でも、でも。
それ以上に、それ以上に。
次々と浮かび上がる治くんの表情。
無表情、仏頂面、困る顔、たまに浮かべる柔らかい笑顔。
鳴り止まない治くんの声。
平坦だけど注意深く聞くとちゃんと抑揚のある声。
──治くんと、離れたくない!
治くんともっと一緒にいたい!
治くんと1日たりとも離れたくない!
治くんと1秒たりとも離れたくない!
治くんとこれから何年も離れ離れになるなんて、考えられない!
だって、だって……!!
治くんの事が、好きで好きで好きで、どうしようもないくらい本当に大好きだから……!!
浅はかで自分勝手で子供じみた感情が胸中を暴れまわる。
呼吸が不規則になって息苦しくなって心臓もうるさくて体温も火傷しそうなほど上昇してしまう。
ああ、なんで。
なんで、好きという感情は、こうもコントロールが効かない代物なんだろう。
自分の状況も周囲の関係性も全部無視して、治くんのことしか考えられなくなってしまう。
治くんのことで頭がいっぱいになって、冷静な判断力を失ってしまう。
判断力を失った結果……一番大好きな人さえも、困らせてしまう。
その点、治くんを羨ましいと思った。
治くんみたいに理性主体で生きることができれば、感情に振り回されることもなく、周囲に迷惑もかけることもないだろう。
今回の件だってそうだ。
治くんならきっと、我慢できる。
私と何年離れたってきっと、大丈夫だ。
ちゃんと自分を保って、しっかりと日々を送れるだろう。
治くんのそういうところは、改めてすごいと思う。
すごいよ、本当に。
それに比べて私は……ごめんね。
今から治くんを、何よりも大切な人を、困らせることを言う。
ああ本当に、ごめん。
胸の奥から突き出てくる激情。
抗う理性はもう消えてしまった。
抑えるのは無理だった。
ここ数ヶ月間、抑え付けていた想いが爆発していた。
身体をくるりと治くんの方に向け、抱きつく。
そして、押込められていた言葉たちのひとつめを漏らした。
「離れたく、ない……」
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