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第105話 日和とデート⑤

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 ゲームセンターを出た後は、小腹が空いたと主張する日和に連れられクレープ屋さんに寄った。
 いちごと生クリームたっぷりの甘ったるいクレープを二人でシェアして食べ終える頃には、そこそこ良い時間になっていた。

「ねえねえ、晩御飯はどうする!?」
「さっき食べたクレープはなに?」
「あれくらいじゃおやつにもならないよー」
「日和にとっては砂糖粒だろうね。お店予約してあるから、そろそろ行こうか」
「えっ、予約してあるの?」
「しないと、土曜の夜はどこも満席になっちゃうから」
「ほあー……こういうところ抜かりないの、本当にすごいなー」

 日和がナイアガラの滝でも見るような視線を向けてくる。

「待ちで時間を使っちゃうのも勿体ないし」
「それは確かに確かに」
「日和はそのまま特攻タイプ?」
「あははっ、特攻って」

 口に手を当てくすくす笑う。

「そうだねえ……美味しそう! って思ったお店に、ふらふらっと吸い寄せられちゃうタイプ!」
「予想通り過ぎる」

 とりとめのないやりとりを交わしつつ、目的のお店へ。
 そこは、ワインが似合う肉バルのお店だった。

「わわっ、なんかすごく高そうなんだけど、大丈夫?」
「雰囲気はそれっぽいけど、意外とリーズナブル」
「あ、ほんとだ。おおっ、牛ハラミの姿焼きとか、これ絶対美味しいやつじゃん!」
「個人的には、ローストポークのラクレットチーズがけが気になる」
「わああそれも美味しそー……というか、全部美味しそう!」
「全頼みしたら当分お茶漬け生活になるから、気をつけてね」
「うははっ、確かに」

 注文を終えてから日和は、ほおほおと興味深げに店内を見回し始めた。
 こういう店は、滅多に来ないのだろう。
 僕もあまり来ないので、妙なそわそわ感があった。

「あっちゅーまに夜だねえ」

 ぽつりと、どこか名残惜しげな声が溢れる。

「わからんでもない。僕も、さっきまで昼だった気がする」
「私も私も! ついさっきまでお布団の中にいたのに」
「時間の圧縮率とんでもないことになってる件」
「それだけ楽しかったってことだよん」
「楽しい時間はあっという間に過ぎる、ってやつ?」
「そそ! おっ、ということは治くんも楽しめたんだね?」  
「うん、楽しかった」

 断言する。

 日和と過ごした今日1日は、本当に早く感じられた。
 こんなに楽しい毎日が繰り返されたらあっという間に寿命がきてしまうのではないか、そう思うほどに。

 それはそれで、なんだか物寂しい。

「ふふっ、そっか」

 満足げに瞳を躍らせる日和。
 ふんふんと上機嫌に鼻歌を奏でる日和を見ていると、この後控えているメインイベントが頭を過ぎった。

 ……もうすぐ、その時はやってくる。
 
 何時に、どこで、どういうシチュエーションで。
 予定は全部、自分の中で決まっている。

 その時が刻々と近づいていることを再度実感すると、次第に息が苦しくなってきた。
 どこか落ち着かない、焦点が定まらない、無意識に指やつま先が疼く。

 センター試験当日の緊張が可愛く思えてくるくらい、僕は緊張の真っ只中にいた。

 落ち着け。

 大事な場面で言葉が出なかった、という展開だけにはなってはならない。

 そうならないためにも一旦落ち着けと、自分に言い聞かせる。

「お待たせ致しましたー、梅酒のソーダ割りと、コーラになります」

 僕の喉の渇きを察知したかのようなタイミングでドリンクがやってきた。

「おっ、きたきた。乾杯しよ、乾杯!」

 僕の胸襟など知る由もない日和の陽気な掛け声で乾杯してから、グラスに口をつける。
 
 そして、首を傾げた。
 おかしい、あんまり味がしない。

 不思議に思いながらぐびぐびやってると、

「おおーっ、いい飲みっぷり」
「あ」

 かろんころんと、氷が音を立てた事に一抹の驚きを覚えた。

「珍しいね、治くんが一気飲みだなんて」
「……今日はたくさん歩いたから、喉乾いていたのかも」
 
 多分それはサブ的な理由な気がするけど、そう返しておく。

「言われてみれば、私も喉乾いてた!」

 僕と同じように、ぐびぐびっとコーラを喉に流し込む日和。
 
「ぷひゃあー、生き返るぅー」
「次もコーラでいい?」
「うん、ありがと!」

 日和が頷くと同時に、トレイに料理を載せた店員さんがやってきた。

「お待たせ致しましたー、シーザーサラダと、牛ハラミの姿焼きと、ローストポークのラクレットチーズがけと……」
「おおおお美味しそーー!」

 わー、ぱちぱちと小さく手を叩く日和の傍ら、梅酒とコーラを注文する。

「いただきます!」
「いただきます」

 店員さんが去ってから、僕らは手を合わせた。

 ナイフとフォークを駆使して、肉に食らいつく。

 牛ハラミの網焼きは脂身と赤身とバランスがちょうどよく、噛めば噛むほど旨味が滲み出てきてとても美味。
 ローストポークも、とろっとろのラクレットチーズと厚切り肉が織りなすじゅわじゅわでまろやかな味が大変美味だった。
 
「んぅー、ほいひいー」

 ほっぺが落ちないように手を添えて、大変幸せそうな表情を浮かべる日和。
 味、質ともに満足ラインを突破したようで、一安心する。

 しばらく料理を突いていると、アルコールが回ってきたのもあって自然と気分が高揚してきた。
 先ほどの緊張も緩んできて、気がつくと純粋に日和とのディナーを楽しんでいた。

 料理の感想を言い合ったり、今日行ったスポットの話題で盛り上がったり、『最近あったちょっといいこと』的なお題を話したり。

 とりとめのない会話のひとつひとつがどこか心地よく、安心感をもたらす作用を持っていた。
 人と食事をして、言葉を交わすだけで、こんな気持ちを抱けることを、以前の僕は知らなかった。

 知れてよかった。

 そしてそれを教えてくれた日和には、感謝しかない。

 なんてことを言ったら、日和はどんな反応をするだろうか。

 興味は、ある。

 わたわたと慌てふためくだろうか?

 満面の笑顔を浮かべるだろうか?

 想像すると、自然の口の端が持ち上がった。

「治くん、ほんとよく笑うようになったね」
「え?」

 唐突に明後日の方向の言葉が飛んできて、素っ頓狂な言葉を漏らす。
 口を綺麗な三日月型にして、日和はまじまじと僕を見つめていた。

「そんなとぼけた顔してもダメー。最近の治くん、事あるごとにニコニコしてるよ」
「笑ってる? この僕が?」
「え、自覚ない?」
「いや……確かに、愉快な気持ちになった時とか、楽しい時とかに、どことなく口の端が持ち上がるような感覚はある」
「それを笑ってるって言うのー」

 うははっと、日和が可笑しそうに笑う。
 僕の笑顔なんかよりも、100万倍わかりやすい笑顔を浮かべて。

「治くんの笑った顔、やっぱ好きだな」

 ほんのりと頬を赤らめた日和が、どこか遠い昔を思い出すような表情で言う。

「ずっと仏頂面だった時にたまーに見せてた笑顔も良かったけど、最近浮かべる無邪気な笑顔もすごく好き」
「急にどうしたの」
「んーん、なんでも。ただ、好きだなーって、思っただけ」

 それは、僕も同じだ。
 僕も、日和が浮かべる太陽みたいな笑顔が好きだ。

 内心で呟いておく。

「そう、なんだ」

 今は顔が熱すぎて、これだけ返すのがやっとだった。

 日和はずっと、にこにこしたままだった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。
 テーブルいっぱいだった料理たちも、いつの間にか綺麗に無くなっていた。

「あーー、食べた食べた。お腹いっぱい」
「よく食べれたね」
「ふっふっふ、これが若さの力!」
「日和の力でしょ」
「だよね、えへへ」

 立ち上がる。

「そろそろ行こうか」
「うん!」

 会計を済まして外に出ると、2月の冷たい風が肌身を刺した。
 身体と精神は繋がっているので、心に物寂しい風が吹く。

 でも、先に外に出て待っててくれた日和の姿を確認すると、心の方は自然と温かくなった。

「ご馳走様!」

 ぺこりんと、日和が頭を下げる。

「どういたしまして。美味しかった?」
「うん、すっごく美味しかった! ありがとうね、本当に」
「どうってことない」

 つい、日和の頭を撫でる。

 どうしてか。
 理由は知らない。

 気持ちよさそうに目を細める日和。
 頭から手を離すと、日和はちょっぴり名残惜しそうな面持ちを浮かべて、

「じゃあ、かえろっか」

 日和が今日、はじめて先行して一歩踏み出す。
 その足は駅の方向へ向いている。
 後は帰るだけと、思っているのだろう。

 酔いは、とっくに冷めていた。

 これからが、本番だ。

「んぅ? どしたの治くん、忘れ物?」

 動かない僕を見て、日和がこてりんと首を横に倒す。

 バクバクとうるさい心臓を宥めつつ、大きく息を吸い込み、口を開く。

「あの、さ」

 きょとりとしている日和を真っ直ぐに見て、言葉を放った。

「最後にもう一箇所、付き合ってほしい場所があるんだけど」
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