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第46話 ハリーの思惑
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ヒストリカがエリクの屋敷で、楽しい誕生日会をしている時。
ガロスター伯爵家の屋敷の一室、ソファーの上。
「なに? ヒストリカが、あのエリク公と結婚?」
長めの金髪に濃いエメラルドの瞳。
ヒストリカの元婚約者にしてガロスター伯爵家の令息ハリーは、眉を顰めて言った。
「ええ。昨日参加したお茶会で聞いたの。エルランド公爵家と繋がりある友人が言ってたから、間違いなさそうよ」
ハリーに寄りかかるようにして座る女性……晴れてハリーの婚約者となったアンナが言う。
ふわっとした桃色のカールヘアに、人形さんのようにあどけない顔立ち。
生まれてからそして今に至るまで、『可愛い』の言葉を欲しいままにしてきたであろう容貌をしている。
「あの醜悪公爵とか。貰い手のない傷物にはお似合いの相手だな」
はんっと、ハリーは鼻を鳴らして言い放つ。
いい気味だと言わんばかりに、ハリーはくくくと笑った。
ハリーはまだ会った事はないが、エルセロナ家の当主エリクと聞いて浮かぶ印象は悪いものしかない。
その醜悪な容貌のせいで令嬢が怯えてしまい、今まで何度も婚約を破談させてしまった。
自身の容貌をなるべく人に見せたくないと極力社交界には顔を出さないようにしており、愛想も無く貴族間の付き合いも悪い。
本人の性格は根暗で卑屈、些細な事で怒りを露にし周りに当たり散らす暴君……などなど。
通常、噂には尾鰭背鰭が付き物で、大体は誇張されているだろうと考えるものだが、ハリーはエリクに付き纏う噂をそのまま事実として受け取った。
その理屈としては、自分が衆前でこっぴどく振った相手が、貴族の地位で言うと自分より格上の公爵と婚姻を結んだ事実は、ハリーの高いプライドを傷つけるからだ。
故に、たとえ公爵だとしてもとんだ事故物件と結婚をさせられたものだと、エリクの地位以外の部分を下げる事で自分を納得させていた。
「やっぱり、君を選んで正解だったよ。醜悪公爵と結婚させられるような令嬢なんて、僕にはふさわしくないからね」
「ふふっ、違いありませんわね」
甘い声で囁くように言ってから、ハリーはアンナの頬に軽く接吻をする。
ほうっと頬を朱に染めて、アンナは擽ったそうに目を閉じる。
それから甘えるように身を寄せてくるアンナを、ハリーは愛おしそうに撫でた。
(いいザマだな、ヒストリカ……)
もうさほど興味のない元婚約者のことを考える。
アンナと違って、可愛げも愛嬌も面白みもない女だった。
それどころか、女の分際で常に自分よりも優秀で、淡々とした口ぶりで正論をかましてくる。
忌々しかった。
今思い出しても腹が立ってくる。
こんな女と結婚出来るはずがない。
それよりも、このムカつく女に一泡吹かせてやりたい。
沸々とした怒りはやがて業火の炎になっていく。
そして、貴族学校時代のお気に入りの一人だったアンナと密かに密会を交わし、心を通わせ、多くの人々の間で恥をかかせてやった。
面白くない事に、婚約破棄に対してヒストリカはダメージを受けた様子は無かったが、結果としてあの醜悪公爵の元に嫁がされた事は、溜飲も下がるといったところだった。
(近々、顔を見に行ってやるのもやぶさかではないな)
ふと、そんなことを思った。
にやりと、口角が歪む。
あの、誰もを見下し強気の姿勢でいたヒストリカが憔悴し、疲弊し切った姿を見るのはとても愉快だろう。
しかし、ハリーの考えはそこまででは止まらない。
(あわよくば、一夜くらい共に……)
アンナがそばにいるにもかかわらず、ハリーの頭に唾棄すべき考えが浮かんだ。
ヒストリカとは、婚約関係を結んでいる時は身体を交えるどころか、接吻さえもしたくないと思っていた。
事実、彼女と行ったスキンシップといえば手を繋ぐ事くらい。
自分の性欲は密かに別の令嬢で満たしていた。
それなりに顔立ちが良く、学生時代に鍛えた立ち回りの狡猾さだけは一流のハリーにはお手のものだった。
もちろんヒストリカはその動きに気づいていたが、当のハリーはどうせバレていないだろうと今でも考えている。
閑話休題。
とにかくハリーは、今更ながらにヒストリカを顔と身体だけは魅力的な女だと思い始めていて、一度ご相伴に預かりたい欲がむくむくと頭を出していた。
一度関係を切ったゆえに、生じる魅力というものである。
認めるのも癪だが、ヒストリカはかなりの美貌の持ち主だ。
そして健康にも気を遣っていたのか、身体つきもなかなかのもの。
愛と性欲の発散は別だと思っているハリーに、ヒストリカと夜を共にする事に抵抗感はない。
そもそも公爵家の妻に手を出す事自体極刑ものだが、悪いようにはならないだろうという自信がハリーにはあった。
どうせぞんざいに扱われ、女として見られてもいないだろう。
いくらヒストリカでも憔悴しているに違いない。
そのような失意の中現れた、自分の良き理解者である元婚約者。
二言三言優しい言葉をかけてやって、慰めと称して夜を導いてあげれば、流石のヒストリカとて流されてくるに違いない。
冷静に考えて都合の良すぎる妄想でしかないのだが、これまで女性関係においてはさまざまな場数をこなしてきたハリーには、事はうまく運ぶであろうという根拠のない自信があった。
愚かで、賤しいとしか言いようがない自信である。
(手始めに今度、茶の約束でも取り付けるとしよう)
くく……と、アンナに聞こえないよう小さく笑うハリー。
ヒストリカとエリクが現在、どのような関係を築いているのか露知らないハリーは、楽観的にそんな事を考えるのであった。
──のちにその思考が、自身を破滅へと突き落としていくとも知らずに。
ーーーあとがきーーー
これにて一章完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ヒストリカとエリクの物語はまだ続きますが、一旦ここで区切らせていただきます。
いくつか別作品の更新や商業作品の締め切りがあるので、二章開始は少々お待ちくださいませ。
ここまで「面白かった!」「続きが楽しみ!」「二章も期待!」と少しでも思っていただけましたら、ブクマはそのままでコメントなどで応援いただけますと嬉しいです。いつもありがとうございます。
ガロスター伯爵家の屋敷の一室、ソファーの上。
「なに? ヒストリカが、あのエリク公と結婚?」
長めの金髪に濃いエメラルドの瞳。
ヒストリカの元婚約者にしてガロスター伯爵家の令息ハリーは、眉を顰めて言った。
「ええ。昨日参加したお茶会で聞いたの。エルランド公爵家と繋がりある友人が言ってたから、間違いなさそうよ」
ハリーに寄りかかるようにして座る女性……晴れてハリーの婚約者となったアンナが言う。
ふわっとした桃色のカールヘアに、人形さんのようにあどけない顔立ち。
生まれてからそして今に至るまで、『可愛い』の言葉を欲しいままにしてきたであろう容貌をしている。
「あの醜悪公爵とか。貰い手のない傷物にはお似合いの相手だな」
はんっと、ハリーは鼻を鳴らして言い放つ。
いい気味だと言わんばかりに、ハリーはくくくと笑った。
ハリーはまだ会った事はないが、エルセロナ家の当主エリクと聞いて浮かぶ印象は悪いものしかない。
その醜悪な容貌のせいで令嬢が怯えてしまい、今まで何度も婚約を破談させてしまった。
自身の容貌をなるべく人に見せたくないと極力社交界には顔を出さないようにしており、愛想も無く貴族間の付き合いも悪い。
本人の性格は根暗で卑屈、些細な事で怒りを露にし周りに当たり散らす暴君……などなど。
通常、噂には尾鰭背鰭が付き物で、大体は誇張されているだろうと考えるものだが、ハリーはエリクに付き纏う噂をそのまま事実として受け取った。
その理屈としては、自分が衆前でこっぴどく振った相手が、貴族の地位で言うと自分より格上の公爵と婚姻を結んだ事実は、ハリーの高いプライドを傷つけるからだ。
故に、たとえ公爵だとしてもとんだ事故物件と結婚をさせられたものだと、エリクの地位以外の部分を下げる事で自分を納得させていた。
「やっぱり、君を選んで正解だったよ。醜悪公爵と結婚させられるような令嬢なんて、僕にはふさわしくないからね」
「ふふっ、違いありませんわね」
甘い声で囁くように言ってから、ハリーはアンナの頬に軽く接吻をする。
ほうっと頬を朱に染めて、アンナは擽ったそうに目を閉じる。
それから甘えるように身を寄せてくるアンナを、ハリーは愛おしそうに撫でた。
(いいザマだな、ヒストリカ……)
もうさほど興味のない元婚約者のことを考える。
アンナと違って、可愛げも愛嬌も面白みもない女だった。
それどころか、女の分際で常に自分よりも優秀で、淡々とした口ぶりで正論をかましてくる。
忌々しかった。
今思い出しても腹が立ってくる。
こんな女と結婚出来るはずがない。
それよりも、このムカつく女に一泡吹かせてやりたい。
沸々とした怒りはやがて業火の炎になっていく。
そして、貴族学校時代のお気に入りの一人だったアンナと密かに密会を交わし、心を通わせ、多くの人々の間で恥をかかせてやった。
面白くない事に、婚約破棄に対してヒストリカはダメージを受けた様子は無かったが、結果としてあの醜悪公爵の元に嫁がされた事は、溜飲も下がるといったところだった。
(近々、顔を見に行ってやるのもやぶさかではないな)
ふと、そんなことを思った。
にやりと、口角が歪む。
あの、誰もを見下し強気の姿勢でいたヒストリカが憔悴し、疲弊し切った姿を見るのはとても愉快だろう。
しかし、ハリーの考えはそこまででは止まらない。
(あわよくば、一夜くらい共に……)
アンナがそばにいるにもかかわらず、ハリーの頭に唾棄すべき考えが浮かんだ。
ヒストリカとは、婚約関係を結んでいる時は身体を交えるどころか、接吻さえもしたくないと思っていた。
事実、彼女と行ったスキンシップといえば手を繋ぐ事くらい。
自分の性欲は密かに別の令嬢で満たしていた。
それなりに顔立ちが良く、学生時代に鍛えた立ち回りの狡猾さだけは一流のハリーにはお手のものだった。
もちろんヒストリカはその動きに気づいていたが、当のハリーはどうせバレていないだろうと今でも考えている。
閑話休題。
とにかくハリーは、今更ながらにヒストリカを顔と身体だけは魅力的な女だと思い始めていて、一度ご相伴に預かりたい欲がむくむくと頭を出していた。
一度関係を切ったゆえに、生じる魅力というものである。
認めるのも癪だが、ヒストリカはかなりの美貌の持ち主だ。
そして健康にも気を遣っていたのか、身体つきもなかなかのもの。
愛と性欲の発散は別だと思っているハリーに、ヒストリカと夜を共にする事に抵抗感はない。
そもそも公爵家の妻に手を出す事自体極刑ものだが、悪いようにはならないだろうという自信がハリーにはあった。
どうせぞんざいに扱われ、女として見られてもいないだろう。
いくらヒストリカでも憔悴しているに違いない。
そのような失意の中現れた、自分の良き理解者である元婚約者。
二言三言優しい言葉をかけてやって、慰めと称して夜を導いてあげれば、流石のヒストリカとて流されてくるに違いない。
冷静に考えて都合の良すぎる妄想でしかないのだが、これまで女性関係においてはさまざまな場数をこなしてきたハリーには、事はうまく運ぶであろうという根拠のない自信があった。
愚かで、賤しいとしか言いようがない自信である。
(手始めに今度、茶の約束でも取り付けるとしよう)
くく……と、アンナに聞こえないよう小さく笑うハリー。
ヒストリカとエリクが現在、どのような関係を築いているのか露知らないハリーは、楽観的にそんな事を考えるのであった。
──のちにその思考が、自身を破滅へと突き落としていくとも知らずに。
ーーーあとがきーーー
これにて一章完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ヒストリカとエリクの物語はまだ続きますが、一旦ここで区切らせていただきます。
いくつか別作品の更新や商業作品の締め切りがあるので、二章開始は少々お待ちくださいませ。
ここまで「面白かった!」「続きが楽しみ!」「二章も期待!」と少しでも思っていただけましたら、ブクマはそのままでコメントなどで応援いただけますと嬉しいです。いつもありがとうございます。
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