上 下
73 / 75
《Kaffeepause ☆カフェブレイク☆Cafépause》

【番外編】《塔の王子達を殺したのは誰なのか》その3

しおりを挟む

※『リチャード3世伝』を書いたトマス・モアと、彼の師ジョン・モートン枢機卿のステンドグラス。


 ところで、もう一度いったん話をもとに戻しますが、広く知られている2人の王子を殺したのはリチャード3世であるという話はどこから来たのでしょうか。

 それはヘンリー7世の時代にジェームズ・ティレルという男が、自分が絞首刑になる直前に、

「リチャード3世が2人の王子を殺害するように指示したので、自分達が実行した」のだと自白した---あるいは自白させられたからですが、これはいつの話だったかご存知ですか。

 彼の処刑は1502年5月です。リチャード3世が戦死したのは1485年8月で、17年もの時を経た後でしたが、これは妙に思いませんか?

 なぜティレルは17年も前の話を今更告白したというのでしょうか。

 しかも驚くことに、実はこの告白自体が本当にあったのかどうか、本当は誰もわかっていないのです。というのは、この頃の非常に著名な歴史本といえばトマス・モアの『リチャード3世伝』とポリドール・ヴァージルの『英国史』なのですが、この「ティレルの自白」はトマス・モアの『リチャード3世伝』においては、ティレルの死刑執行後から数年後に記載されているものの、当時のその他の書物にはもちろん、またポリドール・ヴァージルの『英国史』には、ジェームズの自白については全く記載されていないのです。

 ここでポリドール・ヴァージルとは一体誰なのか説明すると、イタリアの人文主義学者、司祭、外交官であり、50年イギリスに居住していまた。彼は、偉大なる歴史家でイギリスの影響力のある歴史書『英国史』を著述、「イギリス史の父」とも呼ばれています。

 そして一方トマス・モアは、彼もまた大変に有名なイギリス人の法律家、思想家、人文主義者であり、政治・社会を風刺した彼の書物『ユートピア』は有名ですが、最後はヘンリー8世により反逆罪で処刑された悲劇の人でした。この人物はヘンリー8世の離婚は認められないと異を唱えたことにより、ヘンリー8世の逆鱗に触れ、結局は処刑されてしまった悲劇の人で、この件から意志の硬い、骨のある人物のように見受けられますが、その彼が書いたと言われる『リチャード3世伝』---でもこれは彼が全部を本当に書いたものかどうかはわからないようです。

 というのも、この『リチャード3世伝』はもともとモアの書類の中から発見されたそうなのですが、当時印刷技術がない時代に書物を書き写すのは普通のことでした。モアは既に書かれた書物を書き写し、それに多少手を加えただけかも知れないという説もあるようで、そのもともとの著者はジョン・モートンだったではと言われたこともありました。

 なぜならトマス・モアは、 12歳から14歳の間、つまり1490年から1492年頃までモートンの家庭で小姓を務めていて、モートンから様々なことを学びました。またモアの歴史に関する大きな情報源はモートンでした。
なので、『リチャード3世伝』の話はモアはモートンから伝授されたことをまとめたという可能性は非常に高く、そしてこのモートンはリチャード3世を憎んでいました。

「彼は法律家から聖職者に転向した人物だが、史上最高の風見鶏だったのさ。まず、ランカスター側につき、エドワード4世が帰ってきて形勢が逆転するまで様子を見ていた。次に自分一人でヨーク側と和平を結び、次にエドワード失脚ののちには、ウッドヴィル家(エリザベス側)に戻り、次にヘンリー・チューダーにつき、最後はヘンリー7世の大僧正として枢機卿の帽子をかぶって終わった」とジョセフィン・ティは『時の娘』の中で、主人公グラント警部の言葉として彼をこのように評していますが、あの政権が反転し続けた時代に、高い地位でありながら、ランカスター朝、ヨーク朝、そしてチューダー朝の3世代の王朝を無事生き抜き、大出世までしたこのジョン・モートンのことを実際に信用に値する人物と信じてしまって良いのでしょうか?

 大抵の王とはうまくやっていた彼でしたが、リチャード3世に反旗を翻し、投獄され、一度全財産を没収されたことがあります。
その後フランドルに逃亡し、そこからリチャード3世への反対運動を続け、ヘンリー7世のフランスへの逃亡などを助け、その功績もありヘンリー 7 世はボズワースの戦いでの勝利直後にモートンをイングランドに呼び戻し、 1486 年 3 月 6 日、モートンは大法官に任命されたのでした。

 彼は偉大な人物だったと評される一方、フランスの蜘蛛王ルイ11世との金銭関係での癒着もあり、なかなかお金に対する執着もすさまじく、その彼が全財産を没収した「リチャード」がどれほど「憎し」という心境だったのは理解できます。

  その理由の1つは、自身も金に目がくらんでいて融通のきくエドワード4世と違い、直情怪行のリチャード3世はもともとジョン・モートンのフランスとの癒着には眉をひそめていたそうで、エドワード4世崩御の前、リチャードはこの2人を恥知らずと感じ、それもあり、さっさと自国の領土ヨークシャーに完全撤退していたようです。

  そもそもジョン・モートンは最初からリチャード3世が嫌いだったのです。

 その彼の話を聞いて過ごしていたトマス・モアが、尊敬する師であるジョン・モートンの全ての話をそのまま鵜呑みにし、書き上げたのが『リチャード3世伝』であり、その『リチャード3世伝』を元に戯曲となったのがシェークスピアの『リチャード3世』だったのです。

 例えばリチード3世のが肩が曲がっているという最初の記録は1491年だったそうです、もちろん『リチャード3世』にもそのように描かれていますが、彼の死後30年くらいで描かれたと言われているウィンザ-城の彼の肖像画はどうでしょうか。

  実はこの絵も確かに彼の肩が盛り上がっているのですが、なんとこの絵自体もそのように描きかえられたということが後世になって、X線照射によってわかったそうで、オリジナルのものはリチャード3世の肩の骨が盛り上がってなどいなかったのだそうです。

 彼の行い、性格のみならず、彼の容姿までもそのように描き直されているなんて、トマス・モアの『リチャード3世伝』とシェークスピア『リチャード3世』が後世の人々に与えた影響の強さに恐れ入ります。

 しかも時は、共にヘンリー7世からエリザベス1世のチューダー朝の時代でした。

 例えばイタリアのヒュ-マニストであったピエトロ・カルメリアーノはもともとの書物においてはリチャ-ドを賛美して書いていたのですが、ヘンリー7世の時代にはその部分はリチャードの名前はヘンリー6世の嫡男エドワードの名前に書き直されていたそうで、生存中と死後のリチャ-ドへの評価は全く反対であった証明とも言われています。

 時は中世の封建時代でした。封建時代の国王の権力がどれほど強大なものか現代の私達には多分想像も出来ないほどだったでしょう。

  国王への批判は、そのまま拷問の末の八つ裂きの刑という処遇になるのは明白なことでした。生まれた赤ん坊の時から、権力へのへつらいは当然のこと、いえ、そうしなければどれほどの財産家でも高い地位の貴族でも、一夜のうちに監獄へ送られ、一家全員斬首という宣告を受けても誰一人助けてくれない世の中だということは、国民全員の共通の認識だったのです。

 なので、結論から言うとトマス・モアの『リチャード3世伝』とシェークスピア『リチャード3世』は史実としては全く信用できない、チューダー朝のプロパガンダ本と言っても言い過ぎではないかと思います。

 なのでこの本に書かれている「2人の王子を殺したのはリチャード3世」であるという説は、そもそも最初からフィクションであり、創作物語であると言っても良いくらいで、これらの本にそう書いてあるから、真実なんではないか、というのは見当違いな考えであると言うことはおわかりいただけたと思います。

 ですが、
「それでもだからといって、2人の王子を殺したのはリチャード3世じゃないとは言えきれないのではないか」という意見も出てくることでしょう。

 今回あまり進展もなく思われたら申し訳ないのですが、どうしても一度はこの話を検証したく、それをしないままに先へ進みたくなかったのです。

 次回は、これらの事を踏まえた上で、もう一歩踏み込んだ説をご紹介させていただきますね。

 もう少しお付き合い頂けますと有り難いです。



Copyright@2023-kaorukyara
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

局中法度

夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。 士道に叛く行ないの者が負う責め。 鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。 新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。

処理中です...