上 下
62 / 75
【第2章】赤い薔薇と白い薔薇

その58✤お腹の子の父は

しおりを挟む

※こちらは「ラビーの薔薇」とも「誇り高きシス」とも呼ばれたセシリー・ネヴィルの肖像画。彼女の2人の息子はイングランド国王に、孫娘はイングランド王妃に、そしてひ孫もまたイングランド国王になる。つまりかの有名なヘンリー8世の曾祖母が彼女であった。ヘンリー8世以降のすべてのイングランドおよびその後の英国の君主は、エリザベス オブ ヨークの子孫なので、したがって今に続く英王室の血筋がセシリー・ネヴィルから来ているということになる。



 セシリーはベアトリスに単刀直入に尋ねた。

「貴女のお腹にはもしや稚児(やや)がいるのではないですか?」
ベアトリスは寝台に横になったまま、静かに頷き、消え入りそうな声で答えた。
「多分、そうかと……」ベアトリスにはこの体調の悪さの理由ははっきりわからなかったが、今まで経験したことがない身体の変化が身の上に起きているということは理解していた。

 ここのところベアトリスは顔色が悪いだけではなく、全身までも血の気が抜けたほど真っ白になり、ほとんど食事は取らず、細い体はますます細くなっていた。
食事も取っていないのにも関わらず、嘔吐を繰り返し、食欲すら全くないようだった。
子供を13回も身ごもった経験のあるセシリーにはこの状況は明白だった。ひどい悪阻(つわり)の症状だった。

 産婆も呼び診察させてところ、子供を身ごもっているのは間違いないということだった。


 ただセシリーにとって問題はそれが誰の子なのかということだった。

 もしエドワードの子であるのなら、今となってはロンドンのエドワードの元へ連れていくのも問題はないかもしれない。例えベアトリスが彼を愛していなかったとしても、エドワードがベアトリスへ執着していることも、これまた確かだった。

 エドワードは、ベアトリスとの間に自分の子ができたと知ればどれほど喜ぶだろう。ベアトリスも子供のためと思えば、エドワードを受け入れる日も来るかもしれない。

 ただこの時世ではランカスター家出身のベアトリスを王妃にできるかどうかは不明ではあるが---エドワードは今やただのマーチ伯爵でもーク公爵でもなく、6月には正式にイングランドの国王になるのだ。

 エドワードは王になった今では、すべてを自分の一存で決定するわけにはいかない立場になり、ベアトリスは果たしてロンドンの議会においても王妃として認められるだろうか、それは彼女にも全く分からなかった。

 イングランド国王の結婚において、その王妃になる者は一番に政治的な面から検討される必要があるからだ。
 
 しかしそれにしても考えれば考えるほど、なんという大逆転劇が起こったのだろうか。

 夫リチャードが生きていればそれこそ涙を流し歓喜したことだろう。
彼が果たせなかった夢を、息子が成し遂げたのだ。

「しかし、それもこれも12月30日のウェイクフィールドの戦いにおいて愛するリチャードとエドムンド、我が兄ソールズベリー伯の犠牲があったればこそ、であろう。
そして甥のウォリック伯のロンドンでの凄まじい人気ぶりが、エドワードを国王にすることを後押ししたと聞いている。我が一門の皆の思いが全知全能の神に届いたのだ」

 そう
「正義は果たされた」とセシリーは確信していた。

 そして、状況が一変した今、セシリーの心配はお腹の子が、もしやエドムンドの子であれば、どうなるのだろう、という方向にも変化していた。

 ベアトリスの思いがエドムンドにあるのは以前から知っていた。エドムンドも子供時代からベアトリスに憧れを持ち慕っていた、それもわかっていた。エドムンドがベアトリスを見つめる瞳にはどれほど愛情が込められていたかは、母親としても気が付いていたのだ。

 でも可哀そうなことにエドムンドは17歳という若さで戦場において殺されてしまったのだ。憎きクリフォード卿はエドムンドの首を跳ねてその血を拭った布を、夫リチャードに投げつけ

「お前の息子の血が付いたこの布で、お前の涙を拭えばいい」と言ったという。
可哀そうなエドムンド---この話を思い出すたびにセシリーの胸は悲しみで引き裂かれそうになる。
「なんと不運で悲しいエドムンドの生涯だったのだろう……」

 だがしかし、それでも今となってはエドムンドとベアトリスの二人が結ばれることはどうしたって不可能なのだ。
「だから……」
セシリーは思う。
「もし万が一これがエドワードの子だったら、エドワードもベアトリスのことも赤子のことも大切にするだろうから、万が一、正妻になることがなくてもベアトリスにとって悪いようにはなるまい」

 セシリーは望みを持ってベアトリスに尋ねた。
「そして教えてちょうだい。これは誰の赤子なのですか」
ベアトリスは大粒の涙を流し、泣き崩れ、
「お許しください。エドムンドと一夜の契りを結びました」と答えた。

「あぁ、そうであったか!」 
セシリーはため息をついた。

 そして次の心配が押し寄せた。
「エドワードは果たしてこの事態を受け入れてくれるだろうか……」

 エドモンドがいない今、ベアトリスの想い人はいなくなったが、彼の愛するそのベアトリスのお腹の中にエドムンドの稚児(やや)がいると知れば、エドワードはベアトリス共々、その稚児(やや)をも大切にしてくれるだろうか……実際には彼の甥に当たる稚児ではあるものの、それでも強い嫉妬心を感じることはないだろうか……?

 このような中、ベアトリスをエドワードの元へ送ることなどで出来るわけがない。

 赤子の件と共に、この問題は簡単には解決しそうにないことがわかったセシリーであったが、エドワードの手紙の通り現在ユトレヒトに避難している、マーガレット、ジョージ、リチャードの3人の子供達をここに呼び寄せて、そして今すぐにロンドンへ送ることは、念のために待ったほうが良いのではないかともちょうど考えていた時でもあった。皆でロンドンへ行くのは、エドワード即位の戴冠式が執行される6月まで待つべきではないだろうか。

 なのでこのまま3人の子供達をロンドンへ送る件も少し先に延ばし、その間にベアトリスのこともどうしたら良いか考えよう。

「今は待つのだ、我らヨーク家の運命の先を……我らはこれまでもう10年は待ったのだ、これ以上何を急ぐことがあろう、すべては神の思し召しによって決まるのだから……」

 そして、今一番大切なのはひどい悪阻(つわり)で身体が弱り切っているベアトリスの介護をすることだった。

「エドムンドは亡くなってしまったというのに、でもなんとベアトリスの中にあの子の血が続いていただなんて……これこそ奇跡ではないの!
これもまた神に感謝すべきこと!」

 ベアトリスのお腹の中にいる赤子がエドムンドの子供だと判り、セシリーは、今まで以上にベアトリスのことを大切にしなければ、と心の中で誓うのだった。

「このお腹の中の稚児(やや)が無事生まれますように」

 その日からこの子供の未来を神へ祈るセシリーであった。



Copyright@2023-kaorukyara
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

局中法度

夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。 士道に叛く行ないの者が負う責め。 鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。 新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。

処理中です...