華麗なるブルゴーニュ家とハプスブルグ家の歴史絵巻~ 「我らが姫君」マリー姫と「中世最後の騎士」マクシミリアン1世のかくも美しい愛の物語

伽羅かおる

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【第2章】赤い薔薇と白い薔薇

その35 ✤薔薇戦争の始まり

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※こちらの薔薇戦争に関係するランカスター家とヨーク家の家系図になります。どうか本文と合わせてお楽しみ下さい。またこの薔薇戦争はチューダー朝創立により終結します。


 百年戦争の後半は、1420年から16年間占領していたパリはじめ、1419年から30年の間イングランドの支配下に置くことに成功していたノルマンディーなど、たくさんの領地をフランスに奪還され終わった。

 その中には12世紀以来イングランドが所有していたボルドーワインでも有名なアキテーヌや、13世紀にはイングランドに属していたノルマンディーなど英国人にとっては愛着の深い地もあり、唯一港町のカレーを残し、1453年の時点でイングランドはフランスにあった領土の殆どを喪失して、事実上イングランドの敗北で百年戦争は幕を閉じる。

 これほど決定的なイングランドの惨敗で終わった結果、イングランド内、特に宮廷内は混乱に陥った。一体なぜこんな事になったのか、あまりのことに誰かに責任を押し付けずにはいられなかったというのがひとつの大きなの理由で、それはヘンリー6世の側近へ対する攻撃へと変わる。

 そしてその頃は最も大きなもう一つの問題が発生、前述に書いた通りヘンリー6世の精神状態が悪化したのだ。

 精神に疾患があったヘンリー6世が王として政務を続けることが難しくなったため、そこでヘンリー6世以上に正当な後継者であるとして名乗りを上げたのがヨーク公リチャードだった。これは本人の意思のみにならず、周囲からの要望、希望など様々な条件が重なってのことだった。

 当時まさに百年戦争で苦々しい思いをしていたこの時期のイングランドにとって、フランスの象徴的な存在、ヘンリー6世とフランスから嫁いできたその妻マーガレット・オブ・アンジューに好き勝手にされるのは許容できない、という風潮もヨーク公リチャードを後押しした。
 

 ヘンリー6世はイングランドの偉大なる王エドワード3世の4番目の息子の子孫だが、ヨーク公リチャードは3番目の息子の子孫(でも女系)であり、その上5番目の息子の直系ですらあったのだから血筋的にはそう言いたくなる気持ちも理解できる。

 ヘンリー6世が王としての政務を執行できないので、ヨーク公リチャードは1454年3月27日に護国卿(イングランド王国において王権に匹敵する最高統治権を与えられた官職)に任命された。

 その際、かねてから対立していた邪魔者のサマセット公エドムンド・ボーフォートの幽閉に成功。

 これでこのままヘンリー6世が精神錯乱から回復さえしなければ、そのうちにヨーク公リチャードに王位が巡ってくるはずだった。

 この時まで順風満帆に見えた ヨーク公リチャードの護国卿就任だったのだが、ところが、そんな中1453年10月まさに百年戦争が終結する6日程前に、ヘンリー6世とその妻マーガレット・オブ・アンジューとの間に嫡男エドワード王子が誕生する。これは王位を狙うヨーク公リチャードにとっては王位継承権を脅かされる最大の危機である。

 そして1454年にヘンリー6世が正気を取り戻したことも大打撃だった。王の権力を取り戻したヘンリー6世によってサマセット公は解放され、宮廷内の権力は彼のもとに戻り、ヨーク公リチャードは護国卿の地位を解任されたのだ。これらのことが引き金となり、両陣の紛争は避けられないものとなる。
 
 ヨーク公リチャードがサマセット公を幽閉したことにより、これはつまりヘンリー6世に反旗を翻したと認識されたので、この頃ヨーク公リチャードには、もはや兵を挙げる以外の選択肢は残されていなかったのだ。

 後に薔薇戦争と呼ばれたこの戦いは1455年5月の初夏に勃発。

 ヘンリー6世のランカスター家、ヨーク公リチャードのヨーク家が使用していた印-記章-が赤薔薇と白薔薇だったため、薔薇戦争と呼ばれたこの戦いの最初の戦闘の地はロンドン中央部から北へおよそ22キロ地点にあるセント・オールバンズ、比較的小規模ではあったがこれは「第一次セント・オールバンズの戦い」と呼ばれる。

 この最初の戦闘では、勝利の女神はヨーク公リチャード陣営に微笑む。

 この戦いでヘンリー王の1番の側近であり、ヨーク側の宿敵サマセット公は戦死、その他のランカスター派の主だった指導者たちも軒並み処刑されたのだった。

 これでヨーク公リチャードの復権は保証されたのも同然だった。なぜならランカスター陣営に置き去りにされていて、ヨーク側に保護されたヘンリー6世はまたも精神を患っていたのだから……。

 このヘンリー6世というのはもう何年も、狂気の中にいる時と、正気に戻る時を繰り返していたのだ。

 それにしてもこの薔薇戦争の当事者達、ヘンリー6世、サマセット公エドムンド・ボーフォート、ヨーク公リチャード、そしてその妻セシリー・ネヴィルも、実は全員ヘンリー3世の血を引く親戚同士である。本人同士が従兄弟同士だったり、親同士が従兄弟同士だったり、そのような関係である。

 しかしながら、もしも仮に、ヘンリー3世の長男プリンス・オブ・ウェールズ(皇太子の名称)だったエドワード黒太子が長生きして、プランタジネット家を存続させ、息子のリチャード2世が充分に成長した後、王位を継承させることができたのであったら、本家プランタジネット家は消滅することもなく、エドワード黒太子の3人の弟達(クラレンス公ライオネル、ランカスター公ジョン、ヨーク公エドムンド)の子孫に当たる親戚一同の権力闘争には発展しなかったかもしれない。

 1399年、エドワード黒太子の息子リチャード2世がランカスター公ジョンの息子ヘンリー4世に王位を奪われた時から、この王家内の争いは始まっていた。

 ヘンリー3世の四男であったランカスター公ジョンの子孫が三代に渡って王位を独占した時から、他の兄弟の子孫達は長年に渡り不満を感じていたのかもしれない。

 このように、もともと火種があったイングランド王室の権力抗争は、この1455年5月の「第一次セント・オールバンズの戦い」を皮切りに、王室一族はもとより側近貴族達を巻き込んで、ヨーロッパ王室の中でも際立って血なまぐさい骨肉の争いへと発展していく。



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