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【第1章】幼き3人の姫君達

その13✤アリシア---逃亡の先

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 船で進んでいる間に侍女3人が乗った船とははぐれたものの、実はこうなることを予想していたベアトリスには全て想定済みであり、この逃亡劇もそもそも侍女達と計画していたものであり、そしてこれからのことも既に話し合っていたのだった。
 
 数日前に辿り着いた傷ついた女官の話を聞いていたベアトリスは、2人の少女がこのまま無事生かされると思えなかったので、男達の話は最初から信用してはいなかった。
 侍女達には言っていた。
「もう私達の側にいる必要はありません。貴女方は自分の生活に戻りなさい」と……。
侍女達は答えた。
「ですが、ベアトリス様はこの小さいお子様たちを抱えてどうなさるおつもりなのですか」
 実はその時にはベアトリスは、フランダースやブラバント地方でも女性達だけで生きていける場所があるのを知っていたので、なんとかそこへ潜り込み子供2人と平安に暮らして行くしかない、と決めていた。
 ベアトリスは侍女達をこのような状態に巻き込んでしまうのはもう嫌だった。
「貴女達が側にいる限り、私達の居所は私の親族にも、そして私と敵対している者達にもわかってしまうことでしょう」
そう言って、一緒に来ないようわかってもらう他なかった。
 
 本当には自分達の居場所を探す親族に侍女達が捕まって、自分達の場所を知るために、侍女たちが女官のように傷を負わされるような目には2度と合わせたくなかったのだ。

「結局、貴女方とそしてアリシアまで巻き込んでしまいましたね。私が一度会いたいと思ったばかりにあの子の平和な生活まで奪ってしまいました。
全ては私とあの人の恋がこんな事を引き起こしてしまったのだと考えると、私達の愛はやはり皆が言う通り、罪深いものだったのかもしれません」
 
 周囲から反対された2人は結婚できないまま、セシリアを身ごもったのだが、それをベアトリスが知ったのは、恋人エドムンドが亡くなる直前だった。

「でも私はそれでもアリシアとセシリアを守って生きていくと決めたのです。もう国へは帰りません。私一人でもどうなることかわからない今の状態で、この2人は国へ帰れば戦争の道具として使われることでしょう。それどころか生きていくことすら許されるかどうかもわからず……そんな怯えた生活を続けるくらいなら、私はこの子達と共に3人で平穏な生活をしたいのです」
……そう、それが例え特権を失った、ただの市民としての大変な生活でも、子供達が殺されてしまうかもしれない、という恐怖に怯えた生活をするよりは余程ましな生活に思えた。

「早くに亡くなってしまった私の愛するエドムンド……あの方にとって大切な娘セシリア、そしてやはりあの方のお母様にとって大切なアリシアを守ることがこれからの私の人生と決めたのです。後悔はありません。でももしも関係のない貴女達を巻き込んでしまえば、それはいつか私にとって大きな後悔になることでしょう。私達のために誰かが傷付いたり、あるいは亡くなったりするのであれば、エドムンドと私の愛はもう美しい思い出だけではなくなってしまうのです……それは本当に私にとってとても耐え難いことなのです。どうかわかって下さい。
 貴女方も私さえいなければ、前にいた修道会へ帰ることができるはずです。私達は大丈夫です、なんとかやっていけると思うので、どうか心配しないでください」
 これは本当だった。なんとか国から持ってきた硬貨もあり、少ないが身につけてきた小さな宝石などを処分すれば、当面の生活には困らず、その間にどこかのベギンホフ(注1参照)へ入ってしまおうと思っていたのだ。

 侍女達はなかなか首を縦にふらなかったが、
「それにもしも貴女方がいなくて、私と子供2人だけであれば、違う国の親族を頼ってなんとか生活していけると思うのです」と何度も説明して、やっと理解してもらった。

「きっと私達の2つの船はどこかで別れてしまうことでしょう。私は最終的にはポルトガルを目指します。ポルトガルには私の親族がいますから、そこでどうにか助けてもらえることでしょう」ポルトガルに遠い親族がいる、それは本当だった。でもポルトガルを目指す、それは嘘だった。侍女達を安心させるためそう言ったが、本当には遠くへ行くつもりはなかった。

 そして船を降りた先で、屋敷守りの夫婦とも別れて3人がなんとか着いた先はメッヘレンのベギンホフだった。
 
 これから3人だけの厳しい生活が始まる。しかしながらベアトリスの気持ちは晴れやかだった。今までの隠れた庇護される生活からやっと開放される、そして生まれて初めて
「名もなき者」になる。誰も自分の素性を知らない、というのも肩の荷が降りるように感じたのも事実だったのだ。



(注1)
ベギンホフ(ベギン会)とは中世ヨーロッパで発生した半聖半俗の姉妹団。中世においては、現在のベルギーの主要都市のほとんどすべてに存在し、隆盛(りゅうせい)をほこった。ベギンは修道女とは異なり、女性達の互助組織の役割を担っていた。
独自の共同体があり、教育、執筆、看護、織布関連産業[3]などの多様な分野での活動の機会を生み出し、さまざまな境遇の女性が共に生活する場となっていた。
またベギンの出身階層は、貴顕のものから、下層民まですべての階層にわたっていた。
(ベギン会 Wikipediaから抜粋  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%AE%E3%83%B3%E4%BC%9A)


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