楽しくフリーターしてたら、突然声優プロダクションの社長になる事になったんだが

第二章 社長生活の開始

副社長、所

左右田さんの特訓を終え、くたくたになってアパートに戻ると。
程なくして、瀬戸涼子がやって来た。

「左右田さんの稽古はどうでしたか？」
「凄くきついです・・・きついけど」

オレは左右田さんの数々の言葉を思い出しながら答えた。

「全てが理にかなっていると言うか・・・論理的なので、わかりやすいです。言葉は厳しいけれど、感情論で物を言わないし、技術論として演技を指導してくれる・・・ありがたいです」
「そういう方なんです」

瀬戸涼子が笑って言った。

「だから、【うってつけの人がいる】とご紹介したんです。演技基礎を教わるなら、左右田さんが一番ですよ」
「だと思います・・・厳しいけど」
「次回の稽古は？」
「また来週水曜日に」
「じゃあ、毎週水曜日はレッスン日として空けておいた方が良さそうですね。あ、ねむちゃんも一緒ですよね」
「はい、お願いします」
「ねむちゃんも、仕事が入らない限りは水曜日はKEEPしておきます」

そんな事務的な会話だけして、瀬戸涼子は帰って行った。
これだけなら、電話でもＬＩＮＥでも済む話なのに・・・。
もしかしてオレに会いたかったのか？
そんな淡い期待を、胸に抱いた。

翌日。

オレはベガに出社した。
そこには、長身のピシッとした男性がいた。

「社長～！」

目に涙を浮かべて、近寄って来た。

「お父様のご容体、芳しくないとお聞きしております。心中、お察し致します！」
「ど、どうも」
「あ、申し遅れました。初めまして。私、副社長の所でございます」
「あ・・・あなたが所さん」
「よろしくお願い致します。お父様が引退された今、これからはあなたを社長として会社を盛り立てて行く所存でございます。何なりとお言いつけ下さいませ！」

向こうで、瀬戸涼子が冷ややかな目で所さんの芝居がかったやり取りを見ていた。

簡単に信用しちゃダメですよ。

瀬戸涼子の目が、そう言っている気がした。

「聞けば、左右田先生の所に演技の勉強に通われているとか・・・。いや、社長のやる気には頭が下がります」

あからさまなおべっかを使って来る。

「それでは私、営業に行きますので・・・社長、近いうちに一杯、行きましょう！」

所は終始笑顔を浮かべていた。
その笑顔が、顔の筋肉だけで笑っているのが印象的だった。