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弐拾弐 好き・嫌い・大嫌い

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1.


 逢瀬の時間は限られているせいか、部屋に連れ込まれた途端に真由は激しく求められた。ソファーに押し倒されるや否や下着を抜き取られ、着衣のままに股間を嬲られ、達し……。悲鳴の様な彼女の喘ぎ声を楽しんだ後、敦は背後から獣の様に自分を押し込んだ。
「敦さん、……性急です」
「早く合体したくて仕方なかったんよ」
 あまりの下品な物言いに、真由は息を乱しながらも赤面する。
「前も思ったけど、制服姿が乱れる様はいいね。興奮する」
 真由の耳朶を甘噛みしながら、低い声で囁く声音に真由は動悸を感じる。彼の香水と汗の臭いが混ざり、真由の記憶を刺激する。以前、車の中で強引に引き寄せられて口付けられた。あの時の不安と興奮と怖れ、そして幾許かの嬉しさを思い出す。
「我が家への訪問についてですが……」
「うん? このタイミングで話す事?」
「言い忘れたくないのです」
 真由の身体に自分を打ちつけながら、敦は口元を歪める。途切れがちな息に真由は小さく文句を呟く。
「でも、話が……出来ません……」
「そう?」
 ゆっくりとペニスが後退していく。真由は残念な気分になりながらも息をついた。
「時間ですが……土曜日の夕方17時にお迎えに上がるという事になりました。送り迎えは父の方でアレンジするそうです。多分、車を出すと思います。よろしいですか?」
 心配そうに振り向いて、自分を見上げてくる真由が可愛いので、敦は内心相好を崩した。
「問題無し。着てく服とかこんなんで大丈夫? 一応、滅多に着ないスーツ持ってるけど……。あー、カビ生えてるかも?」
「ま、敦さん」
「……!?」
 思わず真由はクスクス笑い、表情を歪めた敦を不思議そうに眺める。
「普段通りで結構です。母からもその様に言付かって……」
「ちょ、笑わないで……ってか、もー遅い」
 低い敦の声が聞こえた。彼女の膣口にまだ頭が入ったままの彼の硬さが増すのを感じた真由は驚いた様に身体に力が入った。意図せず締められ、狭まった膣を興奮した凶器が貫いてくる。股間に感じた彼の大きさに息を呑んだ真由は強引に突き入れられた欲望の熱さに再び飲み込まれた。
「ひ……うっ、あぁっ……や」
 応接セットのフェイクレザーが擦り切れたソファーに思わず爪を立てる。
「マユ、きつ……すっげ気持ちいい」
 痛みと快感に溢れ出た涙を背後から伸びてきた硬い指先が拭う。
「しょっぱい」
 彼女の涙を掬った指先を舐めると、彼はその指先を彼女の口に突き入れてくる。背後から腰を使うタイミングに併せて、真由の口内も指に犯された。逃げようなんて思ってもいないのに、彼の手はきつく身体を拘束してくる。

2.


 昨日は曇っていたが、今日はよく晴れた。気温も上がってきている。この様な密会をする際に寒くないのはとても助かる。カーテンさえも掛かっていない雑居ビルの最上階では冬の夕方だというのに、夕陽の赤い光が部屋に差し込み眩しい程だ。


「天にまします我らの父よ」

 ふと赤い空を見ていると祈りの言葉が口をついて出てきた。「主祷文」しゅとうぶんとも呼ばれる「主の祈り」は、キリスト教の最も代表的な祈祷文である。日本国内ではカトリック教会と日本聖公会が独自の文語訳ないし口語訳から共通口語訳を制定し、2000年以降正式に用いている。「天におられるわたしたちの父よ、」という文章で始まるものがそれにあたる。
 そういう意味では真由にとってカトリック教会と日本聖公会の共通口語訳が馴染みのある「主祷文」となる筈だが、個人的には2000年までカトリック教会にて使用されていた主の祈り(主祷文)の方が最初に習い覚えたせいもあって好ましく感じている。故に1人の時に捧げる祈りは今でもこちらを使用する。


 天にまします我らの父よ 
 願わくは 
 み名の尊まれんことを 
 み国の来たらんことを 
 み旨の天に行わるる如く地にも行われんことを 
 我らの日用の糧を今日我らに与え給え 
 我らが人に許す如く我らの罪を許し給え 
 我らを試みに引き給わざれ 
 我らを悪より救い給え 
 アーメン 


 自分は信者失格だと気付いた去年から、無意識に祈りを捧げる事を止めていた。しかし、時折り、この様に居ても経ってもいられずに祈りの言葉を口にする。すると心が鎮まる。主の祈りは自分を癒し、そして戒める呪文だ。信じられなくなったくせに、いまだに自分は主に縋ろうとしている。彼女は後ろめたい気分で視線を部屋の中に戻した。

 真由が登下校に利用している駅近くの物件だった。以前、下の階で敦に抱かれた事がある。その時に敦の知り合いの男達がこちらの階で待機していた事は後から知った。
 今回はこちらの部屋を貸せと鍵だけ借り受けてきたらしい。電気も通っていない誰も使っていない部屋だが、こちらにはまだ古ぼけた応接セットがある分、下の階よりはましだろう。

 ガチャッとドアが唐突に開き、一瞬驚いた真由が固まった。
「何、ものぐさやってんの?」
 入ってきた敦が可笑しそうにこちらを見ながらドアを閉め、内鍵を掛ける。

 応接セットのソファーの上から手だけをを伸ばし、床に落ちている下着を拾おうとしていた真由は真っ赤になった。自動販売機から購入したのか、缶コーヒーを2つテーブルの上に置いた彼はついでの様に拾い上げた真由の下着をはたきながら彼女の隣に腰を降ろした。

「拾っていただき、ありがとうございます」
「可愛い下着だね」
 伸ばした手で受け取ろうとするが、彼は薄笑いを刷いた表情で彼女の手がぎりぎりで届かない位置にそれを翳す。届かないので、眉を顰めながら手を伸ばす。すると、ひらりと彼女の下着は遠ざかる。
「返してください」
「どうせ、また脱ぐんだ。穿かないほうがいいんじゃね?」
「それとこれとは話が別です。自分だけ着衣されて……ずるいです」
 今まで横たわっていた身体を起こし、伸び上がり、下着を掴もうとして再度かわ)された。真由の口が不満そうに尖る。
「仕方ないじゃん、部屋の中にトイレが付いてないし。裸のまま、部屋の外に出るのは俺もヤだよ」
「あ……」
 彼はもう片方の手を彼女の腰に絡めて、一気に身体を抱き寄せた。そのまま真由の頬に唇を付けて愛撫する様に這わせると、両手で彼女を閉じ込める。
「捕まえた」
「もう……」
 敦の手から漸く自分の下着を取り戻した真由は諦めた様に唇を敦の耳に這わせた。
「お土産のコーヒーは温かいのですか?」
「うん。飲もう」
「加糖ですか?」
「あー? 微糖?」
 テーブルの上のコーヒーを眺めながら彼は返事をする。
「頂きますわ」
 緩んだ彼の腕の中から抜け出すと、取り戻したショーツを穿きながらソファーに正しく座りなおす。テーブルの上に手を伸ばすと、2種類のコーヒーを手に取り、見比べた。片方はエスプレッソの微糖。もう片方は加糖のカフェオレだった。
「こちらを頂きますわ」
「どうぞ」
 エスプレッソをテーブルに戻すと、カフェオレの上部の飲み口を開けて、彼女はコーヒーを飲み始めた。
「敦さんってコーヒーお好きなのですか?」
「うん。今のお気に入りはスタバのキャラメルマキアート」
「え?」
 自分が飲んでいるカフェオレを眺めて、敦の表情を見る。
「もしや、このカフェオレの方がよろしかったのでしょうか?」
「んな事ない。どっちが残ってもいいよう選択して買ってきたんだよ」
 真由はホッとした。


「先日は父が突然押しかけて大変失礼致しました」
 温かいコーヒーの缶を両手で持ちながら、真由はソッと言葉を口にした。
「どうでもいいけど、パンツしか穿かないってのも中途半端だな。見てて寒そう」
 真由の肩に脱いだ自分のジャケットを羽織らせながら敦は苦笑する。
「元治君は可愛いから頭にこなかったよ」
「そこが不思議です」
 真由は思い出した様に敦の目を睨んでくる。
「あの様な年配の男性を相手にどういう経緯でその様な発言をされるのか理解に苦しみます。父の年齢をお教えしましょうか? 敦さんは……その……殿方相手でもその様な気分になられるのでしょうか?」
「おいおい、自分の父親相手に言いたい放題だな? 親しき仲にも礼儀ありと思わない? 元治君は可愛いよ。それに真由の実の父親だとわかっている時点で大体の年齢はわかるし」
 彼が口にする言葉は時々難解である。どう贔屓目に見ても、父はそれ以上でも以下でもない。でも、その点を追求する気持ちは真由にはあまり無い。場を繋ぐ為に質問したようなものだ。
 肩に掛けられた敦のジャケットが重くて暖かい。彼の匂いに包まれ、ふわふわしそうな喜びに浮き立つ身体を押しとどめるように敦の言葉に集中する。
「それと俺は男に何したいって思った事無いよ。マユのパパが始めてかも……チューしたいって感じたのはね。でもしなかったけど」
 彼の得意そうな物言いに隠し切れずに苦笑が漏れる。どの様な表情や仕草でも、全て可愛く、もしくは格好よく見えてしまう。これが惚れた欲目という症状なのかもしれない。

 真由の笑顔を上目遣いに眺めていた敦はエスプレッソを飲み干すと缶をテーブルの上に置き、彼女を抱き寄せた。正面から彼女の胸に顔を伏せると、裸の乳房に唇を這わせる。
「敦さん……私、まだ飲んでる最中です」
 返事をしない敦は唇で真由の左乳首を挟み込みながら、舌先で突付く。
「ん……」
 困った真由が溜息の様な呻きと共に硬直すると、彼は真由の手が握っている缶を取り上げてテーブルの上に置いた。
「半分も残ってないよ。おいで……」
 抱き上げた娘を自分の腰の上に向かい合わせで座らせると、再度顔を彼女の乳房に埋める。
「あ!」
 甘く噛まれた胸の頂きから疼くような快感が発生する。思わず揺れた身体を抱き締めながら敦が低く笑った。
「感じた?」
「もう、お話出来ま、んっ……」
 文句を言おうとした矢先に愛撫が再開される。抱き締めていた腕を解いて、下着の脇から指が挿し込まれた。
「感度いいな。もう準備できてるのねー」
「んっ! ……いや……」
「いや? 嘘つけ」
 彼女の乳房に赤い痕を散らしながら真由の顔を下から見上げた。
「エロい顔しちゃって……。嘘ついた罰だ、自分で入れて」
「え? あっ!」
 膣の中に挿し込まれている指を動かすと、湿った音が聞こえてくる。動揺した真由を眺め、敦は好色そうに笑った。
「自分で出して、ゴム被せて、入れてみて。そろそろ出来るだろ? もう勃ってるから、完全なセルフサーブではないけど……。でもまあ」
 伸び上がって真由の唇をチュッと啄ばみながら、彼は薄く笑った。
「そのうちに勃たせるところからやって欲しいけどね。当然、この可愛いお口を使ってくれたら最高だろうな」
 喋りながらも挿し込まれている指はさわさわと真由の中で蠢いている。嫌になるほど、単調な動きだ。わざと中途半端に動き、焦らしている。これ以上の刺激が欲しければ、自分で動けと暗に仄めかしているのだ。
「敦さ、ん…………意地悪です」
「何が?」
「あっ……」
 勢いよく指を抜かれ、その喪失感に打ちのめされる前にクリトリスが押し潰されて真由は身体を震わせる。焦らされた身体を襲った不意の刺激に絶句した。
「硬くなってる。勃ってるね、マユのここも」
 グリグリと押し込んでいた指を離すと、眉を八の字にした真由の表情を覗き込みながら人でなしが笑う。
「上手に出来たら、後からいい事してあげる」
 真由の肩からずり落ちそうな上着のポケットに手を入れて小さい包みを取り出すと、真由の目の前に翳して小声で囁く。

「ク・ン・ニ」

3.


 明けて金曜日もよく晴れていた。昨日、あの雑居ビルの最上階で散々鳴かされた真由は疲れた身体で帰宅すると、早めに就寝した。そのせいもあって、疲れは次の日には残らなかった。

「お姉さま」
 昼休みに真由の教室まで真澄がやってきた。
「あら、珍しいわね。真澄さんがいらっしゃるなんて」
 以前は事あるごとに彼女の来訪を受けていた真由はにこやかに後輩を迎える。
「どうされたの? ご用件をお伺いしますわ」
「いえ、今日なんですが、生徒会の徴集がかかっておりますので、それをお伝えしようと……」
「予定にはございませんよね?」
「はい。先週話し合った懸案事項の一つについて状況が急変しましたので早急に代替え案を検討した方が良いそうです。半月もすると定期考査の時期となってしまいますので、それ以前に決着をつけたい様ですわ」
「なるほど、それでは仕方がないですわね」
 真由はあっさりと納得した。
「承知いたしました。では、放課後、生徒会室にて集合という事ですわね……!?」
「……あ……」
 ふと会話が途絶えた。話しながら、無意識に真澄の頭を撫でようとした真由は真澄に身をひるがえされて、避けられた。真由は不思議そうに空振りした自分の手を見つめ、そして真澄を見つめた。
「真澄さん?」
 真澄は自分が反射的に取ってしまった行動に狼狽え、そして怯えた目で真由を見つめ返した。
 自分の手の下に進んでその身を置きたがる後輩をよく知っているが故に、真由は真澄に逃げられるという珍しい体験に目を丸くし、驚いていた。憤りも悲しみも無い。今にも叱られそうな子供の眼差しで自分を凝視する下級生を安心させたいのだが、どうしても疑問が先にたった。

「真澄さん? もしかして私は接触を拒まれたのですか?」
「お姉さま、ごめんなさい」
「いえ、それはいいのです。理由だけ教えていただけますか? 怒っていませんから」
「本当にごめんなさい。咄嗟の事で」
「咄嗟の事だからこそ、私は理由を知りたいのです」
「理由はございません」
 真由は首を傾げて真澄を覗き込む。彼女は強い意志を持って真由の目を見つめ返した。
「理由は話せない……という事かしら? でもね」
 真由は真澄の目を真っ直ぐに見つめながら囁いた。
「私は知りたいの。付いていらっしゃい」

 食べていたお弁当に蓋をして仕舞いこむと、真由は一緒に食べていた級友達に少し席を外す事を伝えて教室の外に出た。後ろからオズオズと真澄が付いて来る。彼女を連れたまま、真由は建物の外の渡り廊下に出た。冬でもここのところ暖かいので見た目は気持ちよさそうだが、時々吹いてくる風はやはり冷たい。そのまま廊下を進むと中庭にある温室に入る。誰も居ない小さな温室である。よく手入れされた鉢植えの植物や花が中に配置されていた。

 温室の小さなドアを閉めると風が入ってこないガラス張りの植物の楽園はとても暖かかった。温室の中には小さなベンチもあったが、そこに座らずに真由は真澄を振り返った。

「他の事なら貴女の意志を尊重しますが、これは駄目です。私達2人の関係に亀裂を作りかねない。私は理由を訊く権利はあるのでしょう? 真澄さん、教えて下さい」
「お姉さま」
 気付いたら真澄は涙を流していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「真澄さん? 泣かないで下さい。それより」
 泣いてる後輩を慰めたくて、思わず伸ばした手が真澄の肩に触れると彼女の動揺が伝わってきた。
「どうされたの? 先日の接吻が嫌だったの?」
 あの際には嫌がられていないと思ったが、実は違っていたのだろうか?
「いえ、いえ……」
 真澄は嗚咽を漏らしながらも首を横に振る。
「では、私は他に何か貴女を傷つける事をしたのですか?」
 声をつまらせて泣く姿が哀れで、そっと彼女の両肩に手を翳す。
「触ってもいいですか? 真澄さん。抱き締めて慰める許可をいただけますか?」
 とうとう堪え切れなかったらしく、真澄の方から真由に身を寄せてきた。その肩に両腕を廻して抱き込みながら真澄の頭の上に顎を乗せる。まさかとは思うが、原因の可能性を思いついた。
「敦さんですか?」
 その名前を聞いた途端に真澄の肩が大きく揺れた。やはり……と、真由は唇を噛んだ。
「正直におっしゃいなさい。何を言われましたか?」
 真由の声が低くなり、冷たくなったので真澄が大きくしゃくり上げた。真由は慌てて、言葉を添えた。
「貴女に対して怒ってはいませんよ。どうぞおっしゃってくださいませ」
「……次にお姉さまに手を出したら、お、犯すと……おっしゃいました」
 真由は怒りを露にした。気に喰わないなら真由に言えばいい。そもそも、望まれたとはいえ、実際に口付けたのは真由だ。真澄はそれを享受したに過ぎない。

「真澄さん、泣かないで。そもそも、あの方にばれてしまいましたのは、私の落ち度です。この件については心配なさらないで。私の方から敦さんには話します」
「でも、お姉さま」
 顔を上げないまま真澄が不安そうな声を出す。制服のポケットからハンカチを取り出して自分の顔を拭いている様子だ。真由も自分のポケットを探り、ティッシュの包みを真澄に渡した。礼を言い、鼻をかむ彼女の肩を撫でながら、真由は表情を引き締める。

「私は彼によって骨抜きにされてしまいましたが、それでも時と場合によっては噛み付きますわよ」
「お姉さま、無茶はされないでください」
 心配そうな後輩を見て苦笑する。
「討ち死にしたら骨は拾ってくださいませ」
「縁起でもない事、おっしゃらないで下さい!」
 慌てた真澄の顔を見ながら、思わず吹き出した真由に真澄は目を吊り上げた。
「お姉さま、からかわれたのですか?」
「ほほ、真澄さん、可愛いわ」

 ひとしきり笑った後、真由は心配しない様に言い含めて後輩と別れた。


 校則によると携帯電話は校内では電源自体を切っておく事と謳われている。殆どの生徒はマナーモードなどにしていて、本当の意味で校則を守っている生徒は比較的少ない。真由はその数少ない生徒の1人だが、自ら禁を破って、一度オンにすると昼休み中に短いメールを敦宛てに送付した。そして、5分も待たないうちに返答を受け取り、それに対する了解のメールを送付すると再度電源を切った。

4.


「怖い顔」
「突然のお願いに対応してくださってありがとうございます」

 昨日と同じ場所で会っていた。放課後の生徒会の集まりに際しては、自分の意見を他のメンバーに伝えて途中で抜けさせてもらった。先に部屋に到着して彼女を待っていた敦は珍しい真由のきつい表情に少し驚きながらも微笑んで迎え入れた。

「真澄さんから話を伺いました。私は文句を言う為に本日はここに参りました」
 ドアの前に佇んだ状態で近寄ろうとしない真由に痺れを切らした敦が歩み寄ろうとすると口早にそう言い放った。伸ばした敦の手を避ける様に後ずさった真由はそれを上回る運動能力を有する男にあっさりと捕らえられる。
「んなの、わかってるって。ここに来て立ち話も何だから、座ろう? な?」
 声音はお願いだが、実際には強引に引っ張られ、座らされた。真由はムッとした表情で敦を睨んだ。

「んで、何に怒ってるの?」
「敦さんがされた事は弱いもの苛めです」
「は?」
 敦の雰囲気が変わった。真由の胸倉を掴んで自分に引き寄せた。笑いが消えた彼の表情は凶悪なまでに怖かった。自分が愛した男が思いのほか強面である事に気付いた真由は、彼を信じているにも関わらず震えそうになる。
「俺はただ、こんなかんじで真澄ちゃんに話しただけだよ。乱暴な事は全くしてない」
「そもそも、女子高生相手に敦さんの様な殿方がこの様に話しかける事自体、乱暴です」
「え?」
「迫力が違う、体格が違う、一方的に話される言葉も暴力的で真澄さんが慣れ親しんでいるものとは違う。相手の抵抗を封じ込んで一方的にまくし立てる事が何故乱暴な事ではないと考えられるのか、私にはそこが理解できかねます」
 怯みそうになる気持ちを奮い立たせて、目の前の敦に言い放つ。こうやってみると、彼は存在自体が暴力的だ。少し力をこめるだけで、簡単に盛り上がる筋肉は爆発的な破壊力があると思われる。考えてみると、暴力のプロであるヤクザさん達でさえ怖がる男だ。正面切って対峙するには普通の女子高生には荷が重過ぎる。

「俺は単純に警告のつもりで真澄ちゃんには言っただけだし」
「警告ではございません。明らかに脅しです」
「いや、俺は知ってるぞ、気に喰わないぞって伝える事で起きるべき犯罪を防止できるじゃないか」
「人を好きになる事は犯罪ではございません。その様な言い方は卑怯です」
「あ?」
 目を怒らせた敦が真由の髪の毛を掴む。
「俺にとっては犯罪なんだよ。予め言っておくぞ。マユに妙な事する奴がいたら」
「言わなくても宜しいです」
 感情的になった敦は握った真由の髪の毛を引っ張った。
「いや、聞け。女なら、俺が犯してやる。男なら、ぶっ殺す。俺は嫉妬深いぞ」
「そこまでおっしゃるのなら、敦さんもお気をつけあそばせ。浮気されたら、私も致しますわよ」
「何?」

 今や2人はがっぷりと睨みあっている。
「放して下さい。痛いわ」
 真由の髪の毛を掴んだままの敦の手を彼女は鋭く打ち据えた。
「マユ?」
 怒りに任せて吼えた敦を睨んで、真由は追及の手を緩めない。
「私は敦さんの持ち物ではございません。まるで物の様に扱う事は止して下さい」
「いつ俺がマユを物扱いした?」
「今もなさっています。意に添わない事を申し上げると髪を掴んだり、私の行動に制限を掛けるような物言いをする」
「いい加減にしろ、マユ」
「いい加減にされるのは敦さんの方です」
 真由は立ち上がった。
「どこへ行く?」
「お互いに頭に血がのぼりすぎてます。これ以上は平行線ですので、私はこれでお暇させていただきます」
 黙って、立ち上がると、真由の腕を掴んだ敦に真由はきつい視線を投げた。
「お放し下さい」
「マユ……帰るな」
「放して下さい。……今日はきつすぎます」
 最後に力なく漏らした真由の本音を耳にした敦は諦めた様に手を放した。
「放してくださってありがとうございます。それでは、明日、お待ちしております」
「わかった」

 静かにドアが開き、そして静かに閉じられた。礼儀正しく去って行った怒り狂った可愛い真由。
「あーーあ。重症だな」
 敦はソファーの背もたれに深く寄り掛かって天井を睨んだ。

 相手にムカつくと、性別に関係なく捕まえ、束縛し、平気で痛めつけて望みの答えを引き出す。自分はその様な人間だった筈だ。しかし、あの娘にはそれが出来ない。あの頑固さ、素直さ、常識に捕らわれない自由な思考、そして驚くほどの誇り高さ。やはり自分は彼女に滅茶苦茶のめりこんでいる。
 3人掛けのソファーの上で横になると彼は苦笑した。明日、どんな顔で彼女に会えばいいのだろう。どの様にして許しを乞おう?


 真由は心の中で(嫌い! 嫌い! 大嫌い!)と思いながら階段を下っていた。エレベーターを使う気分ではない。一歩一歩、踏みしめるように階段を降りながら、心の中で敦に文句を言う。そして、1階にたどり着いた時には上行きのエレベーターのボタンを押して、それに乗り込みたい衝動と闘っていた。

 やはり好きなのだ。あの凶暴で、乱暴で、口が悪くて、自分勝手で、好色で、下品で、そして優しい男の事が。どこかで誰かに笑われている気分だ。真由は唇を噛んだ。折角会えたのに、キスさえもできなかった……。


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