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六 冬のチョウチョ

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1.


 強烈な音量で身体どころか、その店全体が揺れているようだ。中央のダンスフロアでは様々な人々が身体を音楽にあわせて動かしている。真由は飲み干せないドリンクを片手にあちらこちらに目を向けながら人探しをしようとしているが思うようにはかどらない。店内は様々な色の照明が瞬き、音楽が変わるたびに踊っている人間が入れ替わる。

 一緒に店に入った男性は今も彼女の傍らに居るが話しかけられてもよく聞こえない。その状況に彼も嫌気がさしたのか、口数が減り、時々思い出した様に口を彼女の耳元まで近づけて喋ろうと悪戦苦闘している。なぜ、悪戦苦闘しているかというと、必要以上に他人に近寄られるのを嫌う真由が彼の異常接近を感知すると何気なく一定の距離を保つ為である。充分に接近できないので、当然まともに話すことも叶わない。

「……い、気を……ろ」

 踊っている人に身体をぶつけそうになってヒヤリとした。ドリンクを持ったまま移動すると必要以上に気を使うので疲れる。思ったより強いアルコール度数の飲み物は最初コーラかと思ったが違っていた。先ほど、別の飲み屋でお酒を口にしていたので、もうこれ以上飲みたくない。飲んだら絶対に気分が悪くなると真由は確信していた。

「おねーさん、さっきの子?」
「おっさんとはまだ一緒?」

 氷が溶けてぬるくなった飲み物を処分しようと、足を踏み入れたお手洗いへ通じる通路で真由は手を掴まれた。店に入る時に出合ったグループの人達のようだ。ここは少し奥まった場所にあり、音楽もこの場所では少し和らぐ。人の話す内容がやっと聞き取れる場所に来た事に真由はホッとした。

「あれ? よく見たら年下? 可愛いね」
「一緒に踊ろ? ヒップホップなら任してよ」
「お前のってヒップホップ? 東京音頭かと思ってた」

 彼らは矢継ぎ早に喋り、真由はなかなか口を挟めない。

「すみません、お手洗いに行きたいので……」
「は? ドリンク持って? 貸して、俺が持っててやるよ」
「いえ、これを捨てに来たので」
「遠慮すんなって」

 無理やりに手にしていたドリンクを奪われ、真由は目を丸くする。どうやら、彼らは既にかなり飲んでいるようだ。彼女の言葉は妙な具合に彼らの耳を素通りしている。

「すみません、それを捨てに来たのです。返していただけますか?」
「え? 何で捨てるの?」
「マユちゃん!」
 一緒に店に入った男性が追いついてきた。彼は彼女が構われている一団の男性客に気付くと顔を引き攣らせた。
「おいおい? まじでこのおっさんとまだつるんでるの?」
「お! 次はロックナンバーっぽい」
「マユちゃん、心配したよ」
 色々な会話が錯綜する中、グループの中の1人が突然ゲラゲラ笑い出した。先ほど、真由からドリンクをもぎ取った男だ。
「これいらないって。おっさんにプレゼント」
 そう言いながら、真由に近づいて話をしている男性のシャツの襟を背後から掴み、引っ張って出来た隙間に手元の紙コップから飲み物を注いだ。
「うわっ! 何をするんだ?」
 ひっくり返った男性の悲鳴を聞いて、更に笑い転げる。他の男達も可笑しそうに笑っている。
「貴方、何という事をされるのですか?」
 驚いた真由の非難する様な怒声が響き、一瞬、その場がシンと静まった。真由は慌てたように自分のバッグの中からハンカチとティッシュの袋を取り出す。彼女の前に立っている男性のシャツをズボンから引き出して、背中から注ぎ込まれた飲み物を衣服の外に逃がしながら、少しでも水分を拭き取ろうとする。
「マユちゃん、ありがとう。ハンカチ貸してもらえる? トイレの中で少し洗ってみるよ」
「どうぞ。お使いください。私はお店の人に何かお借りできるか伺ってみます」

 振り向いた彼女の前に先ほど怒鳴られた男が立っていた。真由は現在ダンスフロアの脇にあるカウンターへ向かおうとしているわけだが、その男は器用に彼女の進行の邪魔をした。他の仲間もどうやらわざと道を塞いでいる様子である。彼らの故意の所業に気付いた娘は驚いて非難するように目の前の男を見つめた。
「申し訳ありませんが、通していただけますでしょうか?」
「おっさんばかりに優しくしないで、俺とも付き合ってよ」
「優しくって……、元はといえば貴方が引き起こされた事態でしょう?」

 彼は薄笑いを浮かべて彼女を眺めた。可愛い子だ。うろたえている姿も、怒っている姿も好みだ。
「じゃ、ここを通してやるから約束して。後から踊りに付き合うって」
「え?」
 回りは口笛を飛ばしたり、「本当に踊りだけかよ?」と茶々を入れてくる。
「何だよ。こんな店に来ておっさんと喋るだけなんて勿体無いよ」
 精一杯優しい顔をして掻き口説いていた彼は周りが急に静かになったのに気付かなかった。一緒になって奇声を上げながら「通せんぼ」をしていた仲間が彼の気を引こうと、指先で彼の上着を引っ張る。うんざりした彼が振り向こうとした時、誰かが彼の両肩に手を置いた。背後から労わるように肩を揉んでくる。目の前の娘も驚いた表情でこちらを見たが、みるみる安堵した顔つきになる。誰これ?

「俺も部分的に同意するよ。おっさんと喋らないで、俺と一緒に帰ろうね、マユ」
 知らない声が背後から彼女に話しかけた。
「敦さん……」

 彼の肩を揉んでいた手に力が加わり、彼は壁際に押しつけられて振り向かされた。件の男は目の前に立っていた。つい先ほどまで寝ていましたといわんばかりに寝癖がついた頭髪。着ているスエットの上下はくたびれていて、いかにもパジャマ代わりにしているのが伺える。その上に羽織ったように着ている本革のジャケットと足元の革のハーフブーツが不思議なミスマッチ感を醸しだしていた。しかし、のんびりした風体の中で目だけがギラギラしている。明らかに機嫌が悪そうだ。背後に、店の人間を2人引き連れていた。

「兄ちゃん、この女連れて行くけど、いいね?」
 顎をしゃくって、視線を今まで話していた女の子に向ける。目は怒っているのに、口元は薄く笑っていた。
「は……はい。俺、ちょっと話してただけだし」
 奇妙な重圧に負けて、彼は頭のてっぺんから声を出した。なぜだか逆らってはいけない気分になっていた。近くに立っている仲間の1人が彼の応対を聞いて、明らかに安心した顔を作った。その男はニコッと人好きのする笑顔を彼に見せると、視線を女の方に向けた。
「俺を探してたって?」
「えっと……そうです」
 彼女は少し頬を染めて俯いた。彼は手を伸ばして彼女の腕をとった。
「じゃ、出るよ」
「あ、待ってください。お手洗いで困っている方がいるので」
「困ってる? どっちのトイレ?」
「紳士用の方です。飲み物を背中に入れられた方で」
「知り合い?」
「いえ。でもずっと私についてきて下さった方で」
 敦は少し呆れた様な顔をしたが、後ろを振り返り店の者と話し始めた。
「敦さん、その方が?」
「ん。連れて帰るね。それと困ってる人がトイレん中に居るらしい。助けてやって?」
「はい。そちらは私どもの方で対処しておきます」
「ありがと」
 彼は真由の目を覗き込んで笑った。
「これでいいね?」
「……はい……」

 その強い視線を受け止めながら、真由は漸く彼の機嫌が悪い事に気付いた。

2.


 敦の愛車はスズキの GSR750ABS という大型バイクだった。元々地味なマットブラック塗装だったそれは敦の知り合いのチューン屋が暇を見つけては凝ったデザイン画等を施し、気付いたらド派手な外観になっていた。それでも痛車などに比べたら遥かに慎ましやかなデザインだし、おかしなアクセサリーを取り付けているわけではない。

 普段は取り付けていない2個目のヘルメットを外してそれを真由に持たせると、彼はそれを被れと身振りで示す。仏頂面でスタンドを外すとバイクに跨ってエンジンを掛けた。
 睡眠不足のところを叩き起こされた影響でどうやっても不機嫌そうなご面相となってしまう。横を見ると真由が困った顔で敦を見ていた。口で言わないとわからないのだろうか?

「それ被って、んで俺の後ろに跨って」
「これを?」
 手元のヘルメットを恐々と見ている。なるほど、初めてか。多分、この様な乗り物に乗るのも初めてかもしれない。
「フルフェイスじゃないから難しくないでしょ?」
 面倒になったので真由の手からメットをもぎ取り、固定する為のストラップを帽体の外に出すと彼女の胸倉を掴んで引き寄せた。
「敦さん!?」
 焦った様に怯えた彼女の顔を見ると、家まで送った金曜の夜を思い出してしまう。もっと困らせたくなる表情だ。そのまま更に引き寄せ欲望の赴くままに唇を重ねると、慌てたように両手を突っ張って抵抗を始めた。店の入り口近くで、人通りはまだある。初心な女にはハードルが高い場所かもしれない。
「敦さん。駄目です……こんな往来で!」
「……ちっ」
 唇を外した女の頭に用意したヘルメットを被せる。では、場所さえ選べばOKという事だろうか。寝不足でイラ付いた敦はかなり好戦的な気分になっていた。
「早く後ろに乗って」
「でも、すごく狭いですよ」
 狼狽えた女はバイクの形態を眺めながら首を傾げる。
「ぴったりと俺の身体に密着したらいいだろ。足はここに掛けて」
「ええ?」
 告げられた内容に仰天しながらも、往来で押し問答するのも憚られる。尚且つ、敦の苛立ちを感じた彼女は諦めたように敦の後ろに跨った。乗ってみるとこれが結構乗り心地はいい事に気付いた。本日は珍しくパンツスタイルだったので、バイクのシートには丁度良かった。ニットデニムの細身のパンツがその細い脚によく似合っている。

「バッグは落とさないように気をつけて。それと両腕を俺の胴に廻して」
「はい?」

 不思議そうに見返す彼女を振り返りながら笑った彼は自分もヘルメットを被ると、素早くローにギヤを叩き込むと唐突に発進した。ギアをシフトアップしながら一気に加速すると、思い出した様に背後から悲鳴が聞こえてきて彼を失笑させた。
 彼女の口から発せられた悲鳴が疾走する車上で後方に置いていかれる。しばらく悲鳴を上げ続けていた女はしばらくすると減速と加速を繰返す車上で必死に敦にしがみ付き、喚くのを止めた。
 思ったよりも学習能力は高いようだ。大した減速もしないでカーブに突っ込んでいく時等に身体を倒すと、慌てたように同じ動きをしてくる。教えてもいないのに、単車に相乗りする時のコツを習得しつつあるようだ。

 必死にしがみ付かれ、彼女の柔らかい身体が密着してくる。単車に乗る醍醐味の一つは後ろに女を乗せた時だよなと、敦は熱を持ち始めた身体を持て余しつつ考える。
(特にこの女は気持ちいい)
 まだ若い身体は線の細さが目立つが、もっと成熟して身体に丸みが出てくると彼好みのいい女になりそうだ。生真面目すぎて厄介な相手となる可能性は高いが、どうにも手を出したくてたまらない。「喰っちまえ」と笑う岸本の顔が脳裏に浮かび、そして消えた。

3.


 敦にしてみると我慢した方だった。何で我慢したのかも自分でよくわかっていない。元々、自分の内面を深く掘り下げて考える事をしないので、わかりようがないのだろう。「マユ」が高校生のお嬢様だろうと当たりは付けているが、その事自体は彼にとって何ら障害となる事ではない。強姦にしろ和姦にしろ、やったもの勝ちが信条の人でなしである自覚は昔から持っている。
 いい人振るなと岸本に笑われ、自分でもらしくないと思った。しかし、なぜかこの娘はやばい気がする。近寄らずにすませればそれが一番だろう。そう考え、涙を呑んで突き放したのに、人の好意を無視してまた飛び込んできやがった。実際に目にし、触れてしまうと猛烈に欲しくなる。やばいと思ってるのに、身体が反応する。
「こうなったらブレーキ利かねーよな」と、彼は呟いた。呟きは風に流されて、彼女の耳までは届かなかった。


「降りて」
 ねぐらにしているそのアパートに戻ってくると、ヘルメットのまま後ろに話しかけた。ドッドッと低く震える大型バイクのエンジン音のせいか、応えが無い。
「マユ?」
 自分の胴に巻きついたままの「マユ」の腕に軽く触ると驚いたような反応が返ってきた。
「到着したから、単車から降りて」
「あ……失礼しました」
 慌てたように敦にしがみ付いて固まっていた腕を外し、バイクから降りようとした彼女はマフラーに足を引っ掛けてそのまま落下した。
「あれ?」
「いた……」
 転んだ女を驚いて見ていた敦は、思わず「あはは」と笑う。エンジンを切ったバイクをスタンドに立てると、真由の腕を掴んで引き起こす。
「何腰砕けになってんの? 二輪に慣れてない?」
「ええ……どうやら……そのようです」
 緊張のしすぎで足元が震えている娘に歩けるかと訊く。初めて乗ったバイクの走行がかなり荒っぽかったので、普段使わない筋肉を使いすぎたのだろう。敦はそのまま頷いた真由の腕を掴むと、先導してアパートの階段を昇りはじめた。
 先ほどまで垣間見えていたヒヤリとする鋭さが敦の眼差しから消えたように見える。真由を強引に引っ張って行く足取りは軽く、彼女から受け取ったヘルメットを小脇に抱えて歩く様も機嫌が良さそうだった。だから真由は親しく接するお友達の家にお呼ばれたした様な気安さで、獣の巣に足を踏み入れてしまった。


「ここ、俺のねぐら」
「お邪魔します」

 暗い室内に足を踏み込むと、彼は手に持っていたヘルメットを2個床に転がした。玄関の明かりが点灯されると、真由は自分が小さなたたきに立っている事がわかった。
 俗に言う1DKにあたる間取りと思われるその部屋は玄関から入った所が8畳ほどのダイニングキッチンとなり、別の部屋が奥に見えた。靴を脱ぐ前にそれらの部屋の様子を眺めていると、腕を掴まれた。

「マユ」

 低く名前を呼ばれて引き寄せられた真由は困った様に敦を見上げた。この男は口より手が早いらしく、いつも説明無しで人を動かそうとする。
「敦さん、口で説明していただければわかりますから……」
 抱き寄せられた彼女の口は敦のそれに塞がれ、言葉は途中から消えた。いきなりの口付けに驚いて、彼の身体に手を掛けて押し戻そうとすると不満そうな声が降ってきた。
「往来ではないからいいだろ?」
「え?」
 彼が言ってる意味がわからない。回数にしたら一体何回目かわからない口付けが戸惑う真由に再度降ってくる。抗議の言葉を口にしようとして叶わなかった真由の唇は彼の唇に挟まれ、舐められた。
「やっ……ちょっと、お待ちに……はっ」
 執拗に唇を舐られ、真由は苦しそうに彼の胸を押すが、押し返せない。その上、逆に敦に押されてそのまま室内に足を踏み込まされた。
(! まだ靴を脱いでないのに)
 玄関口からそのまま一団高い室内に土足のまま移動させられた真由は蒼褪めた。敦は平然とブーツのまま彼女を抱きかかえる様に部屋を横切ると、奥の部屋に踏み込み、先ほどまで自分が寝ていた布団の上に彼女を押し倒す。
「敦さん? ひゃっ!?」
 慌てた様に、見上げた女の耳に覆いかぶさってキスを落とすと、返って来た反応に苦笑する。感じやすい娘だ。気をよくして、組み敷いた娘の耳朶に歯を立てると身体が跳ねた。釣り上げた魚を連想させる動きに、自分の下半身が反応した。

「だめだ。俺、がっついてる。余裕無い」
 そう言いながら彼女の口に深く吸い付く。その後は再度耳朶を舐り、反射的に跳ねる真由の動きを楽しむ。
「むっちゃ、感じやすいのね。ここが好き?」
 ビクビク跳ねる身体を自分の下半身で押さえ込みながら、首筋に舌を這わせる。
「敦さん……敦さん、いきなり」
「いきなりって何? こっちは暴発寸前よ」
 敦は低い声で真由の耳に直接言葉を流し込む。その溜息の様な声音が耳に響き、真由の背筋をゾクゾクとした痺れが駆け抜けていった。

 興奮の為に息を乱している敦を感じ、真由は不思議な気分になる。自分より年上で余裕を感じさせる男でもやはり興奮するとこの様な声になるんだという感慨である。他人の呼吸がすぐ傍に感じられるのに、不快感は無かった。逆に可愛いと感じてしまった。

「マユ、手を少し下げて」
「手?」
 真由の首筋に唇を這わせている男が低い声で告げてきた。
「俺の触って」
「?」
 何を触らせたいのか疑問に思ったが、真由は大人しく敦の指示に従って右手を下げていった。そしてスエットパンツの柔らかい布地を押し上げている硬いものに気付き固まった。
 慌てて手を放そうとすると、彼女の手は敦の手に押さえられた。彼は真由の目を覗き込みながら、目を細めて笑う。
「寝不足で少々機嫌がわりーんだ。俺もこいつも」
 敦の手に押さえられたまま、彼の下半身のものに強制的に手を這わされた。
「マユの手で元気にして」
 真由はパニック寸前だった。元気にしてと言われても、十分に勃起している様に感じる。
「元気そうですけど……」
「あ?」
 敦が眉を顰める。
「何言ってんの? ちゃんと触らずになぜそう言い切れる? これじゃ、まだゴムも付けらんねー。ほら」
 彼女の手を握りなおすと、そのままズボッと自分のスエットパンツの中に引き入れた。
「嫌っ!」
 指先がまざまざと硬い異質なものに触れ、真由はまるで火傷を負ったような悲鳴を上げて手をひっこ抜いた。目の前の敦は驚いた様に彼女を見ている。怯え、目に涙を溜めた女の顔を。

 布団の上で、膝立ちのまましばらく真由を眺めていた彼は思い出した様に低く笑った。
「何? もしかして嘘? 処女なの?」
「嘘じゃないです」
 生真面目な娘は条件反射の様に答えながら敦を睨んだ。その様な反応が男の劣情を煽り立てるなんて、与り知らないのは本人だけだろう。
「ただ、経験はとても少ないですけど」
 悔しげな呟きが後を追った。やはりどこまでも真面目な性質なのだろう。
「ふーん、なるほどね。やばいな」
 低い声で面白そうに呟く男を盗み見た彼女は慌てて目を伏せた。見なければ良かったと後悔した。敦の目は隠せぬ興奮にぎらついていた。
「マユみたいな女が泣きそうな顔して耐えてる表情ってさ」
 敦はあらがえずに彼女の顎に指をかける。それを真由は指先で弾いた。強く弾かれた指は少し痺れ、驚きながらも覗き込んだ先の彼女の表情は敦の下半身を直撃した。出てくる涙を必死で止めようとしている。

「腰に来るわ。その目付き」
 自分を睨むその目は瞬きも拒否しているように大きく見開いていた。手を伸ばして、緩やかに纏められた長い髪の毛に指を絡ませる。
「いたっ」
 髪の毛に絡ませたその手を引っ張ると、顔が傾き、目に堪った涙が一気にこぼれ始めた。
「やめて、やめて……」
 止められない涙に狼狽した娘は耐え切れずに顔を背けた。
「向こう見たら駄目。俺を見て」
 懇願の言葉なのに、口調は命令しているようだ。頬を押さえて振り向かせると、敦は唇を彼女の瞼に這わせた。そして、最後通牒の様な要求を溜息と共に突きつけた。

「マユ、俺に喰われて。……ってか、喰う」


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