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30.友の巣立ち

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家に帰ると悪ノリしている航兄にクラッカーを鳴らされて出迎えられた。母もなぜだか三角帽子をかぶっている。父はさすがに被るのは勇気がいったのか手に持ってニヤついていた。
とりあえず至君を伴ってリビングに来ると、至君のスーツにしわが寄らない様に部屋着を出された。父のジャージと航兄のダサトレーナーだ。それを当たり前のように着るのを見ながらずいぶん馴染んでるなと感じた。俺も制服を着替えに部屋に戻った。

至君はダイニングで航兄の勉強を見始めた。俺は父たちとお正月特番を見ることにした。

「ね、母さん。今度俺に料理教えてよ」
テレビではドラマの再放送が流れていた。
「何がいい?何が食べたい?こんな事ならもっといろいろ仕込んどけばよかったわ。今どきは若くても家事ができないとダメだって聞いてたのに」
テレビからは視線を外さず母が答える。
「あぁ、あれ手羽中煮たやつ。あれ好き」
「あぁ、小さいころから好きだったわねーって。ほんとにやんなっちゃう。あんなの煮るだけよ。もっとこう、かっこいいおふくろの味ってあるでしょ」
そこまで黙って聞いてた父が
「いや、母さんの料理は単純なものの方が美味しいよ」
「父さん惚気てる」
父はニヤリと笑って。
「母さんは新婚の頃は週4でカレーだったんだ」
母が父を睨んだ。俺がきょときょとと二人を見くらべていると。
「そんなこと透に聞かせなくても良いでしょ、まぁ料理は食べさせたいって気持ちが美味しくさせるのよ」
母が得意気に言う、それも惚気だ。
「最初からうまくする必要ないって話をしたかっただけだよ」
父は笑いながらまた視線をテレビに戻した。俺もまた視線をテレビに戻した。
「あなたがカレーが好きだって言ったのよ。そうだ、あれはどう?」
と母はレシピをタブレットで検索し始めた。それはもうおふくろの味ではない気がするが、これはどうと言いながら俺に画面を見せてきた。そう言えばクリスマスに至君の家で食べさせてもらったラザニアのことを言うと「横文字」と言いながらレシピを検索していた。

その晩俺は母と並んでキッチンに立ち手羽中を煮たものとラザニアを作った。至君が美味しいって言って褒めてくれるのをうれしく見守った。

また新学期まではお互いの家を行ったり来たり。約束だった映画も借りてたくさん見た。冬休みはあっという間に終わった。



新学期。
ヒナタと寮の前で待ち合わせて教室に向かった。
教室にいつもなら先に来ているツバサがいなかった。特に連絡もなく二人で首を傾げた。結局その週はツバサは現れず。ツバサが登校したのは次の週だった。
しかも、放課後には矢賀部家の付き人と名乗るおじさん連れで俺の部屋に来た。いつものメンバー足すおじさんの4人で小さなテーブルを囲んだ。
おじさんは一枚ずつ俺とヒナタに名刺を置いた。所属は矢賀部株式会社 秘書室 主任という肩書で横山さんと言うらしい。右京さん直々の任命だそうだ。
ひさしぶりにあったツバサは少し顔色が悪くて、俺はヒナタに視線を送るとヒナタもこちらを見ていた。

沈黙に耐えかねたツバサは顔を覆ってはーっと大きなため息をついた。

「えー12月末に来る予定だった。ヒートが来なかったので診察に行ったところ妊娠していました。予定日は7月7日です。今16週目で今週から安定期ですっ」

さっきと違う意味でヒナタと目を合わせた。
だけどすぐ「おめでとう!」ヒナタは顔いっぱいに笑顔を浮かべてツバサの手を握る。照れていたツバサもヒナタににっこり笑いかけた。
「横山さんは俺が学校で体調を崩さないか心配でわざわざついてきてくれたんだ。先週まで妊娠初期でね。医者に登校の許可が出たからやっと今日学校に来れたんだ」
名前の出た横山さんは俺の部屋の簡易キッチンでお茶を淹れてくれた。ノンカフェインのなんたらと言うお茶でとてもおいしかった。
「登校義務があるのが2月までだろ。だけど、1月末はヒナタが籠るし。2月初めは透が籠るだろ。3人でこうやって話ができるのは今だけかなって思って無理を聞いてもらったんだ」
ツバサは俺達のヒートをばっちり把握している、すごいな。ヒナタはツバサににじり寄ってお腹を触ってみている。まだ、ぺったんこだ。ツバサはそんなヒナタの頭を撫でている。
「右京さんを心配させたくないから、多分もう出産までは学校に来れないと思う。4月からは予定通り通信に切り替えるよ」
また小さな沈黙が過ぎた。

「俺、正月に張ヶ谷さんのご両親に会って婚約したんだ」
至君にもらった腕時計を撫でながらつぶやく。戸惑ったり、迷った時はツバサの言葉に励まされた。ツバサには伝えたかった。
「なんだ。覚悟ができたんだな」
ツバサがにっこりと笑う。俺はうなずいた。
「ぼ…僕もあっくんと相談して。次のヒートで番うんだ。うなじを噛んでもらう。そうすれば僕のフェロモンも落ち着くし、あっくんも来年の受験に集中できるし。僕がそうしたい」
珍しくヒナタが強い言葉でしゃべっている。ツバサがにっこり笑う。
「ヒナタなら大丈夫だよ」
ヒナタは少し照れてうなずいていた。

「俺も触ってみてもいい?」
ツバサは少しびっくりした顔をした後、うなずいた。手を伸ばしてツバサの腹を触る。まだ全然分からない。けどここに確かな命が育っていると思うと暖かく感じた。
「男の子かな、女の子かな」
「まだ分かんないよ。だけど、右京さんは両方欲しそうだよ。今から嫁に出したくないって話をしてる。気が早すぎて笑っちゃう」
ツバサはいつの間にこんな大人びた笑顔をするようになったんだろう。
「ツバサに似たら男の子でも女の子でもどっちでも可愛いよ。アルファかな、オメガかな、ベータかな」
ヒナタはツバサのお腹をじっと見た。
「僕はオメガであるこの人生も幸せだと思ってる。良い人に出会って。良い経験をしてくれれば。第二性が何であれ幸せになれると思ってるよ」
「親っぽいね」
つい間抜けな感想を言ってしまった。ツバサは「実感はないけど親だからね」と笑う。
「ツバサならいいお父さんになりそうだな。俺はツバサたちがいたから自分の第二性ともうまく向き合えたと思ってる。ありがとう」
「別れの挨拶みたいなこと言わないでよ、生まれたら呼ぶから会いに来て」
「楽しみにしてる」

その後、ツバサのスマホが鳴るまで俺たちはこの冬休みの話をした。
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