ぽっちゃり悪役令息はテンプレを邁進する

大島Q太

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悪役令息は奮い立つ(1)

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次の日から家庭教師を家に呼んで午前中は騎士科の座学を午後からは僕が行くことになった魔術系の実技を習いはじめた。クレインは学園が終わると顔を出してくれて学園のことを教えてくれる。僕は彼から騎士科の授業を教えてもらった。ぽっちゃりの僕にはなかなかハードな内容だった。

馬術についてもクレインが教えてくれた。
父様が僕のために買って来てくれた馬は大きくて真っ黒で足が太かった。なにせぽっちゃりの僕と筋肉オバケのクレインを乗せるため、雪国の重装備者向けの体の大きな馬をとり寄せた。体高も並の馬の1.5倍はあった。
最初は怖かったけれど、体は大きくても気性の優しい賢い子だった。僕はすぐにかれに夢中になった。クレインと相談してベル号と名付けた。名前を呼ぶとベル号は嬉し気に鼻を鳴らす。そんな仕草もすごくかわいい。
ベル号のお世話は大変だけど楽しかった。朝早く起きて飼い葉を整え、ボロを片付けてご飯を準備する。丁寧にブラッシングするとベル号は嬉しそうにブルブル鳴いた。ベル号のたてがみは長いのでかわいらしく結んでやると嬉しそうに鼻をこすりつけてくる。ベル号は僕の新しい友達になった。
体高が高い分、乗るのにはすこし苦労した。いつも、クレインが先に乗って僕を引っ張り上げてくれる。少しでも体が軽くなれば、ベル号にもクレインにも迷惑をかけず乗れるのにと思った。僕は少しだけ減量を心がけた。
少しだけ、ご飯を我慢したり。運動したりするようにした。夜は日が沈んだら食べないようにするだけでもかなり食べる量は減らせたと思う。それに、今は王族教育も宿題もないから夜はぐっすり眠れている。体がすごく楽だった。


馬を上手に操れない間はクレインにお願いして王都の外れまで遠乗りをした。ベル号は僕とクレインを乗せても悠々と走る。背中にクレインの体温を感じて少しドキドキしたが、相変わらず彼は僕のおなか周りの肉を揉むので、すぐに気にならなくなった。ベル号の背中から見る草原は広くて風が気持ちよかった。

広い草原にポツンといると、僕がいたのが小さな世界だという事を感じる。

大きな夕日が山の向こうに沈む。星を連れた群青の空と赤い夕陽が溶けて綺麗なグラデーションを作っていた。言われてみれば、こうやって自然に触れて暖かな気持ちになることなんて、今までなかったように思う。世界はほんとに広いんだなとぼんやりと眺めた。

「綺麗な夕日だ」

僕がそう口に出すと、クレインが肉を揉む手をやめて僕の頭を撫でた。

「何かを綺麗だと思う心は、余裕がないと生まれないんだ」

僕がクレインを見上げると彼はおでこにかすめるようなキスをした。今のは意図的なのか。偶発的なのか。驚いてドキドキと胸が拍を打つ。

「クレイン、僕は…」

だけど言葉が出てこない、僕はまだオーブリー殿下の婚約者だ。クレインはなだめるように僕の頭を撫でてから。手綱を操って厩舎まで帰った。

「ケティ。ほら」
先に下りたクレインが両手を広げる。僕は手を伸ばして降ろしてもらった。相変わらず抱きとめてくれる腕は力強い。

「ケティはだいぶ軽くなったな」

僕の努力をクレインも気付いてくれていた。
ベル号のおかげで腰回りもすこしだけ引き締まった気がする。前まで履いていたズボンがベルトを使ってもずれるくらいには締まってきているのだ。

「クレイン。新学期が始まっても僕の友だちでいてください」

クレインを見上げて請うと、彼は苦い顔をして頭を撫でてくれた。きっと、話してはくれないが学園での僕の評判は最悪だろう。そんなやつの友だちなんてクレインは迷惑なのかもしれない。だけど、分かっていてお願いする僕は少しズルい。



新学期になって僕は騎士科の魔術系に無事転科した。久しぶりに学園の門の前に立つと足が震えた。すぐに引き返したい気持ちをこらえて歩く。クレインが側にいてくれるから何とか教室にたどり着くことができた。僕をこそこそと噂する声がさざ波のように響く。季節外れの転科生は教室で悪目立ちをしたが姿勢を正して何とかまわりの視線に耐えた。
緊張はあったが家庭教師に教わったことが役に立って授業もまずまず理解できた。
一生懸命にノートを取って教科書をめくる。気付けばすぐに昼休みになった。

クレインは騎士科でも剣術系なので教室は違うが、お昼ご飯を教室まで誘いに来てくれた。彼を見ると張りつめていたものがふっと緩む。

二人で食堂に向かうとあからさまに冷たい視線を向けられた。
「ほらあれ、殿下のご学友に薬をのませたそうですよ、それで2カ月謹慎してたらしい」
ふと聞こえてきた言葉に僕はスーッと血が引いたのを感じる。
「どうやら、今回発覚する以前から、サーシャ様を陰でこっそりいじめてたそうです」
今度はまた違う方向から聞こえてきた。
「悲劇ぶってあの髪の色、サーシャ様や殿下への当てつけですかね」

聞こえてくるのは全部僕への誹謗中傷だった。
下を向きそうになったところでクレインが背中を支えてくれた。僕はうつむくことなく食堂に入った。僕の前だけ人がひいて道を作っている。
「歩きやすくていいな」
クレインがニヤリと笑う。僕もつられて困った風に笑った。ざわざわと人の波が揺れて僕らに視線が集まっているのを感じる。
食堂で白いパンに刻んだ野菜と味付けした肉を挟んだものを買った。それなら別の場所でもゆっくり食べられると思ったからだ。早々に食堂を出ようとした時だった。カランと言う音が聞こえて振り返るとクレインが僕を守る様に立っていた。足元には食べ物と皿が転がっている。誰かが僕に向けて投げたみたいだ。それをクレインがかばってくれていた。

……血が沸騰した。

「この皿を投げたものは名乗り出なさい!」

思ったよりも低い声が出た。食堂がしんっと静まり返る。

「お前の方がひどいことしたんだろ」

相手は生徒の中に紛れて声を上げた。僕は声のした方に進む。また、道を作るように人が左右に分かれていく。僕はこれでも王族教育を受けた。誰の発言かは声を上げた方を見ればわかった。彼は確か、サーシャの侯爵家の子爵家の子だ。

「さっさと自分の非を認めて婚約者の座をサーシャ様にゆずれよ」

彼は悪びれることなく胸を反らして僕の肩を押した。
ふらつかない様にふんばって、できるだけ冷たい目を心がけた。そして、思いっきり彼の頬を張った。パシンと言う乾いた音が食堂に響いた。

「私は何もしていません。こんなことをされる云われもありません」

そして、ぐるりと取り囲む目に圧を込めて叫んだ。

「あなたたち恥ずかしくないんですか。自分たちが正しければ何をしても、言っても許されるんですか?」

クレインが口角を上げてこちらを見ていた。それに背中を押される。

「私たちは将来この国を支える人材です。噂や人の話だけを真に受けて確認もとらず断罪するなんて、迂闊だと思いませんか。私は何もしていない。私が何かしたと言うのなら、その証拠を持って来てみなさい」

先ほどまでざわついていた食堂が静かになる。僕はクレインの腕を引いて食堂から出た。

僕は校舎の裏手にあるベンチにクレインを座らせて、ハンカチを近くの水場で濡らしてきた。クレインの腕には投げつけられてできた野菜のしみがついていた。さっきまであった怒りが悲しみに変わる。

「ごめん。クレイン」

「いや、こういう時はありがとうだろ?」

彼は微笑する。僕は濡らしたハンカチでクレインの腕のところに付いたシミを拭いた。

「シミは薄くなったけど、これはあいつに弁償させようね」

「ケティもやる時はやるんだな」

僕が情けなくてへにょりと笑うと頭をワシワシと混ぜられた。彼なりに勇気づけようとしてくれたんだろう。僕らはそのまま、ベンチでさっき買ったパンを食べた。
日向のポカポカとしたベンチで二人で並んで食べるのは少しだけ気分が晴れたが、今回のような悪意はきっとこれからも出てくるんだろうなと思うと憂鬱になる。

すべて食べ終わるとまた二人で空を見た。


昼からの授業は馬術の実技だった。僕は家から連れてきていたベル号で授業に参加した。周囲がどよめく。ベル号はやはり皆の馬より大きくて辺りを威圧した、先ほどの騒ぎもあいまって皆が僕を怖がっている。僕の周りには不自然な輪ができていた。僕は気にしない風を装って授業を受ける。
ベル号は初めての授業なのにちゃんと常歩も速歩も上手にできた。あとで、クレインに報告しよう。

なんとか、再登校初日を終えて帰り支度をした、教室の扉にクレインが立っていた。彼を見るのが何よりホッとする。


門の近くまでベル号を伴って歩いて行くと、あの見慣れた王族用の馬車が見えた。そこに乗り込むオーブリー殿下とサーシャ。僕はローブの合わせ目をぎゅっと握って目をつむった。これまでの大変だった記憶が波のように押し寄せて…息ができない。膝が震えだして立っているのもつらくなった。頭から血の気が引くのが分かる。

ふらふらする僕をクレインが抱き留めてくれた。やっと、何とか息が吸えた。ありがとうを言ってまた、馬車の方を見ると、一瞬、殿下がこちらを見た気がした。僕は慌てて視線を外す。

「びっくりしました、怖いって思ったんです。僕はもう無理です。婚約者でいたくない」

クレインが抱きしめて子供にするみたいに背中をポンポンと叩いてくれる。ゆっくりと落ち着いてきた。あいまいだった気持ちが今しっかりと固まった気がする。

「ケティ。悪くなれよ。それだけひどいことを向こうがしたんだ。気にせず罵倒して吐き出せ」

心配そうにベル号も僕の方に鼻先を向ける。手を伸ばしてなだめると小さくブルンと鳴いた。僕はベル号の顔を抱きしめた。ぐりぐりと僕の胸に鼻を押し当てて甘えてくるベル号に和んだ。

「クレイン、ベル号。ありがとう。君たちがいてくれて良かった」

「ベル号と一緒の扱いか」

クレインがフンッと鼻を鳴らすと、ベル号もフンッと鼻を鳴らすので笑ってしまった。

婚約破棄上等だ。
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