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第二幕 道化達のパーティー
レモンポアゾンとミルクフレーバーティー
しおりを挟むその日、イーラン王国第四王子マフェットは従者を引き連れロンファン通りのパティスリーカフェ、【メシャール】の2階奥の個室に居座った。
「マフェット、良い加減帰ってくれ」
「ローラン!つれない事言うなよぉ~俺達の仲だろ?」
「えぇい!抱きつくな!お前の香の匂いはキツ過ぎるぞ!ショコラが作れなくなる!出て行け」
「ローラン‼︎あぁ、俺のローラン‼︎腹違いとは言えお兄様がこうやって会いに来ているのに、どうしてお前はそんなに嫌がるんだ?」
マフェットに抱きつかれ、グリグリと頬擦りされたローランはうんざりとした顔で兄であるマフェットを見下ろした。そう、店主でもありパティシエでもあるローランはイーラン王国、王位継承権15位と下位ながらも列記とした王族であった。
「……はっ!兄だと?俺の母親はジプシーだ……国王の戯れがあったとして、俺が王の子と証明出来ない筈だ!それに王が母と俺を系譜に入れたのも母への嫌がらせだろ?母は死んだ……俺の事は放っておいてくれ!俺はもうヤルンセンの帝国民……お前とは何の関係も無い……出て行ってくれ。うんざりだ」
「エメラルドの瞳にその髪色。親父様の血が入ってなきゃそんな色は出やしないよ。黄色人種である我が国の民は黒目黒髪が基本だよ?なのに俺達は色持ちだ。兄弟姉妹は皆髪色は違うが大凡暖色だし、目の色は国王と同じエメラルド……どこをどう考えても俺もお前もあのクソ野郎の息子だよ」
ローランはマフェットの首根っこを掴むと、壁際に置かれた革張りのソファにドスンと落とし、コックコートを叩いた。ローランは思い出したく無い過去の残像に目を顰め、黙って部屋を後にする。
「メルファディア……逃れたいのは俺も同じだよ」
閉まりゆく扉の隙間から、マフェットの少し寂しげな声が漏れ聞こえた。
一体あいつは何をしたいんだ?ここ半年顔を出す事が無かったから、ついに諦めたのかと思ったがまた懲りもせず現れるなんて。キュリアに明日から休みを与えよう……あいつの相手はさせたくない。もしもキュリアが捕まれば、折角この国で2人で作り上げた居場所を失う。それだけは避けなくては。
「はぁ……ケーキに毒でも仕込むか?」
ローランは厨房に戻ると、保管庫の扉を開けて果物やリキュールを取り出し明日の仕込みを始めた。そして、嫌な気分を晴らす様に懐かしい記憶を思い出しながらレモンを絞った。
ローランが菓子作りを始めたのは8歳の頃だった。世界を旅して芸を売る母親の元に生まれた彼は、旅芸人の一座の厨房係だった。大人達に混じり料理を覚えた彼は、興業で訪れた国で初めてケーキを食べ衝撃を受ける。余りにも高価なその菓子は、大人達ですら手が出せない程だったが、ある出会いによりそれを口にする事が出来た。その出会いとはメルロート家の長男ウィリアムとの出会いだった。1年に1度、彼等は帝国で行われる建国祭に訪れ見せ小屋を建てる。そして踊り子の舞踊や武芸を見せていたが、そこにメルロート家当主フィリオが訪れた。ローランの母親に一目惚れし、粉を掛けるも袖にされ興業主や妻であるミレイヤと一悶着起こしたのだった。そして、その際、ミレイヤに連れてこられたウィリアムはローランと出会った。大人達の繰り広げる醜い罵声の応酬を、当時12歳であったウィリアムは幼いローランに聞かせたく無いと、カフェに連れ出し好きなだけケーキを食べて良いと言った。
「あ、あの」
「なんだ?」
「いや……僕なんかがこんなお店に」
キラキラと輝くシャンデリア。落ち着いた雰囲気の店内には、貴族しかおらず、薄汚れたシャツに短パンを穿いたローランは気後れしていた。
「気にしなくていい。ここはカフェだ……貴賤は関係ない。身分を気にするのであれば貴族の経営する店に行けば良い。この店は平民の店だ、それを選んで入店した時点でここに居る貴族に客を選ぶ権利は無い」
「……でも」
チラチラと貴族達の視線がローランの肌に突き刺さり、ウィリアムの言葉を素直に受け止められずにいるローラン。ウィリアムは溜息一つ溢すと店員に全てのケーキを一つずつ持ち帰り様に包ませた。
「ならば見晴らしの良い丘がある。そこに行こう」
ローランの手を引いて、ウィリアムは従者を従え街外れの丘へと向かった。そして草原に腰を落とすと、ローランと共にケーキの入った箱を開いた。
「好きな物を好きなだけ食べて良い」
「いいんですか?」
「構わない。詫びだ」
「詫び?」
「すまなかったな。私の父が君の母君に迷惑を掛けた」
「いえ……あんな事はしょっちゅうですから」
「そうか。君の母君は美しい方だからな、旅先ではそう言う事も多いのかも知れないな」
「僕等の様な奴隷上がりに……拒否権はありませんから」
「いや、主人が居ないのであれば拒否して良い。どんな身分であれ、従うと決めた主人が居ないのならばその身分に意味は無い」
「……僕達奴隷に主人を選ぶ権利はありません」
「いや、選べないのではない。選ぶんだ……己の人生の為に。まぁ、それも君次第だ。さぁ、好きな物を食べると良い。残ったなら母君に土産とするのが良いだろう」
「あ、ありがとうございます‼︎」
「礼は要らない。詫びだからな」
「……もしも、ウィリアムのお父上に母が嫁げたら……僕はウィリアム様の弟になれたのでしょうか」
「なんだ?私の弟になりたいのか?」
「い、いえ!す、すみません!変な事を言って……で、でも。主人を選べるなら、ウィリアム様の様な方にお仕えしたいです」
「……まず君は、君の心に仕えるべきだな。未来を思い描き、なりたい自分を探すんだ。その姿になる為に主人が必要となれば選べば良い。もし、その時に私が必要となれば尋ねて来い。この懐中時計を君にあげよう」
「え?こ、こんな高価な物を僕に?」
「金に困ったなら売れば良いし、私の力が必要となったなら屋敷の者にこれを見せれば良い。君の力になろう……母君の為に私の弟になる必要は無いさ」
「い、いえ!ぼ、僕はウィリアム様の様な兄が居たら良いなって」
顔を赤くし、ローランは手に取った黄色く丸いケーキに口を付けチラリとウィリアムを見た。そんな可愛げのある少年ローランに、ウィリアムは微笑みながら頭を撫でた。
「そうか。私にも君の様な可愛い弟が居たらと思う。実の家族となれなくとも、今日から君は私の弟だと思おう」
「‼︎」
喜びがローランの身体を駆け巡り、初めて食べたレモンケーキの甘酸っぱさはどこにも感じられなかった。ただ、陽の光に輝く金色の髪や青い瞳、そして柔らかく笑うウィリアムの笑顔がただ甘い記憶をローランに植えつけた。
「さぁ、茶も飲むと良い。これはストレートティーだがな、ミルクの香りがしてそのレモンポアゾンと良く合う」
「紅茶なのにミルクの香りが?」
「あぁ。茶葉をミルク缶で発酵させ、香り付させるのだ。酸味のある物と合わせると香りが立ちとても奥深い味わいとなる」
従者に渡されたカップにそっと鼻を近づけるローラン。柔らかな草木を撫でる風の香と、レモンの香。そして甘いミルクと紅茶の何とも言えぬ香りをローランは一生忘れないだろうと思った。
それから5年程手紙のやり取りをしていた。旅先では必ず手紙をウィリアムに送り、ウィリアムもその手紙を楽しみにしていた。そしてローランが15の時、母の死をきっかけに一座を離れウィリアムを頼り帝国へと行く事となった。
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