没落寸前の伯爵令嬢、トキメク恋愛世界の住人を観察する

咲狛洋々

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第二幕 道化達のパーティー

同情から始まる物もある

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「メリー、やっぱり出ないとダメ?」

白のジャケットに淡い紫のアスコットタイ。メルロート公爵家の家紋の入った懐中時計の金鎖をベストのボタンに留めて、格好だけは一丁前の紳士に出来上がっていたレナウスは、ふわふわの金髪をウィリアムのワックスを借りて撫で付けていて、まるで社交界にでも出るかの様な装いである。


「何をおっしゃってますの?貴方が主役でしょう?」


メリーに諭され、レナウスは扉近くで昨日からぼぅっとしているエリアリスに目を向けた。


「それにしても、先生昨日からおかしいね」

「…ですわよね?」

「何かあったの?」

「分かりませんの。兄様がプレゼント作戦を実行しようとしたら急に何処かへ行かれて、戻ってきたかと思ったらずっとあの調子なの。結局プレゼントも渡せず仕舞いで、兄様もガックリよ」

「どうしたのかな?」

「それより、もうすぐエヴァン様がお見えになるわ。まずはちゃんとお話を聞きなさい!嫌いだと決めつけて……男女問わず、その様に拒否されるのは辛いわ……」


 はぁ。皆さん、簡単に言ってくれると思いませんか?僕はこの一週間ずっと悩んでいた事も無視して、皆んなエヴァンの味方なんです。当のエヴァンも、僕の態度で気持ちに気付いている筈なのに相も変わらずぐいぐい近付くのです。確かに、僕もエヴァンとまともに話もしないで拒否してしまっていたから、今更どう接して良いのか分からないのも事実なんですけど。当たり前の事を非難されるって頭がおかしくなりそうですよ。


「レナウス様、エヴァン•ハリオル様がご到着でございます」


食堂で、お茶を飲んでいたレナウスとメリーはその言葉に席を立つと、玄関ホールへと向かった。そこには、グレーのスーツを着こなしホワイトローズの花束を抱えたエヴァンが和かな笑顔でレナウスに微笑みかけた。


「レナウス、今日はお茶会のお誘いありがとう。君と2人で話せるなんて思わなかったから……昨晩は眠れなかった」


「そ、そう……ぼ、僕も眠れなかったよ」


君とは違う意味でだけどね!
くそぅ。皆んなニコニコして意味有り気に僕を見てるけどさ、本当に良い加減に諦めて欲しい!今日こそはガツンと言ってやるんだ!

 2人は東屋へと歩き出し、中庭の花壇を通っていた。そして一際美しく咲き誇るアネモネの横を通り過ぎた時、エヴァンが立ち止まった。


「どうしたの?」

「レナウス……悪かった」

「え?」

「迷惑だったよな」


な、何急に!ここで話をするの?
折角東屋にお茶を準備したのに。それに、僕は段取りから外れた事に弱いのに!ど、どうしよう?


「……」

「覚えてるか?入学式の時の事」

「入学式?」

「俺が新入生代表に決まって……緊張でクラスに入れなくて中庭に居たらさ、お前が声を掛けてくれたんだ」


確かに、そんな事があったような……無かったような?


「お前、ハンカチにメルロート家のオリジナルのコロンを染み込ませているから、気持ちがスッキリするって貸してくれたよな」

「そう……だったかな」

「その時のお前の笑った顔がさ……ずっと心から離れないんだ。親父や兄貴から宰相家としての自覚を持てと幼い頃から言われて育ったからか、弱音を吐く事も……そんな姿を見せる事も誰にも出来なかった。お前はさ代表挨拶が失敗しても誰がそれで宰相家を馬鹿にするのかって……そんな事位で傷が付く程弱く無いだろって。それが嬉しかったし、心が軽くなったんだ」


 甘やかされ育った僕には分からない苦労があるんだな。そっか……清廉潔白、謹厳実直を絵に描いた様なお人柄の宰相や一番上のお兄さんのマーレイ様の下で育ったなら相当な苦労もあったろうな。僕の知らないエヴァンの苦しみを見た気がします。


「エヴァンはすごいね」

「俺が?」

「だって三男でしょう?僕なんて兄上が父上の秘書から小さい頃からスパルタで叩き上げられている姿を見て僕が長男じゃなくて良かったってほっとしていたんだよ?」

「ウィリアム様は兄貴すらその知略で勝てぬと言うほどのお方だからな、幼い頃から大変な日々を過ごしたのだろうな」


兄上が知略家?嘘だぁ!エリアリス様と近付く方法すら分からずオタオタしているんだよ?そんな風に兄上は見られているなんて!びっくり。


「俺は……爵位も継げないし、学校を卒業したら母方の叔父の養子になるんだ……叔父の領地は北部のマルカッタなんだ」

「マルカッタ⁉︎モートルに隣接してるマルカッタ⁉︎」

「あぁ。戦地に行くも同じだ……だから、人生の中で一つ位……本当に心から望むものを諦めたくないと思ったんだ」

「まさか……それが僕、だなんて言わないよね?」


そう言った後に、僕はしまったと思いました。
彼はきっと苦しんで苦しんで、隠していた想いを吐露したのに。僕はそれを嫌悪するかの様な言葉を選んで言い放ったのです。それは鈍い僕ですら間違った言葉の選択だったと気付く程で……その言葉を聞いたエヴァンは笑って『違うよ。自由を諦めたくなかった』って言って東屋へ歩いて行きました。その後姿に、僕は泣きそうになって……いや、泣いてしまったのです。


「エッ…ううっ!エヴァン!エヴァン‼︎」


泣きながら呼び止めたレナウスの声に、エヴァンは驚いて振り向いた。目を擦り、赤くなった目元からポロポロと涙が溢れているレナウスに、エヴァンは驚き近づいた。


「レナウス⁉︎お、おい!何だよ⁉︎何で泣いてるんだ?」

「ごめん、ごめん……嫌な言い方!僕っ…うぇっうっっ」

「……違うって……言ってるだろ」

「違わないんだろ⁉︎僕、僕なんだろ?うっ、うぅ」

「そうだけど、そうじゃ無いんだ……泣くなよ。キスしたくなる」


絆される。
〘連語〙 ほださ・る 〘連語〙 (動詞「ほだす(絆)」に受身の助動詞「れる(る)」の付いたもの)
① 情に訴えられ心や行動が束縛される。相手の要求を受け入れること。

まさにレナウスはエヴァンの捨てられた子犬の様な全てを諦めた様な眼差しに絆されていた。つい数分前の同性愛への嫌悪や周囲への反発心は何処かへ消え去っていて、レナウスは何故エヴァンを毛嫌いしていたのか、その理由が分からなくなったのだった。


 泣きそうでいて、苦しみに眉を下げ笑うエヴァンの願いの一つ位、何も望まず平々凡々と生きてきた僕は叶えてあげても良い。そう愚かにも僕は思ってしまって、エヴァンが僕を抱き締めて来たのにそれに抵抗出来ずされるがまま初めてキスをしてしまったのです。僕の初めてのキスは男性でした。きっと今晩は後悔で寝れないと思ったのですが、彼が僕同様戦力にもならないであろうに、危険地帯で領主とならなくてはならない確定した未来に僕は同情したのです。


 そんなピンクとも紫ともつかぬモワモワとした雰囲気漂う情景を、茶菓子を手に挨拶に行けとメリーに言われ通り掛かったエリアリスが見ていた。思わず花壇の花の影に隠れ、口元を両手で隠してドキドキとその光景を見つめている。


はわわわわ‼︎皆様‼︎
あの!あのぅ!キ、キスです‼︎男性同士のキスでございます!
え?あ、あの!何故レナウス様はキスをなさっているのでしょうか⁉︎お友達となる為にお茶会を開いたのでは無かったのでしょうか?目がっ!目が離せません‼︎端ない事でございます‼︎早くこの場を離れなくては!


そう狼狽えながらも、エリアリスは愛しげにレナウスの顔をその両手で包み、泣いているのか、その場に響く二つの嗚咽にやましさや羞恥といった気持ちは湧かなかった。それよりも、何故かエリアリスも泣きたい様な、包み込み抱き締めてやりたい様な不思議な感覚に身を委ね、草木の隙間から2人を親の様な気持ちで眺めた。

















































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