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第二幕 道化達のパーティー
夢から醒めても エリアリスの初恋
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夢は夢のまま、私の心の片隅に眠っていた筈でした。
ですが、あの夢は私の中の希望であったのかも知れません。
これまでに見た事もない様な強く鮮やかコンフィズリー、光に照らされた店内で愛を語り合う男女。あの光景が、私の血液を沸騰させぼんやりとしていた脳裏を目覚めさせるのです。そして鐘が鳴り響く様に『急いで』と誰かが言うのです。
「はぁっ!はぁっ!パティスリーはここでしょうか?」
白い壁に、戸口は青い琺瑯で設えられているしっかりとした店構えの前で、エリアリスは肩で息をしながら震える手で扉を開いた。
その濃紺のワンピース下に隠れる足はガクガクと震えていた。
「いらっしゃいませ、お一人様でございますか?」
「は、はい……」
「2階の個室にご案内致しますか?」
「い、いえ!パティスリやコンフィズリーを拝見させて頂けますか?」
「勿論でございます、さぁこちらへ」
貴婦人然とした店員の後に続き、エリアリスはドキドキと高鳴る胸を押さえながら贈答用の菓子売り場へと足を進めた。
さて、彼女はどうするつもりなのだろうか?もし、この店に居るパティシエが夢に見た殿方だったとして、品位もマナーも忘れて声を掛けるのだろうか。もしもそうなったとしたら、それこそエリアリスが女性として一皮剥けたと言えるかもしれない。
「あ、あのっ……」
「はい。何でございましょう?」
「これらの菓子をお作りになったのはどなたでしょうか?」
「……当店の店主であり、パティシエのローランでございます。ローランは皇室でパティシエをしておりました」
「そ、そうでしたか」
ショーケースに並ぶお菓子は、どれも可愛かったり美しい物だったりと、きっと見る人を釘付けにするのでしょう。ですが、私の目はその奥に居る方を探しているのです。お会いしたい……貴方様は私の何なのでしょうか?いつかお会いする運命のお方なのですか?
「あ、あの……ローラン様にご挨拶は……出来ますでしょうか」
「は、はい?ローランに……でございますか?」
「あっ、あの!私の勤めます公爵家の方がこちらのコンフィズリーを大層気に入られまして!ぜ、是非お、お礼をと」
「公爵家……メルロート様でございましょうか?」
「は、はい!」
店員は、ニコリと微笑むとカウンターの奥へと消えてゆき、エリアリスは店員が自分の意を汲んでくれたのだと、手を固く握りしめ待った。
5分程して、先程の店員が1人の男性と共に現れ頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。ローラン•ドブリュエラでございます」
褐色の肌に、エリアリスよりも青味がかったエメラルドの様な瞳、赤褐色の髪を一つに纏めた美丈夫がそこに居た。
夢の中の大理石の様に艶のあった白い肌の御仁とは違う事に、エリアリスはがっかりとし思わず目を伏せた。その姿にローランは眉を顰めている。仕事中に呼び出された挙句にがっかりとされたのだから、その反応は誰もが納得するという物。
「恐れ入りますが、貴方様は」
「失礼致しました。私、エリアリス•テルメールと申します」
「テルメール様。私に何か?」
「あ、そ……そうでした。あの、コンフィズリーのお礼と申しますか……公爵様のお気に入りをお作りになられた方にご挨拶をと……あ、あの、そういえば、このコンフィズリー、他の店の物とは違いますね。中に果物が入っているなんて」
苦しすぎる言い訳と、取り繕われたその反応にローランは無愛想ながらも丁寧な態度で話し出した。
「私の母方がイーランでして、イーランではこれが一般的なのです」
「そうでしたか」
「……」
ローランはエリアリスの憂いを帯びたその目を見て、彼女に背を向けると別のコンフィズリーの入った缶を手渡した。
「こちらこの国の伝統的なコンフィズリーでございます。果物の果汁を加えた物です。きっとお口に合うかと」
「い、いえ!私もあちらの物が……好き、なのだと…」
何を私は期待していたのでしょうか?この方は夢の中のあの方とは違う。違う……だとして、何故私はがっかりとしているのでしょう?
私は夢の中の彼の方を求めて……いるのかしら。
「それで、私にどんなご用でしたでしょうか?」
「あ、いえ。その……こちらにもう1人男性がお勤めでは?」
「申し訳ありません。男性従業員は私だけでございます」
「そう……ですか」
運命的な出会いを期待し、裏切られる。現実とはこんな物である。
思わずエリアリスは店内を見渡し、夢の中の彼を探す。夢を見て胸の動悸に驚いたあの夜が彼女を掴んで離さない。だが、良い加減に人との繋がりは家門より齎されぬのではなく、互いを知ろうとその手を差し出さなくては何も始まらない事を彼女は気付くべきであろう。さて、彼女はその手を彼に差し出すのだろうか?
「お探しの方は別の店の者なのでは?」
憮然とした顔のローランは頭をガシガシと掻くと、エリアリスを見下ろし溜息を吐いた。良い加減、仕事に戻りたいと思っているのだろう。その事に気付いたエリアリスはハッとして、知りたい、探したいという思いを残しつつも、膝を折ると『お仕事のお邪魔を致したました』と言って店を出ようとした。
「テルメール様、誰をお探しかは存じませんが。次は是非食べに来て下さい」
柔らかな笑みで、エリアリスの前で礼をするローラン。一応は接客業、そこ抜かりなく対応した。そんな彼の対応に、エリアリスは今いる場所がどんな所なのかを思い出し、顔を赤くして頷き微笑んだ。
「えぇ。是非次は公爵家の皆様と共に伺います」
「お待ちしております」
違ってしまいました。ローラン様は夢の方ではございませんでした。ほっとした様な、悲しいような気持ちが胸に広がって……私は泣きたいのです。夢で答えられなかったぼんやりと形も分からぬこの想いは、あの方にお会いすれば分かるのだと思っていたからでございます。あの方は私を慕って下さっていました。何故私なのか、そして何故私もあの方を知りたいのか……これではまるで妹の語る恋愛小説の様でございませんか?私は、居もしない殿方に恋をしているのでしょうか。だとすれば、何と愚かなのでしょう。現実には存在しない妄想を追い掛けるなんて……。
夢に見た男性と出会い、何をしたかったのか。出会えると、根拠の無い自信が現実に打ち砕かれても尚、諦められないと思ったエリアリスは気付いてしまった。自分の夢の中の男性に抱いている気持ち、それは【恋】なのだと。
ですが、あの夢は私の中の希望であったのかも知れません。
これまでに見た事もない様な強く鮮やかコンフィズリー、光に照らされた店内で愛を語り合う男女。あの光景が、私の血液を沸騰させぼんやりとしていた脳裏を目覚めさせるのです。そして鐘が鳴り響く様に『急いで』と誰かが言うのです。
「はぁっ!はぁっ!パティスリーはここでしょうか?」
白い壁に、戸口は青い琺瑯で設えられているしっかりとした店構えの前で、エリアリスは肩で息をしながら震える手で扉を開いた。
その濃紺のワンピース下に隠れる足はガクガクと震えていた。
「いらっしゃいませ、お一人様でございますか?」
「は、はい……」
「2階の個室にご案内致しますか?」
「い、いえ!パティスリやコンフィズリーを拝見させて頂けますか?」
「勿論でございます、さぁこちらへ」
貴婦人然とした店員の後に続き、エリアリスはドキドキと高鳴る胸を押さえながら贈答用の菓子売り場へと足を進めた。
さて、彼女はどうするつもりなのだろうか?もし、この店に居るパティシエが夢に見た殿方だったとして、品位もマナーも忘れて声を掛けるのだろうか。もしもそうなったとしたら、それこそエリアリスが女性として一皮剥けたと言えるかもしれない。
「あ、あのっ……」
「はい。何でございましょう?」
「これらの菓子をお作りになったのはどなたでしょうか?」
「……当店の店主であり、パティシエのローランでございます。ローランは皇室でパティシエをしておりました」
「そ、そうでしたか」
ショーケースに並ぶお菓子は、どれも可愛かったり美しい物だったりと、きっと見る人を釘付けにするのでしょう。ですが、私の目はその奥に居る方を探しているのです。お会いしたい……貴方様は私の何なのでしょうか?いつかお会いする運命のお方なのですか?
「あ、あの……ローラン様にご挨拶は……出来ますでしょうか」
「は、はい?ローランに……でございますか?」
「あっ、あの!私の勤めます公爵家の方がこちらのコンフィズリーを大層気に入られまして!ぜ、是非お、お礼をと」
「公爵家……メルロート様でございましょうか?」
「は、はい!」
店員は、ニコリと微笑むとカウンターの奥へと消えてゆき、エリアリスは店員が自分の意を汲んでくれたのだと、手を固く握りしめ待った。
5分程して、先程の店員が1人の男性と共に現れ頭を下げた。
「お初にお目に掛かります。ローラン•ドブリュエラでございます」
褐色の肌に、エリアリスよりも青味がかったエメラルドの様な瞳、赤褐色の髪を一つに纏めた美丈夫がそこに居た。
夢の中の大理石の様に艶のあった白い肌の御仁とは違う事に、エリアリスはがっかりとし思わず目を伏せた。その姿にローランは眉を顰めている。仕事中に呼び出された挙句にがっかりとされたのだから、その反応は誰もが納得するという物。
「恐れ入りますが、貴方様は」
「失礼致しました。私、エリアリス•テルメールと申します」
「テルメール様。私に何か?」
「あ、そ……そうでした。あの、コンフィズリーのお礼と申しますか……公爵様のお気に入りをお作りになられた方にご挨拶をと……あ、あの、そういえば、このコンフィズリー、他の店の物とは違いますね。中に果物が入っているなんて」
苦しすぎる言い訳と、取り繕われたその反応にローランは無愛想ながらも丁寧な態度で話し出した。
「私の母方がイーランでして、イーランではこれが一般的なのです」
「そうでしたか」
「……」
ローランはエリアリスの憂いを帯びたその目を見て、彼女に背を向けると別のコンフィズリーの入った缶を手渡した。
「こちらこの国の伝統的なコンフィズリーでございます。果物の果汁を加えた物です。きっとお口に合うかと」
「い、いえ!私もあちらの物が……好き、なのだと…」
何を私は期待していたのでしょうか?この方は夢の中のあの方とは違う。違う……だとして、何故私はがっかりとしているのでしょう?
私は夢の中の彼の方を求めて……いるのかしら。
「それで、私にどんなご用でしたでしょうか?」
「あ、いえ。その……こちらにもう1人男性がお勤めでは?」
「申し訳ありません。男性従業員は私だけでございます」
「そう……ですか」
運命的な出会いを期待し、裏切られる。現実とはこんな物である。
思わずエリアリスは店内を見渡し、夢の中の彼を探す。夢を見て胸の動悸に驚いたあの夜が彼女を掴んで離さない。だが、良い加減に人との繋がりは家門より齎されぬのではなく、互いを知ろうとその手を差し出さなくては何も始まらない事を彼女は気付くべきであろう。さて、彼女はその手を彼に差し出すのだろうか?
「お探しの方は別の店の者なのでは?」
憮然とした顔のローランは頭をガシガシと掻くと、エリアリスを見下ろし溜息を吐いた。良い加減、仕事に戻りたいと思っているのだろう。その事に気付いたエリアリスはハッとして、知りたい、探したいという思いを残しつつも、膝を折ると『お仕事のお邪魔を致したました』と言って店を出ようとした。
「テルメール様、誰をお探しかは存じませんが。次は是非食べに来て下さい」
柔らかな笑みで、エリアリスの前で礼をするローラン。一応は接客業、そこ抜かりなく対応した。そんな彼の対応に、エリアリスは今いる場所がどんな所なのかを思い出し、顔を赤くして頷き微笑んだ。
「えぇ。是非次は公爵家の皆様と共に伺います」
「お待ちしております」
違ってしまいました。ローラン様は夢の方ではございませんでした。ほっとした様な、悲しいような気持ちが胸に広がって……私は泣きたいのです。夢で答えられなかったぼんやりと形も分からぬこの想いは、あの方にお会いすれば分かるのだと思っていたからでございます。あの方は私を慕って下さっていました。何故私なのか、そして何故私もあの方を知りたいのか……これではまるで妹の語る恋愛小説の様でございませんか?私は、居もしない殿方に恋をしているのでしょうか。だとすれば、何と愚かなのでしょう。現実には存在しない妄想を追い掛けるなんて……。
夢に見た男性と出会い、何をしたかったのか。出会えると、根拠の無い自信が現実に打ち砕かれても尚、諦められないと思ったエリアリスは気付いてしまった。自分の夢の中の男性に抱いている気持ち、それは【恋】なのだと。
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