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第一幕 道化達の即興劇

悪魔はその手を離さない

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 どうしましょう。どうしましょう?どうします⁉︎
私とした事が、一巻と誤って日記を渡してしまったわ!読んでるわよね?そりゃ読むわよね⁉︎だって私が【熟読しろ】と言い付けたんだもの!兄様落ち込んで帰ってこなければいいけど!あーー!もうっ!どうしてこう私達は締まらないのかしら!とりあえず、帰宅したら直ぐに行動だわ!何か言い出す前に実行しなくては。

 焦るメリー。部屋の中をうろうろと行ったり来たりしては、親指を噛みながら考えを巡らせていた。何をこの令嬢が考えているのか?それはエリアリスとウィリアムの事だけでは無かった。夕方、先代当主であるウィリアムの父からの手紙の事、オットーからの報告書の事にも頭を悩ませていた。


「やはり出てきましたわねベルモンド公爵……他家の持つ公開株を金山と交換とは、形振り構わないわね」


そう、ケッセドルドのベルモンド公爵は、オットーより報告を受けた先代当主フィリオの叔父である外相カナン•ドッセルベータ公爵、総務省長官フィリップ•ラレンツォ伯爵家の両家より圧力を掛けられていた。次々と捕縛され、お家取り潰しの憂き目に遭う門閥の各家に次は我が身と、ベルモンド公爵は逃げ道を得る為に譲渡した海運会社の株を集め出したのである。しかも、最悪に陥る前に子女を隣国や軍事国家の高位貴族に嫁がせ始め、中には10歳にも満たない孫娘すら、息子の嫁を側仕えにし嫁がせてもいると言う。


「エリアリス様の妹達がもしベルモンドに嫁ぐなんて事にでもなれば、大株主に返り咲き、テルメール伯爵家に泣きつきこの家に害悪を齎す可能性もあるわ……早々に兄様の縁談を纏めなくては」


本当に卑しいわベルモンド公爵。自国を捨てる覚悟もしている様子だし、このままだと本当にテルメール家が食い物にされるわ。そうなったらエリアリス様はガヴァネスを辞めて家に戻された挙句、嫁がされるわね。それだけは阻止しなくちゃ。


 メリーが色々と考えている内に、9時を報せる鐘が屋敷に鳴り響いた。そして、メリーが窓の外を見下ろすと丁度ウィリアムを乗せた馬車が門を潜った所であった。


「始めますわよ!兄様、ご覚悟!」



⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘



「「お帰りなさいませご主人様」」


ヘイスを筆頭に、従僕達やメイド達がウィリアムを出迎えジャケットや鞄を受け取ると『お食事に致しますか?それとも執務でございますか?』と聞き、ウィリアムが『部屋に戻る』。そう言おうとした時である。


「兄様!お帰りなさい」

「ウィリアム様、遅くまでお疲れ様でございました」


メリーとエリアリスが食堂ホールから現れ、ウィリアムに声を掛けた。ウィリアムは、エリアリスの笑顔にドキリとしつつも勇気を出してその一歩を踏み出す。


 心のまま、嘘偽りない私を彼女に見せるのだ!挨拶をする、笑顔を向ける、食堂で話を聞く!



「エ」

「兄様!本当にご苦労様!」


エリアリスに声を掛けようとした瞬間、メリーがウィリアムに飛び掛かり首元に抱きついてチークキスをすると耳元で囁いた。



「始めますわよ!」

「おい!待て!」


待てですって⁉︎こんのぉ、まだ腹括れてないんかい!こうなったら先手必勝よ!


「兄様、エリアリス様もこの家の習慣に慣れてもらわなくてわね!」

「はっ?習慣⁉︎」

「兄様、ほら」

「や、やめんか!」

右頬に顔を押し付けられ、仰け反りながらメリーを避けるウィリアム。押相撲の様に、押して押されて仰け反ってはメリーとのキスを拒むウィリアム。その姿にイライラしながらメリーは強引にアスコットタイを掴むと顔を近づけ睨み上げつつ、ドスの効いた声でウィリアムの臆病な心を怯ませた。


「えぇ加減に腹括らんかい、このボンクラがっ」

「し、しかし!待て待て待て!」


尚も右に左にと顔を避けるウィリアムと、それを追う様に頬を彼方此方に彷徨わせ、蛸の様に唇を突き出すメリーの姿をエリアリスは唖然とした顔で見ていた。


 これは……お諌めすべきよね?でも許嫁同士なのですから……問題無いの、かしら?あぁ、メリー様!そんな端ない事を!ウィリアム様も、婚約者の挨拶なのですから、チークキスをして差し上げれば良いのに。

エリアリスは完璧なマナーを身に付けてはいるが、決して堅い訳ではなかった。仲睦まじかった父、母を見ていたエリアリスは歩みを進めるとメリーとウィリアムの手を取り重ね合わせると『仲良きことは美しき事です』と言いい、深く頷き背を向け食堂ホールへと歩き出したのだった。


 なっ!ど、どういう意味ですの⁉︎エリアリス様?あ、貴方が見てくださらなければ意味が無いではないですか!


「エリアリス様⁉︎えっ⁉︎」

「メリー‼︎おいっ!」

「ちょっ‼︎兄様が覚悟をお決めにならないから‼︎」

「くそっ!あぁ!誤解が解けぬでは無いか!」

「ちょっと!作戦をばらすおつもり?」

「そうだ!正攻法で行く!」

「はぁ?兄様の様な唐変木で流行りにも疎い人に何がおできになると言うの⁉︎」


メリーの言葉を聞いたウィリアムは、口元を緩めるとニヤリと笑うとその銀糸の様な髪の隙間から覗く耳元に顔を寄せ囁いた。


「再来月の皇太子の誕生会で私はエリアリス嬢をエスコートする」

「は?」

「くくくっ!いいぞ、そのヒキガエルの様な顔。久しぶりに拝めたな」

「兄様!ふざけている場合ではありませんよ!2ヶ月も待てぬ程切羽詰まっておりますのに!」

「……もしかしてベルモンドか?」


キラリと青い怒りの滲む瞳をメリーに向けると、ウィリアムはメリーの日記帳と本をメリーの胸元に押し付けると大きく息を吐き考えた。


「株を掻き集めている様ですわよ」

「馬鹿馬鹿しいな。ならば商会での取引を停止するか」

「あからさま過ぎて彼方の動きを早めてしまいますわ。やはりテルメール家と早々に縁戚とならなくては守って差し上げれません事よ」

「……だから正攻法で行こうと言ったのだ」

「余計時間が掛かりますわ。兄様、とりあえず私に合わせて頂けません事?」

「はぁ……大丈夫なのか?」

「お任せを」


メリーはウィリアムの腕に手を回すと食堂へと向かった。焦りと不安に自棄鉢となったウィリアムがエスコート役としてメリーの手を取った。さて、トキメク恋愛模様がどの様に繰り広げられるのか?ウィリアムですら分からない。だが、二の足を踏んでも仕方が無いと2人は息を揃えて扉を開けた。
































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