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SS 新しい家族
花の蜜
しおりを挟むルーナから連絡を受けた時は心臓が止まるかと思いました。都様の具合がここ数日良くなく心配していました。そして思い出したのは、あの淀みが消えた日、私の為に力を使って消えたのでは。そんな恐怖に体の震えが止まらなかった。神だから失いたく無い時思ったわけじゃ無い。カムイ様の半身で、魂で……そんな言い訳も虚しい程私も都様をいつの間にか愛していた。勿論恋焦がれるのはカムイ様だけですが、大切な存在だったのも事実なのです。そしてその気持ちが明確な愛情と変わったのは、以前とは違う存在となって私の目の前に現れたあの日。
白く輝く肌、月の如く光を受けては返す金色の瞳。艶のある白髪は短く切り揃えられていましたが、そこからすらりと伸びる頸、背中、その体全てから匂い立つ神秘的な樹木の香に、私のエルフとしての本能がざわついたのです。そして花の香りに誘われる様に、卑怯と思いつつ、共寝を邪魔しても私には言い返せないルーナ、コルの日に邪魔をしました。
知りたかったんです。私の中に湧き立つ泉の様に満ちてゆく物が何なのかを。触れる度、肌を突き抜け蔦が意思を持つかの様に都様に絡みついたのです。初めての事に驚き恐怖したのです。あぁ、これは自分の意思ではどうにも出来ないのだと。奪われて行く意識、抵抗する事すら拒否する本能。絡み取り、養分とするかの様に深く交わり種を植え付けたいと花々が咲いて、無我夢中になって抱き潰したのです。私の咲かせた花に埋もれる様に果てて眠る姿に、涙が溢れた。あぁ、先祖達が還りたい、戻りたいと願ったのはここだったのだ。それが分かってからは逆に落ち着いたのですが。それはきっと戻る場所に戻れたからでしょう、穏やかな気持ちで、1人のエルフとしてカムイ様を見つめられた。
「都様、リャーレです」
返事の返ってこない部屋の扉を開けた。そして私はまた眠る本能を起こす事になった。
「あぁ、何と言う事でしょうか……ははっ、カイリ様は消えた筈では?」
私の服、ベッドから剥ぎ取ったのであろうシーツに埋もれて眠る美しい神がそこに居て、触れる事すら禁忌の様に思える光景なのです。子供の様に丸まって眠る都様が愛しくて、そっと歩み寄ると前髪を流して差し上げた。すると、鼻をひくひくとさせ、私の手を掴むと引き寄せ頬の下に差し入れ、深く息を吸われるとにこりと微笑まれたのです。
「楽になられましたか?」
吐瀉物に汚れたベッドの上に登り、背後から都様を抱きしめた。寝返りを打ち、私のローブの襟元に顔を埋めスリスリと頬を擦り付けるその姿。あぁ、また蔦が……。もう任せよう、本能に。
「さぁ、私の蜜を差し上げましょう。魔粒子ではないので、沢山飲んで元気になってくださいね」
手袋を外したその指先には既に蕾を付けた蔦があって、リャーレの感情を無視してそこから赤い花がポンポンと咲き乱れた。彼はそのガサついた薄い唇を掻き分け指を差し込むと、ダラダラと花が蜜を流して行く。
「ん」
彼は人指し指の爪程を差し入れていたが、都はその指を根元まで含むとちゅうちゅうと吸い出し、溢れる蜜を舌で舐め取った。その光景に彼は穏やかな気持ちになり、微笑みを浮かべ見つめた。子供に乳を与える親とはこの様な気持ちなのだろうか?そんな事を考えながら。
「けふっ。すー…すー」
気持ち悪さが落ち着いて、腹が満たされた都は指を咥えたまま眠りに着いて、リャーレも仕事と不安が落ち着いたからかウトウトし始めた。
「ただいま、おいカムイ。居るか?」
「ただいま帰りました」
「戻ったぞ」
ビクトラとサリューン、そしてアガットが共に帰宅して、リビングに入るとカムイが気持ち悪そうに皿を掻き込んでいる。ルーナはずっと2階の吹き抜けを見ていて、ビクトラ達の帰宅に気付いていなかった。
「よーす。おかえりぃ」
「何だ、何でそんなに不機嫌なんだよ」
「ルーナが作ったミルク粥が水分吸いまくってふやけて増量してっから消費してんだよ。あ、飯ねぇから」
「それは良いが、どうした」
「都。朝からずーーっと吐いて昼過ぎに倒れたんだ」
「「は?」」
サリューンはジャケットを脱ぐと慌てて2階へと上がろうとしたが、カムイがスプーンを投げつけそれを止めた。
「今リャーレと寝てるから。そっとしとけ」
「リャーレと寝てる?おい、気分が悪いのに寝てるってどっちの意味だ」
「ヴィク、下世話な想像すんなよな。あいつお前らの体臭嗅ぐと吐き気催すみたいでよ。リャーレと俺の体臭で匂い紛らわせてんだよ、でも限界で。さっき部屋覗いたら部屋が花まみれで、都は蔦にグルグル巻きだし、リャーレも香り出しまくってて。逆にすげー匂いしてっから」
アガットはカムイの隣に座ると手を握り「不安だな」と言った。カムイも溜息を溢しながらその手をポンポンと叩くと
「久しぶりにゆっくり寝れるなら大丈夫だ」
そう言ってまた皿の中身を掻き込んだ。
「んーー!久しぶりに気分爽快……ってぇ、ええっ!何これ」
都は横になったまま背伸びをして目を開けた。だがそこら一帯に花が溢れ、リャーレの枯れた蔦がバラバラと散らばっていた。
「リャーレさんっ、起きて。リャーレさんっ」
「ん、んん。あぁ、起きられましたか。どうですか?具合は」
「リャーレさんが助けてくれたの?ありがとう。とっても楽です、吐き気も無いし、体が軽い位……何かしてくれたんですか?」
「えぇ、エルフの花の蜜は滋養強壮に良いですし、蔦が不要な魔粒子を吸った様で。体も軽いはずです、ですが魔粒子が足りていない可能性もありますから、ルーナに見てもらって足りない色は補給してくださいね?」
都は横になったまま穏やかな笑みを浮かべるリャーレの頬を包んだ。もしかしたら、自分の苦しみを吸い取った所為で起きられないのではないか?そんな事を心配した。
「リャーレさんこそ、ごめんなさい。苦しいんじゃないですか?」
「ふふ、えぇ。まぁ。なんたって都様の美しい姿を見つつ我慢しなくてはならなかったのですから」
リャーレは都の手を掴むとローブの内側に導いた。そして都は赤面しつつ頭を下げて手を引き抜いた。
「カムイに頼んでおきます」
「いいえ、貴方に私は欲情したのですよ。都様、いい加減お認めください?私も貴方の夫なのだと」
2人を愛せないと決めていた理由は遠い昔に意味を無くし、リャーレは意地を張っていた心の根を切り捨てた。愛せる者が多くて何が悪いのか?そもそも重婚が当然のこの世に、カムイ1人と決める理由は何だったのか。他方へ向けるその愛が不誠実だからか。いいや、それは間違いだ。誰をどれだけ愛してもいい、心が永遠に愛したいと願うなら。
「だって、リャーレさんはカムイの我儘を愛してるから……仕方ないと思っているんだと思ってた」
「ならこんなに貴方を欲したりしませんよ。カムイ様同様に、心が貴方を求めているんです。見てください、この部屋に溢れた花。私の本能なんです、愛を感じている時に咲く花……これでも大分外に捨てたんですよ?でも、眠る貴方を見ていると次から次へと咲いてしまって」
そっとキスをしながらリャーレは都の顔や背を撫で、蜜を含んだ唾液を都に飲ませた。
「甘い」
「えぇ、心が満たされていると、とても甘い蜜が出るんです。荒めば酸味が強く、怒れば痺れる様な蜜。その蜜は獣人を殺める毒にもなります……だからエルフは喜怒哀楽を感じぬ様に幼い頃から訓練させられます。ですが2人を前にしたらそれすら意味がありませんでした」
「……幸せですか?」
「えぇ。太陽と月を抱いて……このまま燃え尽きても幸せと思うでしょうね」
「なら俺もとてと幸せです。皆んなが幸せだとすごく嬉しいから」
「抱きたいと言ったら……怒りますか?」
「……抱かれたいと思っています。でも、子供の事が不安で……手で慰めても?」
「お願いします。さぁ、もう一度キスしてくれませんか?」
やはりどうして俺達はこうも本能に逆えないのか。触れるだけ、繋がらない体、けれど心が2人の今までの関係の中で一番近付いて満たされた。愛したいだけ愛せる世界、その中で互いだけだと思える人達に出会えた事が奇跡だと思った。
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