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SS 新しい家族
宮仕は大変な様で
しおりを挟む夕刻、仕事を終えて家に戻って来た面々に都はキスをして「お帰り」と言うと、さっと皆の分の食事の準備してサリューンの分の食事を詰め出した。そしてバックを抱えると皇城へ行くと言って玄関に向かった。
「都、俺も行っていー?」
「カムイ?ビクトラさん達は大丈夫なの?」
「だって今が一番危ないんじゃん?」
カムイは妊夫の本を片手に、都の前にしゃがみ込むとそのお腹をそっと撫でた。
「あいつ、俺や都に会える回数が他の奴等に比べて少ないからって共寝の時激しいだろ」
「んー。最近は手加減してくれてると思うけど」
「俺が不安なんだよ。俺の子でもあるから」
穏やかになった物だと思う。欲望に忠実で、俺以外の事を簡単に切り捨てられる所があって、それが原因でビクトラさん達とぶつかった事もあった。だけど俺が死んでから、3人の献身がカムイを変えた。受肉した彼は、去年からこの子の為に獣人保育士になるんだと学校に通っている。すごい事だと思う。神と崇められていた時に持っていた全てを失い、ただ俺の権能としてその力を使われる事以外に、彼自身は魔力も神力も使えない。それでもカムイはカムイとして自分の命を、人生を歩むと決めた。
「なら、俺と一緒に行く?さっきまでサリーの魔力に当てられてたから落ち着かないんだ」
「おさかん~!」
「茶化すなよ。出産が不安なのかもしれない、誰かに触れていないと落ち着かない」
「……俺には分からない感覚だ」
しまった。彼は妊娠出来ない事を忘れていた。以前と違って魔力で作り上げた肉体である所為か、彼に繁殖性別は無い。所謂、無性だった。だからと言って性器が無い訳ではない。精巣や受精する為の卵子を作る器官が無いんだ。俺が死に際に家族の事を言った所為で、今もどこか引き摺っている様に俺には見えた。
「なら今夜、俺の中に戻ってみるか?大丈夫だよ、ちゃんと分離できるから」
「……いや、俺はもう戻らないよ。俺はもうグレースじゃ無くカムイだから。俺は嬉しいんだ、俺という1人の存在で都を愛せるのが」
「え?まさかカムイも俺とやるの?冗談だろ」
「なんでよ。俺上手いぜー?しかも出てくんのは魔力だから、子供になーんの害もない。それとも俺に入れる?あ、でも今出したら魔力失っちゃうもんなぁ、サリザンドみたいに留めておく呪法なんて知らねえしな」
えぇいっ、さりげなく尻を揉むなっ!最近なんか変態度が増して来てるんだよなぁ。
「えー。なんかそれ嫌だなぁ。俺は今でもカムイは俺の一部だと思ってるから、変な感じ」
「いーじゃん、いーじゃん。物は試しってな」
可愛く笑ってるけど、こういうチャレンジ精神旺盛なのは変わらない。この顔に俺は凄く弱い。
「はぁ。皆んなに黙っててくれよ?特にルーナとアガット兄さんにはね」
「あぁ、あいつらなんか知らねぇけど俺が都とイチャイチャしてるとすっげー機嫌悪くなんだよな」
「ルーナはまた俺との時間が減らされるって思ってるみたい。アガット兄さんは弟の俺にカムイが取られるのが嫌なんじゃない?」
「よく言うぜ。俺が寝たの確認して都の部屋で寝てんの知ってるっつーの!」
「いやいや、何も無いから。ただ見に来るんだ……また俺が消えないか。そしたらカムイは今度こそいなくなるって分かってるんだよ」
「……だったら俺はアガットにも都を抱いて欲しいけどな」
「無理言うなよ。俺はもうこの形が完璧過ぎて何にも要らない位なんだから」
「黒豹の赤ちゃん」
「‼︎」
「ライオンの赤ちゃん」
「‼︎」
「妖精の赤ちゃん」
「あぁっ!やめてっ!そんな楽園がっ!」
「良いじゃん。欲しい物全部俺と都で手に入れようぜ?まぁ、欲を言えば俺の子供も産んで欲しかった」
こんなに美しく人は笑える物なのだろうか?玄関のあまり明るく無い場所でも光り輝いて見えて、俺は泣きたくなった。愛してる以上の言葉があったなら、それはサリーやルーナではなくきっとこの分身である男に言うだろう。俺の一番もカムイなんだと思い知らされる。
「俺も産んでやりたいけどな。その代わり何でもあげる。俺の全部をカムイにあげる」
「都、大好きだよ」
「俺は……愛してる。カムイを愛してるよ」
「その言葉は言わない約束じゃなかった?」
「言っちゃえば他のみんなよりも大切なのがバレちゃうから言わないけど、ここには誰も居ないだろ。それにもう予言は無くなった」
カムイは都に抱きつくと、耳元で「愛してる」といって都の荷物を担いだ。
「しかしあいっかわらず重ぇなぁ!何入ってんのさ」
「サリューンやカナムさん、トルケンさん達のご飯だよ」
「はぁっ?毎回持っていってたんかい!皇帝宮には料理長が居るだろ!」
「なんか知らないけど、俺の食事を食べると人体で居る時の疲労が無くなるんだって。きっと神力が漏れてるからだろうって言ってたけど」
「マジかよ?言い訳してるだけじゃねーの?絶対そうだよ。だって他の奴等そんな事言ってこねーじゃん」
「んー。でもコレットさんがこの前来た時同じ様な事言ってたんだよね」
「えぇー。主神に飯作らせるってどーなん」
「ははっ、まぁ産後まではお仕事お休みだからね。良いよこれくらいなんて事無い」
俺達が玄関を開けると、家の門の前にトルケンさんと護衛としてガットさんがいた。
「ご無沙汰してますガットさん」
「宵闇の神、グレース様に拝謁致します。本日は私と部下10名で護衛させて頂きます」
「宜しくおねがいします」
「頼むなー!」
トルケンはカムイから荷物を受け取ると、馬車の扉を開けて都達を乗せた。そして自身も乗り込むとパタリと扉を閉めて背後の窓をコツンと叩いた。ガタガタと動き出した馬車の中、トルケンは眉間に皺を寄せて苦悶の表情をしていた。
「何だよ。俺がいると不満か?」
「まさか。カムイ様という都様の半身である貴方様と同じ空気を吸えているこの状況に不満などある訳が無いでは御座いませぬか」
慌ててトルケンは首を振ったが、それでもモジモジしていてカムイは首を傾げた。
「なら何でさっきからソワソワしてんだよ」
「まーまー。カムイ、ちょっとお昼寝してくれる?」
都がパチンと指を鳴らす。するとカムイの肉体はどさりとシートに倒れ込み、スヤスヤと寝息を立て出した。都はカムイの権能としての力を神核に戻したのだった。
「膝枕ですか?」
「都様?執事である私にそんな滅相も御座いません」
「はいはい。今日はカムイが居たから出来ないと思ったんですね?さ、頭を乗せて。カムイは眠ってますから」
「……良いのでしょうか?」
「いつもサリューンの面倒、大変でしょう?あの人、純粋過ぎて思考が斜め上に行くから」
都がトルケンを甘やかしているのには理由があった。都と初めて結ばれた日、サリューンは喜びの余りに恩赦を発布したり、国中から装飾品を献上させ都の為に専属側仕えに侍従、護衛と計500名もの獣人を集めて一週間で教育を終えよと無理難題をトルケンとカナムに突き付けた。普段からサリューンの世話で睡眠時間の少ない彼等は次々と倒れ、最後まで踏ん張っていたトルケンが都の前で遂に倒れた。
そして彼が意識を取り戻した時、都が彼に膝枕をして神力を使い疲れを癒してやっていた。それからと言う物、都が皇帝宮へ上がる際は疲れやつれたトルケンを癒してやっていた。
「も、申し訳御座いません。何たる醜態を都様にお見せしていたのでしょうか」
トルケンは執事失格とばかりに悔しげな顔で目を瞑っていた。都はトルケンの美しい形の頭や耳に触れ力を注ぐ。彼の少し尖った美しい耳を紫と色とりどりのピアスが色を添えていた。
「やっぱり貴方には紫が似合いますね」
「お、お恥ずかしい限りで」
「少し眠ってください」
都はトルケンの目を手のひらで覆った。神力を使わずとも、疲労の溜まっているトルケンはあっという間に寝息を立てた。
「トルケンさんって一見インテリヤクザの若って感じなんだけど、中身はガリ勉生徒会長って感じで面白いんだよね」
サリューンは以前に比べて公務がぐんと増えている。それは言わずもがな俺が妊娠したからだけど、サリューンは今度貴族と平民が通える学校を作ると言った。そしていつか皇族、貴族制度を廃止して民主主義国家へと世界を変えるつもりだと言う。
皇帝が忙しいと言う事は、それに付き従う家臣も忙しくなる訳で、特にトルケンさんの疲労は酷い物だった。
「トルケンさん、ちゃんと寝て、食べて、大切な人を作って心身共に安らげる場所を作ってください」
「貴方様の側に……」
寝言?誰か側に居たい人が居るのだろうか。でも仕事人間なトルケンさんの事だから、夢でもきっとサリューンに仕えているのだろうな。
「せめて移動の時は癒してやるか」
以前と比べ物にならない程、俺は神力がスムーズに使える様になった俺にとって、癒しを与える位なんて事無いんだよね。以前にこれ位使えてたらあんな苦労は無かったよ。
黒魔粒子をブランケットの様にトルケンに纏わせる。そして空気中の白魔粒子をそっとぶつけて色を生む。癒しの緑に黄色を混ぜて、都はトルケンの胸元に手を当てた。
「都様」
「ん、起こしました?」
顔を覗き込むも、トルケンは目を瞑っていてまだ眠っている様だった。都はゆっくりトントントントンと子供をあやす様に肩を叩いた。
「都様!陛下をお止めくだ……さ…い」
「ごめん、トルケンさん。苦労かけます」
はぁ。トルケンさんと同じレベルで仕事ができる人を探さなきゃ。宮仕は大変そうだ。
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