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最終章
腐魔獣
しおりを挟むルーナ達は腐魔獣の後を追った。
数十体の腐魔獣はどこかに向かって脇目も振らず駆けていて、
背後から追うルーナ達の気配も気にしていなかった。
「この先に何があるんだ?」
ルーナは獣化して草木の間を縫うように走り、先頭の腐魔獣の近くにまで
行くと、木の上に上り目的地を探した。
「…あれは…小屋?」
オブテューレ山の麓に流れる川の側に丸太小屋が一軒ひっそりと建って
いる。
「あそこが…目的地なのか?」
ルーナが目を潜めると、上空からホルーが音もなくルーナの背後に
ふわりと舞い降りた。
「ルーナ、あそこ…都様が一夜お過ごしになった小屋ではないか?」
「いつの話?」
「都様が天界から降下された時だ」
「…そこに都が現れる…のか…?」
「わからん。ただ、聖なる物を欲しているという事なら、都様の残滓を求めているのでは?」
「あれからもうすぐ1年だよ?残ってるのかな…聖なる物って魔粒子か神力だろ?」
「そうだろうな」
「…もし、もしもだよ?腐魔獣が都の魔粒子を吸収したとして、凶悪化したら…この人数でやれるか?」
「その時はホーン本体と合流だ」
ホルーはその鋭い鉤爪でルーナの服を掴むとゆっくりと羽ばたいた。
「どうする?小屋の屋根に降ろすか?」
「う、うん。中に入る様なら天窓から見てみよう」
少しづつ北の空から二つ月が昇り、山裾に太陽が傾き始めた。
オブテューレ山を越えた先のダレンティア境界で、同じ様に騎士隊が
腐魔獣と戦っているのか、爆音が空に響き各地で
腐魔獣が溢れているのだと思うと、何とも言えぬ
感覚がルーナの心を急かした。
「ホルー、なんだろう…泉にいた時は都に会えるって直感があったんだ」
「……今は?」
「何か…すごく嫌な予感がするんだ」
「あぁ、俺もだよ…ヤバい事が起きる…そんな予感がするな」
「……アイスはどうなってる?」
ホルーは斥候部隊のマロの通信に切り替えて、流れ続ける情報に
耳を傾けた。
「本体に特攻してきた奴は駆除したようだな」
「追跡は?」
「…帝都の中心に集まっているようだ」
「中心?え?セロンマーケット?」
「あぁ…」
「何で?あそこには何もないでしょ?」
「地下貯水施設が真下にある」
「?それがどう関係するのさ」
「あそこは西、北、東、南の泉からの水も引かれているし、本教会にも繋がってる」
「…都はそこから出てくると思う?」
「さぁな…それより…ガーライドナイトの消滅が…」
「え⁉︎消滅?」
「俺達が出動した後の話の様だが」
「なんで⁉︎」
「黄龍が動き出した様だ」
「伝説なんだと思ってた…黄龍…生きてたんだ」
そうこうしている内に、二人は屋根に降りて向かってくる腐魔獣の
動きを見つめた。
正面30メートル程まで近寄った腐魔獣は小屋の前に
集まると、その場に座り込み微動だにしなかった。
ルーナとホルー、後方から到着したホーンの分隊は物陰からその
動向を見守った。
ルーナ達が屋根の縁から頭を少し上げ、下にいる腐魔獣
に魔粒子をぶつけた。
ルーナの攻撃を腐魔獣は避ける事もせず攻撃を受け倒れた。
「⁉︎」
「何であいつら動かないんだ…」
「ちょっと待て、西から報告が流れてる」
「…四聖獣が現れて…黄龍と同化した…ようだ」
「え?どういう事さ」
「巨大な神核を吸い込み…西の泉を消滅させ姿を消したと言っている」
「…ガーライドナイトの泉も消え、東は麒麟が抑えて…西も消滅…残りは本教会…都が出てこれるとしたら本教会…?」
「いや…本教会の泉も…今祭祀中だから…封鎖に等しい」
「ならっ…都は?都はどうなるんだよ!出て来れないじゃないか!」
ルーナはホルーの服を掴むと、斥候用の暗号登録のされている通信機を
奪い取りながら続ける報告を直に聞いた。
『西 腐魔獣が泉に集まり共食いのあと淀みに変化… 』
『南にカバラーク様が現れました』
『中央南の監視、転移後追跡開始します』
『東泉が崩壊、麒麟様による結界も六割消滅』
『緊急、カバラーク様により泉の源泉が完全封印後消滅』
ホルーはルーナの肩を揺すり、状況を話せと声を抑えながら
ルーナの目を見た。
「…終わりだ…泉が…都はもう…戻れないじゃ無いか…」
ルーナがガクガクと震え出しホルーを見上げた時、小屋を取り囲んで
いた腐魔獣が暴れ出した。
「いけない!腐魔獣が暴れ出したぞ!」
「分隊!攻撃開始‼︎」
茂みに隠れていたガットが叫び、隠れていた隊員達が一斉に腐魔獣に
攻撃を開始した。
小屋の周りの腐魔獣は他の地区の物と違い何故か
周囲の魔粒子を吸い込み巨大化し始め、小屋の半分程の大きさに
なった腐魔獣数十体が小屋を破壊し始めた。
ホルーはルーナを掴み、上空へと避難すると暴れる腐魔獣に
空気を礫の様に圧縮した攻撃を繰り出した。しかし、攻撃は
腐魔獣の身体を貫通するもその身体は穴を塞ぎ、更に
獰猛になり咆哮を上げた。
『ホーン本体、南東10キロ腐魔獣に変化あり。至急援護求む』
『ホーン 了解。こちらより送れるのは20。よろしいか?』
『20……頼みます。オーバー』
上空で暴れる腐魔獣を見つめ、地上の隊員が攻撃を
行っているのを見ながら、周囲の状況をホルーは観察した。
「…ルーナ、あそこ…見てみろ」
「何?」
「鏡に…」
「鏡?」
「カイリ…さ…ま?」
瓦礫の隙間に挟まっているひび割れた鏡が、色付き始めた月の光を
受けて鏡の中で淀みに巻き付かれたカイリの姿を映していた。
「都‼︎」
ルーナはホルーの腕の中でジタバタと暴れ、ホルーはやめろと
叫んだが、その腕からルーナは抜け出すと鏡に向かって飛び降りた。
「ルーナっ!」
瓦礫をかき分けルーナが鏡を抱えると、ガット達の居る方へと
走り出した。そして、腐魔獣は鏡を求めていたのか、ルーナの
後を追って動き出した。
『ルーナ医務官を援護!マジ!防御結界!ナイト、白魔粒子を打て!打て!打てっ‼︎』
ガットはルーナと鏡を抱えると、魔道隊員の張る防御結界の内側へと
飛び込み、ゴロゴロと地面を転がった。
「馬鹿野郎‼︎何をやっている‼︎死ぬ気か⁉︎」
「都がここに居るんだ‼︎」
「なっ⁉︎どういう事だ!」
「分からない!でも、この鏡は都を映してるんだよ!」
ガットが鏡を覗き込むと、真っ暗な淀みにカイリの顔だけが浮かんで
いた。
「…なんて…事だ…」
『ホーンより、全隊へ…淀みへと繋がるポイント発見…確保した』
『判断を仰ぎたい…』
『アイス了解、連絡を待て』
『ホーン…了解』
「ルーナ…頼むから無茶はやめてくれ。俺は殉職者を出したく無いんだよ」
「ごめん…なさい」
ガットが鏡を木に立て掛け、振り返った瞬間魔道隊の張った結界の
割れる音が響いた。
ビクトラは帝都中心のセロンマーケットを一望出来る、騎士隊詰所に
設置された指令本部から、魔道具で現場を見ていた。そして、北側の
窓から響く鎮魂の鐘の音に、ふと窓の外を眺めた。
皇城前は避難民用の救護所が開かれ、同時に祭祀の為の祭壇も設けられ
ていて、グレースの上神の祭祀が始まろうとしている。
「もうすぐだな…」
「大隊長、大丈夫ですか?」
「あぁ…」
マラエカはビクトラの背を痛まし気に見つめると、ことりとテーブルに
何かを置いた。ビクトラはその音に、チラリと目をやるとそこには
都が皆に配った12色の魔粒子の込められたピアスが置かれていた。
「なんだ?外したのか…」
「もし、都様が…淀みとなり現れたら…私が討ちます」
「私は都様の願いを叶えますよ」
「願い?」
「きっと、あの方の事です。自分の所為で誰かが苦しむ事は喜ばないでしょうからね」
「…そうはさせないさ…グレースがやり遂げるだろう」
「分かりませんよ…既に私たちの想像とはかけ離れた方向に流れが向かっていますから」
「……それでも、お前にそんな事はさせられない」
「最悪、俺が殺る」
ビクトラの覚悟に、マラエカはピアスを取るとビクトラに渡した。
「この込められた力…きっと役に立つはず。大隊長が持っていて下さい」
「……分かった」
『通信係より緊急』
『ホーンより、淀みへのポイント確保の報告が入りました』
『扱いの判断を仰ぐとの事です』
ビクトラとマラエカは顔を見合わせた。
「どういう事だ…淀みへ繋がるポイントだと?」
「回収して教会へと運ぶべきです!」
「そうだな…真偽が定かでは無いが」
『こちらビクトラ、ホーンへ通達。至急撤退、ポイントを持ち帰れ』
『了解』
カーン
カーン
カーン
19時の鐘の音と共に、皇城前の祭壇に集まる司教達が上神の義の
為の呪文を唱える声が街中に響き出した。
「上手くいってくれ…死ぬなよ、グレース!」
ビクトラは、袖のボタンカフスを指でなぞりながら二つ月の浮かぶ
空を見上げた。
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