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新世界編
堕ちた神の美しき過去
しおりを挟むこの世界が存在しなければ、誰も不幸にはならなかったのかもしれ
ない。幾年も、俺は命が消えては穢れ、戻れぬ世界を夢見て泣き叫ぶ
魂の声を聞いてきた。こんな世界の番人の役割を与えた天帝を恨んで
恨んで、恨みきれぬ程恨んだ。唯一の慰めだった半身アマルマは、天帝
の言葉かどうかも分からぬ、使徒が掛けてくれた労いの言葉に絆され
て、この仕事を誇りに思うと言った。
俺がおかしいのか、こんな世界を作ろうと思った神がおかしいのか…
もう、よく分からない。
この世界で神核が浄化されるには気が遠くなる程の時間を必要と
する。にも関わらず、次々と穢れた神に、信仰を失った神などがやって
来てはこの地を穢して泣き叫ぶ。浄化の力を持つ様な神は、決してこの
世界には降り立たない。だから、俺は俺の神核を汚すしか無かった。
大地に生きる獣達を生み出したのは、何万年、何千年と同じ事を
繰り返す日々に、俺は俺が神であると言う事を見失いそうだったから。
そんな生命の営みの中で、安らぎを見つけた。
獣は番、子を成して、そして死んでゆく。その魂の美しさに、俺は
魅了された。ドロドロと濁り穢れた魂を相手にする日々の煩わしさを
命を生み出す事で発散して、沢山の生命を生み出した。
それはそれで幸せだったのだと思う。
それから天界での地位が少しづつ上がり、俺は上神して天界に社を
戴いた。有頂天だった…彼に逢うまでは。
「なんともめでたい事だ。あの天帝がようやく正妃を娶られた」
「そうだね、ティル。おめでたいね!」
「どんなお方だろう?アルは知っているか?」
「さぁ、私達の様な位の低い神がお目にかかれる事なんて、一生ないと思うわ」
「そうだよなぁ。一度で良いからお会いしてみたいものだ」
社の中で、俺達はいつも二人だった。アル以外を大切に思った事は
無かったし、アルもそうだったろうと思う。それから、幾千年経った
頃、皇嗣誕生の喜びに天界は湧きだっていた。そして、全ての神が
天帝と正妃様、皇嗣様に拝謁の機会が与えられ、俺達は喜び、祝いの
品を何にするかで毎日言い合いする程、興奮していた。
拝謁の日、俺たちは七つの世界から糸を集めて繕った、美しい衣を
身に纏い、天帝へ拝謁した。しかし、どの神も俺達とは比べ物に
ならない様な衣に、豪華な祝いの品を献上していて、俺は…その場から
逃げ出したい気持ちになった。そして、忘れ掛けていた自身が底辺の
神であると言う事実に、拝謁が叶ったにも関わらず心は荒んだ。
「天神清めの神、テュルケット•タイレーン、アマルマ•タイレーン、前へ」
運命の神に呼ばれて、俺達は御三方の前に立った。
震える手、跳ねる心臓、顔を上げられなかった。
「テュルケット、面をあげよ。祝いの品、感謝する。我が子の成長を共に見守ってくれる事を期待する」
深く、響く美しい声だった。
天帝から声を掛けられたのは初めてで、只ひたすらに叩頭するだけ。
目を合わせられなかった。
「テュルケット様、いつも…神々を癒す役目、本当にありがたく思っています。私もいつか天帝と共に、お世話となる事でしょう。それまで、是非ご健勝でお過ごしください」
その言葉に、どれ程俺の心は救われただろう。
涙が溢れて止まらなかった。しかし、この心美しい正妃様を
礼を欠くと知りつつも、一目、一目だけでも見たかった。
この欲望が俺を狂わせるとも思わず、俺は正妃カイリ様を見上げて
しまった。
光だと思った。
昔、淀みに堕ちて妄言ばかりを吐く女神がいた。彼女がブツブツと
透明な色こそ美しいと言っていたのを思い出した。
空気や水の様に光を受けては七色を放つその瞳と肌、金の髪は
その肌によく馴染み、女神と見まごう程の美しさに見惚れた。
「っっうんん…」
運命の神の咳払いに我に返ると、天帝の凍てつく様な目が見下ろして
いた。
「も、申し訳…ございません。お言葉に…望外の喜びで…不敬にもご尊顔を…」
「よい。構わぬ…しかし、次に我が妃をその目に映す事は許さぬ」
「はっ。しかと心に…刻みます」
嘘だ。そんな事、彼を一目見てしまった者は…そんな我慢など出来る
訳が無い。
それから俺はどうやって退席して、社に戻ったのか分からない程
カイリ様に魅了された。あの美しい黄金色の髪に、瞳に、唇に…
どうやってでも、触れたくなった。
自分でも思い出せない。気がつけば、カイリ様を組み敷き、その
柔肌を抱きしめて、唇を奪った。魂罪の呪法で魂を砕き、自我を奪って
ひたすらに彼の体に俺を刻み込んだ。俺以外の精を決して受け入れ
られないように、犯し呪いを掛け、俺を求めさせた。
俺に抱かれたカイリ様は、自身の穢れた神核に何故かほっとした
顔をしたから、俺は共にタイレーンへ行こうと連れ出した。
俺は彼を助けた気になっていた。きっと天帝との暮らしは元人の子には
辛い物だろうなどと思い、俺の側でこそきっと深く息が吸えるとアルに
も言った事の無い愛を囁き続けた。
それが間違いだとも思わずに。
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