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新世界編

終わりの始まり(3)

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 カイリは見張り一人残された部屋で項垂れ考えていた。

今思考しているのはカイリの記憶なのか、自分自身なのか…

都への申し訳ない気持ちが、身体のコントロールを鈍らせていた。

彼等はただ、生きていただけで…誰かの人生や命を操っていたわけ

じゃないし、支配したいと願ったわけではない。

なのに、どうして…子孫の犠牲無くして私達神々はこの世界の安寧を

もたらす事が出来ないのだろう。

魂は既に霧散し、カイリの愛した者達をカイリは捨てた筈だった。

しかし、今もまだ天帝を想うと全てを破壊して奪っても、あの場所に

戻りたいと願うのは何故なんだろう。

やはりこの身体に残っていたのは魂の欠片だったのだろうか…。

近衛騎士が、カイリの見張りに交代だと声を掛けた一瞬の隙に

カイリは蔦を払い落とし、窓を開けた。


「都様⁉︎ 」


吸い込まれる様に飛び降りたカイリの後を追いかけて、隊員と近衛が

柵に手を掛け下を見ると、フワリと舞いながら着地したカイリが

優雅に教会へと歩き出していた。


「追いかけろ!俺はグレース様に報告に行く!」

「分かった!」



処刑場まで歩く道すがら、グレースはサリザンドの解決策について

知りたいと声をかけた。


「なぁ、サリザンド」

「はい」

「お前が言ってた解決策ってなんなんだ?」

「…今となっては…意味があるのかないのか」

「何だよ。言えよ」

「ソレスの村に、馬鹿でかい神核がそのままに残っているのは覚えていますか?」

「?そんな事いってたか?」

「あぁ、そうですね。グレース様が淀みに落ちていた時の事ですが、ソレスがそんな話をしていたんですよ。それで、その神核を見てきたんですが、その神核はまだ神力を残していたんです。きっと、麒麟の神核なのではないかと思うのですが…」

「…魂は?」

「ありませんでした…なぜ存在しているのか分かりませんが、大地に還元されずそこにありましたよ」

「で?それを使ってどうするつもりだよ」

「…調和を移すんです。そして…淀みに沈める」

「…勝算は?」

「そんなもの分かったら、ここまで敗れ被れじゃありませんよ」

「…やってみるか?」

「…カイリ様が何をしでかすか。神核すら魅了に当てられたら終わりですよ」

「都、会いたいよ。アイツはちゃんと意識を保ててるのかな」



グレース、サリザンド、ビクトラ、リャーレ、ルーナがサリューンの

前に現れ、異様な空気が一瞬緩んだ。


「グレース様!お疲れの所申し訳ありません」


ウォーレンが頭を下げて出迎えたが、疲労困憊の顔に、グレースは

肩に手を置いてポンポンと叩いた。


「ありがとな、辛かったろ。ヤルダの事」

「いえ、いえ……」

「で、どうした?何があった?」

「実は…」


ウォーレンから話を聞いた一同は、隣の監視室の部屋に入りガラスで

仕切られた席から処刑場を見下ろした。


ザンッ

ビーー

「428回 失敗」

「制約解除、呪法陣展開…刑の執行を行います」

ザンッ

ビーー

「429回 失敗」


監視室は静まり返り、何を目にしているのかとグレースはその光景を

食い入る様に見ていた。



「お、おい…まさか…これって」

「はい、獣体を失ったヤルダです。そして…」


刑務執行官が説明をしようとした時、ウォーレンが柔らかくも

悲しみを含んだ声で話し出した。


「死ねぬのです。本人曰く、ジジ•フィルポットによる呪いなのだと」


ビクトラは、顔色一つ変えずにヤルダを見下ろしていた。

何も感じていないのか、実感が湧かないのか、容姿の違うヤルダという

同姓同名の別人だとでも思っているのか、グレースは黙ってビクトラの

手を繋いだ。



「…なぁ、少しアイツと話せるか?」

「グレース様が…ですか?」

「…その為に呼んだんだろ、サリューン」

「…お願いします」

サリューンはグレースの肩に頭を乗せると泣きながら謝った。

グレースはサリューンが何に謝っているのか分からなかったが、

頭を撫でて部屋を出た。



ガチャン

「刑の一次中断が決定しました。ヤルダ死刑囚の刑を中断します」


執行官のアナウンスに、ヤルダは糸で縫い付けられるかの様に

今しがた戻った頭でチラリとグレースを見た。


「よお、大分変わっちまったな…」

「ああ、とても綺麗な人ですね。お名前は何と?私は…私は…」


ニコリと微笑む老人の、深く刻まれた皺で目は細くなり口元は

締まり悪くフルフルと震えていた。何よりも、その瞳にはヤルダが

見せていた怒りの炎は無く、ただただ純粋さを取り戻した老人の

瞳であった為、グレースはジンと痺れる目に力を入れてヤルダを

見つめるしかなかった。


「…大丈夫かよ。ヤルダ…しっかりしろよ」

「私はヤルダというのですか?」

「……いい加減にしろよ。面白くねぇんだよ」

「お兄さん、ここは…どこでしょう?誰も、いないのでちょっと不安でした」

「だから!止めろ、その芝居がかった喋り方!気持ち悪ぃんだよ!」


何の事か分からないと言った顔のヤルダに、グレースはため息を吐いて

笑った。グレースの笑みに、ヘラリと微笑むヤルダはまるで幼子の様で

グレースは手を伸ばし、頬を包んだ。


「なぁ、覚えているか?弟の事」

「ビーの事かい?そう言えば…ビーはどこだろう…あの子は私がいないと、毛玉が上手く吐けないんだよ。どうしよう?あぁ、ビーが不安になっていないと良いのだけれど」


その言葉に、監視室に居たビクトラは咽び泣きガラスを叩いて床に

座り込んだ。


「兄…上…」


その場に居た誰もが、同情も慰める事も出来ずにビクトラを敢えて

視界から外して黙っていた。込み上げる幼い頃の記憶がビクトラを

更に苦しめる。




グレースは、ラファエラと代わり呪法解除が出来るか見てもらう

ことにした。


「ヤルダよ、少し痛むぞ」


ラファエラは、ヤルダの魔粒子核を探りながら瞳を見つめた。


「そうか…死んだのだな」


——— おい、何が死んだんだ?


「ヤルダだ。今生きている様に見えておるのは身体に残る記憶だ。魂は削られほぼない」


——— じゃあ何で肉体は死んでないんだ


「四聖獣の子孫はカイリの人としての遺伝子が他の獣人よりも濃いからな…それに何の呪いも掛かっておらぬぞこの身体…強いて言うなら龍の繋がりがこの身体を生かしておる…誰かに命を受け渡されておるな…しかし、獣体は…その者の死と共に消えた様だ…」


——— ロンベルトか…


「代わるぞ、グレース」

「あぁ、お疲れさん」


「だ、そうだ!サリューン!俺はさ、もういいんじゃないかって思っているんだ。こいつは既に罰を受けてる!残りの魂は望むまま生かしてやりたい!」


監視室に向かい、叫ぶグレースは少し泣いていた。

スピーカーから響くサリューンの声も、少し震えていたが

皇帝として情を掛けることは出来ないと、凛とした声で答えた。


「グレース様……しかし、勅令の効力は絶対です。取り消せないのです」


「もう、こいつは死んでる。体の記憶だけで生きてる…刑は執行されて、終わったんだ」



グレースは、ヤルダの肩に手を置きサリューン達に問いかけた。

ヤルダは、そんなグレースを見上げてニコニコしながら誰かを探して

いる。


「お兄さん、お兄さん、私の美しい人はどこでしょう?私をね、愛していると言ってくれた人が居た筈なんですよ。彼に会いたいのですが、会えますか?」


「……だったら、何でもっとロンベルトを大事にしなかったんだよ」


首を傾げ、ヤルダのニコニコとグレースを見上げる姿に、ロンベルトの

最期の願いは叶えられそうに無いとグレースは目を瞑った。
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