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閑話

この子どこの子⁉︎また会う日まで

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 都とグレースの力を借りて最後の時間を過ごす親子の姿を

ビクトラ、ルーナ、医務官達が扉の外から眺めていた。

日の差さない部屋は、夕暮れと共に窓辺以外は闇に覆われてゆく。

暫く親子で会話をして、子供達をベットにあげると、抜け殻となった

ブランカと、三人の子供達の四人で布団に入った。グレースの身体は

もう動かせず、ベット側の椅子にもたれて子守唄を歌う。

子供達は気付けば眠りに落ち、すーすー、と寝息を立てていた。

「グレース様、もう十分です。私を逝かせてくださいませ…」

——— その前に、お前の旦那の名前は?

「彼はビグラード•ペベルブンド…ポルコット商会で働く商人でした…年に数回戻ってきては、お金と子供達への土産を持ってくるだけの男で、夜中に戻ってきては子供の寝顔だけをみて…翌朝には姿を消す、仕事人間でした」

——— なんでビクトラが父親なんて言ったんだ?

「え⁉︎そんな事は一言も‼︎」

——— 子供達はビクトラを父親だと思って病院にやってきたんだ

「そんな!確かに私達西の者はビクトラ様を崇拝するので…名を寄せる事は多く、それを寝物語にした事はありますが決してビクトラ様の子など!恐れ多い事でございます!」

——— そうか。一応俺達も探してみるよ。

その言葉にブランカは首を振ると「死後は、海に散骨する様子供達に伝えました」と返してきた。

——— そうか…では他にして欲しい事はあるか?

「いえ、ございません。最後に子供達と話せて良かった…ありがとうございました。」

——— ブランカさん、私達がこの子達をちゃんと見守ります。心配しないで下さい…沢山の親代わりがこの場にいます。大丈夫。

「ありがとうございます、宵闇の神…グレースさ…ま」



 神核の中でブランカはゆっくりと、その魂の炎を燃やして消えた。

強烈な出会いに、重なる想い、消化できぬやるせ無さに、神の力が

あっても何も出来なかった自分達の無力を二人は嘆いた。

部屋に灯りは無く、真っ暗な部屋でグレースはブランカの身体を抱き

上げ部屋を出る。


「都、大丈夫か?」

ビクトラが電灯を持ち、背後から姿を見せた。返事の無いグレースに、

ビクトラは部屋の中の子供へ視線を向けた。


「俺は…こいつをちゃんと旦那の元に返してやりたい」

「グレースか…それで、旦那の名前は分かったのか?」

「ビグラード•ペベルブンド」

その名を聞いて、ビクトラは頭を捻る。


聞き覚えのある名前だ、ビグラード•ペベルブンド?

なんだっけな…ペベルブンド…


「ポルコット商会‼︎…あぁ!そういう事かよ!」


グレースは振り返るとすごい剣幕でビクトラを睨む。


「睨むなよ…今思い出したんだからさ。ゴホンッ、かなり前だがライディ家の分家ペルドラントから嫁に出た奴がいて…そいつが嫁いだ先がポルコット商会なんだが…ペベルブンド家っていうのはその会長の家名だ!」

「なら、ヴィクの親戚って事じゃ無いか…騎士隊なんだろ?」

「親戚っつっても、会った事があるか無いか程度だし名前も知らない者も多い。それに騎士隊務め?ライディ家の族譜に名のある者で騎士隊に入った奴が居たら俺が知らない訳無いだろ」

「けど、子供達はそう言ってたぞ。ヴィク、至急調べてくれない?」

「分かった。すぐ探させよう…で、これからどうするつもりだ?」

「彼を教会に連れて行くよ…墓が決まるまで寝かせてやりたい。散骨なんて…子供が会いに行ける場所が必要だ」

「そうか…子供達はどうする?」

「すぐ戻るから、お前等で見ててくんない?もし起きたら教会に連れてきて」


グレースは振り返らず家を出て、羽毛の様に軽くなったブランカを

抱いて教会へと向かった。



 一夜明け、グレースはビクトラからの報告を子供達三人と共に

教会で待っていた。泣く事もせず、ブランカの遺体の側で抱きつく

三人を膝に乗せて、グレースはブランカと神核で話した内容を

伝えた。


「父さん…別にいたんだね」

「グレース様が父さんだったら良かったな…」

グレースはビクトルトの頭を撫でて、横たわるブランカを見つめた。


「グレース、こっちに来てくれ!連絡がついたぞ」


グレースはビクトラの元へ駆け寄ると、内容を聞いた。


「まず、父親は生きてる。西のポルコット商会の現会長だった…」

「あ?なんでそんな懐に余裕がある奴がこの家族をほったらかしてたんだ⁉︎」

「彼にはラサ•トーラという妻がいた。傾き始めていたポルコット商会はトーラ家から資金援助を受けたが、その条件がビグラードとの婚姻だった…だからブランカとは結婚出来なかったようだ。しかし、実は二週間前にビグラードは経営に関わるトーラ家の者達を悉く排斥してポルコット商会の全権を掌握している。排斥と共にラサとの離婚も成立している…彼はブランカ達を迎え入れる為に乗っ取ったんだ…ポルコット商会を」

「で?それがこいつ等を放置した理由にはならないだろ…」

「老舗の商会の全権掌握は…簡単じゃ無い。しかも、ブランカ達を隠しながら過ごすのは難しいぞ…ラサはビグラードに監視をつけて常に行動全てを把握していたようだしな…」


「しかし、なんで子供達が騎士隊務めって勘違いした話になるんだ?」

イライラしながら足をタンタンと鳴らし、グレースは答えを求めた。

「多分、ブランカとの出会い方じゃないか?」

「あん?出会い方だぁ?」

「ブランカは隷属奴隷だった…貴重な8色持ちだからな。親に売られ隷属主の魔粒子タンクになっていた所をビグラードに救われている。だから、騎士ナイトだったんだろう?」


「…ロマンチストかよ。だけど、子供等はビグラードを許さないだろうな…」

「どうだろうな?俺等が首を突っ込む所じゃないぞ」

グレースはビクトラの話を無視して振り向くと子供達へ叫んだ。

「…おい!ビクトルトっこっちこい!」

ビクトルトは、面倒くさそうにしながらもタタタッとグレースに

近寄った。

「なんだよ?父さんでも見つかったのかよ」

グレースは俯き、苦々しい顔をしたまま舌打ちをする。

ビクトラは溜息混じりにグレースを抱き寄せると肩をポンポンと叩き、

落ち着かせようとしていた。

「…あぁ。見つかったよ…こっちに向かってる。どうする?会うか?」


「…いや、俺は母さんに会わせたかっただけで、そいつと会いたいとは思ってないよ」


迷いのないビクトルトの答えに、グレースの顔色は明るみニコニコと

ビクトラを見上げ声を張った。


「ほらな!なぁ、ビクトルト。俺の子供にならないか?都がかーちゃんで、俺が父親代わりになってやるよ!」

「おっ!おい!何言ってるんだ!」

ビクトラが慌ててグレースの肩を掴むがグレースの嬉しそうな顔に、

溜息を吐いて頭を抱えてるしかなかった。そんなビクトラを見ながらも

照れながらビクトルトは口を尖らせ悪態を吐く。

「えー…俺達を養えんのかよ⁉︎」

グレースはニカっと笑いながら、ビクトルトの頭をワシワシと撫で回し

笑う。


「俺、神様よ⁉︎お前等三人養うくらいなんて事ないね!」

「へへっ、父親が神様ってちょっと自慢だなっ!」

「そーだろ⁉︎なぁ、俺の子供になるよな⁉︎」


放って置くと、子供同士の家族ごっこが始まりそうな気配に、ビクトラ

は真面目な顔でグレースの腕を掴んで引き離した。


「実の親を放って話を進めるな。ちゃんとビグラードの話も聞いてからだ」




 葬儀も終わり、グレースは三人と家族になったらどこに行くかなど

楽しい計画を立てていた。

教会の扉が音を立てて開かれ、そこにはルーナと一人の男が立って

いる。



「グレース様、この方がビグラードさんで、三人の父親だそうです」



グレースは子供等を背に隠し、ビグラードの前に立ち塞がった。

「グレース神に拝謁致します。ポルコット商会会長、ビグラード•ペベルブンドでございます、この度は妻の葬儀におきまして、多大なる御温情を賜りました事感謝致します。不肖な私にお怒りなのは承知しておりますが…何卒、妻と子供に会わせて頂けませんでしょうか…」


今にも倒れそうな程弱々しい姿に、グレースは強く言い出せずにただ

睨み、黙っていた。


「…グレース様…私は、妻と子供達に何もしてやれませんでした。生い先短いこの身でも…彼等に残してやる物が欲しく、身を粉にして働いた結果…彼等を孤独にしてしまいました。このまま…後悔はしたくありません、何卒、私に機会をお与え下さいませ!お願い…致します…」


痩せこけ、銀髪の根元は白髪が混じるも、その瞳は力強くグレースを

見上げている。グレースは目を閉じて眉間の溝を深めた。


「ビクトルト、ビークルト、ビクトーラ…おいで」


グレースは三人を呼ぶと、ぎゅっと抱きしめた後、三人をビグラードに

押し付け背を向けるが、三人はグレースの足元にへばりつき戸惑って

いた。


「こいつがお前等のとーちゃんだ、話をしてこい。俺は外で待ってる」

「え?だって、さっき俺達の父親になってくれるって言ったじゃないか!」

ビクトルトはチラリとビグラードに目をやるが、初めて見る父親が

想像とは遠くかけ離れた容姿に困惑していた。


「分かってる。だが、こいつはお前等の実の父親だ…話を聞いてやるのが子供の義務だ…その後で、こいつを父親と認めてられなかったら…俺を選べ…こいつより大事にしてやる」

「いいか?こんな死に損ないお前等から捨ててやれ!俺の方が何倍も強い!ただお前等を不器用な愛し方しか出来なかった男なんてお前等から捨ててやれ!いいな?こいつはブランカとお前等しか愛せなかったんだ!そんな奴が親になったら大変だぞ!?俺は複数の男を相手に出来る器用な大人だ!お前等だってちゃんと愛せるんだ…だから…俺を選べ…そしたらお前等は神の僕の一員だ!ありがたいだろ?」


泣きながら俺を選べと言うのに、父親の不器用な愛が純粋な物だったと

伝えるグレースの肩を後ろからビクトラは抱きしめ、「行こう」と

言うとグレースとビクトラは教会を後にした。


 長い時間、親子は向かいあって話をしている。夕陽も沈み、教会は

荘厳な世界で親子を包む。

ビグラードは子供等の母との出会いから、約10年の月日に起きた事

など包み隠さず話して聞かせて、最後の瞬間は子供達と過ごしたいと

縋っていた。


「お前達の名前は私と母さんでつけたんだ…ビクトラ様の様に強くなってほしくてな…私は…お前達と母さんを会えなくても心の支えにしていたよ…ごめんな?寂しい想いをさせて…父さんに償いの機会をくれないか?」

家族は泣いて、離れていた年月を埋める様に話し続け日が暮れた。

グレースは窓の外からその光景を見て、集まったビクトラやアガット

達に背を向けて歩きだした。

「俺、いい親になる自信なんてなかったんだ、清々したよ!あーあ、気紛れも飽きたし…今日は都と飲んで寝るよ。じゃあな、また明日!」

泣きながら帰る道はいつもより遠く、グレースは都と代わり神核で

泣き叫んでいる。都は上がり始めた二つの月を見上げ、「これで良かっ

たんだよ」と言った。


 それからグレースはビクトルト達には会わなかった。

何度かビクトルト達から謁見の申請があったが、全て拒否して

巡行の準備に没頭している。


「ビクトラ、これ…あいつ等にって都が」


グレースは小さな箱を四つビクトラに渡し、ビクトルト達へ渡す様

伝え、共に伝言を伝えてもらう事にした。


「そんでさ都が、宵闇の神はいつでもお前等の母で、父だと伝えてくれってさ」

「そうか…俺も伝言を預かった。」

グレースはぱっと顔を上げ、微かな期待を込めてビクトラを凝視する。

「グレースの近侍になる為に俺達はペベルブンドの名前を貰いに行く。身体を鍛えて入隊可能な年齢になったら必ず会いに行くから忘れるな」

「だってさ、待っててやれよ?父親なんだろ」

「うぅっっ…当たり前だろ!」

止まらない涙は悲しいからじゃない、あいつ等の描く未来に自分達が

存在できた事、俺と都の未来に楽しみが出来た事が嬉しいんだ。

グレースは窓を開けて、たった一日だけの我が子だった彼等のいる

遠い西の方角を見つめ微笑んだ。
















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