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神話編
荒れる帝都
しおりを挟む副参謀のホルーと偵察隊のマロは地下水路を静かに歩いていた。
明かり一つない水路の歩道を警戒しつつ進む二人は、死角となる箇所を
マッピングしながらその先にある制御室を目指していた。
現在の帝都は実質ヤルダ達に掌握された形となり、唯一の対抗戦力であ
る騎士隊本部、騎士棟がヤルダによって占拠されている。
隊員寮室、食堂、浴場以外への外出が制限されてしまいビクトラ達は
ほぼ監禁状態にあった為、索敵に長けたマロやホルーが監視の目を
搔潜り地下水路を探っていた。
彼らは勘を頼りに探った水路が意外にも当りだった事に驚いていて、
思わず声を出した。
「ホルーさん、ここ意外と良いんじゃないですか?かなり防御しっかりしていますし」
「あぁ、そうだな、水害・汚染対策にかなり防御と結界が施されている。それにこの上はちょうど教会のポータルがある場所だ。今は封鎖されて音が響く事も索敵される事もないだろうしな、いいだろう。大隊長に報告するぞ」
浴場の道具入れの壁を削り作った抜け穴から戻り、視認不可の結界で
通路を隠しつつ頭部をシャワーで濡らした二人は自室に戻った。
「あ、リャーレ副隊長いらっしゃってたんですね、只今戻りました」
「お帰りなさい、ホルー。どうでしたか?」
すっきりと切りそろえられた金髪の隙間から、ローズピンクの瞳が
ホルーを見上げていた。
「…何やってるんですか。床で寝ころんで」
「今、建物の壁伝いに根を張って情報収集をしつつ、風の精霊を使って西にいる都様を探しているんです…あの方は死なない!絶対に生きてます…私はそれを信じて探します。それに、グレース様を安心させてあげたいですからね」
ホルーはどさりとソファに座ると羽をバサッ広げ、全ての羽を散らして
風に乗せて飛ばした。
羽は自我でもあるかのように四方八方に飛び去っていく。
「俺も手伝いますよ…部屋の確保は今日中に可能ですが、サリンジャー殿が見張りを交代させるまで後四時間もありますから、今は体力を温存させましょう。それに、またあんな事にでもなったら作戦を前にここ等一帯が焦土と化しそうですし…。あのグレース様、ヤバかったですね」
「えぇ…可哀想で見ていられなかった。私達が考える以上にグレース様と都様はお二人で一人なのでしょうね…都様から生まれたという所も大きいのでしょうが、それ以上にグレース様は都様に依存しています。早く都様をグレース様の元に戻してあげないと…彼も死んでしまう。」
それは五時間程前の事だった。ガーライドナイトから帝都へ戻った
グレース達だったが、ヤルダの部下達に強制的に騎士棟へと移動させ
られ、グレースの部屋の準備が出来るまではと大隊長室に軟禁されて
いた。そして惨事はラファエラの端的過ぎた言葉によって引き起こさ
れてしまった。
——— おはようさん。ラファエラ、都は無事着いたのかよ
「グレース、起きたのか。困ったことになった」
——— なんだよ、都に何かあったのか?
「都との接続が切られた。都の依代が保たない。だから都の魂を抜いた」
——— は?どういう事だよ!都が戻ってこれないじゃないか!!
「都の依代を新たに与える為に四聖獣を呼んだ。そのせいで結界が保たない」
——— なんだよ…どっちもジリ貧じゃないか!都は…死ぬのか?
「あちらの状況次第だが、普通ならもう都の自我は消失している」
神核で覚醒したグレースはラファエラの言葉に発狂する。
グレースの都を失ったという恐怖と動揺、混乱はラファエラの想像
以上で、体内の魔粒子を半分以上使って暴れ狂い瞳は紅く肌は黒魔粒子
の影響なのかどす黒く変色し、まるで邪神の様であった。
サリザンドの多重結界と制約により、暴れるグレースはなんとか会話が
出来る程に自我を取り戻せたが、都の魂を離したという理由と状況を
説明すると、再び半狂乱となりビクトラ達数人で張った多重結界は
七割程破壊されていた。
「ラファエラ!グレースを止めろ!これ以上暴れると作戦どころじゃなくなるぞ!」
鞭の様にしなるグレースの黒魔粒子を何とか躱しながらアガットは
叫ぶ。ルーナとサリザンドは共作の昏睡の制約結界を張るが、足止めも
出来ずに吹き飛ばされてしまった。
「ラファァァァお前を殺す!でぇて来いぃぃ!!」
「…っ!!ビクトラ!!十秒だ、時間を稼げ!!」
「みやこぉぉ!!どこだぁぁ!!」
「ラファエラか?わかった!陣外まで全員下がれ!色抜くぞ」
ビクトラ達は一気に結界内の魔粒子を抜いて、グレースの動きを
止めた。
「ラファエラ!大丈夫か?結界解除するぞ?これ以上はグレースが死んじまう!」
魔粒子核の無いグレースの身体は、指先からハラハラと魔粒子が分解
され始め真っ先にグレースは意識を落とした。
「だいっ…じょっぶ…だ…がはっ!!」
ラファエラの言葉にルーナは慌てて結界を解除し、ポーションと白魔
粒子を魔道具から神核へと流し込み肉体の崩壊を防ぐ。
サリザンドは、万が一の為にポータルを設置した。
「グレース様、申し訳ないがあまりにオイタが過ぎるとヤルダ殿の所に飛ばしますからね。やっちゃって来てください。」
額から血を流すサリザンドは大きく肩で息を吸うとビクトラに後は
任せると言い残し、自室へと帰って行った。
みな、戦々恐々としていたが意識を失ったグレースをラファエラが神核
の中でも強制的に意識を制約下に置いて閉じ込めたと知るとやっと落ち
着いたが、ここに来てグレースという不安要素に頭を抱えた。
「ラファエラ、グレースは後どれ位眠っていられる」
ビクトラはボロボロになった隊服を脱ぎ棄て、壁に打ち付けられ背もた
れの無くなった椅子に腰かけた。
「うむ、保って半日だな。続けて眠らせれば覚醒までの時間は短くなる、なんとしても作戦を早めに立て、オルポーツの動きしたタイミングに合わせられる様、万全でなくてはならん」
「はぁ…なんてこったい。こんな事になるなんて…おい、マロ!ペルトとサリンジャーに繋ぎ取ってくれ。今あいつらヤルダの下に潜ってるだろ。猶予を確認してくれ…」
「了解!」
満身創痍で皆倒れ込むように地べたに座り込みマロからの連絡を
待った。サリンジャーからの返答は二週間との事だった。
「二週間もか?という事は結界が持ち直した…のか…?」
結界が持ち直した、それは都が結界の張り直しを行った事を意味する
のではないか?都が…消えた…。
ビクトラの呟きはルーナとアガットをいとも容易く絶望に突き落とす。
ルーナは泣くことも叫ぶことも無くただグレースの肉体に魔粒子を流し
続け、アガットはラファエラに何とかしろと叫び続けた。
「二週間…都には二週間分の魔粒子しか残っていなかったのか…肉体を得れば一生を生きる程度は神力から依代に魔粒子を流していたのだがな…そうか」
ラファエラは苦悶表情を浮かべ、都との作戦の失敗と予言の無意味さを知る事になった。
マラエカやリャーレは黙って部屋を出ると室内に居た隊員も後に
続いた。
俺には特別好きな料理がある。その料理の具材にはある獣肉が使われ
ているが、その肉が魚や魔獣の肉に変わっても俺はその料理をいつもの
様に特別だと感じるのだろうか?
…いや、きっとその料理を俺は特別とは認めないだろう。
その肉が使われているから完成しているのであり、きっとその肉以外
だと違った料理になってしまうのだろうと思う。
この料理を完成させているのは、転生者である肉から生まれ
た芳醇な香りと旨味が凝縮したソースだ。
ソースがここに在るから全ての具材が美味く感じる。
けれど、肉が無ければソースは生まれ
ない。また、別の物で代用されて存在するソースなど
ソースではない…。
俺は失ったんだな…特別だった物を。
ビクトラはそんな事を呆然と考え流れ落ちる涙も拭わず、愛した
二人を自身のグレースだけを愛しているという、頑な思い込みで失った
と絶望した。
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