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聖騎士団と聖女

7 嘘か真か

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「フロリア様!」

 ストレッチをしていたフロリアだったが急に声を掛けられ二階を見上げた。上半身を柵から乗り出しているハリィ。その顔はとても嬉しそうで、何かいい事でもあったのだろうかとフロリアは立ち上がり返事を返した。

「どうしたの?師団長のハリィさんっ!ふふっなんか嬉しそーね!いい事あったぁ?」

「これを貴女にっ!」

 ハリィは風魔法を使ってリングをフロリアの元へと送る。間柄なんて物はどうでも良かった。もう権力や立場で引き離されたく無い、出会った頃の様にドロドロに甘やかし、自分だけに笑いかけて欲しいと純粋とは程遠い欲望は溢れ返り、心のたがは外れハリィを暴走させている。そして氷魔法で作った花細工を天井から降らせながらフロリアに問いかけた。

「フロリア様!貴女は私が全てを捧げる事を許して下さいますか?そしてそれを望んで下さいますかっ!」

 キラキラ光を反射するその花々に目を奪われて、フロリアはハリィの言葉の意味を深く考えなかった。

「わぁっ奇麗!氷の花だっ!それにこれハリィさんの印璽じゃない?」

「お返事をくださいますかっ!」

「ん?良く分かんないけどっ、ハリィさんの側に居る為にフロー頑張ってるんだよっ!だってずっと一緒って言ったじゃん!」

 なぜこんな事を聞くのだろうか?そんな事をぼんやりと考えるが、ハリィの言葉の意味が良く分からないフロリア。そんなフロリアを見下ろしつつ、アルバートは首を横に振って「こんなのは誘導尋問だ」と言った。

「フロリア様っ!ずっと私の側に居てくださいますか?それがどんな関係であってもっ!」

「えぇ?なんか怖いなぁ……。勿論どんな関係でも側に居るよー?でもハリィさん最近全然お家に来てくれないんだもん。ちゃんとお家にも遊びに来てよっ!」

「フ、フロリア様っ!こ……これはっ」

 慌てる団員達。だがハリィが二階から見せるその顔を見て、誰もそれ以上先の事を何も言えなかった。騎士が自らの立場を証明する物を異性に渡す事。それはプロポーズを意味していて、結婚するとそれは配偶者の身分証にもなった。隊員達はハリィのプロポーズに驚きつつもそれを邪魔する事は騎士としてマナー違反だと口を噤んだ。

 ハリィはただフロリアだけを見つめた。その心は状況とは裏腹に凪いでいる。しかし、もしもと思うと喉がぎゅっと締まった。

 フローを見つめるだけで、想うだけで憎しみと破壊衝動に荒む心に小さな光が灯って行くのです。出会えた奇跡がこの苦痛に満ちた人生を送る事で得られた褒美なのだとしたら、貴女を手に入れる為に払わねばならない犠牲は一体何なのでしょうね。まぁ、それが何であっても結構です。素の心を晒したい、見てほしいと思ったのはフローだけなのですから、出し惜しみは無意味という物。全てを捧げますよ貴女に。だからどうか私の手を取って欲しいのです……。

「フロリア様!私の屋敷で暮らしませんかっ」

「ん?ねぇっお父さんっ、ハリィさんのお家で暮らしても良いのっ?」

「おいハリィ!ちゃんと言えっ!言わないつもりか?そんなんじゃ本人の意思とは言えないだろっ!」

「さっきからなーにー?良く分かんないよっ」

「フロリア様。いえ、フローっ!私の妻になってくれますか?」

 降り続ける氷の花。手の平に置かれた印璽が急にずしりと重くなった。パパさんは一体何を言ってんの?妻?はっ?えっ、これってプロポーズしてるって事?嘘だぁ!今まで親子だったじゃない……誰かに許されなくったってちゃんと家族だったでしょ。なのに妻ってどういう事なんだろう。いかん!嬉しいけどちがーう!そうだよっ勘違い絶対ダメっ!冗談とも思えないけど正しい行動とも思えない……そう、どうせまた私の知らない所でアルバートさんと勝手に暗躍してるんだ。あぶなっ。危うく信じちゃう所だったよ。そうだよね。もし本当にプロポーズなんだったらわざわざこんな人の多い所でする事無いし、パパさんの性格だったらキングスガーデンとか選んでしそうだし。ここでするっていう事は牽制したい誰かが居るって事なんだろうな。なら話を合わせる為に乗った方が良いのかな?

「うん!いいよー!ハリィさんはそれで良いのー?」

「フロー以外の誰が私の心に居ると言うのですっ!」

「そうだったー!忘れてたー!」

 はいはい。そうやって守ってくれようとしてるんだね。でもわざわざ結婚なんて嘘吐かなくても……パパさん、自分の人生をどう考えてるんだろう。結婚して、本当の子供を作って家族を持つ。パパさんには必要な事なんじゃないの?

 愛せる誰かが必要なのはパパさんがそれを必要としているからでしょ?だったらちゃんとした令嬢を探した方が良いと思うんだけどな。まぁ、その気になればそうするんだろうな。それに、これまで助けなきゃ、止めさせなきゃ、祝福してあげたい、癒してあげたい。そんな事を考えて動いた結果はいつもアルバートさん達に迷惑掛ける事になった。ここで私が学んだ事は、大人の言葉に従う方が良いという事。

「お父さんっ!ハリィさんと結婚した方がいいなら結婚するよー?」

「ほら見ろ。あいつはよく分かってねぇぞ」

その言葉を聞いたハリィは手摺から更にぐっと上半身を突き出すと、フロリアに向かって更に声を掛けた。

「フロリア様っ!言祝ぎの儀を迎えましたら私の婚約者となって下さい!これからは2人で暮らしましょう」

 見上げた先には2人の時にしか見せないパパさんの優しい笑みがあって、でもどこかすがる様な目をしている。私はアルバートさんとパパさんを交互に見てみるけれど、私に判断を委ねるつもりなのかその目からはなんの答えも見つけられない。

 これは何?私、遊ばれてるのかな?どういう状況ならこんなことになるの?え?もうすぐ30歳のパパさんと6歳の私が婚約?冗談だよね……いや、待って。これはきっと皇太子や第二王子達とかと結婚させない為の策なんじゃ。お前が婚姻を結んだら一生を人外の物として縛られるぞってアルバートさん言ってたもんね。そうか、それならパパさんと婚約した方がマシだし、今まで通り親子の様に暮らせる!そうかっ、そういう事ね?

「ハリィさんっ!フローお嫁さんになったげるー!じゃないと一生独身のままでしょー」

「ええ、そうなんです。貴女以外を家族にする事はありません、今までもこれからも……貴女だけのハリィ•トルソンで居たいのです!」

 その場に居たダダフォンやセゾン、聖騎士団員達は2人のやり取りを聞きつつ、これは一体どう言う事なのか?正気の沙汰とは思えない。そんな表情をしていたが、当の本人達がにこやかなのを見て言葉を失っていた。そんな彼等を他所に、ハリィは2階から風魔法で身体を浮かせるとフロリアの前に降り立ち跪き、彼女を見上げ印璽を持つ手を包み込んだ。

「フロリア•フェルダーン侯爵令嬢、貴女は出会ってから今までも、そしてこれからも私の光。私を癒し、進むべき道を照らし続けるその笑顔を守って行きたい。そして結びの神フェリラーデの結び賜うたこの縁を永遠の物とし、私の人生を、全てを貴女に捧げます。貴女に我が加護を結び皓々たる光司る最高神へ共に願いを捧げましょう」

「……ん?」

美美びびしき神々の箱庭へと続く途方とほうはこの結びのみ。燦々さんさんたる道を我と共に歩むは我が妻となりし者。最高神へ願い奉る、この結びを祝福致し賜え」

 え、これって……本物の縁結びの言祝ぎじゃん!え?嘘の婚約でこれやっていいの?ちょっ、えっ?えぇっっ!

「パパっ!」

「ハリィ、私は貴女のパパでは無く婚約者のハリィ•トルソンです。貴女が司令官の養女となったあの日から、私は父とも言えぬただの盾となりました。でもそれだけでは辛いのです、だからこの手でこれからの貴女の全てを私に護らせて下さい」

 きっと私以外の女性なら、誰もが両手を挙げてパパさんのこの美しい誓いと姿に、目を輝かせ泣きながら縋りついたかもしれない。でも私は喜べないし、混乱してる。何でこんな事になったのか事情を教えて欲しい。アルバートさんは私に言った。アルバートさんか国王さんの養女にならなきゃ聖女としてもフェリラーデとしても成長出来ない、パパさんの死期が早まるって。死期が早まる理由は未熟な私を何があっても庇うだろうからだって言ってた。だから私はアルバートさんを選んだし、聖騎士団を選んだんだよ?聖騎士団で学べたらそんなリスク、少しは回避出来るって思ったから……なのに、何で?そうまでして欺かないといけない人がいるの?

「ハリィさん」

 私はパパさんの耳元に顔を寄せて小声で聞いた。

「誰がスパイなの?教会?王妃?誰に見せつけるの?」

 フロリアの言葉にハリィは一瞬キョトンとしたが、フロリアの考えているであろう事に気付くと可笑しそうに笑い、そしてまだ受け入れるには早かったのかもしれない、そう思った。
 まだ小さな手を持ち上げ口付けをし、見た目だけは優しげで甘やかな相貌を崩してフロリアに耳打ちした。

「えぇ、そうなのです。王妃や他国から貴女を護る為には私の妻であった方が良いのです」

「な、成程?でもいいの?あの言祝ぎって婚約とか結婚の時の物でしょう?撤回ダメなやつだよあれ!」

「だから良いのです。それに結婚してしまえば対外的には夫婦ですが、親子の様に2人で暮らせるのです。誰に憚る事無く街に出る事も出来ます……貴女を護る名文が盾だけでは弱いのです」

 ハリィはフロリアを抱き寄せると、その驚きに満ちた顔を見つめ今にも泣き出しそうな表情で首を傾げ呟いた。

「私ではご不満ですか?」

「ハリィさんに不満があったら私一生結婚出来ないと思うよ」

 フロリアはハリィの言葉に慌てて首を振ったが、混乱に目を白黒させ口を噤んだ。

 不満じゃない!不満とかそういう事じゃなくてさ、なんて言うかさ。恋愛感情じゃ無く無い?お互いにさっ!パパさんだって私を女として見れるの?なんかもうそんな事すらどうでも良い様に見えるんだけど。

「ならば悩まないで下さい。もしも私以外の誰かを愛したなら……その時は貴女の手を離しましょう」

 そんな悲しい顔で悲しい事を言わないでよ。パパさん以上の人なんて居ないのに。でもその感情は心を許せる絶対的な存在への安心感や愛情であって、きっと恋愛じゃないよ。それは私が大人になってもきっと……変わらないはず。それに結婚した後に私に好きな人が出来たとして、パパさんを捨てるなんて事きっと私には出来ないよ。

「でも」

「良いんです。貴女が傷付く事は無いんです。貴女を護る為の最強の婚姻なのだから」

 フロリアの考えが手に取るようにわかるハリィは笑いながら答えると、その手の平に収まる印璽を薬指に通し魔力を流した。印璽はシュルシュルと大きさを変えて指にぴったりと嵌った。

「お願いです。私の側に居てください……受け入れると言って下さいフロー」

 何が正解なのか分からないよ!断るに断れないし、受け入れるには胸につかえた不安が邪魔をして踏み出せない。でも今答えを出さないと……。

 オロオロと狼狽え焦るフロリアの脳裏に声が響いた。

—— フロー、大丈夫。大丈夫だよ。どんな判断もフローの未来を閉ざしたりしないよ……きっとその決断をして良かったって思えるはずだから。怖がらないで。

 いつか聞いた声が私を導く様に心の扉を開いて行く。
確かに、私の男性の基準はパパさんやアルバートさんで、それ以上はきっと現れない。ならこの機会を逃したら私の前には現れないんじゃ無い⁉︎イケメンでお金持ちで強い男性って‼︎

 あっ……。そうだよ。お金や権力を持ちつつイケメンで優しくて強い男性がこの国にパパさんやアルバートさんを除いて存在する?いやしない!しかも私を1番に考えてくれる男性なんて更にいない!こんな面倒くさい子供なら尚更!

フロリアの脳内では色々な男性が声を掛けてくるも、聖女や女神の化身としての役割に後退り、更に国や教会に騎士団、隣国からの妨害に心折れ苦笑いで『きっと私よりも素晴らしい男性が』、そう言って離れて行く。そんな想像に加えてトルトレスやクローヴェルが近付く男達に神罰を与える姿を想像し、今ここでこの手を掴まなくては一生独りだと生唾を飲み込んだ。

「うぁうっ!はっはいっ!喜んでぇ‼︎‼︎」

 まるで太鼓持ちの店員かの様にフロリアは大声を上げた。その表情はどうにでもなれっ、といった諦めの様でいて「何とかなるか」といった能天気の様にも見える物だったが、ハリィは花が綻ぶ様な笑顔でフロリアを抱き上げ頬にキスをした。

「「お、おぉぉぉぉぉ⁉︎」」

 ダダフォンやセゾンは眉を顰め事の成り行きに不満気な顔をしていたが、聖騎士団の団員達は時代の聖女が聖騎士団側に付いたという事に驚きと感嘆の声を上げる。アルバートは2人を見下ろしながら、何故か妙に騒つく心に苛立ちを覚えた。

「フロー、婚約は婚姻式を迎える為の約束です。どんな甘言があっても心動かさないで下さい。婚姻式の後に結婚式ですがそれまでには後5年は待たないと」

「11歳で結婚か……何だか早い気もするけど」

「第3王子は10歳で教皇の次女と婚約と同時に婚姻を結びました。その時かの令嬢は18歳でした。貴族制度に身を置く者に歳の差に意味はありませんよ」

「ハリィさん。ロリコンに近親婚(違うけどっ!)で権力まで囲いこんだ最低最悪の男と呼ばれる事覚悟した方がいいよ」

「構いません。貴女が側に居てくれるならそんな称号も有り難く頂戴致します」

「で、誰?誰の目を欺くの?」

「クスクスッふふっ」

「笑ってないで教えてよっ!」

「セゾンです」

「はっ?」

 ハリィはチラリとセゾンを見た。セゾンはあんぐりと口を開け固まっていて、その姿にハリィは緩む口元を隠しながら笑いを堪えた。

「何で?フローの先生だよっ?」

「セゾンが所属しているのは?」

「王立研究所」

「そう。そして教会にも属していましたし、今も教会で司教達に儀式指導や神力貸与の儀式首座しゅそです。貴女が学んだ物、どの程度力を使えるのかも彼から教会や王室に筒抜けなんですよ」

「はぁっ?」

 いや、良いんだよ?結局アルバートさんが伝える事だし。でもっ、何だろうこう、なんて言うかこう、んぐぐぐっ!裏切られた気分!

「ちょっと吐かせてくるっ!」

「フロー、今はまだ彼を泳がせて置いて下さい。私が内密に調べている所ですから」

「ハリィさん危なく無い?」

「おや、私が彼に負ける事などありませんよ」

「でも」

 クスクスと笑うハリィ。セゾンと言えば元大司教という肩書きを持つ高位聖職者で、還俗したとは言えその影響力は強く純粋な気持ちだけでフロリアの指導をしているとは考えていなかった。フロリアと良好な関係の様には見えるが、何を考えているのか分からない部分があるのも事実。実際彼を経由してフロリアは元聖職者の研究員とも顔を合わせていた事も不安要素だとハリィは考えている。勿論、それがフロリアを教会側へと引き摺り込むきっかけにはならなかったが、ハリィはセゾンの存在がいつかフロリアの足枷となりそうで今以上の関わりを持たせたく無いと嘘を吐いた。

「私の婚約者となったのですから、彼が貴女に何かする事はありませんよ」

「そういう問題?何でセーさんは私の事を教会に教えてるのかな」

「きっと教会と貴女を取り持ちたいのでしょう」

「ハリィさん、なら別に婚約なんてする必要なかったんじゃない?」

「いいえ、もしも知らず知らずの内に関係を築いてしまったら……抜け出すのは容易ではありません。ハカナームト神もそこまで口を出す事などしないでしょうから」

「あっ!お兄ちゃん達に相談しないと」

「もしも駄目だと言われたなら、私を捨てますか?」

 フロリアはその薄らピンク色に染まった瞳を泳がせた。確かに、心の中でハカナームト神に問題解決を任せ、今までの関係でいたいと思わなくもなかった。だが、そうなれば親子でも、兄妹でも無いただの主従関係の様な味気ない物しか2人には残らない。フロリアはハリィに抱きつくと『やめとく、報告だけしよ』と言った。
 なし崩し的にハリィの求婚を受け入れたフロリアだったが、その心は乱れていた。
















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