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聖騎士団と聖女

6 聖騎士団式ブートキャンプとハリィの暴走

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 聖騎士団員との顔合わせから半年が経ち、フロリアの所属を聖騎士団とする事になった。
 未だフロリアを諦めない王室と教会。特に王妃からの黒騎士団への入団要請は酷く、ロヴィーナですら止められずにいた。それでもアルバートは親という立場でそれを拒み続け、王室や教会、皇太子率いる黒騎士団とぶつかった。結局フロリア本人の希望とハカナームト神による許可により聖騎士団への入団は許可されたが、その結果はフロリアの立場を苦しい物にした。だが、大人達は最も恐れていた王室による神々とのパイプ役としてフロリアが使い潰される、もしくは教会による権威復活の為のアイコンとして、世界に足りぬ加護と祝福維持としてその神力が良いように使われるという懸念を回避する事が出来た事には安堵していた。

 フロリアを窮地に立たせた結果、それはフロリアを聖騎士団所属とする事を許す代わりに厳しい要求を飲む事だった。それは言祝ぎの儀を10歳を待たずに来年のフェリラーデの加護月に行う事、それまでにすべての言祝ぎを覚え加護と祝福が扱える様になっておく事であった。それは王室と教会によるフロリアの確保の動きが活発となる事を意味していた。

 言祝ぎの儀を早める事、それは婚姻を以ってフロリアを手中に収めると宣言したのと同義であり、それを貴族であるアルバートにもハリィにも拒否する事は出来なかった。すでに皇太子派や第2皇子派の貴族、貴族同様もしくはそれ以上の権力を持つ教会の聖職位階級に属する聖職者達、隣国の王室から釣書や面会要請が山ほど集まっていた。フロリアは、いざとなったらトルトレスに何とかして貰えば良いとこの問題を軽視していたが、言祝ぎの儀は教会主導で行われる貴族の一員としての活動を認める為の儀式であり、神々にとってそこまで必要としている儀式ではない為、ハカナームト神はこれに口出しをする事は無いだろう事をアルバート達説明した。それに加え、もしフロリアが下手にハカナームト神を動かし人間界の理や貴族の事柄に神の威光を振り翳すのなら、聖騎士団ひいてはフェルダーン家による王位簒奪だと騒ぎ立てる者が出てくるだろうとハリィはフロリアに言い聞かせた。それ故、彼女は誰に頼る事も出来ず自身でこの難局を乗り切らなくてはならなかった。

「魔力はっ⁉︎」

「最高神の愛っ!」

「世界を満たす元素は」

「神々の慈悲っ!」

「満たされし世界で我々の扱う魔法は?」

「あっ、うっ、かっ神々の加護っ!」

「魔を祓う打物は⁉︎」

「う?うちもの?打物って?」

「武器ですっ!」

「あ、神々の鼓舞!しゅ、祝福ですっ!」

「上、中、下の丹田への魔力の流れを強く!もっと集めて!」

「はふっ!ふぐっ」

「さんっはいっ!防御、治癒結界、聖具顕現!」

「あわわっ!ほいっ!ほいっ!いでよーー!」

「神事舞して防御!」

「なーーーっ!手どっち⁉︎あっ足ぃっ!」

 誰にも自分を奪わせない。そして助けたい者達の為にフロリアは毎日聖騎士棟にアルバートと出勤する様になった。そんな彼女は今、肉体、魔力、神力強化の為に団員の厳しい訓練に耐えている。

「ほらほら!魔力を流しながら魔法使う事への集中切らさない!」

 四股を踏む様にフロリアはガニ股で分厚いドーム型の防御結界を張りながら魔力を流し続けた。もう何度も同じ事をしている為か、フロリアの集中は切れかけていてチラチラと時計を見た。それに気付いたカノンはフロリアの背中をポンと叩き耳元に口を寄せると囁いた。

「おや、集中力も魔力も切れそうですね。休みますか?あぁ、でもこれすら我慢できませんと師団長は……悲しみますね。王室か教会か……ご婚約が強制されれば師団長と会う事も難しくなるでしょうから」

「だ、大丈夫!魔力切れてない!」

「そうですか?なら負荷を2倍にして頑張りましょう!」

「ひーーーー!カノンさんの鬼!魔獣!」

「はいっ!神事舞、治癒結界、風魔法で防御!」

「ぎゃーーーー!死ぬって!」

「大丈夫、フロリア様は死にませんよ。あ、死ねないのでしたっけ?」

「きーーー!」

 穏やかに笑うカノンはダダフォン以上に厳しく、正規の団員と同様の訓練を課されていた。
 
 
 聖騎士団ブートキャンプによるフロリアの強化育成は順調に進んでいた。しかしそれとは別の問題が国を騒がせている。

「やっと……休憩だよぅ。体痛いー!」

「ですが、そろそろ本格的に浄化可能範囲を広げられなくてはいざ魔神が出現した時……間に合いませんよ」

「うぃ!がむばる!」

 アルバートとの養子縁組、大人組の昇進、フロリアの言祝ぎの儀の前倒しと、その周囲に生まれた変化や本人の成長と共に大きく変わった事があった。それは魔獣の増殖である。それまで月1度程度、辺境地で魔獣討伐が行われていたが、その出現は王都中心の緑地地域でも見られる様になり聖騎士団の各部隊総出の出動回数が増えていた。そしてフロリアもその討伐に随行した。魔獣、魔人という存在を初めて目にし、その被害を目の当たりにしたフロリアはハリィの側に居続ける為だけでは無く、彼等の様に魔人化した人を助ける為にも訓練を進んで行う様になった。

「もう魔人化した……小さい子達見たくないし、聖騎士団の人達にそれを討伐させたくない」

 先月の討伐で魔獣に襲われた村を訪れた。そこは魔獣の汚染魔力を浴びて魔人化した村人しかおらず、空気は淀み人が立ち入る事は出来ない程溢れた汚染魔力にフロリアは絶句した。村を徘徊する魔人達、その中には小さな子供の魔人も居た。
 
 聖騎士団達によって討伐される彼等の姿を思い出すフロリア。
 姿形は獣の様に変化していても彼等は言葉を話したし、地べたに転がる親の遺体に甘え縋る姿は人の子だった。「あそんで」「まま」「お姉ちゃんどこから来たの?」そう話しかけてくる魔人化した子供達。聖騎士団員は慣れた物だったが、フロリアには衝撃だった。だが彼等を討伐する以外に対処する方法は無く、ハリィに宥められながらフロリアは聖騎士団の剣が放つ聖魔力に霧散する彼等を涙を流しながら見ていた。

「悔しいですか?」

「……」

 もしも私が祝福を自在に扱えていたなら、浄化魔法の精度が高ければ彼等を救う事が出来たかな?そんな事を何度も考えちゃう。朝起きて顔を洗う時、ごはんを食べてお腹いっぱいになった時、パパさんに抱っこしてもらう瞬間、アルバートさんと手を繋いでお散歩をした時、そしてベッドで横になった時……あの子達の事が思考の全てを支配する。牙の生えた口元、瞳も分からない程紫色に染まった目。そんな彼等の背中には歪な形の蝙蝠の様な羽が生えていた。何も分からないまま無邪気な顔で討伐されて行った彼等。私はだだを捏ねて泣きわめく事しか出来なかった。それが悔しくて、腹立たしくて悲しい。

「悔しいから、フロー頑張ってる」

「えぇ。頑張っていますよ……ですが」

「分かってる。それだけじゃ足りない」

「言祝ぎは問題ないでしょう。後は祝福と加護……ですがこればかりは正直誰もお教えする事は出来ません。きっとフロリア様は教会の者達やこれまでの聖女様とは違ってご自身が生み出す物でしょうから……」

「うん。それはお兄ちゃん達に相談する事だってお父さんも言ってたから……何とかなる筈」

「慰めではありませんが、ちゃんとフロリア様は成長されています。自信を持って訓練致しましょう」

「うん」

 祝詞を上手く唱えられる様になり、訓練のお陰で魔力や神力の巡りが良くなったフロリアは半年で身長が5センチ伸びて、ぱっと見の印象は幼児と少女の中間の成長を見せた。そんなフロリアをハリィとアルバートが見つめていた。

「司令官。あの頃のままでいて欲しいと思うのは私だけですか?」

 神力を使うフロリア。神力を使うとその力が体に巡る為か一気に15歳位まで体を大きくさせた。ハリィはその姿を見ると寂しい様な嬉しい様な、何とも言えない感情に悩まされていた。

「まだ言ってんのか?どうしようもねぇだろ。神力が落ち着けば元にもどるんだ。それにあいつの姿形がどれだけ成長しようが中身がなぁ」

「ぷっ」

 訓練場の2階、指揮指導のスペースからフロアを見下ろしアルバートはタバコを吸いながらスノーとカノンから指導を受けるフロリアに目をやった。髪は腰辺りまで伸びて、ポニーテールにしているそれを揺らしながら必死に踏ん張る姿はアルバートからしてみればまだまだ幼稚で幼い子供だった。しかし隣で溜息を吐く男の、その新緑色の瞳を曇らせ嫉妬にも似た表情を見せる姿にやれやれと溜息を吐いた。

「なぁ、どう思う」

「可愛いです」

「……フロリアの事じゃねぇよ」

「なら何です?」

「……ホーソン国の北部は壊滅的だそうだ」

「魔獣ですか。鬱陶しいですが教会の言うフローの魔法強化の前に加護範囲拡張訓練を優先すべきという言葉、あながち間違いでは無いので無闇に敵対も出来ないのが歯痒いです」

「加護範囲拡張……それも必要だが、それを優先してちゃ既に生まれちまった魔獣の討伐が後手になる。フロリアは苦しいだろうな。加護を扱える様になる事と魔法発動と威力強化を平行して訓練しろって事だからな。加護は神力、魔法は魔力。それぞれ使い方も違うからな……」

「だから大人の団員でも音を上げる強化訓練ですか」

「今年中に魔法、祈祷は半人前でも良い。ちゃんと使える様にしておきたい」

「私はそんな強引な訓練反対です。私ですら何度も挫けそうになったのですから。ですが、座学は卒業して良いでしょう。後は力の使い方ですから、出来ればフロリアに合ったやり方を見つけてあげたい所ですけど」

 そんな方法、俺達に見つけてやれる事なんて出来るはずがない。
俺達は無力でちっぽけな人間で、神々の力を借りる事しか出来ない。そんな俺達に神の力の扱い方なんて教えられる訳がねぇよ。

「そんな事が出来りゃ苦労しねぇよ」

「それより……ちゃんと断れるんでしょうね」

「難しいのが2つ」

「王家とどこですか」

「フェチェット王国の皇太子」

「聖物の主は聖物が置かれし場所に座するべき……ですか」

「あぁ。だが、なぜフェリラーデ神はリットールナではなくフェチェットに聖物を置いたんだ……もしフェチェットの言い分が正しいならフロリアがフェチェットに生まれるべく取り計らうべきだっただろう?」

「そんな事私に聞かれても分かりませんよ。ですが、あちらのやり方は婚姻を結べば聖物を持つ事を許してやると言ってるに等しいですよね……けど聖物はそもそも神の物。だったらフェチェットは取引材料として提示せずにフローに返すべきでしょう?」

「疑ってんだろ。もし本物なら儲けもの、偽物でもフェルダーン家と結びが出来れば得しか無いからな」

「アルバート……何度も聞きますが、何故私では駄目なのです」

「お前が苦しむのが分かってんのに許す訳ないだろう」

「ハカナームト神は私達を引き離さぬ為に貴方か王家の養子となる事を指示したのですよね?このままで一体どうすれば私はフローの側に居られるんですか」

 お前は死ぬかもしれないと予言されたんだぞ。お前が生きている事、それがフロリアと唯一繋がっていられる方法じゃないのか。お前がフロリアと結婚したとして……死を回避できるのか俺には分からない。
 ハカナームト神がお前ではなく俺や陛下を選んだ理由は多分、人間として生きる時間を諦めさせる為なんだろうと思う。俺も陛下もあいつを人外の存在として扱う事に抵抗が無い。神として敬い、その力を人間の為に使わせる事に躊躇いがないからな。だが、お前はどうだ?そんな事、絶対に許さないだろう。人として当たり前の喜びを、幸せを与えようとするんだろう。
 それに、もし本当にお前が死ぬとして、死を前にした時に絶対に後悔しないと言えるのか?フロリアに期待させた挙句に1人この世に残すんだぞ。若くしてお前と夫婦になればその記憶を塗り替えるのは容易じゃ無い。だったら結婚せずに父親の真似事でもしていた方が良かったと思わないか?逆に死ななかったとして、お前はフロリアを1人の女として見れるのか?馬鹿言えよ……。

「お前はただ側に居たいが為に婿に名乗りを挙げるんだろう……だがあいつはそれを異常だと考えるんじゃないのか?もし結婚出来たとして、夫としてお前を受け入れないアイツとお前はどんな家庭を築くつもりだ」

「ちゃんとあの子は理解出来ます。現に簡単に貴方をお父さんと呼んだではないですか……私を夫と受け入れる事はそれ以上に簡単な筈ですよ。どんな家庭か……当然幸せにしますし、フローが望む家庭を築きますよ。あの子との年齢差だって上位貴族では良くある年の差婚です。おや、それでも理解出来ないって顔ですね?そうですね……あの時私が父親となれたならこんな気持ちにはならなかったでしょうが、貴方に奪われた希望を諦め新たに見つけた希望なんです。そうそう容易く諦める事はないでしょう……それに想像してみたんです」

「何をだ」

「あの子がウェディングドレスを着て、他の男に手を引かれ……抱かれ、夫婦となる宣誓をする。気が狂いそうな程の怒りに思わず部屋を一つ駄目にしました。あぁ、私はフロリアという少女を愛しているのだと思ったのです。それが父性愛でも、1人の男として恋い慕う思いでも正直どちらでも構わない……もうあの子の居ない人生も生活も送れない」

 一体フロリアの何がそこまで狂わせるのか俺には理解出来ない。だがフロリアの人生を考えるとハリィが婿となる事が一番まともだ。王室や教会、他国の望む婚姻はハリィの望む物とは意味が違う。フロリアに掛かる負荷も違うだろう。聖女であり結びの神となるフロリアと彼等が普通の夫婦としての関係を築く事は無い。その存在の所有権がどこにあるのかを明示する為の婚姻であり、もし婚姻を皇太子や教皇の親族と結んだとしても2人が夫婦生活を営む事を国が、教会が許さない。子孫を残す事?そんな事は天地が逆さとなっても彼等は許さないだろう。何故なら神力を失う事もあり得るだろうと考えられるからだ。しかし、ハリィはそれをある意味望んでいる。

「フロリアが力を失い、ただの女となっても良いのか」

「その程度で力を失う可能性があるのなら尚更フローは私の妻となるべきでしょう」

「あいつがただの女としてこの世界で生きていけると思うのか?あいつ……かなり馬鹿だぞ」

「はぁ。自分の娘に対して良くそんな事が言えますね……ですが構いません。家の事は家令に任せれば良いですし、自由にのびのびと生きれば良い。そう、フローには自由が似合いますから。本当ならばこんな訓練だってさせたくは無い……でもフローがそれを望むから仕方無く見守っています」

「ハリィ、俺はハカナームト神がお前の死の予言の撤回をしない限り結婚は許可しない。だが……」

「だが?」

「婚約……ならば許しても良い」

 アルバートの言葉に、ハリィは今までに見せた事の無い様な喜色満面の笑みでアルバートを見た。その笑顔はハリィお得意の人形の様な作られた物ではなく、まるでプレゼントに喜ぶ子供の様でアルバートはこれまでハリィが言っていた「フロリアの側に」という思いは執着心や思い込み、義務感から来る物だと思っていた。しかし、もしかしたら本当に1人の女性としてフロリアを愛しているのかもしれないと思った。

「アルバート!婚約式はいつしましょう!今週末は……あぁっ後2日しかありませんね、そうだ!月末の秋の奉納祭に併せて行いましょう!そうと決まれば指輪を急いでオーダーしに行かなくては!」

「おっ!おいっ待て待て!まずはハカナームト神へ伺いを立ててからだ!それに、お前がまず話をすべき相手がいるだろう!良いか、婚約までは許す……だがそれもフロリアが望むなら、良しとするなら…許す」

「おや、貴族の婚姻に本人の意思は不要かと」

「おいおい!お前、フロリアを幸せにするんだろう?それなのに本人の意思は無視か?」

 ハリィは口角を上げて笑う。そして手袋の上から嵌めていた聖騎士団の紋章と師団長を表す三羽の神鳥が刻まれたシグネットリングを外した。
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