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第三章 魔法と神力と神聖儀式

8 初めては俺 〜ダダフォンと聖女の花 2

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「嬢ちゃん、ここがホーリーパレスだ。歴代聖人、聖女が奉納した物が集められてあんだ。聖人は聖具か聖像、聖女は大抵花を奉納している。で、あそこで咲いてんのがその花だ。ほら、あそこがお前の生みの親エルリン様が奉納した場所だ」

 キングズガーデンを訪れている3人は、ガーデン奥の聖人、聖女が奉納した物が集められているガラス張りの建物の前に来ていた。その中は床一面に花が咲き乱れている。

「あの白い花?」

「あぁ、フェリカという花だ」

「私知ってる。天上界であれが咲いてたよ」

「天上界って……神の国の事か?」

「国っていうか、宇宙空間っていうか。神様によっている場所が違うみたいで、フェリラーデさんに連れて行かれた所は何もない草原みたいな場所だった」

「そうか。嬢ちゃんはやっぱり神なんだな」

「いや、あれ強引に連れて行かれただけだし」

ダダフォンはフロリアの頭を撫でながら、可哀想にと呟いた。フロリアはどういう意味なのかを聞こうとしたが、ダダフォンの顔が険しい物であった為、深くは聞けなかった。

「お前もいつかここに花を植えるんだろうな」

「何で?」

「聖女になるんだろ?」

「どーなのかなぁ?パパを助けるのに必要ならそうするつもりだったけど、お兄ちゃん達が色々してるみたいだから、ならなくても良いのかもしれない」

「あそこにある物はな。彼等が力を失った時、死期を悟った時に奉納した物なんだ。もう魔力、祈祷、聖願に儀式奉納も行えねぇから最後は物を捧げるんだ。俺は聖人じゃねぇけど、聖女様と同じ花を植えた」

「植えた?」

 私の質問にダダフォンのおじちゃんは何も言わなかったから、私も聞かなかった振りをしてホーリーパレスを見つめた。あそこは聖人、聖女の墓場と言う所かな。でも美しい場所だと思う。

「フロリア様、ならずに済むのなら……そのままでいて欲しいですわ」

「?」

 2人は何故か少し悲しそうな顔をしている。何でだろう?

「ダダフォンのおじちゃん。なんでここに連れて来た?」

「お前がもし聖女になるなら知っておくべきだと思ったし、そうならなくてもお前の持つ力の意味を、お前はお前自身で見出せるんじゃ無いかと思ったんだ」

 ダダフォンはその中である一点を見ていた。そして、そんなダダフォンの手をサーシャベルがそっと取った。

「ダダフォン、全てはそうなる運命だったのよ」

「分かってるよ。だがな、思っちまうんだよ……何で彼等ばかり苦しむんだってな」

 フロリアは思い出していた。天上界に居た時、トルトレスとハカナームトの言っていた言葉を。

『本来、聖女、聖人は人の体では御する事が難しい程の加護、祝福等を我々から与えられる。日々、それらをコントロールする事に体力も魔力も消耗される。だから子を成す事が出来ぬのだ』

 聖女、聖人であった彼等はその一生を下界に住む命の為、神の為に捧げなくてはならなかった。私がデリバリーを頼むかの様に簡単にお兄ちゃん達を呼んでいたけれど、彼等はそうでは無い。一体どれだけの魔力を使っていたのだろうか。

 ダダフォンのおじちゃんは属性魔法の使用には負荷が伴うって教えてくれた。と、いう事は、加護や祝福の数だけしないといけない事があるという事だろう。祈祷や聖願、儀式をするにも魔力が必要だろうし、彼等はどれ程の魔力を使っていたのだろう。もしかしたら命懸けの物もあったかも知れない。

「聖女さんや聖人さんも、自分の人生が欲しかっただろうね」

 ホーリーパレスを外から眺める私の言葉に、ダダフォンのおじちゃんとサーシャベルさんは頷いた。

「そうだな。俺達と同じ様に子供がいたらと思う聖女、聖人は沢山居ただろうし、愛する男や女も居ただろう……可哀想だと思う俺は、まだ神の御心を十分に信じきれねぇのかもしれねーな」

『産むなとは言っておらぬ。我々の依代、力の代行者として研鑽を積みつつ子を成せるならば我々は何も言いはしない。だが、国王も教会の者もそれを許さなかったのだろう……』

 お兄ちゃん達は別に家庭を持つなとも、子供を産むなとも言っていない。やる事やってるなら好きにしろって思ってる。そこは訂正させて貰いたい。この世界にお兄ちゃん達の本心を理解している人は居ない様に思えるから。

「ダダフォンのおじちゃん、それは違うの」

「?」

「お兄ちゃん達は、別に家庭を持つなとは一言も言ってないんだよ」

「……だが、教会は禁止している。だからユミエールナ嬢もあんな行動に出たんじゃ無いのか?エルリン様だってそうじゃないか」

「教会が勝手にお兄ちゃん達の意思だと言ってるだけで、お仕事さえちゃんとやってくれたら文句は言わないのがお兄ちゃん達だよ。それについては天界で私が直接聞いたし。聖女さんは国王さんの弟と恋仲では無かったんだ。ただ聖女さんはフェリラーデ神が残した想いや記憶を読んで行動したにすぎないんだよ」

 フェリラーデの願い。それは世界を愛で満たす事、命を見守り癒す事、リットールナを守る事。残りわずかとなったこの世界に残した物を守る為に、契約という名の神魂を代々彼等に引き継がせて来た。そして、前聖女さんの代でその願いが結実して生まれたのがこの体だ。

「だったら!何で……」

「あなた!もう、忘れましょう?」

 良くわからないことで2人は混乱していて、私はそれを聞くべきか悩んだ。結局の所、問題があっても解決するのは2人で、私がしゃしゃり出る事じゃないから。でも……。

「何があったの?」

「聞いてくれるのか?」

「言いたくないなら別にいいよ。そんなに辛そうな顔になるなんて余程だろうし。聞いて欲しかったら聞くよ」

おじちゃんはゆっくりと視線を私に向けると、じっと見つめてきたから、私は何だか酷い事を言った様な気がした。嘘でも聞く気満々に装えば良かっただろうか。

「……俺達に子供はいない。だが、結婚して直ぐにサーシャは妊娠したんだ。だが死産した。サーシャも2度と子は望めねぇ」

 私は左隣に立つサーシャベルさんの顔を見上げた。けれど、彼女は凛とした顔で、真っ直ぐにホーリーパレスを見ている。それに比べてダダフォンのおじちゃんは苦しそうだった。

「ここはよ。俺達にとってその子を偲ぶ場所でもあるんだ」

 何故か分かる事の顛末に、私は目を閉じる。そしてそんな結果となった理由を想像した。

「神託が下る事って、そんなに幸せな事では無いと思う人が多い?」

「流石だな、想像にしても良く分かったな。まぁ、ちっこくても神様だもんな」

「ユミエールナさんは絶望してたし、夢や希望のある人にとっては死の宣告に等しいのかもなって」

「そうでも無いさ……サーシャが妊娠して直ぐに神託が下された。その子が次代の聖人となり得る素質をもっているから王室に迎え入れろとな」

 お兄ちゃん達も鬼だな。何でそんな事をしたんだか。生まれてからでも良かったじゃん。

「その時は互いにギクシャクしててよ……俺は子供がきっかけになるかもって喜んだんだよな。けど、何よりその神託に喜んでたんだ。神が俺達を見ていると言う事を実感したからな。考えもしなかったよ、選ばれた後の彼等の苦悩なんてな」

「子供が原因で別居じゃないの?」

「いや、結局俺がサーシャを想うと、全ての過去を思い出しちまってな。その1番は師匠だったよ。子供の事は……あれで良かったと思うよにしていた」

 サーシャベルさんを私は見上げた。1番に辛いのはサーシャベルさんの筈だから。

「フロリア様、人はどこまでも貪欲な生き物ですわ。名誉ある仕事を得て、その上、神託を得るなど……過分すぎる栄誉を私達は手に致しました。ですが、それ羨む者は多かったのです。その犠牲となるのは人生で一度にしてあげたかった……だから私は、あの子は自由を手にしたのだと思っているのです」

「既に腐る程の富と名声を持っててもな、まだ足りねぇって奴はごまんと居てよ、平民だった俺が登り詰めたのも気に入らなかったんだろうな。俺が遠征に出ている間にカミさんは毒を盛られちまってな……貴族以外でこんな事する奴なんざぁいねぇが、誰がしたのかまでは未だに分からず仕舞いだ。……教皇の計らいであの子はここに眠っている」

 生きていて欲しかったか?苦しみを知らずに高みへ昇った事は良かったことか?……そんな事は、口が裂けても結の神様でもあるフェリラーデさんの欠片から生まれた私が、私だけは言っちゃいけないと思った。
 聖人として人生を奪われたとしても、生きてさえいればいいじゃないか、それが親の愛じゃないのか、なんて事を他人はきっと言うだろう。けれど、聖女、聖人になったらなったで苦しむかもしれないのは当人達で、その苦しみを誰も知ろうとはしない。その苦しみが分かったからダダフォンのおじちゃん達は飲み込んだのだろうし、私をここに連れて来たんだろう。

 現実を知っておけ。そう言いたいのかもしれない。

「そうかぁ。辛かったね……でも、過去を想ってもおじちゃんとサーシャベルさんは幸せにはなれないよ。聖女になるのが運命なら、私はそれを受け入れると思う。そしてその時はおじちゃんの子に祝福をあげる。来世ではおじちゃん達の子供として生まれるようにね」

 誰も彼もを幸せには出来ない。私の思う幸せがその人の幸せとは限らないし。でも、伝わっているといいな。君はちゃんと望まれていたんだって。

「ふふんふーんあぁ~風よ吹け、遠くにいるあの人に届けて欲しい~この手に抱えた花の数だけ幸せを~あなたに~ふふ~ん、今あなたの側にぃ~私じゃない誰かがいて~あなたを愛しているなら~私は歌を贈りましょ~~」

 受験シーズンにこんな歌流行ってたなぁ。今なんとなく歌詞に同調しているよ。歌を作った人はこんな気分だったのかなぁ。

「それは……聖歌、なのか?」

「うんにゃ。私が前世で聴いてた歌。ごめんね、私音痴でさ」

「いや、泣きたくなる程……いい歌だ」

 真っ直ぐにホーリーパレスを見つめるダダフォンのおじちゃんは、涙をドバドバ流して立っていた。サーシャベルさんも皺を眉間に寄せて泣くのを堪えているみたいだった。

 優しい風が吹き抜けて、私は空を見上げた。
トールお兄ちゃん、クロウお兄ちゃん。もしもそっちにダダフォンのおじちゃんの赤ちゃんが居たら、優しくしてあげてね。きっとおじちゃんの子だから元気いっぱいで大変かもだけど。来世はちゃんとサーシャベルさんとダダフォンのおじちゃんの子にしてあげて。

『大丈夫よ。あの子は私とシュナーがちゃんと済生の地へと送ってあげたからね』

はて。何故あなたがそこに。

「お、オーフェンタールさん⁉︎」

 青くたなびく髪はまるで夜空の様で、一瞬、もうそんな時間なのかと慌てた。そして、ダダフォンのおじちゃん達を見ると、おじちゃん達も唖然としていた。
 
 笑顔も無く、冷たい印象のオーフェンタールは静かに、そして憐れむ様な眼差しをダダフォン達に向けた。

「「叡智の神、オーフェンタール神に拝謁致します!」」

跪き、2人は頭を垂れてただ地面を見ていた。私は慌ててオーフェンタールの側に駆け寄った。

「ど、どうしてここにいるの?」

『フェリラーデ様の残した願いがここにあるからよ。私はいつもここに意識を残しているわ。貴女の祈祷が私を顕現させた』

鼻歌もですか!何してもそうなるの⁉︎うぐぐぐっ!憎らしいっこの体!

 まだ力の扱い方を知らないフロリアは、感情に神力、魔力が簡単に左右される事に気付いていない。ハカナームト達の言う、心穏やかに。その意味を理解していないフロリアは、神をも振り回す存在でしかなかった。

「……知ってたの?全部」

『えぇ』

「何で助けなかったの?だって聖人候補だったんだよ」

『人の世に、我々は干渉しない』

「嘘だよ!加護とか祝福与える時点で関わりまくりじゃない」

『それは、この星で加護と祝福無くして人の繁栄はありえないからよ。それ以上に、人の子の運命を左右するような事に、我々神は大きく干渉しない。出来ない。出来るのは3神のみよ』

「過ぎた事を言っても仕方ないけど。ねぇ、教えてくれる?」

『貴女の問いかけなら何なりと』

「私が聖女になったら、幸せになれる人はどれ位いる?」

『幸せの定義は何?』

「……死なずに済む様になる?」

『この世界の老衰以外での死亡率は他の星に比べたら格段に低いわ。それでもまだ減らしたいの?』

「だって!飲み込んでも、飲み込んでも、飲み込みきれない辛さが神様の所為でこの世界にはたくさんあるよ?神託が無ければ、聖戦が無ければ、魔力が無ければ死なずに済む命はたくさんあったよ?」

あぁ、口にする事で理解するとは良く言った物だ。
国王さんはこんな想いでお兄ちゃん達との繋がりを切ろうとしていたのか。今ならその割り切れない想いが良く理解出来る。

『貴女は、もしも食事をする必要が無ければ命を奪わずに済むのに。そう考えて食を断てるかしら』

「……」

『人が息をする度にその汚染された魔力は空気に漂うわ。そしてそれを草木は取り込み浄化して枯れる。人が居なければ、その草木は枯れずに済んだのに』

「むぐぐぐっ!そーゆー事じゃないの!」

『そういう事よ。でもね、枯れた草木が土を豊かにしてまた新しい命を育むの。あの子の死が何も与えなかった訳じゃない。あの子の持っていた膨大な魔力が大地に還り、フェリラーデ様の残した加護、祝福の減少を今もなんとか食い止めている。だから貴女は生まれてこれた』

「え……」

『貴女を産む筈だったのはユミエールナ。だけど運命を辿たどるも、変えるも人の子の意思。だから貴女が生まれるのが少し遅れたけれど、それが許されるだけの時間を作ったのは間違いなくあの子だわ。縁とは、全てに繋がり一つの輪となる物。貴女はその2人に感謝すべきだわね、そして私も』

 オーフェンタールは2人の前に立つと、手を翳し神力を注いでいた。とても美しい光景なのだが、私はまたいらん事を考えた。

人の運命を左右させる事はしないんじゃないの?

『これはフェリラーデ様に代わり、私が授ける祝福です。幸いにして、フロリアの授けた加護もある。幸せなる人生を約束しましょう』

「「あ、有難き幸せにございます!」」

『それと、いい加減に大地を温めなくては聖花の種は芽吹きませんよ』

 その言葉に、ダダフォンとサーシャベルは顔を赤くしてコクコクと頷いた。フロリアは、何の意味か分からずオーフェンタールの神服の袖を掴むと見上げて聞いた。

「どーゆーいみ?足場を固めろって事?」

『……うふふ。おまーせさん!』

いや、何⁉︎おませさんって!意味わかんないんですけど。

「フロリア様!黙って!頼むから!何も、言わないでくれっ……く、下さい」

 何でしどろもどろなの。別に神様の前だからって敬語にならなくてもいいのに。ダダフォンのおじちゃんと私の仲でしょ?

『ダダフォン、サーシャベル。貴方達の痛みは私が引き受けました。ここに来る度に、苦しむ貴方達を見ている事しか出来なかった。でも、フロリアと共に来てくれたお陰で、貴方の前に姿を現せる事が出来ました……また、ここに来て、あの子の魔力に触れたくなったなら私の名を呼びなさい』

 ダダフォンとサーシャベルは地面に頭を擦り付け泣いていた。飲み込んだ物は消化されず、今もその胸に残っている。しかし、オーフェンタールが彼等を慰めた。

「わ、悪かった!父さんが悪かった!母さんを1人にしたからっ、お前を犠牲にしたっ!いつか、来世でも、そのまた来世でもいいっ、俺をお前の親父にしてくれねぇか?」

 泣きながら懇願するダダフォンさんに、私は涙が止まらなかった。サーシャベルさんも、ダダフォンさんに覆い被さる様に抱きついて泣いている。何かしたいと思うのは傲慢かもしれない、またパパさん達に迷惑をかけるかもしれない。でも、戒名の一つあってもいいじゃないかと思う。名前を授けられずに死んだ彼のためにあげたい。何か良い名前は無いものか。

「光……ライト、リヒト、グァン、ルーチェ、うーん違う」

「「?」」

 確かお兄ちゃんの葬式の時、位牌に書いてある文字についてお坊さんが言っていた言葉があったな。何だっけ……キーリク、キリク?キリーク?だったかな。極楽浄土へと導く先導者や、来世に救いを齎すとかなんだかだった気がする。

「うん、こっちの世界っぽいからキリーク!ダダフォンのおじちゃん、今更意味ないかもしれないけどさ、死んじゃった赤ちゃんを思い出した時、名前で呼んであげてよ。キリーク、なんてどうかな」

「キ……リーク?」

「うん。私の前世の世界にあった文字で神様を表すみたいな梵字っていうのがあったんだ。全部を知ってる訳でもないんだけど、私のお兄ちゃんが死んだ時、この文字の神様が導くって感じの事を教えてもらったの。キリーク、楽園に導き来世に救いを与えてくれる仏、いやまぁ神様の事だよ。多分」

「そっか、嬢ちゃん……ありがとな。キリーク、良かったな。名前貰えて」

その時、オーフェンタールは私の頭にごちんと拳を叩きつけた。
何で⁉︎

『はぁぁぁっ!貴女という子は!トルトレス様っ!どうなってますの?何でっ、何でっ!』

「へ?」

 慌てふためくオーフェンタールは「ここで待つ様に」と言い残して姿を消した。その神力の残滓が輝く場所で、フロリアはダダフォン達の横に座ると、体育座りで空を見上げている。

「へへっ……また余計な事をしたっぽいなー」










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