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第三章 魔法と神力と神聖儀式

1 それは祝福を与えること 1

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 私がパパさんの腕の中で喉を鳴らす様に抱きつき甘え倒している頃、国王さんはじっと私を見ていた。その目は私を見ている様で、その先にユミルさんを見ていたのかも知れないと思った。そして、私が今どうしてもパパさんにぎゅっと強く抱きしめて欲しい理由は、疲れからじゃ無い。

 蛇の様にとぐろを巻いて国王さんに巻きついている物があった。

 あれに人の姿は無い。きっとこの場所に残る残滓なのだろう。恐ろしい訳じゃない。ただ理解し難い程の執着で国王さんに巻き付いていて、縋る様に甘い愛を囁きながらチラチラと私を見ている気がした。

『愛しい人、貴方も大人になったのね』

『憎い貴方、何故あのままでいてくれないの』

『まだ私を想ってくれているのね』

『早く忘れて』

『私を忘れないで』

 えぇいっ!どっちなのよ。好きなの嫌いなの?忘れて欲しいの、忘れて欲しくないの?あぁ、ほんとうにイライラしてくるよ。好きなら好きとはっきりしなよ!

『お嬢ちゃん』

‼︎ あらま。話が通じちゃったよ。

『貴女には分からないわ』

そうだね。多分一生分からないかも。

『この人に会わなければ、こんなに苦しくて、甘い執念に囚われる事も無かったのに、どうしてあの時貴方をみつけてしまったのかしら』

……そんなに国王さんが好きなの?

『国王?何を言っているの?』

いや、そんな事聞かれても。あなたが今纏わりついているのはリットールナの国王さんだよ。

『嘘よ』

いや、嘘ついて何になるの。本当ですよお嬢さん。

『そんな筈ないわ、私の愛しい人は聖騎士なんだから』

知らんよそんな事。間違ってるんじゃないの?
その人の名前は?

『……なんだったかしら』

ズコッ!おいーー!愛しい人なんでしょ?

『そうね、おかしいわ』

……もう成仏したら?

『嫌よ』

だってその人の事分かんないんじゃ取り憑き様ないじゃん。

『でもこの人なの。私を愛してると言ってくれたのは』

まさかまさかのユミルさん?

『ユミル……そう、愛しいあの人は私をユミルと呼んでいた気がする』

気がするって。しっかりしてぇ?

『お嬢ちゃん、名前は?』

フロリアだよ。

『そう、フロリア。貴女には愛する人はいる?』

うん。いるよ?でも、ユミルさんの言う愛とは違うかも。

『どんな愛なのかしら?私と違う愛って』

うーん。家族愛かなぁ。

『そう、私はそんな愛しらないわ』

でも国王さんへの愛が進化したら家族愛になるんじゃない?

『家族……愛になる』

もし結婚して子供が出来たり、長い間一緒にいたら恋人みたいな愛は信頼に変わって、何があっても変わらない家族愛になるんじゃない?まぁ、それが欠けて憎しみに変わる事もあるだろうけどね。

『なら……恋人の愛のままでいい』

『忘れてほしくないのに、忘れてほしいと願うのは何故?』

さぁ?満足してないからじゃない?

『満足?何に』

だから、知らないよそんな事。はぁ……ちゃんとお別れはしたの?国王さんと。

『お別れ……』

あぁ、こりゃ言いたい事を言わずに別れたんだね。
はっ!私ってば恋愛のプロみたいじゃない?まともに恋愛した事ないけど!ふむ。聖女の第一歩としてお悩み解決から始めちゃう?

『最期に見た彼の姿は背中だけだった。私が追い払ってしまった』

ほーほー。敢えて突き放した感じね!
で、その人の特徴は?

『プラチナブロンドの輝く髪、まるで蜘蛛の糸に雨粒が煌めくようで美しくてずっと見ていられた』

プラチナブロンド。この世界腐るほどいますけど⁉︎
他は?目は何色?身長は?

『目は空の様に澄み切った青、その奥の瞳は金をまぶしたような魔力があって……アルケシュナー神の様に厳しくて冷たい優しさを持つ人、背は私より少し高い位だったかしら』

えーー。国王さんじゃないの?国王さんはプラチナブロンド……より濃い金髪で、目は青……味がかった灰色。身長は国王さん結構上背あるよね?うーん。誰だ?

『何故名前が出てこないのかしら』

もぅ良いんじゃない?国王を愛してたってことでさ。
国王さんに伝えてあげようか?言いたい事。

『何か分かるかしら』

分かるんじゃない?まぁもしかしたら盛大に誤爆して国王さんにトドメを刺すかも知れないけど。何を伝えたいの?

『……私が貴方を愛していた事を知っていたのか。それを聞きたい』

いや、知ってるだろうし、めちゃくちゃ愛されてるでしょ。その所為でお兄ちゃん達に逆恨みして世界を破壊させ様なんて馬鹿な妄想に取り憑かれてたんだから。

『彼は知らない筈よ。私がどれだけ……彼以外の誰が死んでも構わないと思う程愛していたなんて』

……病んでますねぇ、いい具合にヘドロってますねぇ!これは手を出したら泥沼必死じゃないですか。けど、それって国王さんじゃないんじゃないの?マジ誰よ。

『もっと早くに出会えていたら、そう彼は言ったけれど、私はもっと後に出会いたかった。彼が大人になって、私が彼の肩に頭を寄せられる位になってから……出会いたかった』

んん?年下なの?その人。
幾つくらい下か覚えてる?

『どう、だったかしら』

ねぇ、話変わるけど。赤ちゃんとは会えた?

『赤ちゃん』

そうだよ。貴女のお腹には赤ちゃんがいたんだよ。

『そう、彼は奇跡と言ったわ。本当に愛した人と家族を作れるなんて、彼には許されなかったと言っていたわ』

ならやっぱり国王じゃん。もーいいんじゃない?国王さんで手を打ちなよ。あんまり自分の欲求に固執しすぎると何が本当に欲しかったのか分かんなくなるよ。欲しいのは愛?それともその人そのもの?何が欲しいのかはっきりさせた方がいいよ。

『……何が欲しかったのかしら』

 愛されたい人に愛されないとそこに生まれるのは妥協で、愛が伝わらない、受け入れられないと妄執になる。どちらも愛の副産物だ。

 私はいつもただ横に立って笑いかけてくれる、前世のお兄ちゃんの愛しか知らなかった。そんな熱くも冷たくもない、形容出来ない物だけだった。でも、パパさんやトールお兄ちゃん達が沢山大好きだよって、いつも側にいるよって言ってくれて、私が居ないと駄目なんだってウザいくらい言うの。恥ずかしいけど、それがなにより嬉しくて幸せ。貴女にはそんな記憶は無いの?

『全てを捨てて側にいる。ユミルの愛があれば生きて行ける、彼はそう言ったの』

わぁお!凄いね!私も誰かに言われてみたい~なんつて!
で?で?他には?

『逃げて、待っていて欲しい。すぐに追いかけるから。そうも言われたわ』

……それは。裁判の後だね。ならやっぱり国王さんだよ。
国王さんは貴女を本当に愛していたし、今だって愛しているんだよ。

『名前はなんと言ったかしら』

んー。ちょっと待ってて。聞いてみる。


 私はガバリとパパさんの腕の中から顔を上げると、トールお兄ちゃん達の足元で跪く国王さんの元に駆け寄った。

「フロー?何処に行くのですか!待ってください!」

たたたたっ。
とんとん。

「え?んん?あの、ハカナームト神様……愛し子様が」

『何だフロリア。どうした』

「ねー、国王さん。お名前なんて言うの?」

「え?んん?ど、どうしました。急に」

「お名前教えてくださいな」

「私のですか?」

「そーですっ!」

「私はリットールナ国王、ヒルト•レイスターク•ヴォード•リットールナと申します」

「ひると れいすたーく ぼーど リットールナ!ひると れい、れいすたーく ぼーど。ひると れいすたーく」

『何だ、何をしておるのだフロリア!』

「黙ってて!1文字ずつ抜けちゃう!」

 ハカナームトとヒルトは顔を見合わせたが、よく分からないとぶつぶつ名前を呟くフロリアの背中を見つめた。

むむんっ!難しい!
ユミルさん、えとねー、ひると、れいす……れいすたーく、ぼーどリットールナだって!

『ヒルト』

 その3文字でいいんかい!文字溢れるの必死に我慢したのに!

『ヒルト』

覚えてる?


 ホールの真ん中でフロリアは天を見上げていて、ハカナームトはそれを見ると側に近付いた。

『フロリア、よさぬか』

「ん?何で?」

『この残滓は良き物では無い』

「悪くもなさそうだよ?」

『妄執は悪しき物を呼び寄せる』

「なら早めに解決して成仏してもらわないとねー!ナムナムして成仏してくれるならいいけど。お話できるなら聞いてあげて解決してあげよ!」

『はぁぁ。おい、ヒルトよ、こちらへ来るのだ』

 ヒルトは側仕えに手を取られ立ち上がるとハカナームトの側に立った。良く良く見てみると、その姿は何処となくアルバートを彷彿させた。

「ん?似てるかも。確か遠い親戚って言ってたよね」

「ハカナームト神様、如何なさったのでしょうか」

『フロリアが今より祝福を行う。其方の記憶を貸せ』

え?私が祝福するの?

「は?私の記憶にございますか?」

『そうだ。目を閉じよ』

言われるがまま、ヒルトは目を瞑る。そしてハカナームトはフロリアを抱き上げその腕を取り、ヒルトの額に手を当てさせた。


 謁見の間に訪れたその少女は、歳の割に聡明さを形にした様な目をしていた。コバルトブルーの瞳に、プラチナブロンドの豊かな髪。花弁の様な唇の口角はきゅっと上がっている。緊張しているのか?総じて美しいと言えるそのかんばせに、年甲斐もなく私の心が揺れるのを感じた。

 長い年月を経て、彼女が文武官僚試験に現れた時、私はその会場に居てあの時の少女だと直ぐに分かった。彼女もまた、私を見てあの時のことを思い出したのだろうか?その花を思わせるかんばせを綻ばせた。

 皇女の女太傅となったユミエールナはとても聡明で、時に私の悩む政策にアドバイスをくれた。彼女とならば、国内のみならず世界と調和を以て国を発展させられるのではと思った。

「陛下、世界は美しく、悲しい物ですね」

「どうした。君らしくも無い事を言うな」

「欲しい物を手にすれば崩れ去るものがあるとして、陛下でしたらそれを手になさいますか?それともただ見つめて慈しみますか?」

 彼女の言葉に、これは私の欲望を見透かしての言葉なのだろうと思った。手折たおるべき花では無いと分かっていた。だが、手折らねば散るのみの花。気付けば私は彼女を抱きしめていた。

「君は崩れ去る程弱いか?」

「そうであったなら良かったのに」

 親子程も歳の違う私の心はただ彼女に向いていて、浅ましい欲望だと、色狂いだと言われるであろう事も分かっていた。しかし、触れてはならぬ物が、私を求めていたのを知り、どうして追いかけずにいられようか。

「私の心を知っていたのか」

「いえ……」

「いつから私が君の心に住んでいた」

「もう、ずっと前からでしょうか」

 嬉しいと心が叫ぶ。国の為に全てを投げ打ってきた。言いたい事も、成したい事も全てを教会に、騎士達に、神に否定されて来た。何一つ望む物を手にしていないこの手に、初めて咲いた満願まんがんの花。君の笑顔が私の癒しとなった。

 執務室で君が手を貸してくれる。すると何故か物事がスムーズに進む。話を聞く耳すら持たなかったリヒャルテですら、ユミルの助言を受け草案された物は必ず許可を出した。彼女は私の女神となった。この子こそが、フェリラーデの化身なのだと思った。

「陛下、私は半年後には教会へ入らねばなりません」

 神託があった事は知っていた。彼女から言い出すのを待っていたが、何も言わなかったから、側妃となる事を了承してくれたと思っていた。

「だから言っているじゃ無いか。後宮に入れ」

「嫌です!寵を分け合うなど……出来るはず無いではありませんか」

 何処までも愛しくて、全てを叶えたいと思う。だが、現実がそれを許しはしない事も分かっていた。

「王妃と上手くはやって行けぬか?」

「……既に目の敵にされていますのに、宮に入れば何をされるか分かった物ではありませんわ」

「ユミル。愛しているのは君だけだ。他のどの妃も愛した事など無かったのに、君が私を男にした」

 波立つシーツに揺れる髪をユミルはただじっと見つめていた。

「ちょーーーっ!ストップ!ストップ!国王さん、その記憶スキップ!子供には刺激が強いから!」

ハッとして、ヒルトは目元を手で覆い何をさせられたのか分からないといった顔でフロリアを見た。

「私は……何を?」

『こら!フロリア、記憶を 復習さらわねばこの者は拗れたままだぞ。えぇい、たかが人の子の同衾如きに騒ぎ立てるで無い!』

「はぁ⁉︎」

素っ頓狂な声がでちゃったよ!ちょっと、神様にはただの繁殖行動でも私には刺激が強いの‼︎

 オロオロとして、私を心配そうに見つめるパパさんに手を振った。するとパパさんは側に行っても良いかと聞いた。

「うん!お兄ちゃん、パパに抱っこしてもらう」

『何故だ。私では不満なのか?なんだ、やはりここに其方を置いてはおけぬな。直ぐに我らを忘れて近き者に心を寄せる』

はいはい、大好き大好き。お兄ちゃんが世界で一番大好きよ!
これで良い?

『雑なのではないか?』

ちっ。

「むちゅーーーっスポンっ」

『‼︎』

「フローの特別サービス!お兄ちゃんだけね!」

『フロリア!トルトレスだけだなんてズルいではないか!我は最近ずっと此奴の中なのだぞ⁉︎』

「め、面倒ぉー……なんてことわぁ無いよ~?」

『其方‼︎』

「ごめんってば。クロウお兄ちゃんにはおでこにちゅーーっ!アーンドほっぺにちゅーー!」

これでご満足頂けないだろうか?

『仕方の無い子だ。盾よ、フロリアを支えよ』

 許可が出て、慌ててハリィはフロリアに駆け寄った。さっと慣れた手つきでフロリアの脇に手を差し込み、お尻を腕に乗せるとゆらゆら揺らす。寝かしつけの癖からなのか、ハリィはフロリアを抱き上げると無意識に体を揺らしていた。

「ハリィ、其方……パパとはどう言う事だ」

ヒルトの言葉に、ハリィとフロリアはドキリとした。正直に言ってしまおうか、そう口を開いた時だった。

『余計な詮索はまだ早い。消去イレース

パチンとシャボン玉が弾けた様な魔力の破裂にヒルトは一瞬目を閉じる。そしてふらりと揺れると目を開けた。

「私は一体」

『続けるぞ。ヒルト、其方が最も忘れたい記憶を思い出すのだ』

 忘れたい記憶。それは当然ユミルを見つけた時と、刑の執行が行われた日だ。あの日、家に近衛を先触に向かわせると部屋の扉が開いていた。そしてそこには警護騎士2名の遺体と、髪を引きちぎられ血まみれのユミルが倒れていた。子は流れ、毒薬でユミルは2度と子を望めぬ身体にされていた。教会に運ばれた彼女を見て、私は半狂乱になったが今はまだその時では無い。犯人を捕まえなくてはと理性を保った。

 彼女を抱きしめたかった。だが、抱きしめれば体がボロボロに崩れ去りそうで、ただ壁に寄り掛かりその姿を見つめる事しか出来なかった。どんなに醜くなっても構わない。目や鼻が潰れ、歯がなくまともとに話せずとも生きてさえいてくれたならそれで構わなかった。なのに、非情にもユミルは極刑を言い渡された。

 教会への不信任、教会法の歪曲、勅旨、勅令の黙殺を以って反意と取ると警告を出したが、悉く拒否を認める旨の神託が下ったと返ってきた。しかもユミルを襲う指示を出したのは王妃だと言う。何を呪えば良い?フェルダーン家か、教会か?王妃か。何よりも神を恨まずして何を恨めば良い!

 最期は私の腕の中で逝かせたかった。抱きしめた腕の中で魔力を奪われて次第に意識を失うユミルから私は決して目を離さなかった。

「私のアルケシュナーはどこ……迎えにきて。痛……い、痛い!痛い!助けて‼︎」

「ユミル、愛している、愛している!先に行って待っていろ、私の帰りを待っていろ。ユミル、ユミル、苦しいなぁ、痛いなぁ!分かるぞ、ユミルの痛みは私の痛みだ!すまぬ、すまぬ。王なのにっ、王なのに!ユミルーーー!」

私の心は散り散りになり、夜も眠れずあの家へと向かう。
ベッタリと残る血の跡に私は覆い被さり泣いた。
ユミルを、愛する我が子を今も探してしまう。




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