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第二章 盾と剣

17 それは心を見ること

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 いつ、どのタイミングで神眼が使える様になったのかは分からない。けれど、聖戦の行われる予定だった山の中で、初めて会った王子を見た時に私の頭の中に響いた声があった。

 何故私を無視する!私を見ろ!何故誰も私を見ない。

 最初は無視しようと思った。
 だって、こんな承認欲求の塊みたいな人を相手にしていたら、某ゲームのビンボー神の様にずっと付き纏われそうだと思ったから。
 だけど、人の心の声はオブラートには包まれていなくて、まるで刃こぼれした包丁で無理やり肉を切る様に、痛々しく心が引きちぎられている様だった。

 面倒で煩いなと思いつつ、そんなに見て欲しいなら見てあげる。そう思ったら突然見えた。その姿は紛れもない皇太子だったけど、国王になっているのか、玉座に座っていた。次第にその映像の王子は仮面が剥がれ暗君となっていた。市井では国民が口々に言う。

『早くサリューン皇太子が国王になれば良い』

 そして王宮で働く人達はいつも王子に呆れていた。それでも、王子は頭を掻きながら、時に悔し涙を浮かべつつ机に向かっていて、苦悩しているのが見てとれた。そんな映像の中で、王子が言った言葉に私は目を瞑る。

『国王の為に国民は、貴族はいるんだろうが!神とて王族なくば存在すら出来ぬのだ!私に感謝すべきではないのか?』

『誰でも良かったのだ!父上も、私などを皇太子にしたくは無かったのだろうなっ……あんなフェルダーン家の女に入れ込んで!本当はその子を皇太子か皇太女にしたかったのだろう!』

『私とて、父上の子ではないかっ……私では何故駄目なのだ』

 アルバートさんの家名が出てきて、私はドクンと胸が跳ね上がる。けれど、何も聞いていない話に首を突っ込んでまた怒られるのは嫌だと思って聞き流していた。それ以上に、私は頭に血が上った王子のその言葉の数々に胸が痛んだ。それから時を置かずして彼は裁判にかけられていた。救いようの無いアホだなって思ったけど、目を開ければそこにはまだ若く、パパさんとそう年の変わらない若者がこちらを見ていた。

『其方……私の妹か?』

 そんな馬鹿な。何言ってんだ。いや、血のつながりは無いけれど、経緯的には王弟の娘な訳で、あながち間違ってはいないと思いつつ彼を見る。私を見る彼の目は、まだ汚れていない。

 あぁ、この人は新人だ。社会人一年目の新人、そう感じた。
 社会に夢と希望をまだ持っていて、先輩を小馬鹿にしつつ若い自分が変えるのだ、変えられると空回りしている若者の目だ。でも、その背を押すのは灰色の虚無。でも、まだ王子は染まってない、大丈夫だと思った。

『王子、王子は大丈夫な人だよ?加護が無くてもちゃんと王様やれるから』

 これは賭けだ。もしも私の見ている物が未来だったとして、変えられる事が出来るのか。それを知りたかった。

『どっちが先に皆んなに認めてもらえる王様に、聖女になれるか競走ね!頑張ろ』

 彼も私も変わらないといけないと思った。パパさんの為に、アルバートさんを怒らせない為に……そしてこの世界に受け入れてもらう為に。

 結局、訳も分からぬ内に友達になっちゃって。まぁ、彼があんな言葉一つで気持ちが前向きになったなら、私のくせに意外と良いことをしたんじゃ?なんて思った。

 それから、アルバートさんには怒られ、パパさんと喧嘩するわで泣き面に蜂だったんだけど、何故か王子や国王さん達だけはその感情や過去が見える様になった。神と王族の契約のせいかもしれない。私はまだ上神してないけれど、この体はフェリラーデさんの欠片から出来ているからだろう。とてもはっきり見えてしまう。




 皇太子と会ってから、私は神眼を使っている様だった。
 別に未来や過去、心の声を聞きたいなんて思って無かったけれど、急に脳内に溢れるその情報を拒否する方法が分からなかった。あぁ、きっとお兄ちゃん達のプライバシーの侵害行為はこんな感じなのかと思うと、後でタコ殴りしようと決めた。

 そんな状態の私は、国家権力の化身とも言えるこの人達と渡り合うには丁度良いと思った。パパさんとの平和な日常を得る為に、私が誰の子でも無い事、いつかは聖女としてのお仕事はするけど国にも教会にも属するつもりは無い事を分かってもらわなくては。そしてタイミングがあって、怒られる雰囲気で無ければ、聖戦について謝罪をしよう。

 だがしかし、国王さんの心の中が想像以上に神々への恨みに染まっていて、見えたのは国王さんがハカナームト神像を真っ黒く塗りつぶし、罵詈雑言を浴びせながらよじ登り高らかに笑う姿だった。
 よくもまぁこんな状態でお兄ちゃん達に怒られないなと思うよ。いや、お兄ちゃん達は気付いているし、分かってもいる筈。でも何も言わ無い。きっと、自分達を恨んでいるからと言って罰しようなんて思っていないんだ。この世界は神と人が持ちつ持たれつで、その上で互いに色々な制約を以て共存している。神罰はそれを理解していない者への警告。ただそれだけなんだろう。

 私が国王さんに対して口にした言葉は、それが事実なのか、それとも単に彼が描いた妄想の姿なのか分からず、純粋な疑問として聞いた事だった。

「本当は、陛下がハカナームト神になり代りたいのではないですか?」

 国王さんは驚きつつもまだ私を探っていて、神になどなりたいなどと思うわけがないだろうと心の声は言っている。

「……まるで私に二心ある様な言い方ではありませんか」

 二心では無い。この人は本当に神々との決別を望んでいて、もし自分がハカナームト神だったならと悔しむ気持ちが強い。

「あの、陛下が神になりたいと思っているとは思わないんですが、国王としての言葉をいちいち教会や神に精査されるのが嫌って言うか……何故国王なのにと思ってますよね?」

「えぇ、それについては否定しません。愛し子様はそうは思いませんか?何の為の王なのかと疑問に思いませんか?ここまでお伺いを立てる必要があるのならばハカナームト神様が王の座に着くと良いのではと思ってしまうのです」

「んー。そこは私には分からないので答えられないのですが、そう思う理由が不純というか、私情というか」

「不純?私情?」

 私は国王さんに聞こえるかどうかの声で問いかけた。

「ユミルさんって誰ですか?」

「何故……それを」

「だって、その人を奥さんにできなかった事や、彼女が裁判で処刑されちゃった事で馬鹿馬鹿しくなったって言いましたよね?……あぁ、彼女はとても優秀な人だったんですね。陛下の側近?いや、いつも隣で意見を言ってますね。官僚みたいな人なんでしょうか。それに、彼女が居た時は隣国とも上手く付き合えていたのに、彼女が亡くなってから……上手くいかなくなった」

 フロリアは過去を見ているのか、その瞳の色が空色から宇宙の様な濃紺色に変わっていて、その姿は何かに取り憑かれているかの様に無表情のまま、つらつらとヒルトの過去を口にする。

 あぁ。なんだかんだと言いながら、単純にこの女性を物に出来なかった事からの反発なんだ。愚かしい。奥さんが何人も居るのに、まだ女性が必要なのかしら。あり得ない、そんな腹いせの様な感情でトールお兄ちゃん達を蔑ろにしようとしているなんて。それに、アルバートさん達を処刑の恐怖に晒したのは許さないんだから。そう私は思ったけれど、目の前に映し出された光景に絶句する。

 何処かの家でカウチに座る彼女は妊娠しているようだった。次第に大きくなるお腹、愛おしそうにそのお腹を撫でる国王さんとユミルさん。今の国王さんとは思えない程、優しくて大好きが溢れている笑顔。けれど、映像が変わり次に見えたのはユミルさんが無理やり薬を飲まされている所だった。

「あっ!だめっ!逃げてっ!」

『フロリア?どうした。大丈夫か?』

「国王さんっ!お仕事してる場合じゃない!ユミルさんがお薬飲まされてるっ!お腹蹴られてる!お兄ちゃん助けてっ赤ちゃん死んじゃうよっ」

『フロリアっ!』

 まるで映画を見ている様だった。
 家を襲ったのはスラムに住んでいる様な人達で、彼女を引っ張り回して暴行している。
 貴族風の男の人が家の外からその光景を見ているけれど助けないし、誰もその家には来ない。名前無き者の罪、その言葉が頭をよぎった。そして彼女は瀕死の状態で見つかって、命は取り留めた様だったけれど、国王さんの助けも虚しく捕まり裁判を受けていた。

 — 罪状、王族への不敬罪。姦通罪。教会不認知の婚姻による妊娠、神への冒涜罪。一審、後宮の主、王妃より下された王立法後宮裁定はアルケシュナーの断罪(死刑)、二審、本教会裁判は一審の判決を支持する物とする。

 「あ……嘘、何で誰も助けないの?彼女何も悪い事してないじゃない!罰を受けるなら彼女に手を付けた国王さんでしょ!あぁっ、馬鹿っ!何やってんの?逃すなら空でしょっ、何で騎獣使わないの。あぁっ!ほらぁ、捕まっちゃうよ!馬車とか誰が選んだの?バカじゃん」

 判決後、国王さんはユミルさんを馬車に乗せ逃がそうとしていた。けど直ぐに騎士達が追いかけて来た。そこにはダダフォンのおじちゃんに、アルバートさんやパパもいた。アルバートさんとパパさんは馬の速度を落としてゆっくり隊から離れて行く。知り合いだったのかな?辛そうだ。捕まった彼女は抵抗もせずただ笑っていた。

 こんな事、お兄ちゃん達が許す筈なんてない。絶対にこんな理由で人の命を奪ったりしない!そうだよね?トールお兄ちゃん、クロウお兄ちゃん。そして静かに陽が落ちる様に全ては真っ黒になって行った。



 優先的に考えるべき事がわからなくなった。仕事なら、納期やクライアントで分ける事が出来るけど、感情を優先すべきか、足場固めを優先すべきかわからない。足場を固めるには国王さんに認めて貰う必要があるけれど、彼の感情の絡みを解かなくては神々と王家の距離は開くばかりだ。あぁ、分からない。どの一手を打てば正解なのアルバートさん。

『聖、まだ解けん問題に悩みようとや。飛ばして次の問題ばせんや、分かるところから一つずつクリアせんといつまでも頭んなかグチャっとるままたいね。一回リセットのつもりで別の問題に進み』

 前世のお兄ちゃんの声が聞こえた。そう、溢れる感情に振り回されて思いつくままに行動したらだめ。それに私の存在理由なんていつでも説明出来る。今ここで無くても良い。優先すべきは王家と信仰をつなぎ直すことだ。

「愛し子様っ!それは不躾と言うものだ!」

 ハッとして、フロリアはヒルトを見た。その目は怒りと悲しみに歪んでいて、ハカナームトに肩を掴まれた彼女は呆然としていた。

「分かりました。貴女様が神の子であることは……よく分かった。前聖女の子ではないのですね」

「……はい」

「もう、審問どころではありませんね。閉会致しましょう」

「待って、まだ何も解決してません!」

「解決?」

ヒルトはこれ以上過去を蒸し返されてたまる物か、そんな腑の煮え繰り返った様な顔をしているが、神に暇乞いの礼をしようとする者達に手を上げ止めた。

 もう誤解してほしく無いし、神に助けを求めて欲しい。お兄ちゃん達なら絶対寄り添ってくれる筈。

「陛下が魔力を無くしたい理由や、信仰を失ったのは神の所為でもましてや聖女の所為でも無いですよね?それだけははっきりさせたいのです!じゃ無いと陛下の間違った感情で国が滅んでしまいます!それに、みんな勘違いしてますよっ、神はそんなに細かく人間を管理したいとは思ってません。人間の世界を人間が回しても怒ったりしない!ただ、世界は魔力で生かされている……魔力を無くすなんて天地が逆さになっても無理です。だって、星は神魂で出来ているから、それを分かって欲しいんです!」

「ハカナームト神は……人間の自由意思をお許しになるのですか」

『我等が教会の戒律や規定を定めた事はない。人が己を律する為に作った物に従う義理があると思うのか?契約の多くは其方ら人の子に、我等が側に在ると、守っておるのだと知ってもらう為だ。不要ならば破棄すれば良い』

「……ですが」

『何故腹を割らぬ』

「え?」

『神を前に偽りなく誠の心で願う。それは契約など無くとも当然の心構えであろう。何故欺こうとする?何故我等が人の子に加護を与え、祝福すると思うのだ』

「……」

『命を愛する故だ。時に罰し、戒めるは親の愛ではないのか?神罰を恐れ命を穢す位ならば信仰など要らぬ。其方らは何故我等を信仰する』

「神に……祈りました。ユミルを助け賜えと」

『人の作った理りに我等は手出しせぬが、時に運命に必要な犠牲もある。あの人の子の過ちは其方を受け入れた事だ』

「私が、私が悪いというのですか」

『あの者は教会に入る予定であったろう?教会に入れば聖女となる運命であった。しかし、それを其方が狂わせた。それ故に聖女となる筈でない者が聖女となり、フェリラーデの神力に耐えれぬ器で耐え抜いた。力も枯渇し其方らに疎んじられ逃げるしかフロリアを守れなかったのだ。もしも、ユミルが聖女であったなら……正しき結で其方と縁付きフロリアは其方の娘として生まれただろう。そして……いや、これは言っても仕方なき事だな』

「私の……娘?」

 ヒルトはフロリアを見つめる。今はもう瞳は乳白色に七色の光を讃えるいつもの瞳に戻っていて、それを見たヒルトは愕然とした。

「ウォーター…オパールの瞳?」

『其方らは勝手に解釈しておるが、王族故にこの瞳が生まれるのではない。世界が歪む時、それを正せる可能性と境遇に属する者がこの目を持つ事を許されるのだ。本来ならば其方がフロリアを導き、正しきを教えていただろう』

「今からでも……間に合いますでしょうか」

『もう遅い。フロリアは己の盾とつるぎを既に決めた』

「誰を選んだのです。愛し子様」

 うっ、犬耳!垂れてる……パパさんと王族の繋がりは切りたいのに。これじゃより強くなりそうで嫌だな。

「言いたく……ない」

「何故で」

『フロリア、言って良い。こうなれば其方の為に我等ハカナームトが最期までえにしを整えよう』

 それ本当かなぁ?結構ザルじゃんお兄ちゃん達。ちゃんと家族にしてくれるんだよね?信じていいの?

『なんだ。何を疑っておる』

「はぁ……盾は、ハリィさんです」

「ハリィ?ハリィ•トルソンの事ですか?」

「はい。そのハリィさんです」

 目に見えて嬉しそうにするね。悪いけど、間違ってもおじいちゃんとか、叔父さんとかって呼ばないからね。

「して、つるぎとは」

 これ、私認めてないんだけど!勝手に決まってたし、何よりアルバートさん嫌がってるよね?これ言えないわー。お家に戻ったらめちゃくちゃ怒られるパターンじゃない?

 私が黙っていると、お兄ちゃん達がつま先で私の背中をツンと突いてくる。言えない、アルバートさんの怒りが予想出来て言えないんだけどっ!

「陛下、私でございます」

 皆が振り返る。そこには手枷足枷をしたアルバートが跪き頭を垂れていた。

「アルバートさん?」

 私はアルバートさんの元に駆け寄った。
嫌々だったとしても、嬉しかった。

「いいの?嫌なんでしょ……ごめんなさい」

「いや、嫌だなんて思ってないさ」

「嘘だよ」

「本当に、嫌だなんて思ってない」

「絶対嘘だよ!私の事……面倒くさいって思ってるだろうし……これ以上迷惑かけたく無いよ」

 初めて見る優しい笑みに、私は泣きそうになった。もしかしたら、これは諦めの笑顔なのでは?お兄ちゃん達や国王さんの手前、逃げられないと飲み込んだんじゃないだろうかと思った。

「お前は突拍子も無いし、目先の事ばかりに飛びついて大局が見れないし。それに空気読もめない。あぁ、あと生意気だし、反抗してくるし、俺の家の者を勝手に味方にするしな。俺の頭が痛く無い日は無い。だが、これからを思うといつもすまなく思っていた。だから、俺もお前が聖女となる日まで守ってやる、もう何も心配するな」

「いい……の?」

「あぁ。諦めたよ」

 その一言!折角良い雰囲気だったのに!

「はっ、お前の心内など全部聞こえていたからな」

「それもうやめてよ……ねぇ、私アルバートさんのお嫁さんになる人に沢山祝福する」

「いや、俺は……良いんだ。気にしなくて良いんだそんな事」

 何を諦めてるの?アルバートさんは黙ってたらイケメンだし、面倒見も良い方だよ?女の人が放って置かない筈!諦めないで!

「馬鹿もん、そんな意味では無い」

 私はアルバートさんの横に並ぶパパさんを見上げ抱きついた。

「アルバートさん。ありがと、ありがと……パパ、アルバートさんつるぎになってくれるって」

「えぇ、でも。ずっと前から師団長は貴女のつるぎでしたよ」




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