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第二章 盾と剣

15 それは国家権力に立ち向かうこと

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「「は?」」

 何故そんな事を。とでも思っているのか、いないのか。三人の男達は、寝ぼけた顔のままなのに、威圧する様な雰囲気を纏ったフロリアに驚いていた。
 アルバートは息を呑む。いつもヘラヘラとした笑みで大人達に拒絶されぬ様に甘え媚び諂うその姿。まるで雨に濡れた野良猫が温もりを求め、行き交う人間の足元をちょろちょろと擦り寄ってくるさまのようでいつも不快であったのに、いつかの馬車で見た大人の顔をフロリアがしていた。

「会える訳ねぇだろ」

 そう、会える筈など無かった。審問会に呼ばれているのはあの状況を許した大人達であり、その監督を任されている最高責任者ロヴィーナ•ラヴェントリンと部下3名のみだった。 本来ならば、その3名は拘束されて審問会へ向かわなくてはならない。しかし、状況把握がフロリア無しでは出来ぬとロヴィーナが判断した為に、拘束はされずに呼び出されていた。

「え⁉︎この後国王さん達に会いに行くんじゃ無いの?」

「そうだがよ、嬢ちゃんは留守番だ。まぁ、永遠の留守番になるかもしれねぇけどな」

 笑えない。全く笑えない冗談だよ!原因である私が呼ばれないなんて事ある?何なら全ての責任は私だよね。説明すらさせて貰えないの?

「何でダメなの?それって最初から話しを聞くつもりが無いって事じゃ無いの」

「そうだ。既に罪は決まってるんだよ」

「どう言う……事」

 私がそこまで聞くと、閣下は机から離れて私の前に立った。怒りと憎しみに満ちた、まるでホラー映画に出てくるピエロの様な顔でニッと笑って私に顔を近付けた。

「いいか、この世界は神の箱庭なんだ。許される事、許されざる事の全てが戒律に、教会規定に記されているんだ。それに反した言動あらば、理由は何であれ罪なのさ。だから、表面上であっても騎士には鋼の忠誠心と己を律する強さが必要なんだ。この3名はその中で抜きん出て優秀だったよ。お前が来るまではね」

 自分の所為だと責める気持ちと、そんなのに従う彼等は本当の姿じゃ無いと否定したい気持ちが混ざって、何を言えば良いのだろう。
 それにそんな事、トールお兄ちゃん、クロウお兄ちゃんは望んでない。勝手に自分達でルール作ってそれを神の意思だって言いながら使ってるとしか思えないよ。

「関係ないね!だって私は人間じゃないし、この国に属しても無い。勝手にお兄ちゃん達の意思を曲げているなら妹の私が許さないんだから!」

「威勢がいいじゃないか」

「お兄ちゃんは言ったよ。この世界を好きにして良いって。国王さんの事めっちゃ怒ってて魔神に蹂躙させるっていってたんだからね!言っておくけどそれを止めたの私だから!私のお願い聞いてくれないならお兄ちゃんに頼んでリットールナを無くしちゃう事だって出来るんだから!」

 ここまできたら単なる我儘な子供だ。でも、今の私に出来る事は神の威光を笠に我儘を貫くという事だけ。この世界を知らない、パパさん達の常識も分からない。だけど、受けるべき罰を受ける必要のない人が受けるのは間違ってるよ。

「そうかい、だが陛下に会って何をするつもりだい」

「国王さんと教会の人次第だよ」

「もしもお嬢ちゃんに厳罰を科すと言ったらどうする」

「それでパパ達の罰がチャラになるならいいよ。どうせ死んだら、」

 死んだら。行き先も仕事も、新しい名前も決まってる。そしてパパさんと永遠のさようならをするだけ。そう、辛いのは一瞬で苦しいのは永遠。でもきっと満足できる筈だ。

「天上界で上神するだけだもん。面倒くさいけどフェリラーデとしてお仕事するの」

「……あんたは死ぬのが怖くないのかい?」

「どうなるかが分かってて怖い訳ないじゃん。絆創膏剥がすのと一緒だし」

 そう。痛いのも怖いのも一瞬。そう決まったなら一気に剥がせば良い。

「フロリア•トルソン‼︎」

 それまで黙っていたハリィが急に大声を出して、フロリアを床に下ろすとバチンと頬を思い切り叩いた。フロリアは驚き呆然とハリィを見上げているが、その目は何が起こったのかが分からないと言っている。そして、驚いたのはフロリアだけでは無かった。

「ハリィ副師団長!子供に手を上げるとはどう言う了見だっ!お前が養子にと望む子じゃないのかい!」

「黙っていて下さい!我が家の問題だっ‼︎」

 頬を叩かれた衝撃で、フロリアはカタカタと足を震わせ頬を手で覆った。何が起きたのか、何故叩かれたのかまだフロリアは理解出来ていない。

「痛いですか」

「……ひっく」

 急に出たしゃっくりに、フロリアは慌てて口元を指で隠したが止まらない。次第に涙腺が緩むのが分かってロヴィーナの背に隠れようと駆け出した。しかし、首元をハリィに捕まれてバタバタと暴れ出した。

「ひっく、ひっく」

「痛いですか」

 コクコクと頷く頭。ハリィは肩を掴みくるりと体を回すと向き合った。その真っ白で柔らかな頬に赤く指の跡が付いていた。ハリィはその跡を苦悶の表情で見つめながら、酷く落胆した声で言った。

「貴女のその痛みなど、私の心の痛みに比べれば何と言う事もありませんよフロリア。貴女は私の心に何度も刃を突き立てた!この痛みがわかりますか⁉︎」

 どうしてパパさんが苦しむの。苦しいのは私じゃない。何をやっても迷惑を掛けてしまう。力も使えない、甘える事しか出来ないお荷物なんて、皆んなの為に罰を受ける事以外に役立つ場面があるの?さっきまでは力を使える様になって皆んなを、パパさんを守るんだって思ってた。でも、その機会さえ貰えないなら……暴れるしかないじゃない。

「パパだって、パパだって!」

「私がなんですか?私が貴女を傷付けましたか?」

「~~っ‼︎」

「言いなさい。私が何ですか」

「私は子供じゃない!戦える!持ってるもの全部使って守れるの!パパを守れる!」

 バチンッ‼︎

「そうやって親に向かって!言葉の刃を何度突き立てれば気が済むんだ!」

「ぶった。2度もぶった!」

「物覚えの悪い子には体で覚えて貰うしか無いんです。覚えなさい!……子供を盾にして守られる親が何処にいますか!貴女を守る為に私が居るのだと、何故分からない」

「だって……パパこそ分かってないよ。パパに何かあったら私1人なんだよ?何にも皆んな教えてくれない。パパがこのまま死ぬかも、痛い事されるかもって思いながらどう生きて行けばいいの?このおばあちゃまと暮らすの?嘘でしょっ。そんな事になったら魔神に殺してもらってお兄ちゃん達の所に帰る方がマシだよっ!パパこそ何でそれが分からないのっ」

 ふーふーと威嚇する猫の様に、フロリアはハリィを睨み息を荒げ、ポロポロと涙を流す。ハリィはその姿に今すぐ抱き締めて沢山キスをしたいと思ったが、ぐっと拳を握る。

「それでも、フロリアを生かす為に死ねと言われれば死ぬのが私の役割だ。親として私は悲しい、我が子が自分を守る為に死ぬのも厭わないなんて。そんな事を言うなんて……私にだって、いざとなれば貴女と共に逃げる事位出来ますよ。そんなに私が信用出来ませんか?」

「どうやって?」

「今すぐここから2人で遠くに逃げましょうか」

「逃げたら、アルバートさんとダダフォンのおじちゃんどうなるの?」

「まぁ、罪の重ね掛けで極刑でしょうね。ですが、私は貴女を選んだ、その事に後悔はありません。後日2人を手厚く葬りましょう、御供えも沢山すれば2人も許してくれます」

「「許すか‼︎」」

 ハリィはフロリアを抱き寄せ、その細い肩に額を預け懇願する。その微かに震える手は冷たく冷え切っていた。

「フロー、簡単に死ぬとか死んだら……なんて事は言わないで下さい。その度に私は自分の身が引き裂かれる思いなのです」

「ならパパも素直に命令聞いたりしないで……戒律とか下らない物に従わないで。お願い、もう言わないから、パパも言わせないで……ごめんねパパ。まだ痛い?」

「えぇ、この痛みは簡単には引かないでしょう。でも貴女が側にいると約束するなら、きっとすぐに癒えます。貴女も頬、痛いですか?」

「痛くないよ。うん、もう痛くない」

 貪欲な私達。求めても満たされない焦燥感がきっとパパさんと私にはあって、あ互いの存在だけじゃ満たされない事も……分かってた。何かに縛り付けられでもしない限りこの飢餓感は癒えない。
 満たされたいのに、満たしたくない。そんな相反する感情がフロリアの中でムクムクと膨らんでいた。

「もういいかい。馬鹿共」

 結局、私はそれでも駄々を捏ねまくった。聖琰せいえんを呼び出し閣下を煽るだけ煽り国王さんに突き出したいなら突き出せと言った。そうしたら、閣下はうんざりして「好きにしな。もう私は知らないよ」そう言ってパパさん達を拘束する為に警備の人を呼んだ。

 私は魔法を使えなくする為の手錠を掛けられたパパさんの指を握って後に着いて行く。審問会の会場までの道を歩くその間、私はこれからどうするか、国王さん達に何を言うべきなのかなど、必要な事が何も考えられなかった。ただ、温かい指を離さない。それだけだった。

「パパ」

「はい。何ですかフロー?」

「私、フロリア•トルソンって言って良いのかな」

「ずっと、貴女はフロリア•トルソンでした。これからもずっとそうです……他の家名など言わせたくありません」

「……トルソン。フロリア•トルソン……トルソン、トルソンか」

 もし、どうにもならなくて死ぬ事になったとして。私のお墓には家名は付くのだろうか?付かないだろうな。閣下はあんなだしね。でも、もしかしたらカナムさん辺りが気を利かせて付けてくれるかもしれない。

フロリア•トルソン

 その名が刻まれた墓石を想像した。でも、何故か日本の墓石にカタカナで刻まれた姿を想像してしまい、その文字に私は笑ってしまう。ふふっ、せめて当て字で漢字にしてよ。

風呂理亜•取村

 くくくっ、何よ風呂って。相変わらず私の現実逃避は健在だ。このまま歩いていたいな。






 審問会は王城と王宮の間に建つ裁判所兼、王家専用の教会で行われる様で、私は初めて入城した。其処は真っ白な建物でパンテオン神殿の様だった。数名の警備隊に囲まれて、辺りをじっくり見る事は出来なかった。城中に満ちたお香の煙を潜り抜け、私達は教会に続くいくつかの通路の中で、一番端の黒い通路を歩いた。

 ガチャガチャと、パパさん達が歩くたびに音が鳴る。これ程心を掻き乱す音を私は知らない。まるでこのまま処刑台にでも連れて行くのかと思える程の重警備に、頭が焼き切れそうだ。
 歩くその道の最奥には、甲冑を身に纏う兵士達が立っていて、私達を見ると声を張った。

「戦犯3名……と、フロリアと名乗る子供。ラヴェントリン元帥が到着致しました」

「「?」」

 中が一瞬騒めくのが分かったけれど、パパさんが私の頭を撫でて「大丈夫」と言ったから私はその言葉を信じる事にした。

「聖騎士団司令官ダダフォン•ヴォルフ、聖騎士団第一師団長アルバート•フェルダーン、第一師団長副師団長ハリィ•トルソン。結界台に上がる様に」

 審問会なんて物に行った事など無いけれど、これは決して正否を問う為の物では無いと私は直感的に思った。円錐形のホールの真ん中に私達は立ち、一段上の正面には国王さんとカレーナさんのお父さんである教皇が座っている。他にも10名程の人が私達を見下ろしていた。

「本日は教会戒律第2条、11条、39条、71条。教会規定第72号、96号、134号。騎士団法3条、7条、22条、84条。王立法第10条、13条及び26条の違反、違反疑惑、その相当と判断される事案について本審問会を行う。異議のある者は今この時に声を上げよ」

 進行役をしているのは髭が立派な裁判官の様なお爺ちゃんで、見た目は厳ついけれど、声は穏やかで優しさを感じる物だった。

「パパ、異議がある人は言っていいってよ?私、異議あるんだけど」

「……これは審問会の決まり文句です。声を上げてはいけませんよ」

 なら聞くなよ!と、前世の世界なら吐き捨てただろうね。全く酷い話だ。意見を聞くつもりも、弁明も弁解も許されないとは。これが本当に文明国家なのだろうか?司法とは一体!

「それでは騎士団審問第48号を開始致します。戦犯3名は座って下さい」

え、私は⁉︎

「フロー。私の膝に乗ってください」

「うぃ」

よじよじと上り、思わず上機嫌で国王さん達を見てしまった。すると、背後から閣下の大きな手でぐっと頭を押さえつけられた。

「頭が高い」

は?何だって?頭が高いだとっ?ふざけんなっ、えんちゃん呼び出してやろうか!

「フロー、目を伏せて下さい。直答も駄目です」

マジですか。こりゃ本格的に判決一直線じゃないの?

「ちっ」

「教皇、その前に宜しいか」

「ご随意に」

 濃い金髪に、透明感のあるグレーの瞳が私を見ていた。その目はまるで獲物を見つけたと喜んでいる様で、私はゾクリと体を震わせた。

「ハリィよ。其方の罪については後程明らかとするが、その前にその膝の娘子について聞きたい。直答を許す」

「はっ。この子について何なりとお聞きください。可能な限りお答え致します」

とな?言えぬ事があるのか」

「この子はハカナームト神の愛し子故、私では知らぬ事、口にする事を許されぬ物がございます。それにつきましては本人による直答をお許しください」

 国王さんの目元がピクリと動いた。まさかたったこれだけで不機嫌になる程狭量なの?マジかよ、こりゃお兄ちゃん達も嫌いになるわ。

「お待ち下さい陛下!それはこの度の審問で話すにはっ」

ロヴィーナは慌てて席を立ち、国王を制しようとしたが護衛に抑え込まれ席に座った。

「……して、娘子の名は何と言う」

「フロリアと申します」

「前聖女の娘と言うのは事実か」

「事実であり、事実ではありません」

「どう言う事だ?」

「この子を受胎し、この世界に産み落としたのは間違いなく聖女様でございますが、彼女の肉体はフェリラーデ神の御力を集めて形成されている様でございます」

「それを信じろと申すのか?ふっ、其方の信仰心は我に及ばぬと思っておったが、誤りであったかの」

 小馬鹿にしてくるなー。爆散でもお見舞いしてやろうか?丁度ポケットに魔石一個あるし。その目で見たらマジ腰抜かすから!

「いえ、本日戦前におりました者達は皆、その目でそれが真実であることを目にしております」

「ほぅ。では娘子よ。我にもその体の神秘を見せてくれるか?」

 私は振り返りパパさんを見た。パパさんは「好きにして良いですよ」と言ったから、私は考えた。魔石を使うのも良い、だけどここはもっとインパクトを持たせた方が良いのでは無いだろうか。えんちゃんでは弱い、ならばレネベントさんを呼んで、何ならアルケシュナー神呼んじゃう?でも来てくれなさそうだな。うん、ここは無難にお兄ちゃん達を呼ぼう……普通に呼んで来てくれるのかなこれ。

「パパ、えんちゃん呼んで」

聖琰せいえん、フロリアに応えて頂けますか?」

シャン、シャン、シャン……

急に鳴り響く鈴の音に、辺りは騒めき教皇はガタンと席から立ち上がった。

『頭が高いぞ人間。我は戦神レネベント様の法炎ほうえんが一つ聖琰せいえんなり。我庇護を与える者に応えよう』

おぉっ!いつもの5倍は大きく見せてるねぇ!神力強っでもみんな耐えれるレベルに調整してくれてる。良いゾッ!やってまえ!

「「‼︎」」

『して愛し子よ、何用か』

「えんちゃん、お兄ちゃん呼びたいんだけどここで応援はしたく無いから呼んで来てくれない?」

『そんな事、其方が声に神力を込めれば容易かろう』

 神力の込め方が分からないんだよ!何、力一杯心の中で願って叫べば良いわけ?

「うっ!」

『念話にするぞ』

「え?」

— なんじゃ其方、まだ神力の流れも読めぬのか

う、うるさいな。それ位は出来るけど、顕現させたり放出させたりが自力じゃ出来ないんだよ!

— はぁ。仕方ないの。手を貸してやる。良いか、我が其方の体に触れたらトルトレス神の名を呼べ

「うぃ!」

私はパパさんの膝から降りると、国王さんの正面に立って両腕をそいやっと天高く掲げた。すると、えんちゃんが私の背後に立ってそっと背中に触れた。

「トールお兄ちゃん!クロウお兄ちゃん!助けてっ!」

 フロリアの助けて、この意味は助力を乞う意味であったが、天上界にて常にフロリアの行動を天鏡てんきょうで見ていた2柱は、救援だと誤解した。

『人の子よ、愚かなり。我等が妹を困らせるとは楽しませてくれる物だ』

そう天上界で呟いた言葉が聖琰せいえんにははっきりと聞こえ、慌ててフロリアの背を突いた。

『ばっ!馬鹿者!言い方があるであろうが!』

「へ?」

ドンッ‼︎バリバリバリバリッ!ドカンッ‼︎

天から降り注ぐ光の洪水、揺れる教会、モワモワと神力がスモークの様にその場に垂れ込めた。フロリア以外の誰もがその圧にドシャっと床に崩れ落ち、何かに踏みつけられた様に身動き一つ出来なかった。

「やりすぎぃぃぃ!うぉぉぉぉいっ」




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