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第二章 盾と剣

11 開戦 1 〜ラヴェントリンの誤算

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 開戦前夜、ラヴェントリン元帥は騎士棟作戦本部で1人考えていた。フロリアという特異な存在。そしてその特異点の語った神の意思。その全てが近い未来に、この国の加護、祝福の喪失に繋がる様な気がしていた。

「我々が勝手にハカナームト神の為に戦っているだって?……何をふざけた事を。ならば何故敗戦の折は必ずと言って良い程神罰が下るんだい。教会にクローヴェル神の闇が訪れ魔力が縛られる。アルバートの父親もその神罰を受けた1人じゃないか……」

 魔力を縛られた者は良くて錯乱、悪くて寝たきりなんだ。一体、何人の部下を泣く泣く手放した事か。その罰を、我々は主神が敗戦にお怒りなのだと受け入れてきたんだよ。だが、あの子供の言葉が真実なのであれば、何の為に……私では無くあいつらに罰が下ったんだい?納得出来やしないね。

「信仰心はこの世界で無くとも良いだって?なら我々の存在意義とは何だい」

 こんなにも、神に慈悲が無いとはね。いや、これらはあの子供の勝手な言い分だ。それを鵜呑みにし、神に疑いを持つなどこの国の騎士として、聖騎士として、何より敬虔な信徒として恥ずべき事じゃ無いか。……忘れようじゃないか。明日が開戦だと言うのに、こんな事で心を乱して何とするのかね。

「あの子供。ハカナームト神、延いては陛下、聖下の為に排除した方が良いのかねぇ」

 明日はアルバートとハリィはフォートーンだ。ならば屋敷に影を放ち聖裁せいさいを下すかい?だけど、そうなればハリィも共に葬る事になるのか……あの子は家族を失い、その身を国に縛られ全てを失った。しかし、その暗闇に覆われた心を信仰が救った。そう思っていたけれど、そうでは無かった様だねぇ。未だ自分も子供だと言うのに、養子にしたい?子供が子供をどう育てると言うんだい。だが、あの顔を見てしまっては鬼にもなり切れぬ私も、まだまだ甘さが抜けぬ青二歳だっと言う事なんだろうかねぇ?

「閣下、失礼致します。明日の評議会にビッテー総長が招集されました」

 はぁ。部下達が聖戦へと向かうと言うのに、学術で他国制圧を声高に謳う腰抜け共め。そんな者達の為に私の時間を割けと?

「分かったよ。評議会の前に陛下との謁見が可能か、可能ならば何としても会談をねじ込んどくれ」

「畏まりました」

 明日は内乱の火種が生まれる予感がするね。外は私の育てた子等に任せ、ハイエナ共は母親である私が排除しようじゃないか。



 フォートーン山の天候は、ハリィの予想通り雨であった。シトシトと降り続ける雨のなか、白銀と青銅色、そして黒色の鎧を身に纏った者達が国境を挟んでヤーリスの兵と睨み合っていた。

「第二師団、奉納の儀を始めよ!オルヴェーン様、祭司として祝福の下げ渡しをお願い致します」

「良かろう」

 リットールナ聖王国皇太子、オルヴェーン•リュクサーナ•ヴェーダ•リットールナは、第一師団長アルバート•フェルダーンの指示を聞き、手を挙げサッと振り下ろした。その合図を皮切りに、第二師団の師団長、副師団長、衛生隊長の3名が前線に現れた。そして、聖騎士団第二師団、師団長ヴィッグスはその手に宝具を顕現させる。

「全知全能の神、ハカナームト神よ!ハカナームト神に連なる神々よ!我等が誓いを受け取り賜え!」

 彼の顕現させた宝具はトーチ。先端には8柱の神紋が刻まれた魔石が輝いている。朗々と歌う様に神への聖約せいやくを口にするヴィッグス。その間も、天上界への門を叩く様に第二師団の聖騎士達が剣の鞘先を地面に叩きつけ、ギンッギンッと規則的な音を響かせた。

 リットールナの騎士達に対抗するかの様に、ヤーリスもまた奉納の儀を始める。ヤーリスには聖騎士はおらず、騎士、闘剣士、魔術師、モットルガーの巨人戦士、狂人戦士、剣士が戦闘に参加していた。

「我等が唯一神ハカナームトの栄光は我等ヤーリスの物である!戦神レネベントの祝福を以て、異教を排除する!ハカナームト神よ、我等が忠誠を認め賜え、戦勝へのたぎりを受けとめ賜え!」

 巨体を震わせるモットルガーの戦士達の雄叫びは、大地を震わせ空気を割いて行く。振動で威圧するヤーリスとモットルガー、静謐さで空気をしずめ、その威圧を受け流すリットールナ。次第に分厚い雲の隙間から光が差し込み、両陣営に柱が立った。

「はんっ、相変わらずただただ赤一色だな」

「我等が黄金と漆黒の神色しんしょくを見て悔しかろうな」

 黒騎士の集団からは、その様な蔑む声が聞こえ漏れた。アルバートは眉間に深い皺をいれつつも、開戦時の決まり文句を叫んだ。

「我等、リットールナはハカナームト神を形作るトルトレス神とクローヴェル神の祝福を得た!神の許しを得た我等が門を押し通る事まかり成らぬ!ヤーリスの戦士よ、モットルガーの戦士よ、早々に自国へ戻られよ!これより先、一歩でも前進あれば先制とみなすと心得よ!」

ローーーァ!ローーーーァ!ローーーーァ!

 アルバートの言葉に、ヤーリス、モットルガー混成兵団は怒りを声に乗せ『天誅ローアー』とヤーリスとモットルガーの共用言語であるデュロア語で雄叫びを上げた。そして次第に国境は双方の魔力が押し合い壁が出来始めた。魔力の壁がリットールナ領土内に入った瞬間から、聖戦は始まる。

「アル坊、待たせたな」

 岩壁の上で、 旌旗せいきを手に持ち舞うアルバートの後ろに、ダダフォンが現れ声を掛けた。

「遅いですよ司令官‼︎神事舞しんじまいは貴方の役目ですよね?」

「具合はどうだ」

「いつもより余裕です。信じられませんが、レネベント神のご加護なのでしょうか」

「へぇ。あの嬢ちゃんの言ってた事が正しいと証明されちまったか」

「どう言う事です?」

 アルバート質問に答える事なく、その手から 旌旗せいきを取り上げたダダフォンは、アルバートよりも力強く、魔力を国境へと放ちながら騎士達を鼓舞して行く。

「おおっ!すげーなレネベント神の加護!祝福じゃねぇのにこんなに魔力放出が楽に出来るなんてなぁっ。ハカナームト神の祝福は戦いに特化してる訳じゃねぇ。火力は出せるが制御が困難。扱いづらい祝福だっ!けど、レネベント神の加護は戦う為の加護。命を掛け魔力を放つ俺達の負荷を下げてくれるっ。だが、ここまでの加護を貰えた試しがっ無かったなっ!とぉ、まぁ何であれっ!ありがてぇなぁ!おいっ!いっけぇぇぇ!」

「……何最初から全力出してるんですかっ!あっちが押し込んでくれなきゃ始まらないじゃないですか」

「始まらなきゃ始まらないでっ!いいじゃねぇーーかっ!」

「それより、フロリアはどこです?」

 アルバートは、周囲を見渡しフロリアの姿を探した。しかし、どこにもその姿が見えず、聖殿に残して来たのかと聞いた。

「いんやぁっ!嬢ちゃんはっ、レネベント神の中だっ」

「え?」


 シャン……シャン……シャン……

『我は法炎が一つ、聖琰せいえんなり。我が主レネベント神が認めしフェリラーデ神が残し給うた愛し子の来光ぞ。頭が高い、平伏せ』

 どこからともなく声が響き、その言葉は神力しんりょくとなりその場に居たリットールナ、ヤーリスとモットルガーの兵士達を地面に押し付けた。彼等は訳も分からず強制的に平伏す事となり、その額は地面にめり込んでいる。そして、騎乗していた兵士達は騎獣の背に顔が押し付けられもがいていた。だが、ダダフォン、アルバートそしてハリィの3名だけは何事も無く立っていて、騎獣に跨るハリィはその力にフロリアの姿を探した。

 フロリアは雲の上、太陽の光に紛れる様にその姿を隠していて、流石の高度に怯えつつも聖琰せいえんにしがみ付きながら、これからの流れを復唱していた。そして未だ恥ずかしいと聖琰せいえんに声を掛けた。

「やっぱり恥ずかしいぃ!こんなの罰ゲームだよぉ!」

『えぇいっ!今更何をぐちぐちと言うておるのだ!どの国の兵も助けたいのではなかったのか?そなたのパパの心も守りたいと聖殿で言ったではないか。これ以上命を奪わせる仕事はさせたくないのだろう?ならばちぃっとの恥位なんだ!』

「うぅっ、分かったよぉ……お、女は度胸!も、もうやけくそじゃーーー!」

 やれやれと、聖琰せいえんはフロリアを抱えつつ、降下する為にその真っ赤な炎の様な羽を一度大きく羽ばたかせると、頭から突っ込むように急降下した。

「ぎゃばばばばっ!うぼぼぼぼぼっ!」

『ほら、着いたぞ愛し子よ』

 その登場に、ハリィやアルバート、ダダフォンは目を見開き啞然としていたが、ダダフォンは我に返り 旌旗せいきをまた振りながら舞い始めた。

「うえぇっ。吐きそう……はぁっやらないとっ。えと……応援はいいけど戦えって言っちゃうと戦争が始まるから、えぶっ……おえぇっ。認め合えって言えばいいんだよね?うしっ!やるぞっ……えんちゃん、オッケーです。やっちゃってください」

『相分かった』

 聖琰せいえんは、フロリアのポシェットを空に向かってポーンと投げ捨てると、羽をバサリと揺らし炎の風をぶつけた。すると、乳白色の魔力に七色の神力の光が溢れ出て、領国の空を覆い始めた。

「命ある物ことごとく神の物なり。えとっ、命の主たる神々の永遠なる威光に感謝を捧げる……信徒の力を併せ、神を讃える!フレー、フレー、トール!フレー、フレー、クロウ!フレー、フレー、レント!……」

 全ての神の名を叫びながら、羞恥でブルブル震えるフロリア。だが、少し余裕が出てきて辺りを見渡したが、誰も自分を見ていない事に気が付いた。

 あれ?みんな私の姿は見てない。パパさん達もなんだか伏し目がちだし……これなら恥ずかしくないかも?

「主神ハカナームトは、神々はっ!大いに傷付いておられる!愛する人の子が我等が名を語り命の灯を消しあっていると!癒えぬその傷を癒すため、私が祈りを捧げる。神の怒りを買いたく無くば、両国は共に同じ神を崇め奉りし事を努々ゆめゆめ忘れるな!その手を取り合い認め合う事こそ、神の痛みを消せるであろう!」

むんっ!

「三三七拍子!」

ぱんぱんぱんっ!ぱんぱんぱん!ぱんぱんぱんぱん、ぱんぱんぱんっ!

 夢の世界であったタンバリン擬きは再現出来ず、フロリアはその小さな手を叩き、左から右へと叩く手で半円を描く。そして、叩き終わると、両手を後ろに回し腰に当てた。

「神を癒す形!」

 フロリアは願う。誰の為であっても戦争をすべきでは無いと。そして、人々の傲慢さが傷付けた神々のその傷を癒やし、苦痛を取り除きたい。神よ癒されて下さい。己が傷つく為に力を与えないで下さいと。

「神の為に願いを、祈りを捧げる!全ての神に癒しを!」

『今だ愛し子』

「爆っ!散っ!」

ピカッ!パーンッ!

溢れる光、地面に伏していても目が眩む様な光が辺りを白く包み込んだ。

「はぁっ!はあっ!お願いっ、トールお兄ちゃんっ、クロウお兄ちゃん!皆んなっ!力を貸してっ」

 光が次第に消えて行き、風が吹き抜けた。そして、時が止まったかの様な静寂の中、両国の騎士、戦士達がゆるりと頭を上げフロリアを見つめている。彼等は何が起きたのか分からずただぼうっとして、その光り輝く小さな子供をその目に映した。

『我等が愛し子よ、其方の癒しによって我等の穢れ、痛みは取り除かれた。其方の願い、今ここで聞き届けよう……ハカナームトである我トルトレスは世界の融和を望む』

『ハカナームトである我、クローヴェルの名に於いて戦による死者への癒しは与えぬと誓おう。永劫たる闇に堕ちたく無くば剣を捨てよ』

 2柱の姿と共に、その後ろにはレネベント、シャナアムト、ザザナーム、オーフェンタール、アルケシュナーの姿があった。フロリアはほっと息を吐くと、手を伸ばしてトルトレスとクローヴェルに笑いかけた。

「2人とも!来てくれたの?」

『聖よ、其方の祈り、嬉しく思う。我等が調愛を受けてくれるか』

「調愛?いや、大丈夫。要らないよ」

『何故だ』

「そんな大層な物が無くっても兄妹でしょ?大切な家族だから、特別が無くっても繋がりは消えない。でしょ?」

『そうか』

 愛しそうに微笑む神々。トルトレスは指先でそっとフロリアの頬を撫でる。クローヴェルはふわりとその神体を縮小させるとフロリアを抱きしめ頬や額、頭にキスの嵐を降らせた。

「久しぶりっ!ぎゅーーーっ!」

『久しいな。我が最愛の妹よ』

「トールお兄ちゃんと喧嘩してない?」

『……して……おらぬ』

 こりゃしてるな。それにしても、5形威けいいの皆さん。レネベントさん以外初めて見るけど、女神さんもいるんだね。青い髪に青い瞳……オーフェンタールさんかな?あとどっしりしてて寡黙そうなあの神様はザザナームさんかなぁ。で、緑の髪に緑の瞳はシャナアムトさん……おぉ、男性の神様かな?でも妖艶って感じ。意外とキリッとしてんだね。そんで、アルケシュナーさん……ってぇ!表と裏って聞いてたけど、同じ顔が2柱?どゆこと?ま、まぁ2柱は顔を合わせる為に分裂してくれた……のかな?でも、アルケシュナー神可愛いなぁちくしょう!金髪に銀髪で前下がりボブ!軽くダウナー入ってる感じっいいねぇ、好きよ?そう言うの!

『聖?』

「ん?な、何?」

『其方は本当に浮気性だな』

「浮気って!私程一途な女はいないよ?パパ一筋!パパの筋肉最高!」

『其方は本当に……困った子だ』

「ふふっ!でもお兄ちゃん達も大好きだよ。ダメダメな所もね!で、お願い聞いてくれる?」

 すると、クロウお兄ちゃんに続いてトールお兄ちゃん達が小さくなって、(それでもアルバートさん達より大きいけど)私の前に降り立った。

『何だ?願いとは』

「戦争をしない様に、神様も出来れば戦争を許さないで欲しいの」

『ならばその対価はどうなる』

すずいっと前に現れたレネベント神。確かに戦神である彼にとって戦いが無くなるのは困るのだろう。

「対価?」

『そうだ。戦による人々の信念、願い、祈りが無くば我は姿を保てぬ』

「火を使うじゃ足りない?」

『足りぬ』

「私の応援でも?」

『それは癒やしとはなるが、力とはならぬ』

「なら、皆んなで協力して魔人や魔神を討伐をする。結構増えてるんだよね?」

『其方が上神すれば魔人はそうそう現れぬだろうが、それはどうする』

 ……上神って私が死ぬ時だよね。死んだ後の事を心配してるの?気が早いなぁ。

「そうそう上神しないし、出来ないから大丈夫じゃ無い?足りないなら武闘会開けばいいよ。国の威信を賭けた武闘会なら戦意は充分じゃない?」

『ふむ。それならば良い。武闘会か、良いな。その言葉だけでも神力が湧く』

 自家発電出来んじゃんよ。何、意識の問題なの?

「でも、ここで話しただけだと実行できないから、ヤーリスとリットールナの国王さんや教会の人にこの事の神託が欲しいんだ。私ごときじゃ王様達も教会の偉い人達も動かせないから」

 そうなんだよねぇ。結局は腹に一物ある人間の対応が一番大変なんだよ。でも、神様の威光!ばんばん使わせて貰うよ?


『その程度造作もない。だが、其方の名は出さぬ方が良いか?我は其方を神の愛し子として世界に、いや、宇宙に知らしめたいのだがな』

……シスコン。

「いや、世界と宇宙は結構です。あ、アルバートさん、トールお兄ちゃんがこう言ってるんだけど、言って良いのかな?」

 急に話を振られたアルバート。え?俺?みたいな顔をして、少し考えると小さく頷いた。

「良いってー!でもフロリアにしておいて?聖をちゃんと発音出来る人少ないから!」

『なんと。この世界の者は己を守る女神の化身でもある其方の魂の名すら碌に言えぬのか?嘆かわしいの』

いや、文化や習慣の違いをそこまで否定されても。全く極端なんだよなぁ。このシスコンブラザース。

「まぁ良いじゃん。私もフロリアとして生きてる訳だしね」

ニコニコとトルトレスと話すフロリアに、他の神が声を掛けた。

『そろそろ良いか?』

























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