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第二章 盾と剣

10 それは現実に目を向けること

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 結局、私はアルバートさんの隊に付く事になっだけれど現地まではダダフォンのおじちゃんと行動する事になった。おじちゃんはいつも開戦直前に現場入りするから。それが理由だった。

「上官なのに遅れて登場ってアリなの?」

「いつもは俺が先行して現地を視察するんだよ。斥候は出てるが、敵地の内部までは入れんからな」

 ダダフォンのおじちゃんが言うには、おじちゃんは魔力で地形や人の数、敵の魔力の量を見る事が出来るそうだ。なのでいつも敵地の最終視察をするから現地入りは一番最後なんだって。そんなの前日にでもしとけよ、そう言ったら。

「当日の戦力配置が前日に分かるかよ。作戦はいつだって漏れる可能性がある。当日の朝、本配置にそれを変えるなんてことはザラにある。ガセネタ、ブラフに踊らされねぇ様に俺が見に行くんだよ」

 と返ってきた。成程、ダミーかどうかは当日しか分からない。そう言う事なんだろう。

「じゃあ、今日も偵察行くの?」

「いや、今日はお前がいるしな。ヤーリスとの戦いはある程度定石があるから大丈夫だ」

「でも、行った方がいいと思うよ?気の緩みが負けに繋がる事あるだろうし。司令官なら部下の命に責任もたないとね」

 真面目な顔で、ダダフォンに意見を言うフロリアの姿を、彼はじっと見下ろした。そして首を傾げながら顎髭をザリザリと撫でると問いかける。

「お前、実際は何歳なんだ」

「ん?アルバートさんから聞いてないの?」

「あぁ。他人より精神の成長が早いと聞いたが、お前の言動を見て誰が納得するってんだ。しかも魂に名前?お前の体は別にあるのか?」

 確かに疑問だろうね。でも、アルバートさんが言わなかったと言う事は、言ったらいけないと言う事だろうから、お茶を濁すしか無さそう。

「魂の事はわかんない。そう言う名前なんだって知ってただけだし、この前私がハカナームト神の世界に言ったのは聞いたでしょ?そこは時間の速さがこっちとは違うから。戻ってきたら言葉もペラペラになってた」

 私の言葉にどれ程納得できたのかは分からない。だけど、馬車から見える外の風景を眺める目に、疑いや探りを入れる様な雰囲気は無かった。

「なぁ、どう思うよ」

「主語と目的語がないから答えようが無い」

「察しが悪りぃな」

「だから、私が何に対してどう思っているのかを聞きたいの?」

「この戦争だ。俺達はこの信仰を護る事こそが神の意志だと思っていたよ。だが、昨日のお前の話じゃ……無意味だと言う事だろ」

 確かに、神々の意思を知らなければそう思うだろう。彼等には彼等の歴史があって、戦争とは言えそこには神への絶対的な信仰心がある。それを神自身から否定されたとあれば、傷付くのも仕方が無い。

「根本が間違ってるんだよね」

「何が間違っているんだよ」

「戦争をする事だよ。正義や神の為という修飾語を付ければ許されると思っているのも間違っているしね。どんな大義名分があっても、戦争は戦争でただの人殺しだよ。仕掛ける方も受ける方も悪い」

「……なら、何故神は我々に神罰を下さない」

「いや、これは私の道徳感からの答え。ハカナームト神は戦争も人間が世界の発展を目指す為の技術の研鑽けんさんの一つだとでも思ってるんじゃ無い?」

 多分、トールお兄ちゃん達は戦争を、森羅万象の一つだとしか思ってない。人が納得して戦争をして、それで幸せで満足していればそれで良いと思ってる。その過程は重要じゃ無い。でも、潔癖で真面目な昔の人はそれを許せなかったんじゃ無い?必要だったとは言え、人を殺めた。その事で苦しむ事もあったのかも……戦争と言う手段を選ばずに済む抑止力として神罰を望んだ。

「後、聖戦を世界の人達が望んでやっていると思ってると思うよ?神罰があるにも関わらず、聖戦なんて名前を付けて正当化してる訳だし?でもその結果として、魂の輝きが増すならそれも良しなんだろうね」

「それを聞くと、神々は 我々に興味が無いのだと思えてならんな」

「いや、興味が無かったら加護とか祝福とかあげないんじゃない?うーん。例えば……目の前に出された美味しいお菓子が、実は体に悪いって言われたらどうする?おじちゃんならタバコやお酒かな?まぁ、この二つは悪いのわかってるよね」

「あぁ、神にとっては聖戦がそうなのか?」

「聖戦がというか、メラメラ燃えてたりキラキラ耀いたりさ。聖戦の時の魂の放つ何かがそうなんじゃない?でも、おじちゃんの目の前に大好物があって、そのお菓子の原材料が生き物の命だったら?苦痛を与えないと得られない物だったらどうする?手を出さずにいられる?タバコ出されて吸わずにいれる?」

 私たちはその現実が分かっていても、目を瞑ってそれらを享受する。それが食物連鎖だろうし、人間の業でもあるんだろうな。A5ランクの和牛、フォアグラやフグ、鯨肉。他にも挙げればキリはないけど、分かるのはそれらの嗜好品や食材は無いなら無いで困らないのに、それでも生産されるし消費されているという事実。歴史や文化もあるだろう、そしてそれらを摂取する事で私達はある種の優越感、特別感、満足感、幸福感を得ている。

「……どうだろうな。吸っちまうかもな」

「そうだよねぇ。よっぽど意思が強く無いと抗えない欲求だよね。まぁ、いざ自分に実害は出たらやめるかもしれない。トールお兄ちゃん達にとっても、魂の光はタバコやお菓子と同じなんじゃ無い?知らんけど」

「何だよ、知らねぇのかよ!偉そうに講釈垂れてっからそうなのかもなぁ、なんて思いながら聞いて損したぜ。はぁぁ、無駄に落ち込んだなぁ」

「あははは!私は神様じゃ無いし、神様のシステムすら分かってないんだよ?トールお兄ちゃん達や5形威けいいが何を思ってそうしているかなんて分かるわけないじゃん!もし国王さんがさ、全てが神様の為に存在しているという事が嫌で、人間による世界統治を考えているなら……うん」

「いるなら?」

「納得も、理解も出来る」

 それこそ、それによって前世の世界に近付くのなら、私は両手を上げて国王さんを受け入れるかも?でも、ここには魔力って言う神様とは切っても切れない物がある。それを捨てる事が出来ないなら、神様に反旗を翻すべきじゃないだろうな。

「お前、殺されるかもしれないのにか?」

「うーん。現実感無いけど、それでパパみたいに幼少期や今を苦しむ人が居なくなるなら有り寄りの有りかなぁ。結局私達は世界を構成する歯車で、私と言う違う世界の歯車を取り除く事で上手く回るならそれも良い」

 死んだ後、自分の行く末が分かっているから恐怖はそこまで無い。ただ、パパさんを1人残して行くのは嫌だけれど。

「お前は達観してんだな」

「達観?そんな高尚な物じゃないよ。望む事が一つしかないから、他はどうでも良いんだ。今はパパと穏やかに暮らしたい。その為に国王さんや教会の人とやり合わないといけないなら、ハカナームト神だろうが何だろうが使えるものは使う!それに、私ハカナームト神に対して信仰心とか無いから」

「は?お前、神の寵愛を信仰心無しで得られるのかよ」

「んー。そもそもこの体がフェリラーデさんの欠片だから、私の意志や考えは関係無いみたい。私自身、そんな神様達には疑問しかないもん。結局、フェリラーデさんの物がそこにあれば誰だって良いんだなって。私自身を愛している訳でも、必要としている訳でもないから」

 ダダフォンのおじちゃんは、それはそれで辛ぇな。なんて、まるで寅さんみたいにしみじみ言うから、私は思わず笑ってしまった。これから聖戦が始まるのに。

 馬車を乗り換え、貴族街から離れた私達はヤーリスとの国境門とは逆の方へと移動を始めた。それはダダフォンおじちゃんの偵察の為と、私を隠す為らしい。おじちゃんは偵察を30分で終わらせるからと言い、私をおじちゃん専用の鳥と馬を掛け合わせた様な騎獣に乗せて、ヤーリスとリットールナに跨って聳えるフォートーン山の中腹、リットールナの所有する聖殿へと連れて行った。

「いいか、一応ここはリットールナ領土内だが、ヤーリスの奴らが入り込まんとも限らん。眷属に出てきてもらえ、部下を2人残すが1人にはなるなよ」

「分かった。待ってる」

 私は魔石が沢山入っている所為で、パンパンになったポシェットから魔石を取り出すと「えんちゃん!出てきて」と彼女を呼んだ。私の背後から、映像が浮かび上がる様にえんちゃんは現れた。

『愛し子よ、間違っても爆散などと言うでないぞ?』

 ニヤニヤとえんちゃんは笑っている。私は乾いた笑いしか出て来ない。確かにあの爆散はヤバい。ダダフォンおじちゃんが部下の人と話していたけど、爆散。その言葉にピクリと反応した。

「おい、嬢ちゃん!下手な事するなよ?あの閃光放った途端敵さん突っ込んでくるからな!策を潰すなんて事してくれるなよ!」

「へーい」

「おいっ!ふざけるなこんな時に!気まぐれにやった事が、隊員を危険に晒す事になるかもしれないんだからな!」

「分かってるよ!大人しくしてるから、さっさと行ってさっさと戻ってきて!」

 粗雑に見えて、意外と細かいんだよね。アルバートさんにも似てるけど、アルバートさん程貴族っぽくない。それに、リットールナの英雄と言うのは間違ってはいないのだろう。戦いを前に、ダダフォンのおじちゃんが身に纏った魔力は透明に近く、神力かと見まごう程だったから。

 私は聖殿の奥、ハカナームト神の像がある祈りの間に入る。そして、金ピカイナバを像の前に置いて、辺りを見渡した。

「教会ってこんな感じなのかなぁ。でも、ここには誰も居ないね」

『ふむ、ここは信徒の為と言うより、神の社だったのではないか?』

「社?神様のお家ってこと?」

『まぁ、休息所と言った所かの。最近ではシャナアムト神がおったようだ』

「へー。時の神か。どんな神様?」

『ん?そうよなぁ、気まぐれで1所に長く留まらぬ放浪の民の様なお方での』

「風の神でもあるからかな?自由人だね」

『あのお方は守護する物が多いからな、2年に1度天上界で行われる、時括りにも間に合わぬ事が多いのよ』

「時括り?」

『世界の時の早さは、その星によって違う。だが、魔力を人間が消費すればする程その時の進みは速まったり、遅くなったりと歪みが出る。故に天上界でその歪みを戻す儀式があるのだ』

 神様もお仕事してたんだね。のんべんだらりと過ごしているのだと思っていたよ。神有月みたいな物なのかな?ふふっ、5形威けいいとトールお兄ちゃん達が言い争う姿が目に浮かぶよ。

「でも、聖戦かぁ。パパの安全は確約済みだし、アルバートさんも加護を貰ったから大丈夫でしょ?まぁ、取り敢えず保険はあるんだからここでゆっくり待ってても良いんだろうけどなぁ」

『うむ。今回の戦で其方が願った戦士達が死ぬ事は無い。だが、他の者は分からんぞ』

「……え?」

 私が願った戦士は死なないけど、それ以外は有り得る?ちょっとまって?私、あの時何て言ったっけ。直接頼んだのはパパさんとアルバートさんの2人……でも、第一師団にも加護をって言ってた。なら、他の師団の人達は?ダダフォンのおじちゃんは?

「あぁぁぁぁ!ちょっ!えんちゃん、えんちゃん!」

『何じゃ急に慌てて』

「おぉっ、お使い!お使いしてきて!」

『うん?何じゃと言うのだ突然』

「れ、レネベントさん呼んできて!すぐっ、今すぐ呼んできて。今ここで応援出来ないから、えんちゃん呼んできて!」

『それは無理だ』

「は?何で?」

『モットルガーに居られるからの。今、まさに祝福を与えておられる様だ』

「は?何で?」

『何故とは?』

「何でレネベントさん敵国にいるの?」

『モットルガーの守護神は主だぞ。知らなかったのか?』

 ちょっと待って、何。私パパさんの敵の守護神から私は守って貰ってるって事?祝福って、攻撃力上がるじゃん。あれ?って事は敵がレネベントさんで、応援したからパパとアルバートさんと第一師団は目溢してやるぞって事?

「ね、ねぇ。レネベントさんってリットールナを攻撃するのを良しとしてるのかな?」

『其方が言っておったでは無いか。聖戦を神は否定せぬと。戦は人間が望んでやっておる事。死者が出たところでそれを悲しんだりはせぬぞ?それがモットルガーの民であってもな。単にあの地の者の祈りが心地良い故に守護している。それだけだ』

 何てこったい!勝手に私の居るリットールナに刃は向けないだろうと思ってたよ。そうだ、そうだよ。私にさえ攻撃が向かなきゃ、神様達は特に何も思わない。リットールナの騎士や、ヤーリスとモットルガーの兵士が死んでも……構わない。

「あぁっ!やっぱり私は馬鹿だ!現実と想像は違うって、分かってたのに!」

 急に恐怖が襲ってきて、嫌な想像で思考が満たされて行く。死なないとは言ったけど、怪我をしないとは言ってない。加護は一体どこまでパパ達を守る力になる?第一師団は無事でも、他の騎士さんは?皇太子も参戦すると言ってた。パパさん達は無事なのに、皇太子が死んだらどうなる?国王さんは何故私が皇太子も守らなかったのかと怒るよね。そしたら私の願いはどうなるの?一緒に暮らすどころか……纏めて葬られるんじゃ。

「はわわわ!いかんぞ、こりゃいかん!恥ずかしいとか言っている場合じゃ無い!そ、そうだ。応援ばんばんしよう、戦場に行って応援したら神様出てくるよね?そ、そうよ!それでまたお願いしてみたら良いよね?戦争をやめさせてって!そ、そうだ。そうだ……そうだよ」

 何かを握りしめていないと不安で泣きそうだった。私は金ピカイナバを抱きしめて、どうかその時は願いを聞いて欲しい。そう強く願った。






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