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第一章 転生と始まり
13.5 冬の結
しおりを挟む「え?母親って……パパ結婚してたの⁉︎しかもその皇女と?え、ちょっと待って……今更だけどパパって何歳?」
いや、そんな事聞きたい訳じゃない!ううん、それ以上に聞きたい事がタウンページ並みにあるんだけど⁉︎はわわわ!どうしよう!どうしよう?何がどうしようなんだ!なんだろう、言いたくない。考えたく無いけど、結婚してるのに何で私に構ってくれるの?あれぇ?
「何だお前達、朝から晩までベタベタしていて何にも互いの事を話してないんだな」
「う、うん。いちゃついてただけだからね……は、はは」
私は今どんな顔をしているのだろうか⁉︎別に奥さんが居た所で文句は無いんだけど、それが母親を死に至らしめた皇女だという事、そしてそれを受け入れたと言うパパさん。えぇ~…どうしたらそんな事になる訳?
「はぁ。まったく」
「さーせん」
「?……まぁ、いい。ハリィ•トルソン宮廷貴族、貴族位は侯爵。年齢は今年で26だったか?リットールナ聖騎士団副師団長、聖4位勲位授与は23歳だったはず。住まいは騎士寮、だが今はメイヤードの家にも泊まってる。貴族街の屋敷には皇女殿下だけが住んでいて、子供はお前だけだ」
「あれ?パパの家の名前ってカルカートレーじゃないの?」
「皇女と結婚した際、独立した」
「逆玉だね」
「逆玉?」
「玉の輿の逆。奥さんのお陰でリッチになったって事」
アルバートは、その言葉に眉間に皺を寄せている。そして溜息を吐くとフロリアの頭に肘を乗せ、耳元でボソボソと話し出した。
「あの2人は白い婚姻なんだ」
「白い婚姻?どう言う意味?」
白い婚姻の意味が分からないフロリアは、キョトンとしてアルバートを見上げたが、どう説明したら良いかとアルバートを困らせた。
「あ、あー……なんだ。お前も30に近いなら分かるだろ?ほら、何だ。夫婦関係が無いと言う事だ」
「え?何でまた」
あまりに淡白な反応な為か、アルバートはずるりと肘を滑らせフロリアの顔を見つつ、腕を組む。
「何でって、あの2人の相性が最悪だからだよ。ここ数年、王宮で開催される公式な催しでしか顔を合わせていない」
んん?皇女はパパさんが好きだったんだよね?なのに、仲が悪い……なんでだろう。そんなに好きならパパさんに合わせる位はしそうだけど。
「ハリィは母親の死のきっかけが皇女だと分かると、逆に陛下に婚姻の打診をした」
「えっ?嘘だぁ!」
「本当だ。まぁ、陛下もハリィが名無しであった事を盾に求婚を拒んだのに、逆に婚姻の打診をした事で良い顔はしなかった。だが、皇女は喜び陛下を説き伏せ、とりあえず外向きに婚約と言う形を取った。まぁ、こうも拗れてちゃ事態を収める為外向きには婚約と言い、実質その場で結婚したのと同義だがな」
「へー。でも、やっぱりパパが皇女と結婚を望んだって言う意味が分からないんだけど」
フロリアは、トルトレスが何やらハリィに力の使い方を教えているのを見て、何をやっているんだと思いながら今の内に聞ける話は聞いておこうと、アルバートをせかした。
「復讐だよ。家族になれば大概の事は許される。外部がハリィと皇女に手出しする事は出来ない、だからハリィは結婚を申し込んだんだ」
大概の中身が知りたいんですど。
それって復讐殺人も許されるの?
「復讐って。何するつもりだったの」
「母親と同じ手法で同じ目に遭わせると言っていた」
それ程にパパさんの心の傷は深かったのか。
何故あんなにも私を可愛がってくれるのだろう、
どうしてこんなに愛情深い人なんだろうと、私は不思議だった。
そういう人なのだ、そう思っていたから深く考えもしなかったけれど、パパさんはそんな風に愛されたかったのかもしれない。
「2年前に起きたあの事件以来、ハリィは今のハリィになった。貼りついた嘘の笑顔に、相手に反論を許さない物言い。そして弱みを握ってとことん追い詰める……あいつが聖騎士団で何と言われている教えてやろうか」
聞きたく無いねそんな事。
どうせ死神とか悪魔とか、名無しとか侮蔑した呼び名をしているんでしょ。私のパパさんは死神でも悪魔でも無い、まして名前が無かった事など大した意味もない。とっても優しくて、笑顔が可愛い人なんだから、他人の言葉なんてどうでも良いよ。
「いらない。でもそれって失敗したんでしょ?今も奥さんしてるなら」
「あ、あぁ。ハリィは上手く隠していたが、婚姻式1ヶ月前の聖約証書記入当日に記念に遠出でもと言って連れ出そうとした……だが、目的地の中間に魔獣の群れが居る事、それをハリィが集めた物だという事がバレたんだ」
「なんでバレたの?」
「皇女は、ギリギリまでハリィがもしかしたら婚姻を破棄するかもと疑っていたんだ。逃げ場を無くす為既成事実を作ろうと、先回りしてそこにある小屋の手前で馬車を襲わせる算段をした。だが嘘の刺客が到着したらそこには大量の魔獣だ。魔獣発生は教会ですぐわかる事だが、教会からの連絡は無い。しかも捕縛魔法で動ける状態ではなかったんだ。そうなれば誰かが集めた事になる」
「……」
「ハリィは死刑覚悟で陛下に全てをぶちまけた。皇女は狂った様に泣き喚いて、ハリィに縋り付き私が絶対で、何をされても文句は無い筈だと言い続けた。その光景たるや……まぁ、最初からハリィは好きで結婚したかった訳じゃなかったしな。結果あの場で怒りが爆発したハリィを宥める為に陛下が折れた。今回は目を瞑るとな」
「国王さんは知ってたの?皇女がした事」
「知らなかったからこそ目を瞑ったんだ」
国王さんは皇女に何の罰も与えなかったのだろうか?まさか結婚が罰……とか?
「皇女はハリィが自分の好意を理解していない、それどころか自分を殺そうとしたと騒ぎ立て、逆に婚約破棄を陛下に申し出た。まぁ外聞が悪いと却下されたんだがな」
うわぁ。地獄絵図ぅ~~。
「陛下はハリィの形振り構わず、己の命を賭けてでも目的を遂行しようとする姿勢に好感すら抱いた様だが」
「えぇ。何それ!どんだけヤバいの…この国の国王さん」
「それで王命による公式的にも認められた強制婚姻となった訳だ。だが考えてみろ。お前なら自分を殺そうとする夫と一緒に住めるか?逆に自分の仇と寝れるか?無理だろ……でもな、あの皇女は図太い。婚姻が成った途端、謝れば許してやる、子を産んでやっても良いと言いやがった。くくっ、信じられるか?全くすごい女だよ」
「でも決死覚悟の特攻なら結婚とか絶対受け入れそうにないんだけど」
「約束の結を違える事は、魂の堕落……魔道への烙印になる。そう、教会に脅されりゃあな」
「それって、パパにでは無いって事よね?そんな脅しに怯むって」
「あぁ。母親だ」
頭が痛い。痛すぎる。そんな国王だとは思わなかったし、パパさんの激情にもビビってる。そして何より皇女の図太さに賛辞を送りたい。
「だから一緒に住んでいないの?」
「そうだ。もしもハリィの養子となれば、皇女はお前の従姉妹で養母となる…そして陛下は叔父では無く祖父になる」
何と言う波瀾万丈な人生だろうか。
育児放棄という幕開けで始まった二周回目の人生、
自分が人間では無いと知り、保護者の妻が殺人の黒幕だった。
しかも私の従姉妹が私の母になり、叔父が祖父へとトランスフォーム。
はぁ。親子揃って不幸体質なのかな?でもパパさんの人生には波瀾なんて言葉では言い表せない闇が見えた。彼のこれからの人生のどこに幸せがあるのだろう?アルバートさんやパパさんが言う程、私の存在如きでどうこう出来る物では無い様な気がしているんだけど。
「フロー‼︎」
少し離れた場所に立つ、トルトレスとクローヴェルの足元にはハリィが居て、笑顔でフロリアに手を振っている。フロリアはアルバートの顔を見て、「聞かなかった事にする」と脳内会話で伝え、だから何も言っていない事にして欲しいと、これまでの話を黙殺する事にした。
「パパっ!」
タッと駆け出したフロリアの、その小さな背中をアルバートは見つめて目を瞑る。いつかお前の存在があいつの傷を癒してくれたら。そう思いつつ、屋敷の者達をホールに集める様に指示を出した。
白地にセンターが緑の隊服を着たハリィは、満面の笑みで腕を伸ばしフロリアを呼んでいる。彼女は走りながら、ふと考えた。子供の頃、両親に抱きついた時はこんな気持ちだったのだろうかと。
大の大人が子供の体で血の繋がらない赤の他人な上、成人男性に向かって「パパ」と呼び抱きつこうとしている。どうよこの状況?自分でも気持ち悪いとわかっているよ!どうしても自分の脳内で、前世の私が両手広げあはは、うふふと走ってる姿が浮かんでしまう。甘え縋る愚かさも気持ちが悪い。けれど、何でだろう?嬉しい気持ちが溢れてくるんだ。
「フロー、言ってませんでしたね。お帰りなさい」
「ただいまパパ!」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、フロリアも抱きしめ返し、ふわりと香るハリィの香りに頬が緩みニヘヘと笑う。
従者と話していたアルバートも、気が付けばハカナームトの前に跪き祈りの言葉を捧げていて、まるで家族が揃った様なその光景に、フロリアはまるでパーティーでもしているかの様だと思った。
「パパ、トールさんと、クロウさんとお話し楽しかった?」
「えぇ、とても貴重なお話をさせて頂きました」
フロリアは2柱を見上げ手を伸ばし、2柱の差し出した手から、人差し指を選んで掴み「ありがとう」と言った。
「「其方からの呼び掛けを待つとする。良いか、心穏やかに過ごすのだぞ、聖」」
「うん!お兄ちゃん達も喧嘩は程々にね!ちゃんと寝る前にお祈りするからね」
離れ難い気持ちがオーラとなり、フロリアを包む。しかし、そろそろ戻らねばとトルトレスとクローヴェルはそっと手を離し微笑んでいる。
「またね?いつでも会いに来てね!」
「「うむ。下界に来る事は叶わぬかもしれんが、其方が望む時、いつでも神託を授けよう」」
「そっかぁ……寂しいな」
「「また必ず会える。それを楽しみにするとしよう」」
静かに光は消えて行き、天井に開いていた魔力の穴が萎んで消えた。ホールは真っ暗な闇に包まれて、執事やメイド達が慌てて部屋に灯りを灯した。
主神ハカナームトが天上界へと戻って行った後、執事長、メイド長、侍従頭、筆頭側仕え、護衛隊長、そしてその側近数名とフロリアの専属メイド、また側仕え候補1名を除き全ての屋敷勤めの者達がホールへと集められた。
「今宵、フェルダーン家に主神ハカナームト様が御来光遊ばされた」
跪き首を垂れる総勢300数名の者達。彼等は皆、今日行われた儀式の目的を知らされてはいなかった。その為、アルバートの言葉に静かに驚き、中には涙を溢す者もいた。
「残念ながら、この事は一切他言無用である。その為、皆には悪いが混沌の術を使用させてもらう。今日の記憶は無くなるだろう、中には……冥府の門を潜る者も出るかもしれぬ」
私はアルバートさんの言葉に、パパの顔を覗き込んだ。なんだって記憶操作する必要があるのか分からなかったからだ。皆んなが神様との邂逅を果たした事、神様降臨の一助となった事。その事実はこの世界の人ならば誰もが感涙必死で家門の誉と讃える事はあっても、その事を悪用する様な事はしないのではと疑問が尽きない。
「仕方がないんですフロー。で、なくては彼等が教会の裁きを受けてしまいますから」
「はぁ。トールお兄ちゃんに教会に一言言って貰えば良かったかなぁ。ある意味贖宥状で免罪符でしょ?」
「そうですね。しかも最強にして最悪の物です」
「?」
「貴女がフェリラーデであると公言するも等しいからです」
「もう、いっそのこと現人神にでもなった方が早いかなぁ」
「そうなったとしても、自由は無くなってしまいますよ?常に教会の司祭が側仕えとして24時間侍り、言動の自由も制限されます。神とてこの国の信徒の暴走が神の為だと言われたら断らないでしょうから」
フロリアはその言葉に、うっと顔を顰めため息を吐く。だが、初めて見る皆の姿に何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「本日の降下の儀式は非公式、非承認の物であった。故に心苦しいが耐えて欲しい」
誰も当主の言葉に異を唱えなかった。そして、記憶操作をしない者達達はホール向かいの談話室に集められていた。だがその中にカレーナは居ない。
「パパ、カレーナさんもなの?」
「そうですね。彼女に関しては必須でしょう」
「教会のお偉いさんの娘だから?」
「そうです。今日の事は多分教会は既に感知していると思います。ですが、ここで行ったのが奉納の儀だったと言えば多くは言って来ないでしょう」
「でも、カレーナさんは知っていて欲しいんだけどな」
その言葉に、ハリィは首を傾げる。秘匿情報を知る者は当然少ない方が良い。特にこの国の最高機関である教会にフロリアの情報は絶対に漏らせず、万が一、罪人に使う明白の術という罪の一切を詳らかにする術を使われたら隠し通す事は出来ないだろうと言った。
「何故、カレーナ様を気になさるのですか?」
「ん?」
「フローと彼女に接点は無かったでしょう?」
「んーー。天上界でね、見てたの」
「見てた……私達をですか?」
「そう。儀式を見てたの」
「成程、それで彼女の祈りが気になったのですね」
「というか、可愛いなって」
「可愛い、ですか?」
そう、可愛いかったんだよ。なりふり構わないで祈る彼女はピンクや白、ちょっとくすんだそれらの光に包まれて、その光はあそこまで届いていたけれど、同時にアルバートさんを包んでた。婚約者だって言ってたけど、多分本気で好きなんだろうなと思った。もし今日の事を覚えていたならアルバートさんと秘密の共有が出来るんじゃ無いかって思う。そうなれば、もっと関係は近くなるんじゃない?
「アルバートさんの事が大好きって言ってるように見えた」
「あはっ!成程。ふふっ」
「多分ねぇ、アルバートさんとカレーナさんって相性良いと思うんだよね」
「どうでしょうかね」
「ん?合わない?」
「アルバートは……何と言いましょうか。独身主義とでも言っておきましょうか」
ほう、言えない何かがあるんだね?それは何かね、好きな人がいる、もしくは人妻に恋をしている。とかかしら⁉︎
「まぁ、なにはともあれ彼女の記憶は別の物とすり替えておいた方が良いでしょう」
残念だ。きっと彼女も今回の事で成長した所もあっただろうに、それを忘れるのか。最初は傲慢で意思疎通を図るのは難しいと思ってた。でも、彼女の聖願……私は好きだった。
「また会える?」
「えぇ、必ず会うでしょう」
ニコリとハリィが笑った時、談話室まで白い光が溢れアルバートの何とも言えない声と聞き慣れない呪文の声が聞こえた。
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