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第一章 転生と始まり

2それは愛想を振り撒くこと

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 これからをどうすべきか、アルバードは甲斐甲斐しくフロリアの世話をするハリィを眺めつつ、顳顬を押さえ溜息を零した。あれから取り敢えずアルバートの屋敷に連れて来たは良いが、騎士寮暮らしのハリィはフロリアが気になって仕方が無いと、アルバートの屋敷向かいに住む執事のメイヤードの家に転がり込み、毎日朝夕とやって来る。非番前日ともなると屋敷に居座ってはあれやこれやと主人の様な振る舞いをしているのだから、鬱陶しい事この上無かった。流石のアルバートもそろそろ何とかせねばと、自室に戻ると執事のメイヤードにどうしたものかと問いかけた。

「フロリア様をどうすべきかは、私に策は御座いませんが、トルソン様が滞在されます事に関しては、私も妻も一向に構いませぬよ?ですが旦那様。トルソン様も貴族街に屋敷がございますのにお戻りにはなられくて大丈夫なのでしょうか?」

 ハリィ•トルソン聖騎士副師団長はこの国のカルカートレー辺境伯の次男だが、聖騎士副師団長への昇進に伴い皇女と結婚する事となり、一気に侯爵と言う爵位を陞爵したシンデレラボーイだった。そして彼は独立の際、父親より祝いとして辺境伯所有の貴族街にある屋敷を引き継ぐ事になったが、そこに彼が住む事は無かった。現在その屋敷にはハリィの妻であり皇女であるマリーナだけが住んでいる。
 ハリィとマリーナ、彼等の結婚は王命で結ばれた婚姻であり、紆余曲折はあったが、当人達の意思は介在していない。そして最悪の悪縁の所為で2人は度し難い程相性が悪かった。そんな二人は未だ白い婚姻のままだと言う。

「……仕方がない。冬のむすびだからな。屋敷に住むのは許しても、共に生きて行く事は無いと割り切ってるんだろう」

〈冬の結〉それは雪解けが無い、分かりあう事、譲歩する事が無い、膠着している事を表した貴族風の良い回しだった。メイヤードはそれを聞くと、軽く肩を上げ、まるで「それでは仕方ないですね」とでも言いたげな顔をした。

「あいつはそもそも他人は操る物だと思ってる。だからあの子供に執着するアレに俺は驚いているんだ」

「そうで御座いますね。あの様なお顔をされる方だとは私も思いも致しませんでしたし」

「特にマリーナとの婚姻は悪夢だろうしな。夫婦生活など上手く行く筈も無い」

「それは何故でございますか?」

「あいつの母親を死に至らしめたのがマリーナだからだ」

「……それはまた」

「陛下がカルカートレーを脅威と感じているのは分かるが、圧力を掛けるためにこの婚姻を結ばせたのは悪手だったな。カルカートレーもハリィが陞爵して独立したのをこれ幸いと家族では無いと公言したからな」

「……御母堂を亡くされ、家族と縁を切られる。そして得た物が仇だなんて、ハリィ様の御心がフロリア様によって癒されているのなら……よろしいのですが」

「あの子供の存在だけで消える程あいつの憎しみは生易しくは無い……俺はあいつがいつか弑逆するのではと気が気じゃ無いんだがな」

「……」

 それ以上は自分達屋敷勤の者が耳に入れるべき領分では無い、そう感じたメイヤードはそれ以上何も言わずに飲み終えたテォーカップをトレーに乗せると「失礼致します」と言って執務室を出て行った。


「にしても、あの子供。どうすべきか」


教会にも渡せない、王室へ報告も出来ない。八方塞がりだ。今、王室を掌握しているのは王妃ベリエリィ様だ。あの方は聖女という存在を事の他忌避しているし、陛下も王室よりも支持率の高い聖女という存在を表立って悪様には言わないが厭うていらっしゃる。そんな状況であの子供を連れて行ってみろ。喜んで引き取った後、人知れず殺すのだろうな。はぁ……本当に参った。

「師団長、宜しいですか?」

 ノックの音共にハリィの声が部屋に響き、アルバートは「あぁ」と返事をして顔を上げた。


「師団長‼︎聞いてください、フロリア様すごいんですよ!私を呼んだのです!さ、さ!フロリア様、もう一度私を呼んでください!」

何事かと思えば、子供がハリィを呼んだ?だから何だ‼︎こっちはお前とその子供をどうするかで頭を悩ませていると言うのに!

「パーパ」

 まだ3歳にも満たないだろう、ウォーターオパールの瞳の子供は愛想を振り撒く様に、ハリィの胸元にしがみつきながらニコニコと笑ってハリィを「パパ」と呼びやがった。おいっ!ハリィ……お前、この子供をどうするつもりだ!

「師団長ぉぉ!聞きましたか?私をパパと呼びましたよ!あぁっ!何と可愛らしいのでしょうか!」

「……」

「ささ、もう一度。もう一度私をお呼び下さいフロリア様」

「パーパァ‼︎」

「はいっ、私はフロリア様のパパでございますよ!」

「……」

「ママ」


 陛下や上位貴族と会う時の様な、作り笑いに猫撫で声では無いハリィの本気の喜びの声に俺が頭を抱えていると、フロリアの声で「ママ」と言うのが聞こえた。我が家のメイド達も今やこの子供に夢中だ。一体誰を呼んだのか……俺が溜息を吐くとハリィの吹き出す声が聞こえ、何だ?と俺が顔を上げると、子供は俺に向かって手を伸ばし嬉々として「ママ」と言う。

「……嘘だろ」

「くくくっ‼︎師団長良かったですね」

「おいっ‼︎ふざけるなっ!誰がママだっ!」

 フロリアの目には赤子の割にしっかりとした意思が篭っている様で、その瞳を少し細めたのを俺は見逃さなかった。こいつ……まさかわざと、なんて事ないよな?しかし、あの目。陛下の側仕えが俺に見せる馬鹿にした目と似ている。おいおい、まさか本当に俺達を認識しているのか?

「ほぉ……俺がお前の母親ねぇ」

俺は立ち上がるとハリィとフロリアの前に歩み寄った。そしてフロリアの丸いブヨブヨした頬を掴むと顔を上げさせ、その目に宿る意思を探る事にした。

何を考えてやがる?

俺のせん事を察知したのか、ハリィは俺の腕を掴み声を荒げた。しかし、今ここでこいつの中を覗かなくては……ただでさえ爆弾を俺達は抱えているんだ。その爆弾がどういう状況かを知っておくべきだろう?


「師団長‼︎まさかっ!」

「黙ってろ」

俺はハリィの制止を片手で制して魔力を込めてフロリアの目を見た。一瞬、キンッと魔力を拒否する抵抗があったが、俺は構わず魔力を注いで思考を読む。


『な、何‼︎こいつマジ怖いんですけど!生きるために仕方なく愛想振り撒いてるのに、こいつだけマジ難攻不落なんだけど!くっそー、折角クソ可愛い子に転生したってのに……いきなり餓死寸前に育児放棄とか無いわー……このハリィって人にしがみついとかないとマジ死ぬわ。恥ずかしいとか言ってられない、パパでもママでもダーリンでも何とでも呼んでやる!』


……ほぅ。転生だと?しかし、なんだ。聖女の子供にしては口が悪いな。それに意識年齢はこの身体よりもだいぶ上なのか?良くわからん事をつらつらと考えてはいるが、自分の状況を良く理解している様だな。実に面白い。

「フロリア、お前の本当の名は何だ?」

 アルバートの問いかけに、ハリィは首を傾げながらフロリアを見下ろした。そして、アルバートの言葉の意味を理解しているのか、急にガチガチと震え固まったフロリアの顔が青ざめるのを見た。


「師団長!フロリア様が怖がっているじゃ無いですか!」

「大丈夫だ。こいつは怖がっているんじゃない。何故バレたのかってびびってるだけだ……そうだろ?転生者」

「て、転生者?」

ハリィはフロリアを抱え直すと、ぐっと持ち上げ瞳の高さを合わせて見つめ合った。

「フロリア様はどなたかが転生されたお姿なのですか?」

「その様だな。さぁ、お前は誰だ?」


……何でこの人私の考えが読めるの?も、もしかしてさっきの頭がキンキンするやつで私に何かしたの?怖っ!異世界怖っ!

 私はこの世界にどうやら転生した様で、目覚めてから怒涛の展開を経て今このアルバートと呼ばれる人の家で暮らしている。最初に私を抱き上げてくれたわんこ系美青年のハリィさんは、通いなのか朝食、昼食、夕食の間しかこの家に来ない。後、お仕事がお休みの前日にここ来る位だ。なので、私の世話の殆どがこの家の召使いさん?メイドさん?執事さん達による物だ。最初は薄汚れた私を世話する事になったまだ10代前半の女の子は、嫌々私の世話をした。それはそうだろう。なんたってど紫のベトベトの残りが髪やら爪の間やらに絡まって、相当気持ち悪かった様だから。しかも、子供の世話などした事が無いのか、何が必要でどうすれば良いのか分からず混乱していた。可哀想な事をしたなぁ、本当なら見た目はハイスペなここの旦那様の世話をしたかったんだろうし。しかしこの旦那様、超怖いんですけど……銀に近い金髪に鋭い眼差しを向ける真っ青な瞳。今もまた私を睨んで名前を言えと言う。


 名前なんて言ってどうするのよ。この世界じゃ日本での名前なんて意味無いじゃん。

「それは違うぞ。転生者ならお前が覚えている名が魂の名前だ」

魂の名前?何それ。魂に名前があったからなんだって言うのよ?

 私も相当このイかれた状況に馴染んできているのか、彼の言葉を普通に受け入れている。まぁ、早々に自分の状況を把握しておくべきかもね。何度もお前は誰だと聞くけど、そんなに知りたきゃ教えてやるわよ!隠しても隠さなくてもあんまり良い状況じゃ無さそうだし。


「……わらしは皆城聖みらしろひりり

うぐっ!まだ発音が上手くいかない!皆城聖みなしろひじりって言えない!

「ミナシロ ヒジリ?名前がミナシロで家名がヒジリか?」

「師団長?」

「ちゃーう!」


違うよ!姓が皆城で名前が聖!こっちは西洋みたいに逆なんだね。なら二人の名前はなんて言うんだろう。アルバートさんに、ハリィさんって言うのは知ってるけど、アルバート何さんなんだろう?


「俺はリットールナ聖騎士団師団長、アルバート•フェルダーン、お前のパパはハリィ•トルソンだ」

「え?何ですか?フロリア様が私達の名前を知りたがっているのですか?師団長!」

「そうだ。こいつの魂の名前は、ヒジリ•ミナシロと言うらしい」

「ヒ、ヒジリィ……様、ですか?何とも難しい発音ですね」


何だろう。全部筒抜けなのがすごく嫌。しかも様付けって……何?もしかして私すっごく高貴な生まれ⁉︎ヤバっ!あれでしょ?チート能力でハーレムルート爆走して、悪役令嬢とか魔王とかをやっつけちゃう奴でしょ!

「チート能力?悪役令嬢に魔王とはなんだ」

「師団長、ヒジリィ様は何と?」

「自分が高貴な生まれなのに興奮している。チート能力を持っていて、ハーレムに憧れ劇団に入団して主人公役をしたいそうだ」


違う‼︎劇団とか入りたいなんて言ってないから!それにヒジリ!

「劇団……で、ございますか?チート能力とはどんなお力でしょうね」

「さぁな。確かなのはこいつが短絡的で馬鹿げた思考の持ち主だと言う事だな」


酷い言い様だ。こちとらこの世界の事など何も分かってないって言うのに。

「ふんっ、そんな事よりも……ヒジリのこれからをお前は悩んだ方がいいぞ……いつまでもこの屋敷で匿う事は出来んからな」

「……そう、ですよね」


え?何……私、匿われてたの?この家の子として育てて貰えるんじゃ無いの?

「甘えるなヒジリ。俺はお前をこの屋敷に留め置くつもりは無いからな。お前はある意味犯罪者の子供としてこの国で一番危険な存在なのだ」

「師団長‼︎そんな言い方っ!」

「こいつに転生者としての記憶と頭があるのならこれ以上幼児として扱う必要は無いだろう。お前をパパと呼んだのだって、お前を味方に付ける為だったからの様だしな」

「ひろいっ!ばらすのさいてい!」


思わず口を突いて出てきた言葉に、私は思わずハリィさんを見上げた。つい先程まであーとか、うーとかしか言わなかったのに「パパ」と言い出した挙句にはっきりとこのアルバートさんに対して受け答えしたのだから……「騙された」「気持ちが悪い」「馬鹿にしていたのか」そんな言葉を言われるかもしれない。どうしたら!どうしたらいい?この人が構ってくれないと私、本当に路頭に迷っちゃう!

「……左様でしたか。私に味方であって欲しかったのですか?」

すこし寂しそうで、裏切られた。まるで先程まで嬉々として立ち上がっていたであろう犬耳と尻尾がダランと下がったような……そんな風にも見える彼の表情。私は、彼の言葉に、表情に心がズキズキ傷んだ。この人は本当に私を心配して、我が子の様に可愛がってくれた。なのに、私はこの人に守ってもらう為だけに愛想振り撒いていたんだから。


「……ごめんなさい。ひとり、こわいの。ここわたしのせかいちがうから。はりぃやさしい……パパになってくれたらいいておもったの」


これは嘘じゃない。こんな身体で一人では生きては行けない。なら、優しい彼が父親として私を受け入れてくれたら……そう思った。

「そんな事をお考えだったのですね。私は貴方様の魂が転生者の物であったとしても、フロリア様を……いえ、ヒジリィ様が大好きなのに変わりはないのです。……子供である振りをなさっていても構いません。これからも私をパパと呼んで下さいますか?」


優しい。今までの人生で、彼程優しい人を私は知らない。誰かに優しくする人間はいつだって打算的だと思っていたし、それはその通りだった。でも、もしかしたら私がそうだったから……そんな人間しか周りに居なかったのかな?

「はりぃさんがいい!」

私は思わず彼の首元に抱きついた。それまでの不安や恐怖、彼なら受け止めて貰える気がしたから。


「フロリア様……貴方様は私の美しいフェリラーデでございます」

フェリラーデ……何だろう。なんだって良い、私にはこの人しか頼れる人なんていない……こんな訳も分からない子供を何も言わずに可愛がってくれるのはきっとこの世界では彼だけだ。これからは彼を騙す事は絶対にしない……ちゃんといい子として言う事聞くよ。

「はりぃさんこのせかいのパパになってくれう?」

「‼︎……勿論、勿論でございますよ」

この言葉に、アルバートさんはものすごい剣幕で私を睨んだけど、ハリィさんという防波堤を手に入れた私は怖くないもんね。

「ヒジリ、分かってないな。俺はこいつの上司だぞ?そんな脆い防波堤でどうにかなると思っているのか?」

「!!」

しまった!!味方に付けるならこっちだったか!

「お前……本当に浅はかで馬鹿だな」


うんざりしつつも、ニヤニヤと私の短絡的な思考を小馬鹿にするアルバートさんに、ハリィさんが私をぎゅっと抱きしめ怒ってくれた。


「アルバート‼︎いくら上司で親友の貴方でも許せませんよ!私の娘を馬鹿にしないでください!」

「はっ?お、おい、ハリィ‼︎お前、本当にこいつを娘にするつもりかよ」

「私達以外に、フロリア様を一体誰がお守り出来ると言うのです……不安に駆られ誰かに縋りたいと思うのは当然ではないですか。それが王室でもなく、教会でも無く……私であった事を、私は嬉しく思いますよ」

うん、この防波堤、全然脆く無い!やっぱりハリィさんで正解だったね!









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