狼と人間、そして半獣の

獣語 躍動編

ウィラーの捕縛

「この神獣崩れが！」

身重のファルファータと睨み合うウィラー。
ファルファータは獣体化し、魔力とは別の力【妖力】を以て孝臣ケードの前に立ち、今にもウィラーを喰い殺さんばかりに荒ぶっている。そんなファルファータに対しウィラーも界渡から奪った力を出し惜しみせず対峙していた。


「そうさ、とうに昔話なんだよ！私達が神の一柱だったなんて事はお伽話なのさ。そう、あんたもね」

「笑わせる。この地が反転するずっと前から私はこの世界の主人なのだ！神話となったのはお前らだけだ」


【反転】その言葉にアルハイドはウィラーを疑問の目で見ていた。一体何を彼等は話しているのか全く理解できず、また話しを遮る事は許されない雰囲気にグッと拳を握り周囲を見渡した。

　ここにケードとボルチェストの者が居る。と言う事はロードルーの騎士隊もいる筈だ。司教達が離れた今、攻め込まれたら私だけではウィラー様を守れない。……守れない？何故、私はこの人を守ろうと思う？捨て子であった私を拾い育てて下さった親代わりだからか？我々の様な行き場のない者を救おうとする求道者だと信じたからか。だが、今のウィラー様から我々を想う姿は見れない。


「死ねぬ呪いを掛けられたが、この星の寿命が尽きるその時死ねる筈だった。しかし神は非常にも世界を！この星の時を反転させ過去へと進ませた！既にこの星が生まれてからの歳月はとうに過ぎ、別の未来を歩み始めおった……私に死を与えぬ為だけに【反転】させたのだ！それから私の悲願は神への復讐のみよ。それを邪魔すると言うのなら妖狐であっても許さぬぞ！」

「馬鹿だねあんたは。どんな事があってもあんたは死ねないんだよ！無駄な足掻きで命を弄ぶんじゃないよ！」


　死ぬ……為に、神へ復讐する為にウィラー様は我々に人々を、同胞を殺させたと言うのか？そんな事の為に、我々は心を殺して界渡を辱め、懇願する彼等を殺したと言うのか？


「ウィラー……様、それは誠でございますか？我々を安住の地に導いて下さると言うあの言葉は嘘であったのですか……」


はっとして、ウィラーはアルハイドに視線を向けた。
今はまだ司教達を失う訳にはいかないウィラーは、身体に纏った魔力やスキルを解くとアルハイドの肩に手を置いて首を横に振った。


「私には復讐でも、お前達にとってはあの地こそが安住の地となるだろう。私を信じなさい」


微かに抱いていた疑問が、明確に【使われていた】という答えとなりアルハイドの心を急速にウィラーから離して行った。もう、この男の手足となる事は出来ないと、アルハイドはウィラーの手を払うと後退り、領事館の扉を開けた。


「アルハイド‼︎」

「ウィラー様……私の命を、貴方の復讐の為に使うのですか？」

「何を馬鹿な事を言っている。そんな訳がある筈が無いだろう！」

「アルハイド、あんたは何にも知らないんだね。神の国は安住の地なんかじゃないんだよ。あそこに獣人はおろか人間が生きて行ける場所じゃないんだよ」

「ボルチェスト‼︎黙れ‼︎」

「あそこは星でも国でも無い。死者の世界、輪廻転生を差配する場所。元々は汚れの無い魂だった此奴はその世界で神の寵愛を得たがね、調子に乗って神の真似事をしたのさ！執着も名残すらもなく輪廻に戻る事も出来ない此奴を神は消滅させようとした！けどそこで初めて魂に執着したこいつは神に逆らい輪廻に還ろうとした……だから死ねぬ呪いをかけられたのさ！寝物語に耳が腐るほど子供の頃聞かされたよ！愚者ジャクソンの話をね！まさかそれがあんただなんてね」


ウィラーの隠していた全てをファルファータに暴露され、ウィラーはワナワナと震えながらファルファータを睨み、孝臣ケードをいっその事殺そうと飛び掛かった。



「今だ！捕縛しろ！」


何処からともなく声がして、領事館一帯に敷かれた魔力制御の陣が発動し、ウィラーの身体は鎖の様な魔獣捕縛用の網で地面に押さえつけられた。


「‼︎」

「確保‼︎ウィラー確保‼︎」

「魔導師を呼べ！魔力を封印しろ！」


バタバタとロードルーの騎士隊や、ザーナンドの獣戦士、ザギの専任冒険者達が現れた。そしてロイがウィラーに駆け寄り手足に魔力制御の枷を付けて背中を膝で押さえつけた。


「ウィラー‼︎貴様を保護対象の界渡の殺害、密入国の罪で逮捕する！」

「ぐっ！愚かな！愚かな獣人め！」


吐き捨てる言葉とは裏腹に、ウィラーの目は冷静だった。