狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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獣語 躍動編

一時の安息

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 陣囲の効果は覿面であった。陣囲を刻む際の痛みや傷もポーションで回復したナナセは、先程まで横になっていてもグラグラと大地が揺れる様な眩暈と脱力感、倦怠感が嘘の様に落ち着いた事に驚いていた。


「ファロ……嘘みたいだよ」

「もう、大丈夫なのか?」

「うん。ごめん……沢山心配させたよね」

「大丈夫だ。お前が無事ならそれで構わない」


サリフとルルバーナが隣の部屋で話し込んでいる間、ファロとナナセは抱き合い未だ解けぬ緊張感の中で一時の安らぎを感じていた。


「これから……どうなるんでしょうか?」


少し離れたソファに座るヤンがぼそりと呟き、ナナセとファロは振り返りヤンを見た。
確かに、まさかここにウィラーが現れるとは思わなかったナナセとファロはヤンを慰めた。


「俺、良く分からないんですけど」

「うん。私が知っている事はお教えしますよ」

「ありがとうございます、ナナセさん」

「で、何からお教えしましょう」

「まず、神の国とはなんでしょうか?まさか、本当に神仏の居る場所……なんて事は無いですよね?」

「多分違うと思います。本当にそんな世界に行きたいのなら私達が手を下さなくても死ねば良いだけなのですから」

「ですよね。なら……俺達と同じ様に異世界という事でしょうか?」

「可能性は高いと思います。ウィラー自身が界渡だとサリフさんは言っていましたし……ただ、地球に戻れた私から言わせてもらうと、この世界で何かを行っても無駄だという事です」

「……地球側からの何かしらのアクションが必要という事ですか?」

「ヤンさん、何故茶器が奪われた後倒れたか分かりますか?」

「……いいえ」

「私達自身の魂や生命があちらの世界の道となる茶器やスキル、そう言った物と繋がっているからなんですよ」

「茶器と俺の命が繋がってる?」

「明確に言えば、地球で存在していた命とこの世界に存在する命を繋いでいるんです」

「な……なんで茶器?ナナセさんは刀なんですか?」

「わかりません。私は地球に戻る事が出来ましたが、何を犠牲にしたのか思い出せないんですよ。きっと、忘れたくない、命と同等に大切な物だった筈ですが……何であったのか。ただ、その失った物や、茶器の様にあちらの世界から持ち込んだ物が鍵となるんだと思います……私にはそれが二つありました。ですが、その二つを命を守る為に使ってしまった」

「使ってしまったから……その存在自体が無くなったという事なのでしょうか?」


 そういう事なんだろうけれど、全てが霧に隠れた様に分からなくなってしまった。一体、私の命を繋いでいた物は何だったのだろうか?刀は実際に物があるわけじゃなく、スキルという形で刀なだけだし。

義親の消失と共に失われた記憶は戻ることなく、ただ歪に繋げられた記憶としてナナセに植え付けられており、2つの大きな何かを失ったという事実だけが胸の奥底にあってナナセを不快にさせている。彼の記憶は歪んだままなのか。それは分からなかった。


「どうなのでしょう。私にも分かりません」

「ナナセさんがそのスキル?で俺と地球を繋いでいた繋がりを斬ってくれたから俺は死なずに済んだという事ですよね」

「そういう……事になるのだと思います。いくら命を助ける為とはいえ、ごめんなさい、大切な過去や繋がりを断ってしまいました」

「それは仕方がないですよ。この世界で死んだとして地球に戻れるかどうかなんて誰にも分からないじゃないですか」

「……そう、なんですけどね」

「あの、ファロ……さん」

「何だ?」

「ファロさんはナナセさんと一緒にあのお爺さん……ウィラーさんでしたっけ?あの人と一緒に行くんですか?」

「俺はナナセと共には行けない。別行動になるが、必ずお前達を助けに行く」

「何か策があるんですか?」


ナナセとファロは顔を見合わせ、ヤンに話すべきか考えた。しかし、ウィラーが隣の部屋に居る状況で何かを話せば聞き取られてしまう可能性もあり、二人は首を横に振った。


「取り敢えず、私はウィラーと共に行くつもりです。命を狙われ続ける位なら行って、彼が何をしようとしているのか、本当に私達の命を奪うつもりなのかを見極めようと思っています……ファロはここに残って子供達をこの国で守って貰うつもりです」


「あ、お子さんいらっしゃるんですよね?どんなお子さんなんですか?ナナセさん似ですか?ファロさん似ですか?」

「ファロに良く似ていますよ。写真見ますか?」

「見たいです!」


ナナセはマジックバックからチェキで撮ったバシャとクロウの写真を見せた。


「うわぁ‼︎可愛いですね!この真っ黒な毛の子がお二人のお子さんですか?隣の子は……ライオンですか?」

「はい。私達の子がクロウ、隣のライオンの子が獣王国ザーナンドの皇太子バシャです」

「凄い!ライオンってやっぱり百獣の王なんですね」

「ふふふっ!私も初めてドルザベル王とお会いした時はそう思いましたよ」

「バシャもクロウも、私達の可愛い子供です」

「え?バシャ君もナナセさん達のお子さんなんですか?」

「の、様な物で。色々ありまして我が家にホームステイする予定だったんですが、こんな厄介な問題に巻き込まれてしまいまして。はぁ……ここに呼び寄せたのは間違いだったな」

「え?バシャールに来てるんですか?」

「今向かってる筈です。道すがら私が襲われた事もあって、子供達は遠回りをしてこちらに向かっています。後三日は掛かるでしょうか」


 その頃、クロウとロードルー第五王子ウィリアムと第七王子のケーヤルンは馬車に揺られていた。


「ままとぱーぱ何してるかなぁ」

「今頃ルルバーナ陛下と会って話でもしてるんじゃないか?」

「兄上、バシャールは寒いんでしょうか?」


子供達の世話役として同乗していた騎士隊紫軍隊長カラハムは、ニコニコと微笑みながら『今はそこまで寒くありませんよ』と答え、窓の外で並走する副隊長に先行していた隊員の情報を聞いた。


「この先周辺は問題ありません隊長」

「そうか。次の宿場まで開けた道のりだが、集落が少ない場所は警戒を怠るな」

「はっ!」


カラハムは溜息を吐く。バシャールやロードルーから齎される情報を聞く限り、バシャールに行く事もウィラーの襲撃にあったというロードルーへ行く事も危険な気がした。何よりも優先させるべきは子供達の命であったが、国で戦闘となった場合ロードルー王国皇太子ルークも親征するが、他の王子達は各所に準備した隠れ家に避難させたと聞いた。第五王子と第七王子、そして冒険者黒雷の子供をたった一個小隊規模の人数で護衛しなくてはならない事にカラハム頭を悩ませた。


「ここで襲われたら隠れる場所も無いな…」


こんな時の愚痴程、高確率で当たる事を知っていたカラハムは地図を広げた。






















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