狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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獣語 躍動編

愛してた、そして愛してる。

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 急速に医務室の空気圧と魔力圧は双方反比例するかの様に上がったり下がったりしていて、男は立つ事もままならずに床に這い蹲りナナセに腕を伸ばした。このままではこの空間ごと異空間へと吸い込まれてしまう。そう思いながらも、一歩も前に進めない。

「くそっ。えぇい!ゲンソウ‼︎迎えに来い‼︎」

『はっ!主人よ今すぐに!』


主人に忠実な影は、そのスキルを使い男を呼び戻そうと歌を詠む。

〈下の帯の道はかたがたわかるとも ゆきめぐりてもあはむとぞ思ふ〉


透き通る声は空間を貫き曲がりくねり、直進して、求める者を探し出した。しかし、何も発動せず影はスキルが身体に戻ってきた反動で、遠く離れた場所で倒れ込んだ。


「ゲンソウ⁉︎何故来ぬのだ!」

『弾かれております!届かぬのでございます!主人!主人!ご無事なのですか⁉︎我が主人よ⁉︎』


部屋の中は急激に圧縮し始めて、ナナセの身体も腕はひしゃげ、足はあらぬ方向に向きながら、立ち昇る魔力にバサバサと棚引いていた。貫いた剣が唯一、ナナセの身体を支えている。


「何という!口惜しい物よ……儂も此処で死ぬのか?……ゲンソウ!良いか、儂が死のうとも!元の世界に戻る事、諦めるでないぞ!」

『主人⁉︎嫌です!嫌です!私を愛していると仰ったでは無いですか!主人‼︎』


「クソったれめ。この様な事に尾を使うとは!リンを馬鹿に出来ぬな。ゲンソウ…我愛は全てお前の物ぞ!がぁぁぁぁぁ‼︎」


己の尾を全て切り落とした男は、その魔力の源を掻き集めると腕に刻んだ誓約魔法を通して、影へと送った。そして、よろよろと這いつくばりながら魔法陣に近づくと、もう片方の腕の制約紋をナナセの身体に翳す。


「えぇい!儂はまだ死なぬ!死ねぬ!」


膨大な魔力は、制約紋に抑え込まれる様にナナセの身体中にゆっくりと収まりながら周囲を更に圧縮し、限界まで来たのか破裂する様に医療棟のフロアに衝撃波を放った。






「七瀬」

義親は今にも粉々に崩れそうなナナセの魂を抱き締め呟いた。


「七瀬、俺が守ってやる。いつだってそうだったろ?」


全て見ていた。俺は幼い頃からお前だけを見ていた。
狼に抱かれ、愛に満たされたお前は美しかった。
それが俺で無かった事が唯一悔しかったが、それでもお前の幸せな姿を見ているだけで満足だったよ。


「七瀬、何でお前なんだろうな?言っても仕方ない事だけどな……愛してたよ。ずっと、ずっと……お前だけを愛してた」


義親は目の前に現れた扉を見つめた。ゆっくりと開かれる扉、そしてそこから現れる手に引っ張られながら、ナナセの魂をそっと手放した。


「無駄な物は俺が持って行く……大丈夫だ。が居無くても、お前は戦える。でも、俺以外の日本刀は使ってくれるな……妬けるから」


膨大な魔力が扉から溢れ、絡み付く様にナナセの魂に纏わりついていた物を奪い、『代償を』そう響く声はナナセに棲み着いていた義親の想いと記憶の全てを攫って行った。


「七瀬!七瀬!七瀬……七……瀬……な……せ」


最期まで、細胞の一つから全ての記憶の一片すらも……俺は七瀬を愛しているよ。またな、また……世界の何処かで会おう。

「あ……り……が……」


静かに戸は閉まり、義親の言葉を掻き消してしまった。
吉野義親。その存在は、この宇宙の全てから消え去り、もう何も残ってはいない。

そして、時を遡るかの様にナナセの魂の記憶の全てが改竄されて行く。

公園のブランコでナナセは1人揺られている。空間が捻じ曲がった様に、隣には同じく揺れる誰も居ないブランコの記憶。剣道場で1人修行するナナセ。向かいに広がるのはナナセを遠巻きにする同じ部活の仲間達。玉龍旗では団体戦ではなく個人戦でナナセが優勝し、1人無表情なまま写真を撮られている。友も出来ず、孤独に剣を置いたナナセは新たな人生を願った。


「誰か……私を必要としてくれないかな。私みたいな人間でも……誰か求めてくれないかな?」


 何故だろう。泣きたくて、泣きたくて。ただ泣きたいのは何故なんだろう。泣きながら目覚めた時、まだその悲しみから目覚めたくなくて何とか眠るけど、もう2度とその夢を見る事はない。次目覚めた時にはそんな事も忘れている。その理由の欠如にまた悲しくなるんだ。


「ナナセ‼︎ 死ぬな‼︎死ぬな‼︎ 何故なんだ⁉︎何故お前はいつも俺を怖がらせる……良い加減にしてくれ‼︎」


微睡む美しい夢を覚ますのは、聞き覚えのある愛しい者の怒号だった。カチャリと嵌る記憶のピース。歪に正された全てに意識が戻って行く。


「ファロ、死んでないし……怖がらせてなんか無いでしょ……起きてるよ」


でも、さっきまで私は死んでいたのかもしれない。何か大きな物が抜け落ちて、急に軽くなった身体が悲しい。


「だが!見てみろ‼︎この爆発で……生きているとは思わないだろ⁉︎」

「爆……発?」

「そうだ、このうつけめ!ナナセよ、己の持つ物の把握位しておけ!この馬鹿者が!お陰で儂は尾を全て失ったわ!まぁ、ゲンソウから取り戻せば良いだけだが……ナナセよ。お前、異界と繋がったのではないか?」

「あ…の、どちら様ですか?」

「はぁ……全て水の泡よな。儂はサリフ、サリフ•ガンリーバ•ボルチェストだ」

「ボルチェスト⁉︎リンさんの……身内の方ですか?」

「儂とて嫌だが彼奴は孫だ」


ナナセはファロを見ると、コクリと頷いた為、それが本当なのだろうと思いはしたが、信じられない。といった目でサリフを見ていた。


「それより、異界と繋がる?何の事です」

「あの膨大な魔力。そしてその力の消失……そなた神の国とやらに行ったのではないか?」

「さっぱりです」

「……まぁ良い。気分はどうだ」

「何ででしょうか?最悪で最高な気分です。何か失ってはいけない物を失った様です」


ファロを愛してる。でも、それよりも深い愛を私は失った様な気分で、両親の死、そして誰かの死を悲しんだ時の様に心が悲鳴をあげている。
何が私に起きたと言うんだろう?ファロの愛を失った?いや、今でも彼を愛して止まない。世界で一番、美しくて、優しくて。愛しい。なら、私は何を失った?






















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