狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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獣語 躍動編

青天の霹靂

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 馬車の中から見るバシャールの街並みは、現代ヨーロッパの様な雰囲気があった。ナナセはまるで旅行にでも来たかの様にはしゃぎ、ファロはそんなナナセを背後から抱きしめ、頬を擦り寄せあっていた。

「ナナセ、こっちに来い」

言われるがまま、ナナセはファロの膝の上で横抱きにされると、昼食として出された果物や軽食をファロの手から食べていた。

「美味いか?」

「うん。美味しいよ?ファロはどれ食べる?」

「俺は良い。お前が美味そうに食っている姿が見たいだけだ」

「ふふふ」

相変わらずの二人のやり取りを、流石のベルドゥーサも見慣れてきたのか何も言わず、書類に目を通しつつ周囲の警戒をしていた。

「ナナセ、ファロ。状況は分かっているな」

「あぁ。ザギの足止めはどれ位保ちそうなんだ?」

「良いところで半日だろうな」


 この3日間は穏やかだった。それはベルドゥーサ率いる冒険者と軍の混成チームが常に街道警備を徹底していて、鼠一匹すらその警備網を抜け出す事は不可能な程だったからだ。
そのベルドゥーサは、ナナセ達の馬車に同乗してからずっと、兵士の配置について考えている。

 バシャールに専任冒険者は居ない。それは国内戦力が冒険者の戦力より上回っているからなのだが、その最も大きな理由が地形である。バシャールは統率力が物を言う地形をしていて、一見して平坦な場所が多い様に思えるのだがその実、山を切り開いて出来た国のため急勾配な道や高台が守りを固めたい場所には多くあった。この地形は、内から外への攻撃には優位ではあるが、中に入り込まれると相手によっては戦力の分散が必須となる為、劣勢となる事がある。そんな場所では統率の取りにくい冒険者達は邪魔でしかなかった。だが、きっとウィラーはロードルーでは無く、バシャールに来る。そんな予感にベルドゥーサは最大戦力を国内に集結させていた。そして、百戦錬磨にして、未踏破ダンジョンはもう無い彼は、そんな予感が的中するであろう事に自信があった。


「ナナセ、ファロ。着いて早々にはなるが、連携訓練に参加してもらう。良いな?必ずウィラーは此処にくる。目的はナナセかヤン殿かは分からぬが…」

「構いませんが、ヤンさんは良いのですか?」

「到着時間頃は寝ておられる。目が覚めるのは深夜か明日の朝5時頃の二度程度だ…後はずっと眠っている。本当ならケード殿にも来ていただきたかったのだがな」


まさかベルドゥーサから孝臣ケードの名を聞くとは思っていなかったナナセは驚いて尋ねた。

「なんで孝臣ケード君の事をご存知なのですか?」

「なんだ、知らないのか?彼は神属性の治癒スキルを持っている」


ナナセとファロは顔を見合わせると驚きながら、何かを考えている。
孝臣君にスキル?彼は界渡の様でいて純粋に界渡とは言えないのだと思ってた。だって、彼は自分の意思でこちらに来たのだし。大丈夫かな…今の彼にそのスキルの扱い方を教えられる人は居ない…もしスキルがちゃんと扱えるなら、それは彼を守る大きな力になる。でも、私が知る限りスキルを持っているのは私、ドーゼムさん、ファルファータさん、リンさん。この二人の物は、正確にはスキルと言うより種族の持っている力の様だ。勿論、この二人で出来ない事は無いだろうけど、教えるの下手そう……ドーゼムさんがそれに気付いて教えてくれるといいな。


「それにしても、神属性なんて属性が存在したんだな」

「あぁ、俺もそれを兄上から聞いて初めて知った。属性とはなんであろうな?界渡…そもそも何故ナナセ殿も含め、異界の者がこちらに来るのだ」


ナナセ自身、その事を何度も考えた。しかし、答えは出ず未だ疑問のままだった。


「何ででしょうね?私にもわかりません…予兆がある訳でもありませんからね」

「そうなのだな。ナナセ、タイワンとはどの様な場所なのか知っているか?」

「台湾ですか?旅行で行った事がある程度ですが、食事が美味しくて、風光明媚な場所が多いですね。後、信心深い人が多いイメージです」

 それから、ナナセとベルドゥーサは台湾や日本の事について話をした。何故ベルドゥーサが急にそんな事を聞いてきたのか、ナナセは不思議に思ったが、ルルバーナがヤンの部屋を台湾の雰囲気に誂えたいと言ったからだと聞いた。それを知って、ナナセはルルバーナはヤンの事をどうゆう風に見ているのだろうと思った。

もしかして、ルルバーナ陛下はヤンさんの事……好きなのかな?もしそうなら、何か力になれる事があれば良いんだけどな。この世界で独りは寂しい。私の様に、愛し愛されるのならどの世界であっても孤独にはならないだろうから。

 ついにバシャールに到着した一行。入国手続きをしている間、ナナセは周囲を見渡した。大きな魔石で作られた外壁が、山裾まで続いている。ナナセは、流石魔法科学国家にして武闘国家のバシャールだ、と目を見張った。

「圧巻の一言だね、ファロ」

「あぁ」

ファロはナナセを抱き上げると、ベルドゥーサの後を続いて関所を潜り、案内されるままに冒険者ギルドの運営する宿舎に向かった。
 
 誰もが二人を見て振り返る。特にファロへの熱視線は凄まじく、その多くは手合わせを願いたい、チームアップを頼めないだろうか?その様な願望を含んだ物であったが、それに気付かぬナナセは本人すらも知らぬ間に不機嫌になっていた。


「降ろしてファロ…」

「どうした?」


どうした?どうしただって?
ファロ…私を鈍感だといつも君やドーゼムさん達は言うけれど、この周囲の視線に気付かない程馬鹿じゃないよ。やっぱり思った通り、私が見ていない場所ではファロはこんな視線に晒されているんだ。
いつもはお前を狙ってるんだろうとか、あのマンリーはお前を見ていた許さないって怒ってるけど、私だって今とても怒っているんだ。


「やっぱり!やっぱりそうなんじゃない!」


やめて!ファロを見ないで!あぁ!何でこんなに苛々するんだろう?私だけが君を見て良いのに!見ないで!


「なっ、ナナセ。どうした?」

「皆ファロを見てる!何で?ねぇ、ファロ。もしかして喜んでる?見られて嬉しいの?私がいるのに!」


急に責め立て始めたナナセの言動が理解出来ず、ファロとベルドゥーサは首を傾げている。
ファロはナナセの顔をその手で包み込むと、今にも泣きそうな顔を見つめ、『どうした』と聞いた。


「ねぇ、ねぇ…君は私のだよね?皆そんなの知ってるよね?」

「あぁ、そうだ。皆知ってる……俺がお前の物なんだという事も、お前が俺の物だとゆう事も。皆分かっている」

「なら何で皆ファロを見るの⁉︎私の男を見ないで!……君は美しいよファロ…私は不安なんだ。君に、私よりも強い冒険者が声を掛けたらどうしよう、私より料理上手な男が現れたらどうしよう。そんな事ばっかり考えてる…今はそんな時じゃないのに!あぁ…おかしいんだ…眠りから覚めて、私は…何だかとってもおかしいんだ」


狂った様に泣き叫び、ナナセはファロに抱き付くとその場から動かなかった。何がナナセを不安にさせているのか、何が起きたのかが分からないファロは、抱き上げると『医師か魔術師を呼んでくれ』とベルドゥーサに言った。

 
 先日の眠りから覚めた後のナナセの不安定な心。もしかして、また元の世界に連れ戻されるのか?それともウィラーの件で何かが起きているのか?馬車の中のナナセはいつもと違って本能、欲、狂気に支配されていた様にも思う。何が起きているんだ!

 ギルドの医務室に運ばれたナナセは、子供の様に愚図りベッドの隅に蹲ってファロの名を呼び続けていた。ナナセ自身も、頭と感情のズレに苦しんでいる。


「ファロ…ファロ!怖いよ…助けて」

「ナナセさん、大丈夫ですよ。魔力診ますね?手を出して下さい」

「あっちに行って!側に来ないで!ファロ!どこにいるの?ファロ!」


部屋の外にまで聞こえるナナセの泣き声に、ファロは耐えなくてはと思いながらも、廊下をウロウロしながら毛を逆立てている。
そんなファロをソファに座ったままのベルドゥーサは溜息と共に見上げた。


「大丈夫だ。大方妊娠でもしているんだろう」

「は?…妊娠?」

「俺の妻もああだった。何にでも不安になって、不機嫌になって当たり散らして。兄上にまで暴言を吐いた時は肝が冷えた」

「そんな訳無いだろう!俺の発情期はまだ先だ」

「発情期じゃなきゃ孕まないのか?それにナナセは人間で界渡だ。分からないだろう?」

「……妊…娠」

「思い当たる節はないのか?まぁ、分からない程愛し合っていそうではあるな」


クスクスとベルドゥーサは笑っていたが、ファロは余計に不安になった。ここ2年、どんなに発情期に合わせて抱いても、ナナセは妊娠しなかった。もしかしたら、俺の子供では無いのでは無いか?だからあんなにも動揺しているのか?そんな事を愚かにもファロは考えてしまった。

カチャリと戸が開き、中から医師が出てきてこう言った。


「おめでとうございます。ご懐妊ですよ!ですが、お伝えしなくてはならない事が2点あります…とても大切なお話です。ご主人、少し宜しいですか?」


医師のその言葉に、ファロは今度こそナナセを本当に失うのかもしれないと思った。








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