狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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獣語 躍動編

カイサンでのリンの奮闘- サリフの力

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「お爺様…ありがとうございます」

「ぐぬぬぬっ‼︎ファルの為だ!お前の為などでは決して無い!」

「勿論です」

「で、何をしろと言うんだ…」

「…カイサンの内部に影を入れて頂きたいのです」

「ならば既におる奴を使え…テルメッソンが助けになるだろう」

「テ…テルメッソン⁉︎あのっ!テルメッソン内務大臣…ですか…」

「そうだ。あいつは私が育て上げた影…必要な情報も、力もあいつが貸すだろう…それで充分か?」


サリフは立ち上がると、机の引き出しから指輪を取り出してリンに

投げた。その指輪は大きな黒曜石が嵌め込まれ、その真ん中には

砕いたルビーでトレニアフという花が描かれていた。

トレニアフは別名、狐火と言われる毒花で、先祖代々ボルチェスト家の

裏の紋章であった。この指輪はサリフだけが持っていて、その

効力は金を積むよりも絶大である事をリンユーリンドは知っていた。

そして、それを受け取ると頭を下げドルザベルからの密書を手渡した。


「それと…界渡の保護をお願いしたいのです…ウィラーは各国で界渡を探し、捉えては殺し呪術に使っています…界渡の彼等は…我々獣人を愛せる深い懐を持っています…時には人よりも我々を信じ、その命を託す程に」

「界渡…か…カイサンには昨年まで半年に一度界渡が現れておったが…そう言う事か…」


その言葉に、リンユーリンドは目を見開いてサリフを凝視した。


半年に一度⁉︎

ならば既に何百人と居てもおかしくは無いし、呪術の為に彼等を呼んで

いたのならばもっとその情報は伝わっていてもおかしくない。

なのに何故、ナナセがターゲットになるまで誰もその事に気が付か

なかった…。

「お爺様…まさか、貴方が彼等を売り飛ばしていた…そんな事はありませんよね?」

「馬鹿者‼︎そんな事で人手を使っても利益にならん…だがな…一度、子連れの界渡を密入国させた事があった…教会で保護したいが、バシャールの警備局に目を付けられ処刑対象であると…故に力を借りたいと言われた…あの親子も…呪術に使われたのか?」

「なんと酷い…その子供はまだ幼かったのでしょうか?」

「報告では四つであったと聞いたが…」

「四つ…それはまた…幼いですね」

「お前、同情しているのか?」

「…信じられませんか?私が誰かに同情する事があるなんて。私は、どんな世界にあっても子を犠牲にする世界を許しはしない。それに、母もこの事を聞けば決してその者を許しはしないでしょう」

「ふんっ…相変わらず甘いなぁ、あの子もお前も」


蕩ける様な顔で、サリフはファルファータの肖像画を見上げていて、

その横顔にリンユーリンドは、何故この老害はそこまで母に

執着しているのだろうかと溜息を吐いた。


「お前はその呪術が何なのかを知っているのか?」

「はい…なんでも、異界へと繋がる為の物の様です」

「異界と繋がる?何のために」

「…そこまでは。ですが、界渡を得るために各国に戦の種火を撒き、目を逸らせようとしているのは明白…ロードルーに居るナナセ、彼はスキルと加護を持っています…その力、本領を発揮すれば他国には大きな脅威となるのは間違いありません」

「ならば、殺してしまえばよい。その者達こそが種火であろうが」

「……ごもっともです」

「だが…出来ぬか?」

「寝込みを襲っても無理でしょうね…それに…」

「それに?」


僕はナナセしか界渡を知らないけれど、彼等が好きだ。

無邪気で、無知で、浅はか。だけど僕等と変わらない…。

バシャ王子を見捨てられず怒りに涙するナナセを僕は美しいと

思ったし、馬車の中で膝枕をしながら撫でてくれたあの手の

温もりを信じたいと思った。

まぁ結局、保険として使ってしまったんだけど。


「お爺様…お爺様が身内以外を信じない事は承知しています。ですが、身内にも血の繋がらぬ他人はおりますよね…彼等が重荷となったとしても、お爺様は彼等を手放したり、見捨てたりはしない…それと同じですよ」

「……そうか…」


本来ならば、異界の者を助ける義理は無い。

ウィラー殿が彼等をどう扱おうとそれを非難する理由など我々に

ある筈もないのだからな。

彼にとって、界渡は羽虫と変わらんのだろう。

害虫なら殺し、有益なら使う。ただそれだけの事だ…。

だが、その羽虫が原因で戦となるのであれば話は別だ。

どちらかを叩き潰し、安寧を守るしかない。

動きたくはないがな、なにやらこの孫もまだ何かを隠して

おる様だし、ここは一つこいつの力量を計る為にも動いてみるか。


「儂も出よう」

「はい。…はいっ⁉︎え?出るとは…」

「儂が直接ウィラー殿を探る」

「いやっ、それはちょっと!」

「なんだ?影をちょこまか使うより手っ取り早くて確実であろうが」


いや、面倒事になるだろ!

下手したら何かを探り出す前にウィラーを殺しかねない!

それに、このジジイが持つスキルを使われたら僕達も困るんだ。

〈幻惑〉と〈血の誓約〉これを使われると血縁者は被術者と繋がる…。

ジジイが誓約を無効にしない限り、記憶も感情も共有されちまう

んだよ!だから隠し事も何も出来ない。参ったぞ…想定外だ。


「ファルの幸せが界渡にあるのであれば、守るしかなかろうが」

「……」

「なんだ?」

「いえ…」


ただ俯くしか無いリンユーリンドは、やはりこの祖父を頼ったのは間違いだったと

後悔していた。










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