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獣語 躍動編
A Lion and A Lizard
しおりを挟む一体何がどうなってこんな事になった?
ナナセが襲われる…そんな事があり得るのだろうか。
側には必ずファロが居ただろうし、陛下の影も着いていた筈だ。
マリエリバ陛下も、ナナセに執着していたとしてもこんな短絡的な
方法でナナセを奪う程愚かじゃ無い。
それに…マリエリバ陛下は隠れているつもりだろうが、今ロードルーで
コソコソとナナセの情報を集めている事はバレバレだ。
万が一、国の力を使ってナナセをどうこうしようとしていたとして、
ロートレッドとロードルーを往復して指示を出すなど、この国に居ては
そう容易く行えない。
何が起きているんだ…。
クロウや王子達は無事だと聞いたが、不安で胃がキリキリと締め付けら
れる。
まだ明けぬ闇の中、ドーゼムとロイは馬を走らせ王都門に辿り着く
と、開門された門の前で、警備する騎士隊員に声を上げた。
「赤軍ロイだ!通せっ!」
速度を落とす事なく突っ込んで来る二騎を、隊員達は驚いた顔で見つつ
も、それがロイである事が分かると魔道具のスイッチを切って2人を
通過させ見送っている。
「ロイっ!お前はどの程度情報を掴んでるっ⁉︎」
「我が国の影20名、バシャールに半数が既に潜入済み、残りは到着までの経路に配備していた。そしてナナセ達には紫軍とダブルが着いていた!」
「ダブル…陛下はロートレッドが動く事が分かっていたのか⁉︎」
「いやっ…可能性を憂慮されてはいたが、こんな手を打つとは思われてはいなかった筈」
「それでっ!どうやってナナセは襲われた!」
「薬が混入した飲み物を飲んだ上に、刺客に更なる薬物を飲まされ意識不明!刺客はファロ殿が殺害、後数名のロートレッドの影と思われる者を捕縛しましたが、何者かにより殺害されています」
「クソっ!ファロと騎士隊は何してやがった!あいつの鼻ならそんなモン直ぐに気付いただろ!」
「ファロ殿は分かりませんが、此方側にもダブルが居た様で…配給された飲み物に睡眠薬が仕込まれていた様です!外の警邏隊員以外の内部警備の者、紫軍も眠っていたと報告を受けました」
「何て様だ!俺も着いて行くべきだった!それに、何でファロはナナセを1人にした!」
「敢えてではないですか?敢えて敵の策に乗った…王子達の安全を考えた…違うでしょうか?」
「馬鹿言え!逆だろそれじゃ!策に嵌って守り手のナナセがやられちゃ王子達も道連れじゃないか‼︎クロウだって人質に取られていたかも知れないんだぞ!アイツ!驕りやがって!」
貴族街を駆け抜ける二騎は、霧で煙出した坂を一気に駆け上がって、
王城の門を潜った。
王城内は、叩き起こされた貴族議員10名と、騎士隊ルース元帥、各
科官僚長、そしてまだロードルーに滞在していたザギ国宰相ヨーリヒ、
カイサン聖魔法教会総長クシャバルがトーマスとサイランの私室の
リビングに呼ばれていた。
「陛下、一体何が起きたと言うのです!こんな夜明け近くに…しかも私室に呼ばれるなど…」
トーマスの叔父のフェロール公爵が、着の身着のままで登城したのか、
ガウンの前をサッと紐で結ぶと椅子に腰掛けた。
「叔父貴…ここに集まってもらった皆、頼む。今は身分や立場を忘れて協力して欲しい」
頭を下げたトーマスとサイランに、皆驚きと共に顔を見合わせた。
怒り、もしくは不安からなのか、独立不撓であると思っていたトーマス
が、皆に頭を下げ、微かに震えている姿は皆を真剣にさせるには十分
だった。
「陛下、落ち着きなさい」
水玉の寝巻きに、尖り帽子を被って今の今まで寝ていたのだろうと思わ
れる宰相タシャンドーラは、トーマスの横に立ち、肩に手を置いた。
「まず、何が起きたのか。結果、経緯、現状からお話下さい」
「…あ…あぁ…その…その前に…お前は着替えて来い。流石に見るに耐えん…なんだその格好…」
「……では、失礼して着替えて参ります。しかし、私同様の方々が多ございまいす…着替えをご準備致しますから、皆様着替えられては?」
そう言われて、皆、各々を見て吹き出した。
中には全裸にローブ姿のまま引っ張られて来たであろう議員もいて、
取り敢えず着替えようとリビングの隣りの部屋に移動した。
執事達が衣服を用意している間、トーマスはイライラして酒をグイグイ
と飲み、「ドーゼムはまだか」とサイランに聞いた。
「ロイが迎えに行ってるから…それに、ここからベルロイヤまで馬を走らせても最短で15分は掛かる…まだ、到着には時間が掛かるだろ」
その時だった。
ドアがドンッと蹴破られ、ドーゼムがドカドカと入って来た。
「どうなってる!トーマス‼︎クロウに何かあったらぶっ殺すぞ!影を十分に付けたと言ったじゃ無いか!」
蹴破られた扉の破片が顔面にぶつかり、顔を赤くしたトーマスは
衝撃に呆気に取られ、それ迄の狼狽は鳴りを顰め、冷静さを取り戻して
いた。
「お…おぉう。びっくりしたぁ」
「早いな」
「当たり前だろっ!ナナセは?無事なのかっ!」
「落ち着きなよドーゼム」
「サイラン様っ!そんな悠長に待てる訳無いじゃ無いですか!」
「ナナセは意識が戻らないだけで、命に別状は無いよ!クロウも、ウィルにケルンも皆無事だ!そもそも、アイツらは誰かの命を奪うつもりはなかった様だからね」
「…それでも…状況によってはそうならざる終えなかったかも知れなかったのでは⁉︎」
その言葉に、サイランはドーゼムの手を取り抱き締めた。
「悪かった…悪かったよドーゼム。お前も行かせるべきだったよ…ナナミアの出産が近いから…お前を保険にして行かせなかった俺達が悪い…ごめんな」
はぁはぁと怒りで肩を上下にしていたドーゼムだったが、サイランの
言葉に床に座り込み頭を抱えた。
「クソっ!クソっ!マリエリバ陛下を連れてくるんだった!」
「…まだロードルーに居たのかあいつ」
「なんかコソコソしてるとは聞いたけど、ナナセ達が出立したからもう国に戻ったと思ってたぞ」
「いや、あの方は今もこの国にいる…何を探りたいのかは知らんが…ベルロイヤ中の酒場に顔を出しては黒雷の冒険話を強請って回ってるよ」
「は?冒険話し?」
「何のクエストを受けて、誰とチームアップしたか、ソロクエストの達成率…どんだけナナセが凄いのか、どう美しいのか、好きな食べ物やよく行く店、誰と連んでいるのか…大凡ナナセを政略を以てどうこうしたい様な話しでは無いけどな…何を考えてやがるんだ」
その話を聞いたトーマスとサイランは、考えていた。
ロートレッドに放った影からの情報では、ロートレッド国内では既に
ロードルーとの戦争をする機運が高まっていて、その原因はナナセだと
言う。マリエリバはナナセを王妃とすべく、ナナセは獣人に誑かされ
連れ去られたマリエリバの恋人だと誤情報を拡散し、ナナセのスキルを
ロードルーは悪用しようとしていると国民に思わせている。
2人はどうも、ロートレッドの動きは時期尚早な物にしか思えず、
また自国で嗅ぎ回る、マリエリバ本人の動きも個人的な趣味の様な
物では無いか?と考えた。
「何か噛み合わないんだよな」
「トーマスもそう思う?」
「あのマリエリバだぞ?趣味はナナセと金儲け。戦争を起こして何の得になるんだ、戦争起こして金儲けなんて一番単純なゲームで面白味が無いなんて事を言う様な奴だ…それが…ここに来て戦争を仕掛けるなんて…あり得るか?」
「…ナナセへの執着がそうさせているんだろ…ナナセの派遣をギルドに一番要請してくるのはロートレッドだ…どれもこれもナナセじゃ無くても出来るようなクエストばかり…一度モーブにギルドは王国の機関では無く、ギルド協会の独立行政法人だとは言ったが…繋がっているんだろう」
「だが、ドーゼム。戦争を仕掛けるにしても、随分前から仕込まなきゃ…だろ?それに、ザーナンドとの問題の時に攻め込むチャンスはあった筈だ…もっと言えば、ナナセに目を付けた時に、何故アイツは囲わなかった」
「俺だって分からない!どうのこうの…言っても…俺達には情報が少なすぎる」
ドーゼムは拳を床に叩きつけ、唸り悔しさを滲ませていた。
そんなやり取りを背後で見ていたヨーリヒがトーマスに声を掛けた。
「ならばあの蛇をここに呼べば良いではないですか…どうせあの人の事です。ナナセが危篤だと聞けば飛んで来ますよ」
扇子をさらりと広げて、淫雛な眼差しをドーゼムに向けたヨーリヒは
ニコリと微笑み手を差し出した。
「ライオンとぉ…蛇…どちらが強いのでしょうね」
しな垂れ、ドーゼムの肩に顎を乗せるとヨーリヒは囁いた。
「あの蛇は愚鈍ですが…本人の影にはご注意を…気高き獣王…」
ドーゼムはヨーリヒを引き離したが、その言葉の意味を探ろうと
その目を見た。
「ベルロイヤ…砂猫亭の3階、左の奥、そこが蛇の巣…」
その言葉が言い終わるや否や、ルースは廊下で待機していたロイに
命令した。
「ロイっ!部隊を連れマリエリバ様を確保だっ!絶対に逃すな!獣体を許可する!デモン、バックアップしろ!ナナセ殿危篤、そう伝えろ!」
通路天井に張り付いていたルースの私兵は、無言でロイの背後に降り
ると跪き頷いた。
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