狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

文字の大きさ
上 下
141 / 235
獣語 躍動編

緊張

しおりを挟む

 迎賓館の厨房は、アミューズ、オードブル、スープ、ポアソンの

準備を終えて、ソルベの準備を始めている。


「お客様が席に着かれました。8名のご予定でしたが、1名、お子様が既にお休みとの事です。7名に変更してアミューズから順次初めて下さい」

バトラーのロルフとメートル•ドルテのサーネが戸口に立ち、慌ただし

く動く料理長、副料理長、見習い達に声をかけた。

料理長はその声に、片手を上げて返事をすると、ベテランギャルソンが

王子達に出すアミューズを手に厨房を出て行った。

続いて若いギャルソン達が騎士隊、ナナセ達のアミューズを取り颯爽と

厨房を後にする。

その後ろ姿をロルフは見ると、サーネに声を掛けた。


「ナナセ殿には私が着く、サーネはカラハム殿に着いてくれ」

「え?ロルフが給仕するの?」

「あぁ、マスターからの命令だ」

「オーナーが?」

「…そうだ」


普段、バトラーが給仕に付く事は無く、突然の事にサーネは訝しん

だが、アーバドールからの指示と言われたら、何も反論出来ずに

頷くと、サーネはワインリストを手に厨房を後にした。

ロルフは目の前に注がれたスープの皿に、袖口に忍ばせた薬を

サラサラと入れると、その皿を一番左へと置きオードブルを手にした。


「おい、ロルフ…お前さん下手な小芝居してると…食われるぞ」


料理長がポワソンにソースを掛けながら、チラリとロルフを見た。

料理長もまた、マリエリバの息が掛かった間者であったが、長く暮らす

此処での生活の安寧を重視する様になっていた。


「分かっている。しかし、今夜しかもう…手は出せない」

「何する気だ…俺達は皆、脛に傷のある者ばかりだ…此処での仕事を失えば…残るのは地獄だ…俺達を巻き込むなよ…」

「…それは無理な相談だ…マスターの命令は絶対だ」

「マスターから?…クソっ!折角まともな職にあり付いたって言うのに…」


料理長は忌々しく吐き捨てると、厨房で働く料理人達に声を掛けた。


「いいか、何を聞かれても…知らぬ存ぜぬを通すんだ…じゃなきゃ首が本当の意味で飛ぶぞ…」


料理を作りながらも、皆黙って頷いた。しかし、彼等の手は微かに

震えていて、自分達は一体どんな事の片棒を担がされるのだろうと

怯えている。


「それで良い。此処でまともに働いていたければ、俺が何をしていても、知らぬふりをする事だ…」

「クソったれめ!さっさとオードブル出しに行けっ!」


料理長はイライラとしながら、キッチンタオルを床に叩きつけると

アントレに使う肉を出すために、隣接した貯蔵庫に向かった。



ふぅ。ぬるま湯に浸かりすぎた老害め。

陛下に命を救われたというのに、その恩も返さぬとは嘆かわしい。

あれも一昔前まで、〈結〉として名の通った者だったが…老いとは

恐ろしい物だ。

最近では、駒を纏める〈結〉も質が落ちて、情報の漏れが酷いと聞く。

だからマスターも、あいつをかなり前からこの地に潜ませていたが、

潮時だな。結束しておきながら反目するとは…失敗は許されない。

何としてもナナセ殿をロートレッドに連れて行かねばならん。

最悪、ここの料理人を消すか…。


ロルフはホールへと向かう足を止め、振り返ると厨房を見て目を

瞑った。



 一階の晩餐会場では、ウィリアム、ケーヤルン、ファロ、ナナセ、

騎士隊隊長と副隊長、参謀達が席に着いて談笑していた。

特に、参謀のヤッセンはファロに興味があったのか、ギルド要請で

受けた特Aランクの任務に付いて根掘り葉掘り聞いている。


「ファロ殿、クールドダンジョンではトルク戦法を使ったと聞きましたが、何故トルクだったのですか?ナットでも良かったのでは?」


トルク戦法とは、トルクという音響魔石を使い魔獣を巣穴から誘き

出し、罠に掛ける戦法で、クールドダンジョンに巣食った聴覚の鈍い

モグラの様なゲブドムという魔獣には、その戦法は適してしない様に

ヤッセンは思った。


「確かに、通常ならゲブドムにトルクは使用しない。だが、クールドの地形は複雑で、巣穴がどれ程あるのかも分からなかった…音響の振動を壁に当てて誘き出す以外に、同行した冒険者を負傷させずに戦う方法は無いと判断した」

「成程…で、数はどれ程だったのですか?」

「ゲブドム1500程とホーンバットが数万…ゴブリンが200程だったか…」

「それを殲滅できたのですか?」

「あぁ」

ファロは食事に手をつけず、ただナナセの作ったおにぎりを口に

放り込んだ。


「ファロ、料理人の方に失礼だよ…少しは料理に手をつけようよ」

「…お前の料理以上に美味い物を俺は知らない…」


ナナセは苦笑いしながら、溜息を吐くとアミューズの次に出された

オードブルに手を付けた。

その姿をカラハム達は可笑しそうに見ると『ご馳走様』と言って

ワイングラスを持ち上げた。

だが、ファロが料理や酒に口をつけなかったのは、ロルフやこの

迎賓館に居るロートレッドの〈影〉を警戒していたからだった。



水や酒に仕込みがある様には感じない…。

料理人は間者ではないのか?

だとすると、あのバトラーだけだろうか。

ナナセを直接狙うか、子供達を餌にする気か…どう出てくるかな。

部屋にはトラップを仕掛けたから、クロウは大丈夫だが…問題は

王子達だ。カラハム殿にも協力を仰ぐか?いや、彼等と連携を

取れる自信はまだ無い。しかも、どれだけの戦力が潜んでいるかも

分からないでは危険が増すだけだ。ナナセを囮にしたくはないが…

狙われてもらうしか無いか。



ファロはナナセの腰に手を回すと、戯れる素振りを見せながら

耳打ちした。


「ナナセ…数人の影がいる…ターゲットをお前に絞らせたい」

「…分かった…とりあえずは誰」

「バトラー」

「了解」


ナナセも、ファロに応える様にキスをして耳元に口を寄せると

「愛してる」と周囲に聞こえる声で言った。


「いやぁお熱いですね」


酒で赤くなっているのか、二人に当てられているのか、カラハムは顔を

真っ赤にして、グラスを煽った。


「えぇ、私達は2人で黒雷ですからね」


ナナセは、艶っぽく言うとワインの入ったグラスを持ち上げ、カラハム

を見た。そしてワインを飲み干すと、背後に立つロルフに「同じ物を」

と言った。

















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

紅(くれない)の深染(こそ)めの心、色深く

やしろ
BL
「ならば、私を野に放ってください。国の情勢上無理だというのであれば、どこかの山奥に蟄居でもいい」 広大な秋津豊島を征服した瑞穂の国では、最後の戦の論功行賞の打ち合わせが行われていた。 その席で何と、「氷の美貌」と謳われる美しい顔で、しれっと国王の次男・紅緒(べにお)がそんな事を言い出した。 打ち合わせは阿鼻叫喚。そんななか、紅緒の副官を長年務めてきた出穂(いずほ)は、もう少し複雑な彼の本音を知っていた。 十三年前、敵襲で窮地に落ちった基地で死地に向かう紅緒を追いかけた出穂。 足を引き摺って敵中を行く紅緒を放っておけなくて、出穂は彼と共に敵に向かう。 「物好きだな、なんで付いてきたの?」 「なんでって言われても……解んねぇっす」  判んねぇけど、アンタを独りにしたくなかったっす。 告げた出穂に、紅緒は唐紅の瞳を見開き、それからくすくすと笑った。 交わした会話は 「私が死んでも代りはいるのに、変わったやつだなぁ」 「代りとかそんなんしらねっすけど、アンタが死ぬのは何か嫌っす。俺も死にたかねぇっすけど」 「そうか。君、名前は?」 「出穂っす」 「いづほ、か。うん、覚えた」 ただそれだけ。 なのに窮地を二人で脱した後、出穂は何故か紅緒の副官に任じられて……。 感情を表に出すのが不得意で、その天才的な頭脳とは裏腹にどこか危うい紅緒。その柔らかな人柄に惹かれ、出穂は彼に従う。 出穂の生活、人生、幸せは全て紅緒との日々の中にあった。 半年、二年後、更にそこからの歳月、緩やかに心を通わせていった二人の十三年は、いったい何処に行きつくのか──

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...