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獣語 躍動編
緊張
しおりを挟む迎賓館の厨房は、アミューズ、オードブル、スープ、ポアソンの
準備を終えて、ソルベの準備を始めている。
「お客様が席に着かれました。8名のご予定でしたが、1名、お子様が既にお休みとの事です。7名に変更してアミューズから順次初めて下さい」
バトラーのロルフとメートル•ドルテのサーネが戸口に立ち、慌ただし
く動く料理長、副料理長、見習い達に声をかけた。
料理長はその声に、片手を上げて返事をすると、ベテランギャルソンが
王子達に出すアミューズを手に厨房を出て行った。
続いて若いギャルソン達が騎士隊、ナナセ達のアミューズを取り颯爽と
厨房を後にする。
その後ろ姿をロルフは見ると、サーネに声を掛けた。
「ナナセ殿には私が着く、サーネはカラハム殿に着いてくれ」
「え?ロルフが給仕するの?」
「あぁ、マスターからの命令だ」
「オーナーが?」
「…そうだ」
普段、バトラーが給仕に付く事は無く、突然の事にサーネは訝しん
だが、アーバドールからの指示と言われたら、何も反論出来ずに
頷くと、サーネはワインリストを手に厨房を後にした。
ロルフは目の前に注がれたスープの皿に、袖口に忍ばせた薬を
サラサラと入れると、その皿を一番左へと置きオードブルを手にした。
「おい、ロルフ…お前さん下手な小芝居してると…食われるぞ」
料理長がポワソンにソースを掛けながら、チラリとロルフを見た。
料理長もまた、マリエリバの息が掛かった間者であったが、長く暮らす
此処での生活の安寧を重視する様になっていた。
「分かっている。しかし、今夜しかもう…手は出せない」
「何する気だ…俺達は皆、脛に傷のある者ばかりだ…此処での仕事を失えば…残るのは地獄だ…俺達を巻き込むなよ…」
「…それは無理な相談だ…マスターの命令は絶対だ」
「マスターから?…クソっ!折角まともな職にあり付いたって言うのに…」
料理長は忌々しく吐き捨てると、厨房で働く料理人達に声を掛けた。
「いいか、何を聞かれても…知らぬ存ぜぬを通すんだ…じゃなきゃ首が本当の意味で飛ぶぞ…」
料理を作りながらも、皆黙って頷いた。しかし、彼等の手は微かに
震えていて、自分達は一体どんな事の片棒を担がされるのだろうと
怯えている。
「それで良い。此処でまともに働いていたければ、俺が何をしていても、知らぬふりをする事だ…」
「クソったれめ!さっさとオードブル出しに行けっ!」
料理長はイライラとしながら、キッチンタオルを床に叩きつけると
アントレに使う肉を出すために、隣接した貯蔵庫に向かった。
ふぅ。ぬるま湯に浸かりすぎた老害め。
陛下に命を救われたというのに、その恩も返さぬとは嘆かわしい。
あれも一昔前まで、〈結〉として名の通った者だったが…老いとは
恐ろしい物だ。
最近では、駒を纏める〈結〉も質が落ちて、情報の漏れが酷いと聞く。
だからマスターも、あいつをかなり前からこの地に潜ませていたが、
潮時だな。結束しておきながら反目するとは…失敗は許されない。
何としてもナナセ殿をロートレッドに連れて行かねばならん。
最悪、ここの料理人を消すか…。
ロルフはホールへと向かう足を止め、振り返ると厨房を見て目を
瞑った。
一階の晩餐会場では、ウィリアム、ケーヤルン、ファロ、ナナセ、
騎士隊隊長と副隊長、参謀達が席に着いて談笑していた。
特に、参謀のヤッセンはファロに興味があったのか、ギルド要請で
受けた特Aランクの任務に付いて根掘り葉掘り聞いている。
「ファロ殿、クールドダンジョンではトルク戦法を使ったと聞きましたが、何故トルクだったのですか?ナットでも良かったのでは?」
トルク戦法とは、トルクという音響魔石を使い魔獣を巣穴から誘き
出し、罠に掛ける戦法で、クールドダンジョンに巣食った聴覚の鈍い
モグラの様なゲブドムという魔獣には、その戦法は適してしない様に
ヤッセンは思った。
「確かに、通常ならゲブドムにトルクは使用しない。だが、クールドの地形は複雑で、巣穴がどれ程あるのかも分からなかった…音響の振動を壁に当てて誘き出す以外に、同行した冒険者を負傷させずに戦う方法は無いと判断した」
「成程…で、数はどれ程だったのですか?」
「ゲブドム1500程とホーンバットが数万…ゴブリンが200程だったか…」
「それを殲滅できたのですか?」
「あぁ」
ファロは食事に手をつけず、ただナナセの作ったおにぎりを口に
放り込んだ。
「ファロ、料理人の方に失礼だよ…少しは料理に手をつけようよ」
「…お前の料理以上に美味い物を俺は知らない…」
ナナセは苦笑いしながら、溜息を吐くとアミューズの次に出された
オードブルに手を付けた。
その姿をカラハム達は可笑しそうに見ると『ご馳走様』と言って
ワイングラスを持ち上げた。
だが、ファロが料理や酒に口をつけなかったのは、ロルフやこの
迎賓館に居るロートレッドの〈影〉を警戒していたからだった。
水や酒に仕込みがある様には感じない…。
料理人は間者ではないのか?
だとすると、あのバトラーだけだろうか。
ナナセを直接狙うか、子供達を餌にする気か…どう出てくるかな。
部屋にはトラップを仕掛けたから、クロウは大丈夫だが…問題は
王子達だ。カラハム殿にも協力を仰ぐか?いや、彼等と連携を
取れる自信はまだ無い。しかも、どれだけの戦力が潜んでいるかも
分からないでは危険が増すだけだ。ナナセを囮にしたくはないが…
狙われてもらうしか無いか。
ファロはナナセの腰に手を回すと、戯れる素振りを見せながら
耳打ちした。
「ナナセ…数人の影がいる…ターゲットをお前に絞らせたい」
「…分かった…とりあえずは誰」
「バトラー」
「了解」
ナナセも、ファロに応える様にキスをして耳元に口を寄せると
「愛してる」と周囲に聞こえる声で言った。
「いやぁお熱いですね」
酒で赤くなっているのか、二人に当てられているのか、カラハムは顔を
真っ赤にして、グラスを煽った。
「えぇ、私達は2人で黒雷ですからね」
ナナセは、艶っぽく言うとワインの入ったグラスを持ち上げ、カラハム
を見た。そしてワインを飲み干すと、背後に立つロルフに「同じ物を」
と言った。
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