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獣語 躍動編
王子、愛に驚く
しおりを挟むファロとナナセはバシャールへと向かう為、二頭立ての馬車に
乗っていた。その馬車にはクロウやウィリアム、ケーヤルンも
乗っていて、2人は子供等の引率に来た様な気分になっている。
「私も歳だなぁ」
「何だ突然」
ファロの肩にもたれ掛かり、子供達を眺めるナナセはファロの指に
自分の指を絡めると溜息を零した。
「全然妊娠しない…」
「…こればかりは神のみぞ知る事だ」
「クロウの時は…わかったんだ」
「孕んだのをか?」
「そう…身体の中で何かが集まった…そんな気がしたんだ」
「ふむ。なら、バシャールで試してみるか?」
「ゆっくり出来る時間あるかな?」
「無いなら作るまでだ」
ファロはナナセの首元に、鼻を擦り寄せるとクンクンと匂いを嗅いで
カプリと噛み付いた。そして、ナナセは戯れるファロの頭を抱き寄せ
ると、その柔らかでピンと立った耳を喰んでは頬に口付けをした。
「…クロウ、お前の親はいつもこうなのか?」
「ぱーぱとままはいつもなかよしだよ?」
「兄上…なんと言ったらいいんでしょう」
「母上と陛下はこんな事しないから…俺もわからない…だが、なんだろう。こう、ムズムズして気持ちが悪いな」
ウィリアムは顔を真っ赤にしながら、俯きつつもチラチラとファロ達を
見ていたが、子供の存在を忘れて愛を囁き合う二人はそんな子供達の
反応に全く気付かないでいる。だが、クロウにとってはこれが日常で、
ウィリアム達が何に戸惑っているのか分からなかった。
そして次第に盛り上がり深いキスをし始めた両親に、クロウは荷台へ
モゾモゾと移るとウィリアム達を呼んで、後を走る騎士隊を指差した。
「あのおうまさんかっこいい!まっくろだ!」
「ふふん!そうだろ?騎士隊紫軍のカラハム隊長の乗る馬は、ロードルーで1番早くて強いんだ!」
「そ、そうなんだ!だけど兄上、副隊長の乗る馬も良い馬ですよね!」
「あぁ!ベルトール種の軍用馬では一番だ!」
何がどう凄いのか分からないクロウだったが、ウィリアムとケーヤルン
につられてニコニコしながら後続を見ていた。すると、後続を走る
カラハムがクロウ達に気が付き片手を上げて、挨拶をした。
「あのおじちゃん、ばいばいしてくれた!」
「カラハム隊長は俺達にも優しいんだ」
「かしゃのおじちゃんやろいのおじちゃんもやさしーよ?」
「カシャにロイだと⁉︎」
ウィリアムとケーヤルンは顔を見合わせると、眉を顰めて首を振った。
ロイ隊長はまぁ、優しいと言えなくもないけど、カシャ隊長は…。
うぅ、思い出すだけでも頭が痛くなる。いつも陛下に悪戯をすると
何故かカシャ隊長にはすぐバレて頭を殴られるんだ。馬鹿力でゴツンと
やられるから、いつか俺の頭は割れるんじゃないかって思う。
クロウには優しいのか?
ウィリアムとケーヤルンがブルリと身を震わせていると、二人の間から
腕が伸びて来て荷台の窓を開けた。
3人は振り返ると、開けた窓から吹き抜ける風に髪を靡かせたナナセが
子供等に微笑み掛けている。
「何ででしょうね?私も子供の頃は後部座席から後ろを走る車を見るのが好きだった。なんか世界が違って見えて楽しいですよね?」
ニコニコと外を眺めた後、子供達の頭を撫でて荷台側の席に座り直し
ナナセはバシャールの地図を広げると、警戒ポイントに目印を付けつつ
ファロに襲撃予想地点での行動を相談している。
すると、荷台に座り込んでいるウィリアムがナナセに声を掛けた。
「ナナセ…その…なんだ」
「何ですか?ウィリアム王子」
「ウィルでいい…ナナセ、お前は人前で口付けや抱き合うのが恥ずかしく無いのか?」
「えっ⁉︎」
子供達の前でファロと乳繰り合っていた事に、今更気が付きナナセは
顔を赤くして照れ笑いしながら、王子達の質問にどう答えるべきか
悩んでいる。ファロは、そんなナナセが子供からの質問にどう答えるの
だろうかと、ニヤリと笑いながら騎士隊の行程表に目を落とした。
「ナナセ、母様と陛下はナナセとファロの様に抱き合ったりしないのは何でだ?」
「え゛⁉︎う、うーーん…それは…お立場があるからではないですか?」
「立場があるとしないのか?」
「そ、そうでね。私達だって、陛下の御前では抱き合ったりはしませんよ?」
「そうなのか?ファロ、お前はどうなんだ?」
「下らん。抱き合いたければどこであっても抱き合えばいい」
「ファロ‼︎ちょっと、何言ってんの?」
「陛下やベル妃がそうしないのは、俺とナナセの関係性とは違うからだ」
ファロの言葉に、ウィリアムとケーヤルンは頭を傾げながら目を
合わせ、どう言う意味なんだろうと考えた。
「関係性が違うとはどう言う意味だ?」
「…俺達は互いに損得感情無く共に生きる事を望んで結婚した。俺はナナセという存在だけを求めている。だからいつでも抱きしめたいし、誰もナナセに触れることを俺は許さない。だが、陛下とベル妃は違う…夫婦というよりも、主人と忠実な家臣…というべきか…それに…互いの存在だけでは無く、その家族や親族との繋がりも含めての婚姻だ…身勝手な振る舞いは許されない。だから簡単に抱き合ったりはしないんだ」
「で…でも…へ、陛下は…サイラン様と…いつも抱き合ってるよ?」
ケーヤルンはまだファロが怖いのか、ウィリアムの肩越しにファロを
見つつ話しかけた。
「そうだな、実際、陛下の妻と名乗れるのはサイラン王妃だけだ。俺とナナセの関係性に一番近いと言える…だからだろう」
「…なら、陛下は母上の事…仕方なく娶ったのか?」
ウィリアムのボソリと呟いた言葉に、ナナセはファロを睨んだ。ファロ
は何故睨むんだと言いながら、また工程表を見始めた。
「ウィル様、平民の家族の在り方と、王族の家族の在り方は違います。私とファロの関係は決して陛下とサイラン様に当てはまる物ではありませんから…それに…あの陛下ですよ?仕方なく、で娶って子供を儲ける様な方ではありませんよ」
「…そう…なのかな…」
「ウィル様、陛下は誰の物にもならないし、なれないんですよ…それが王と言う物です…ベル様だから、という事は誓ってありませんから」
ウィリアムとケーヤルンの頭を撫でながら、しょんぼりとした二人の
頬を撫でた後、ナナセはマジックバックを開けてお菓子の入った袋を
取り出した。
「さぁ、みんな!バシャールまで後3日は移動しますからね!楽しい事を考えましょう!ウィル様、ケーヤルン様も…このお菓子を食べたら、陛下やベル様の事を旅の間は忘れてください?考えても答えは出ませんから…」
「ナナセ…お前は優しいのか冷たいのか分からんぞ」
「親切心からですよ!ほら、手を出して3人共!」
子供達は手を出したが、ウィリアムとケーヤルンは何が出てくるのだ
ろうかと、袋をじっと見た。
「クマのグミをあげます!そして、皆んなでクイズを出し合って下さい…3人それぞれがクイズを出して、正解されたら手持ちのグミを一つづつ正解者に配るんです!誰が一番沢山のグミを集められるのか勝負です!」
ナナセの提案に、子供達はさっきまでの落ち込んだ様子も嘘の様に
晴れて、誰が先に出題者となるかを決め始めた。そして子供達だけで
遊び始めたのを見て、ナナセはファロの横に座り直すと、体毛の一番
少ない鼻先を摘んだ。
「っつ!!何だっナナセ…何を怒ってる」
「王子だってまだ子供なんだ…母親が妻では無く、家臣だなんて…聞きたく無い筈だよ…子供にとって母親は唯一だ…だからこそ陛下の1番じゃ無い事にショックを受けているんだよ?それなのに…傷口に塩を塗る様な真似をして…大人気ないよ」
「そう言う物か?」
「…ファロだってそうだった筈だよ」
「どうだったかな…母は父と同じ様に豪快な獣人だったしな…よく分からんな」
ナナセは、「はぁっ」と溜息を吐くと、きゃーきゃーと興奮してお菓
子を取り合う子供達を見て、ファロに触れるのは部屋の中だけにしよう
と心に決めた。
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