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獣語 躍動編
手紙
しおりを挟む昼間、カシャ隊長がロードルー王経由で手紙を彼に手渡しに来たが、
何かと忙しくしていた孝臣は、厨房横の休憩所に彼を待たせたまま
サリューと話し込んでしまっていて、すっかりカシャの事を忘れて
いた。
「孝臣殿!随分待ちましたが、何かあったのですか?」
厨房に戻っていた孝臣は、カシャの声に慌てて振り返り
額をパチンと叩いて、忘れていた事を思い出して彼に謝った。
「カシャ隊長!すみません、バタバタしていてすっかり忘れてしまっていました!」
「なら、甘い物で許して差し上げましょう!」
悪戯っぽく笑って手紙をヒラヒラとちらつかせながら、カシャは
孝臣にナナセからの手紙を渡した。
「すみません!隊長も忙しいのに!いいですよ、準備するんでそこに座って待っててください!甘い物…甘い物…」
カシャから手紙を受け取ると、孝臣はズボンのポケットに手紙を突っ込
んだ。そして冷蔵庫からジンジシロップとアプーとレモネを取り出して
煮詰めると、夜のデザート様に準備していたミルク寒天擬きを切り分け
皿によそい、煮詰めたジャムをトロリとかけてカシャの前に置いた。
「どうぞ」
「お、美味そう!どれどれ…うん!美味いな!セルー?にしては弾力は無いようだけど」
「セルー?ゼリーの事かな…これはミルク寒天擬きです。ミルク…うーんとベルモ?の乳と、海藻を煮込んで取り出した凝固成分を混ぜて作ったんです」
「へー!いいなこれ、さっぱりしてて美味いよ」
「良かった!そうだ、先生から分けてもらってたチョコがあったんだ!食べます?」
「チョコ?」
「はい。これです」
孝臣はナナセのお下がりのマジックバックから業務用の
大きな板チョコを取り出すと、パキリと割って皿に乗せた。
「ん?匂いはクルンに似てるな」
「へー。同じ様な食べ物があるんですね」
「…うん。クルンだな!でもこっちのが滑らかで美味い」
「そりゃ良かった」
「そんな事より!手紙の返事!」
カシャはスプーンを口に入れたまま、テーブルをトンと叩くと返事が
欲しいと孝臣に催促した。
「あぁ!ハイハイ!」
孝臣は手紙の封を切ると、ガサガサと3枚の便箋を取り出した。
ナナセからの手紙には、彼等が帰国してからの事が大まかに書かれて
いた。そして、楊という青年の事や他の界渡の人達の命が狙われている
可能性があり、多分そのウィラー元教皇は孝臣の事も知っている
だろうという事が書かれている。
「私達は自分の意志でこの世界に居ますが、そうではない人がいるかもしれません。可能ならば、この世界に来た理由や帰還方法を探したいと思うので孝臣君の力も借してください。ただ、サリュー妃の事もあるので無理はしなくても良いです…。だけど気を付けてください、彼等は空間魔法が使えます…なので、孝臣君の部屋には結界を張ってもらえる様、陛下に頼んでいますから、自室以外で決して一人にはならないで。もしも、力を貸してくれるなら今月のどこかでバシャールへ来てください。そこで合流できればと思います…バシャも来月からロードルーに来る予定だったので、ドルザベル王には少し早いけどバシャールでバシャと合流したい旨も伝えています…共に来ると良い……なんだかなぁ」
孝臣は手紙を読み終えると、お茶を一口飲んで考えた。
異世界人を捕まえて、神の国への扉を開くために殺す?マジかよ…。
それよりも…<道>を極めようとする人達が異世界転移に選ばれている
可能性がある。
この言葉は結構ヒントになるんじゃないだろうか?
剣道に茶道?
ならば柔道 躰道 弓道 合気道 杖道 居合道 銃剣道 空手道…
なんなら修験道とかもあり得るじゃん…。
これじゃあ、日本人めちゃくちゃ呼ばれてないか?
でも、文系の人が呼ばれるのは結構シンドイだろうな。
華道、書道、香道…うーん。法則でもあるんだろうか?
それに、俺にも何かスキルというのが付いているのなら先生の手助けが
出来るかもしれない。
でもなぁ…サリュー様を放って置けないし、悩むなぁ。
サリュー様、結構末期な感じするし。
ここでバシャを引き離したら親子関係の修復は無理だ。
どうするかなぁ…今月末って後二週間位しかないよな?
「孝臣殿?」
カシャは、うんうんと唸る孝臣の顔を覗き込み、その眉間に皺を寄せた
顔を見つめた。孝臣は頭を掻きながらカシャに相談させて欲しいと
言い、カシャは「俺は聞き役しか出来ないがいいか?」と言った。
「成程…それは悩むな」
「サリュー様への食事療法と彼方の世界の薬を使った治験を放っては行けないしなぁ」
「それは、こちらの医師に引き継げない物なのか?」
「うーん…既に彼等はサリュー様は末期だと決めて大した治療はしていないし、彼方の医療や食事療法を知ってる俺と同じ物の見方を求めるのは…難しいですね」
「そうか…で、食事でなんとかなりそうなのか?」
「いやいや、まだ作り始めて2日ですから。そんなに直ぐ結果は出ませんよ」
「ならば、せめて食事の作り方位はこちらの料理人に教えて、医師の診察に合わせた物を作らせてはどうだ?」
「そうっすねぇ、でもなぁ…難しいんですよね」
「…ならば症状に合わせた料理を作り置きして、体調に合わせてお出しすれば良いのではないか?」
カシャはマジックバックを指差して、症状とその時出すべき料理を
リスト化すればこちらの人員でも対応は出来ると言った。
そこ言葉に、孝臣は納得していたが不安もあって決めきれずにいる。
「陛下と相談してみますよ」
「そうだな、それが良いだろうな。だったら俺は陛下に謁見を頼んでおこう。今日返事が来るだろうから、分かったら教えてやるよ」
「ありがとうございます!助かります!」
カシャは『ご馳走さん』と言うと席を立ち、厨房から出ていった。
孝臣はナナセからの手紙を読み返しながら、優先順位を
つける事にした。
「どちらも長期戦な案件だから、まずすべきはバシャ殿下だな。万が一、親の死に目に会えないなんて事は絶対あっちゃいけないよな。うし、早速殿下に会いに行くか」
そう言うと、孝臣は色々とナナセに分けてもらった
お菓子を皿に乗せて、バシャの部屋へと向かった。
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