狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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閑話

ファルファータの恋愛相談所

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ナナセ達がザーナンドに帰還後のお話です。




 
 ファルファータとナナセ、孝臣が日本から帰還した後、なんだかんだとナナセ達を振り回したドルザベルはファルファータとドーゼム、リン、シュンを交えて今後について話しあった。


「既に皆も承知しているだろうが、今後、ザーナンドはロードルーの自治領となる事が決まった。そして、私はゆくゆくは自治領からの独立を目指して獣人協同組合の設立を決めた」

「ただ、その設立にも越えねばならぬ壁が幾つもある」

「資金、人材、ロードルー以外の四国からの理解。この壁を越えるにはここに集まる皆の力が必要だ」


リンは欠伸をしながらドルザベルを睨んでいる。
 
 お前はいいよな?希望を言うだけで、実務はこっちに丸投げなんだろ?あー、嫌になるよ。確かにファルファータの外交能力は僕より上だろうけど、こいつは世界のお尋ね者だ。自由に動けない奴が二人も居て、どうやって壁を越えるって言うんだよ。あー、本当に嫌になる。ロードルー王だって、自治領なんて甘い事言わずにロードルーで統治すればよかったんだ。ああ見えて獣人への憐れみは人一倍だし、今回の交渉だって、遠回しに獣王国を救えと言われたからな。

あぁぁ、本当トーマスもナナミアに弱いよな。


「で、どうするつもりなんだよドーザ」

「資金についてだが、金山の採掘権を4期に分けて30万レシルから競売に掛ける」

「はぁっ!?そんな金額で叩き売るつもりかよ!」

リンの剣幕に、ドーゼムはどちらの味方なんだといった顔をして首を振った。

「入山は獣人のみだ。雇い入れる以外に道はない。そして、金山周辺にはキャンプとマーケットを作る」

「……飛び付くかどうか、微妙だぞ」

 ドーゼムは額に手を当て考えた。確かにこの国の鉱物資源は魅力的かもしれないが、埋蔵量も正確に分からない物にどれだけの価値を見出せるか…博打も良いところだ。

「埋蔵量なら安心しろ、100万バナ(10万トン)以上は確認した」

「なっ!100万バナだって?」

「ミスリルに至っては5万は固いだろう。しかし、あそこは古代級魔獣バーラマードの住処となっている為、現在手出しは出来ない」

「バーラマードだって?おい!そんなの放っておくつもりか!?」

 ドーゼムは卓を叩いたが、ドルザベルはその相貌を崩す事は無かった。

「あれが出てくる事はない」

「何でそう言い切れるんだ」

「共存関係にあるからだ」

「は?共存だと?」

「ドーゼム、あそこにはねアプーやクルミットの果樹園と原生林があるんだよ」

「ファルファータ、それがどう共存と関係するんだよ」

「アプーは人の手が入らねば果実は実らない。バーラマードの好物だからな、獣人を襲えば食えなくなる事をあれは理解している。故に獣人である我等を襲う事はない。良い門番となっている」

「だが、ミスリル鉱山はあれの寝床になっておるからな。ゆくゆくは新たな寝床を確保して移動させるつもりだ」

「で、それらをちらつかせてどうファルファータとシュンの減刑を四国に納得させるんだ」

ドーゼムは書類を見つつ、ドルザベルにファルファータとシュンの手配書を見せた。

「五国には国債と商会の株主として其々に株を発行、譲渡する」

「それで本当に納得するのかね?あいつらが」

「この二人を罰した所で、元々手を出したのはザギやロートレッドだ。それに、和議を結んだ以上こちらとて賠償を求められる筈だ。それが済んだ上でも尚二人の厳罰を望むのなら、残り三国で利益分配といった具合に纏まるだろうな」


なかなかに強気なドルザベルの計画に、ドーゼムとリンは頭を抱えつつ『後は商会ギルドで何とかする』と受け入れた。
 結局の所、四国を説得する役目はロードルー王となるだろうとリンが目算していた通りとなり、リンは不貞腐れながら部屋へと帰って行った。

 ドーゼムはドルザベルと会談の間に残り、今後のギルドとしての方針を説明する事にした。リンに続いてシュンとファルファータが扉を出ようとした時、ドーゼムが声を掛けた。


「ファルファータ待ってくれ」

「何だい?ドーゼム」

「後で話がある」

「…分かった。サロンで待ってるけどそれで良いかい?」

「あぁ…」

 ファルファータは、いつもと変わらないようでいて、何かに思い悩んでいるドーゼムを見てふわりと笑った。

 ドーゼムは国家の利権争いにギルドは関わらない方針である事を説明し、今後のザーナンド原産の輸出品の管理は、サナに引き継がれる事を伝えると、ドルザベルは万事根回しが上手く行ったのはドーゼムのお陰だと言い握手をし、穏やかに打ち合わせは終わった。

 砂煙で黄金色に染められた連絡通路を歩きながら、ドーゼムは手首に巻かれた金色の細い紐を見つめた。その紐は、クロウがナナセから貰った菓子箱の梱包用のリボンで、それを細く捻りクロウがドーゼムの手首に巻きつけた物だった。


 俺は、クロウが可愛くて仕方がない。
これは庇護欲なのか、愛着なのか、恋慕なのかは分からない。しかし、まだ幼いあいつに俺は恋愛感情を抱けるだろうか?このまま、ずっと親の様に…目に入れても痛くない存在として想って行くのか。

分からない…俺の気持ちが、俺には分からない。

もう直ぐあいつは人化する。もしも、番としてのフェロモンに左右される事を素直に受け入れ、あいつを1人の男として愛したならば…未来を恨まずにいれるだろうか。


 答えの出ない想いが、ドーゼムの心に重くのしかかり、全てを投げ出したい衝動に、彼は駆られている。
 風にたなびくズボンの裾がその風の強さを教えていて、ドーゼムは草木の生えない不毛の大地が、まるで今の俺の様だと目を瞑った。




「上手く話は纏まったのかい?」

サロンの中央の席で、優雅にお茶を飲むファルファータは、
砂埃を払うドーゼムに視線を向けた。

「あぁ、やっと俺も楽に仕事が出来そうだ」

「そりゃ良かったね」

「…あぁ」

 視線を足元から上げないドーゼムを、ファルファータはおかしそうに笑い、ティーカップにお茶を注ぐと、ドーゼムの席の前にそっと置く。


「相談は二つかな?」

「あ?」

「1つ、男としてクロウ君を愛せるか、2つ、手放せるのか」

悪戯な笑みを見せるファルファータに、お見通しなんだな、とドーゼムは溜息を吐くと付け加えた。


「……3、お前は怖くないのか」


ドーゼムはやっと顔を上げて、ファルファータの顔を真っ直ぐに見ると、足を組んで頬杖を付いた。

「1つ、愛せる。いや、愛している…年に意味は無い。2つ、愛想尽きりゃ手放したくなる。3つ、怖くない」


ドーゼムは、これぞファルファータといった回答に、思わず声を上げ笑いだすと、膝をパンと叩いた。


「私達は幸運だ、君はどれ程の恋愛を経験してきた?」

「人並みに」

「なら、分かるだろ?」

「分からないから聞いてんだ」

「はぁ、まともな恋愛をしてきてないね?君は」

「そんな事はないさ」

「なら聞くが、別れの理由は?」

「浮気され、浮気して、面倒になって、面倒になられ…独りが楽で、独りになりたがって…そんなとこかな」

「それが、答えだよ」

「意味がわからねぇな。俺はクロウの話をしたいんだがな」

「そうさ?してるだろう?」

「いや、今までの別れの原因だろ」

「はぁ、アンタって子は。鋭いのか、鈍いのか…いいかい?それらの原因にクロウ君は当てはまるかい?彼がもし、他の男を好きだと言ったなら、アンタは受け入れるかい?彼の世話が面倒かい?側から離れたいのかい?今、ここに彼が居ない事が苦痛じゃないのか?…どうだい」

「…今は…違うし、苦痛だと答えは出る。だがな、あいつが成獣した後も…俺が今のままでいられるのか…同じ想いをなんの懸念なく抱けるのか…不安なんだよ」


「だから、恋愛は楽しいんじゃないか」

「俺は落ち着きてぇよ…もしも…クロウがナナセ達の様に…運命に縛られていない相手に惚れたなら…俺は…笑って手放してやれるかね?」

「面倒くさがってちゃ、そうなるだろうね?君がクロウ君にとって魅力的であり続ける努力を怠らなきゃ、ずっと、彼は側にいるさ」

「魅力的ねぇ?…それに、俺はわかんねぇんだよ…俺のこの想いは保護者としての物なのか…なんなのか…」

「答えは、出るべき時に出るもんさ。今はそのジリジリしたもどかしさを、恋愛の醍醐味を味わっていると思う事だね」

「…なぁ、アンタは孝臣ケードに愛されている自信はあるか?永遠にアイツだけを愛せるか?」

「さぁ?君の言う想い想われる事だけが愛だと言うなら、愛されているのか、愛しているかどうかもわからないね」

「は?そんな馬鹿な話はないだろ!全てを捨てさせたんだぞ?」

「私が彼を求めている。それだけが私に分かる事実だ…心は嘘をつくけどね、本能は嘘をつかない。それに、愛だとか、未来だとか…そんな不確かで、実態の分からない物に人生を掛けるつもりはないよ。今を精一杯生きるだけさ」

「言っている事がめちゃくちゃだぞ?」

「求める物があるから、行動し、失敗して、原因を探り、対処する。求める物が何なのかが分からないのに、〈想う〉そんな漠然としたそれを愛だの恋だと定義付しても、それはただの空に浮かぶ雲みたいなもんだ…決して届かない夢なんだ」

「…なら、アンタは…その身体がヨボヨボになっても…隣に立つ若い未来に溢れた愛しい男の隣は自分に相応しいと…思えるか?」

「愚問だね」

「‼︎」

「私が孝臣ケードを輝かせているのだと、胸を張るだろうね」

「…はっ…ははっ…すげぇ…自信だな」

「私は彼に知識、経験、機会を惜しみなく与えるよ。そうできる様に努力もする…それが、私の彼への愛だ。そして、命消える時に、側で…もしくは遠い何処かで輝く彼を想い、私が彼を輝かせたのだと胸を張って死ぬんだ」

「…」


 ファルファータの言葉は、夢物語の様なのに、とても現実的にも思えて、ドーゼムは成長して隣で微笑むクロウの姿見を想像した。

「もしも、孝臣ケードや私にとって、離れる事が必要だと思えば別れるし、私だけが彼を必要としていたなら、彼に変わる何かを探すだけさ。単純な事だよ…彼の人生は彼がどうにかすべきだし、自分が原因で…なんて事を、今、夢想して何になる?」

「そう、割り切れねぇから苦しいんだろ?」

「苦しいのは嫌いかい?生きている事が実感できるのは、苦痛、苦悩、難問、難題、障害、壁…それらを乗り越えた時だ、ならばそれらもそんなに悪い物じゃない。今のアンタに足りないのは、クロウ君とどうなりたいかじゃない、アンタの人生をどう生きるのか。それが分からないから、クロウ君で悩んでいる振りをしているだけさ」

「…」

「順調な仕事、安定した地位、何不自由無い生活…人はね、安定を求めながら、波乱を求める様に出来ているんだ。だから、今はクロウ君に振り回されておきな?落ち着くと、不安に駆られて存在意義を問い出す。そんな事に意味は無いよ」

「もう、悩みたくねぇんだ。男としてクロウを愛して良いという理由が欲しいんだ…俺の人生を捧げたい」

 その言葉を聞いて、ファルファータは腹を抱えて笑い出し、ひとしきり笑うと、涙目でドーゼムを見た。


「答えが出てるのに、それが答えだと分からないんじゃ、永遠に悩むしかないね」

 ドーゼムは、ファルファータの言っている意味が分からず眉を顰め、その澄まし顔の男の目を見つめた。


「人生を捧げたい、そう本音が漏れたのに、誰の許可がいるんだい?どんな結果が出るとしても、君が求めているのは充足感に満ちたプロセスさ…結果じゃ無い…今はまだ年齢に囚われているだろうがね…求める物が分かったんだ…スッキリしたろ?」

「良いのかね?捧げても…」

「君の人生だ。誰も被害は被らない。捧げたいだけ捧げて、満たしてやんな」


ドーゼムは、不意に溢れた涙を拭う事もせず、ただ手首に巻かれた愛しい男の無邪気な想いを見つめた。






















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